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お嬢様、どうか俺を愛さないでーーあなたのためなら死ねるのに、あなたと生きる勇気がない
お嬢様、どうか俺を愛さないでーーあなたのためなら死ねるのに、あなたと生きる勇気がない
مؤلف: Amy

1話

مؤلف: Amy
last update تاريخ النشر: 2026-10-29 17:00:31

この16歳の少年は、18年後、世界を手に入れる。

金融、医療、情報通信。各国の財界人が彼の決断を待ち、巨大企業の命運がその一言で変わる。

それでも、たった1人の女性に愛されることだけは、自分に許すことができなかった。

広瀬凌司(ひろせ りょうじ)が、そこまで上り詰めた理由はただ1つ。

4歳の令嬢・宮原芽里(みやはら めり)を、もう二度と傷つけさせないためだった。

すべては、銃声の響くあの夜から始まった。

****

「その子を置いていけ。そうすれば、お前だけは見逃してやる」

銃口を向けられた凌司は、腕の中の少女を抱き直した。

まだ4歳の芽里は、彼の首にしがみつき、小さな身体を震わせている。白いワンピースの裾は泥で汚れ、片方の靴はどこかで脱げてしまっていた。

「聞こえなかったのか? その娘を渡せ!」

男が怒鳴った瞬間、凌司は迷わず身を翻した。

銃声が響く。

背後の壁が砕け、破片が頬をかすめた。それでも凌司は振り返らなかった。芽里の頭を胸に押しつけ、薄暗い廊下を全力で駆け抜けた。

宮原家の屋敷が襲撃されたのは、ほんの20分ほど前のことだった。

突然、屋敷のあちこちで爆発が起こり、警報が鳴り響いた。警護責任者からの指示は途絶え、武装した男たちが次々と屋敷へ侵入してきた。

凌司はまだ見習いの護衛だった。

まともな家族もなく、幼い頃から危険な組織の管理下で育った彼にとって、命令は絶対だった。

宮原家へ配属されてからも、決められた持ち場を守り、指示された仕事をこなすだけの日々を送っていた。

襲撃が始まったとき、上官から下された命令も同じだった。

『お前は正門へ向かえ。東館には近づくな』

だが、凌司はその命令に従わなかった。

東館には、宮原家の小さな令嬢がいる。

いつも庭で遊んでいると、彼を見つけて手を振ってくる少女。凌司が無愛想に頭を下げても、気にせず笑いかけてくる少女。

つい昨日も、芽里は彼の制服の袖を引っ張って言った。

『りょうじお兄ちゃん、明日もいる?』

『……仕事だからな』

『じゃあ、明日も会えるね!』

あの無邪気な笑顔が、どうしても頭から離れなかった。

凌司が芽里を見つけたのは、東館の奥にある小部屋だった。

少女は長椅子の陰に隠れ、膝を抱えて泣いていた。母親にここから動かないようにと言われたらしい。

「りょうじお兄ちゃん……?」

凌司の姿を認めた途端、芽里は立ち上がった。

「ママは? パパはどこ?」

凌司には答えられなかった。

屋敷のあちこちで悲鳴が聞こえていた。何が起きているのか、どれほどの人間が無事なのか、まだ何も分からなかった。

ただ1つ、分かっていることがあった。

ここにいれば、この少女は殺される。

「芽里お嬢様、俺につかまってください」

「ママも一緒?」

少女の大きな瞳が、不安そうに揺れた。

凌司は喉の奥が詰まるのを感じた。

「……まずは、お嬢様を安全なところへお連れします」

そう言って抱き上げると、芽里は彼の首に両腕を回した。

その小さな身体は、驚くほど軽かった。

****

追手の足音が近づいていた。

凌司は使用人専用の階段へ飛び込み、3段ずつ駆け下りた。途中で銃弾が肩をかすめ、焼けるような痛みが走ったが、足を止めるわけにはいかなかった。

「お兄ちゃん、痛い?」

腕の中から小さな声がした。

「痛くありません」

「でも、血が出てるよ」

「大丈夫です。怖かったら、目を閉じていてください」

「……うん」

芽里は素直に目を閉じた。

その直後、背後で激しい音が響き、階段の窓ガラスが砕け散った。

凌司は咄嗟に少女を庇った。

鋭い衝撃が頭を襲う。

視界が白く弾け、左耳の奥で甲高い音が鳴り続けた。額を伝った温かいものが目に入り、階段が一瞬、傾いて見えた。

それでも凌司は壁に肩をぶつけながら踏みとどまった。

腕の中の芽里は無傷だった。

それを確かめ、ようやく息を吐く。

「……よし」

自分の身体がどうなっているのか、考える余裕はなかった。

裏庭へ通じる通用口まで辿り着くと、凌司は扉を蹴り開けた。

外は土砂降りだった。

冷たい雨が傷口に降り注ぎ、血に濡れた制服が身体に張りついた。

背後から追手の怒鳴り声が響く。

凌司は庭を突っ切り、屋敷の裏手に広がる林へ飛び込んだ。

枝が顔を打ち、濡れた土に足を取られる。頭の傷から流れる血で、片目はほとんど開かなかった。

それでも、腕の中の少女だけは離さない。

「お兄ちゃん……」

「はい」

「寒いよ……」

凌司は自分の上着を脱ぎ、芽里を包んだ。

「もう少しです。すぐに暖かいところへ行けますから」

