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3話

مؤلف: Amy
last update تاريخ النشر: 2026-10-29 17:09:15

宮原家の別邸に車が到着すると、芽里は窓の外を見て目を輝かせた。

「わあ……懐かしい!」

白い門の向こうには、広々とした庭が広がっていた。手入れの行き届いた芝生に、色とりどりの花々。その奥には、幼い頃から何度も過ごした洋館が建っている。

「何も変わってないね!」

芽里は車を降りると、嬉しそうに庭を見回した。

凌司はそんな彼女の後ろ姿を見つめていた。

変わっていないのではない。変えなかったのだ。

芽里が海外へ留学してからの4年間、凌司はこの別邸を誰にも使わせなかった。

庭の管理も、建物の維持も、すべて彼が手配していた。芽里が帰ってきたとき、少しでも寂しい思いをしないように。

「凌司さん、見て!」

芽里が指さした先には、小さな噴水があった。

「これ、まだ残ってるんだ!」

「ああ。お前が気に入っていただろう」

「覚えてるの?」

「忘れるわけがない」

凌司は当然のように答えた。

芽里がまだ小学生だった頃、あの噴水のそばで足を滑らせ、膝を擦りむいたことがあった。

たったそれだけの怪我なのに、当時まだ20代だった凌司は顔色を変え、すぐに医師を呼ぼうとした。

泣いていた芽里は、そんな彼を見て思わず笑ってしまった。

『凌司お兄ちゃん、ちょっと転んだだけだよ』

『血が出ている』

『でも、痛くないもん』

『……本当か?』

『うん!』

それでも心配そうな顔をしている凌司に、芽里は小さな手を差し出した。

『じゃあ、痛いの痛いの、飛んでいけってして』

凌司はしばらく戸惑っていたが、結局、言われたとおりにした。

その日以来、芽里が怪我をするたび、彼は必ず同じことをしてくれた。

今思えば、あんな無愛想な人が、よく子供の遊びに付き合ってくれたものだ。

「凌司さんって、昔から心配性だったよね」

芽里が笑うと、凌司は少し眉を寄せた。

「お前が危なっかしかったんだ」

「今はもう大丈夫だよ」

「……それならいいんだが」

その返事があまりにも疑わしそうで、芽里は声を上げて笑った。

凌司もつられて口元を緩める。

彼女が笑っている。

その光景だけで、今日の予定をすべて取り消したことなど、どうでもよくなった。

****

玄関では、使用人たちが1列に並んで芽里を迎えた。

「お嬢様、お帰りなさいませ!」

「ただいま! みんな元気だった?」

芽里が1人ずつ声をかけると、年配の家政婦は目に涙を浮かべた。

「すっかりお綺麗になられて……」

「もう、そんなに大げさに言わないで」

芽里は照れくさそうに笑いながら、懐かしい人々との再会を喜んだ。

その様子を少し離れた場所から見守っていた凌司に、慎吾が近づいてきた。

「社長、お嬢様のお部屋の準備はすべて整っています。お食事も、ご指示どおりに」

「そうか」

「ただ……」

慎吾は少しためらった。

「午後の予定はいかがなさいますか。先ほどから何件もお問い合わせが入っておりますが」

「明日以降に回せ」

「承知しました」

慎吾は予定表を閉じ、芽里のほうを見た。

「本日は、何時頃までこちらに?」

凌司の視線の先で、彼女はまだ使用人たちと楽しそうに話していた。

「……あいつが落ち着くまでだ」

慎吾は頷いた。今日の予定を戻す必要はなさそうだった。

****

芽里が自分の部屋に入ると、思わず歓声を上げた。

「すごい! 私の部屋、そのままだ!」

淡いクリーム色の壁紙に、窓辺の白いソファ。棚には留学前に集めていた小物が、きれいに並べられていた。

ベッドの上には、新しい寝具と大きな花束。

そしてテーブルには、芽里が幼い頃から大好きだったイチゴのタルトが用意されている。

「これまであるの?」

芽里は驚いて振り返った。

凌司は入口に立ったまま、穏やかに頷く。

「昔、よく食べていただろう」

「うん! 覚えててくれたんだ」

「お前の好きなものくらい、覚えている」

芽里は嬉しくなって、早速タルトを1口食べた。

甘酸っぱいイチゴと、たっぷりのカスタードクリーム。

子供の頃、誕生日になると必ず食べた懐かしい味だった。

「おいしい?」

凌司が尋ねる。

芽里は笑顔で頷いた。

「うん、懐かしい!」

その一言に、凌司は安心したように微笑んだ。

ところが芽里は、もう1口食べたあと、少し困ったような顔をした。

「でもね、凌司さん」

「どうした?」

「私、最近はあんまり甘いものを食べなくなったの」

凌司の表情が、わずかに変わった。

「……そうなのか?」

「うん。留学してから好みが変わっちゃって。今は甘さ控えめのチーズケーキとか、ビターなチョコレートが好きかな」

芽里は何気なく話していた。

しかし凌司は、しばらく黙っていた。

好きな花も、食べ物も、何をすると笑ってくれるかも。芽里のことなら、何でも知っているつもりだった。

彼女のいない4年間、この部屋は変えずにおいた。

けれど芽里は、自分の知らない場所で、新しいものを好きになっていた。

自由に成長してほしいと願ったのは、自分だ。

それなのに、食べかけのタルトを見ると、ほんの少しだけ胸が痛んだ。

「凌司さん?」

芽里が不思議そうに顔を覗き込む。

凌司は我に返った。

「……すまない」

「え?」

「今のお前の好みを、ちゃんと聞いておくべきだったな」

芽里は目を丸くした。

「そんなことで謝らなくていいよ!」

「次からは気をつける」

凌司が真剣な顔で言うので、芽里は思わず笑ってしまった。

「もう、凌司さんったら。私がイチゴのタルトを好きだったことを覚えててくれた、それだけで嬉しいのに」

そう言って、彼女はもう1口タルトを食べた。

凌司は何も言わず、その姿を見つめていた。

彼にとって芽里は、いつまでも守ってやりたい存在だった。

だが、彼女が変わっていくことを寂しいと思う自分がいることに、初めて気づいた。

****

昼食のあと、芽里は屋敷の中を歩き回った。

留学前に使っていた書斎。

ピアノの置かれた音楽室。

子供の頃、雨の日によく本を読んでいた窓辺。

どこへ行っても、懐かしい思い出が蘇ってくる。

そして、ふと気づいた。

ここには、自分の思い出があふれている。

けれど、凌司のものは1つもない。

「ねえ、凌司さん」

「何だ?」

「凌司さんの家って、どんな感じなの?」

凌司は少し意外そうな顔をした。

「俺の家?」

「うん。そういえば、ちゃんと見たことなかったなって」

幼い頃、芽里にとって凌司はいつもそばにいる人だった。

学校へ迎えに来てくれる人。

困ったときに助けてくれる人。

誕生日には必ずプレゼントをくれる人。

けれど、彼がどこで暮らし、何をして過ごしているのか、考えたことはほとんどなかった。

「別に、面白いものは何もないぞ」

凌司は答えた。

「そうなの?」

「ああ」

「じゃあ、お休みの日は何してるの?」

「仕事だな」

「仕事がない日は?」

「……資料を読んだり、次の仕事の準備をしたり」

芽里は思わず足を止めた。

「それって、結局お仕事じゃない!」

凌司は少し考え、頷いた。

「そうだな」

「趣味は?」

「特にない」

「好きな食べ物は?」

「何でも食べる」

「行ってみたい場所は?」

「必要なら、どこへでも行く」

芽里はとうとう呆れた顔になった。

「もう! 私、凌司さんのお仕事の話を聞いてるんじゃないよ!」

凌司は困ったように眉を寄せた。

世界中の経営者が答えを求めても、彼は決して迷わない。

何兆円もの資金を動かす判断も、難しい交渉も、彼にとってはさほど苦にならない。