本当は、安全な場所までどれほど距離があるのか分からなかった。

追手が何人いるのかも、味方がまだ生きているのかも分からない。

ただ、走るしかなかった。

やがて芽里が、小さな声で尋ねた。

「お兄ちゃんも、一緒に来る?」

その問いに、凌司は思わず足を緩めた。

「……え?」

「芽里と一緒に、行く?」

凌司は答えられなかった。

お嬢様を安全な場所へ送り届けたあとのことなど、考えたこともなかった。

誰かを守って命を落とすのは、護衛として当然だと教えられてきた。自分の帰りを待つ人間もいない。

それなのに、この子は自分も一緒に来るのかと聞いている。

芽里は彼の首にしがみついたまま、もう1度尋ねた。

「お兄ちゃん、いなくならない?」

凌司の胸の奥で、何かが音を立てて崩れた。

「……いなくなりません」

「ほんと?」

「はい」

その約束をした途端、不思議なことに、死ぬのが怖くなった。

この子を安全な場所へ送り届けるだけでは駄目なのだ。

自分も生き延びなければならない。

この小さな少女が、明日も自分に会いたがっているのだから。

凌司は歯を食いしばり、再び走り出した。

****

どれほど走ったのか分からなかった。

林を抜けた先で、ようやく宮原家の警護車両を見つけたときには、凌司の足はほとんど感覚を失っていた。

車から数人の警護員が飛び出してくる。

「広瀬! お前、その怪我は!」

「お嬢様を……」

凌司は芽里を抱いたまま、よろめいた。

「先に、お嬢様を……」

警護員が少女を受け取ろうとしたが、芽里は凌司の首にしがみついて離れなかった。

「やだ! お兄ちゃんも!」

「芽里お嬢様、大丈夫です。この方たちは味方です」

凌司はできるだけ優しく声をかけた。

「もう怖くありませんよ」

「お兄ちゃんは?」

「俺も……すぐに行きます」

その瞬間、膝から力が抜けた。

凌司は地面に崩れ落ちた。

雨水が頬を打つ。

遠くで誰かが医師を呼べと叫んでいる。

だが、凌司にはもう、その声がはっきりと聞こえなかった。

身体がひどく冷たい。

眠ってしまえば楽になれる。

そう思ったとき、小さな手が頬に触れた。

「お兄ちゃん……?」

芽里だった。

警護員の腕から身を乗り出し、必死に手を伸ばしている。

「お兄ちゃん、痛い?」

凌司はかすかに首を横に振った。

「……痛く、ありません」

「うそ。いっぱい血が出てるよ」

少女の目から、大粒の涙がこぼれた。

「お兄ちゃん、死んじゃう?」

凌司は動かなくなりかけた指を、必死に伸ばした。

芽里の小さな手を握る。

自分の手は血と泥で汚れていた。

こんな手で触れてはいけないと思ったが、少女は離さなかった。

「……死にません」

「ほんと?」

「はい」

息をするたび、胸の奥が痛んだ。

それでも凌司は、少女に聞こえるよう、ゆっくりと言葉を続けた。

「お嬢様が……大きくなるまで、俺は絶対に死にません」

芽里は涙を拭いながら頷いた。

「約束だよ?」

「……約束です」

「大きくなっても、一緒にいてね」

凌司はかすかに笑った。

自分にそんな未来があるなど、考えたこともなかった。

それでも、今はその未来が欲しかった。

この子が大きくなるところを見たい。

笑っているところを、何度でも見たい。

もう怖い思いをしなくて済むように、誰よりも強くなりたい。

いつか、世界中の誰も、この子を傷つけられないほどに。

その願いを胸に、凌司はゆっくりと目を閉じた。

芽里が泣きながら彼の名前を呼ぶ声だけが、意識の遠くに残っていた。

****

18年後。

東京。

都心の超高層ホテル、その最上階に設けられた特別会議室には、世界各国の企業経営者が集まっていた。

議題は、総額数兆円に及ぶ国際的な投資計画。

誰もが慎重に言葉を選び、会議室の中央に座る男の表情をうかがっていた。

広瀬凌司、34歳。

金融、医療、情報通信、警備、不動産。

数えきれないほどの企業を傘下に収めた広瀬グループの社長。

彼の決断1つで、巨大企業の命運が変わる。

かつて血まみれで林を走っていた16歳の少年は、今や誰もが恐れる男になっていた。

「広瀬社長。どうか、もう1度ご検討いただけませんか」

向かいに座る年配の経営者が、額の汗を拭った。

凌司は手元の資料を閉じた。

「条件は先週お伝えしたはずです。これ以上、同じ話をするつもりはありません」

冷たい声だった。

相手が何を訴えても、その表情は少しも変わらない。

会議室に重い沈黙が落ちた。

そのとき。

凌司の携帯電話が震えた。

普段、彼の会議中に直接連絡できる人間は、ほとんど存在しない。

隣に座る黒川慎吾(くろかわ しんご)が、反射的に画面へ目を向ける。

そして、すぐに背筋を伸ばした。

画面に表示されていたのは、たった2文字。

芽里

凌司の指が止まった。

次の瞬間。

それまで氷のように冷たかった男の目元が、信じられないほど優しく緩んだ。

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