それなのに、芽里から好きな食べ物を聞かれただけで、まともな答えが出てこなかった。

芽里はそんな彼を見つめながら、少しずつ胸が苦しくなっていくのを感じた。

この人は、ずっとこうだったのだろうか。

自分の好きなものを選ぶことも、自分が行きたい場所を考えることもせず、ただ仕事をして、誰かを守って。

「……凌司さん」

「ん?」

「今まで、楽しかったことってないの?」

凌司はすぐには答えなかった。

楽しかったこと。

その言葉を心の中で繰り返す。

商談を成功させ、事業を広げてきた。達成感もあったはずなのに、真っ先に浮かんだのは、庭で泣いていた芽里の顔だった。

「痛いの痛いの、飛んでいけ」とぎこちなく繰り返す自分を見て、あの子は笑った。

学校へ迎えに行った日も、誕生日の贈り物を開けた日も。思い出すたびに、芽里の笑い声が聞こえた。

「……あるよ」

凌司は静かに答えた。

芽里の顔が明るくなる。

「本当? どんなこと?」

凌司は彼女を見た。

その笑顔が、あまりにも昔と変わらなくて、胸の奥が温かくなる。

「お前が……」

そこまで言いかけて、彼は口を閉じた。

芽里が首を傾げる。

「私が?」

凌司はわずかに笑った。

「いや。何でもない」

「えー! そこまで言っておいて?」

「大したことじゃない」

お前が笑っているときが、俺にとって1番幸せな時間だった。

それを口にすれば、芽里はきっと自分を気遣う。今日のように、何が好きか、何をしたいかと考えてくれるだろう。

そうさせたくはなかった。

芽里には、もっと広い世界で、誰にも遠慮せず幸せになってほしい。自分の人生が彼女だけで埋め尽くされていることまで、背負わせるつもりはなかった。

****

夕方になり、慎吾から仕事の連絡が入った。

海外の取引先から、どうしても今日中に確認が必要な案件があるという。

凌司は電話で指示を出し、残りの処理を慎吾に任せた。

通話を終えると、芽里がソファから立ち上がった。

「凌司さん、もう帰る?」

「ああ。お前も疲れているだろう。今日はゆっくり休め」

「そっか……」

芽里は少し残念そうに俯いた。

本当は、まだ一緒にいたかった。

4年ぶりに帰国したばかりなのだ。話したいことも、聞きたいことも山ほどある。

けれど凌司がどれほど忙しい人なのか、芽里も知っている。

今日だって、自分のわがままで大切な会議を中断させてしまった。

これ以上、引き留めるわけにはいかない。

「今日はありがとう、凌司さん」

芽里は笑顔を作った。

「迎えに来てくれて嬉しかった。お部屋も、タルトも、全部ありがとう」

凌司は彼女の表情を見つめた。

「……何か、ほかに欲しいものはないか?」

「え?」

「必要なものがあれば、何でも言え。すぐに用意する」

芽里は少し考えた。

そして、いたずらっぽく笑う。

「じゃあ、1つだけお願いしてもいい?」

「もちろん」

「今度、凌司さんのお家に遊びに行ってもいい?」

凌司は一瞬、言葉を失った。

「……俺の家に?」

「うん!」

芽里は嬉しそうに頷いた。

「今日、凌司さんのこと、知らないことばっかりだって気づいたの。だから今度は、私が凌司さんのことをもっと知りたい」

その言葉に、凌司の胸が不意に締めつけられた。

芽里の願いなら、何でも叶えてきた。値段を確かめる必要も、誰かに許しを求める必要もなかった。

けれど今、彼女が知りたいと言っているのは、何を用意できるかではない。

何もしていないときの、自分自身だった。

「……つまらないところだぞ」

凌司はようやく答えた。

「そんなの、行ってみないと分からないよ」

「本当に何もない」

「凌司さんがいるでしょう?」

その一言に、凌司は息を止めた。

そこに自分がいる。それだけで、芽里は会いに来たいと言う。

仕事の話も、何かを頼む用事もなくていいのだと、凌司はすぐには信じられなかった。

「……分かった」

凌司はゆっくり頷いた。

「いつでも来い。お前なら歓迎する」

「本当? 約束だよ!」

芽里は嬉しそうに笑った。

凌司も微笑み返す。

****

凌司を見送ったあと、芽里は窓辺に立ち、遠ざかっていく車を眺めていた。

庭の噴水も、部屋のタルトも、凌司は自分のために覚えていてくれた。

なのに彼が何をすれば楽しいのか、今日も最後まで聞けなかった。

芽里は携帯を取り出した。

そして、少し迷ったあと、凌司にメッセージを送った。

【凌司さん、今日は本当にありがとう。今度は私が、凌司さんが楽しめることを見つけるね!】

送信してから、芽里は思わず微笑んだ。

これまでずっと、彼に守られてきた。

でも、もう自分は子供ではない。

今度は少しくらい、彼のために何かをしてもいいはずだ。

一方、車の後部座席でそのメッセージを読んだ凌司は、しばらく画面から目を離せなかった。

今度は私が、楽しめることを見つける。

芽里の言葉を、もう1度読み返した。

彼女が笑っていてくれれば、それで十分だったはずだ。それなのに、自分のことを考えてくれると分かっただけで、胸の奥が温かくなる。

凌司は返信の欄を開いた。

【楽しみにしている】

短い言葉を送ってからも、しばらく携帯を置けなかった。

本当は、いつ来るのかまで聞きたかった。

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    「宮原のお嬢様、ずいぶん立派な護衛をお持ちですね」休憩室から戻った芽里に、男が声をかけた。城崎直哉(しろさき なおや)、32歳。国内有数の不動産グループの御曹司だ。「広瀬社長が直々に靴の世話までなさるとは。随分と大切にされているようで」笑顔の奥に皮肉が透けていた。芽里は礼儀正しく微笑む。「凌司さんには、昔からお世話になっているんです」「宮原家も、いい人材を拾いましたね。あれほどの男を護衛にしていたとは」拾った。その言い方が引っかかった。凌司は今、少し離れた場所で海外企業の代表と話している。芽里が「もう大丈夫だから、お仕事に戻って」と送り出したばかりだった。「凌司さんは、私たちにとって大切な方です。そういう言い方は控えていただけますか」「失礼。もっとも、今では宮原家のほうが彼に守られている立場でしょう? 昔の勢いもなくなったと聞きますし」「経営のお話でしたら、祖父にお願いします」芽里は穏やかに答えて立ち去ろうとした。だが、直哉はさらに声を落とした。「そういえば、ご両親はあの襲撃事件で亡くなられたとか。あれほど警護の厳しい屋敷が襲われるなんて、よほど恨みを買っていたんでしょうね」芽里の足が止まった。銃声。炎。母の声。4歳のあの夜の記憶が、不意に胸を締めつける。「……両親のことを、そんなふうに言わないでください」「お気を悪くされましたか? 昔の事件について、少し感想を述べただけですよ」男は悪びれる様子もない。芽里は言い返そうとしたが、喉が詰まった。父も母も、どんな思いで自分を守ろうとしたのか。この男は何も知らない。周囲にはほかの招待客もいた。誰かが気づいているはずなのに、誰も口を挟まない。相手は大手グループの跡取りで、今夜の宴席では有力な客の1人だった。芽里は父と母の顔を思い出そうとした。けれど記憶の中の2人は、いつも遠い。どうして、知らない人にまで大切な思い出を踏みにじられなければならないのだろう。悔しさに視界が滲んだ、そのとき。「今、何と言った?」背後から低い声が響いた。****直哉が振り向くと、凌司が立っていた。「ひ、広瀬社長……!」「芽里に何と言ったのか、聞いている」凌司の視線が芽里に移る。彼女は慌てて目元を拭ったが、赤くなった目を隠すことはできなかった。「凌司さん、何でもないの。私なら大丈夫だから」

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