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第176話

作者: ルーシー
病室で一時間ほど様子を見て異常がなかったので、玲奈は愛莉を連れて小燕邸へ戻った。

帰宅すると、娘を洗面させ、清潔なパジャマに着替えさせる。

娘が眠りについたあと、ようやく自分も入浴し、肌の手入れを済ませた。

愛莉のことが心配で、この夜は彼女の部屋のソファに横になった。

雨に濡れたせいか、眠りは浅く、玲奈は夢ばかり見た。

智也に尽くしてきた日々のこと、家族と決裂したこと、娘に「ママは悪い人だ」と責められる夢。

そして、夢うつつの中で智也の姿を見た気がした。

彼は身を屈め、何かを口ずさんでいるようだったが、言葉は届かない。

聞き取れないが、彼は身を屈めたまま腕を差し伸べる。

一方の腕を玲奈の背に、もう一方を脚の下に回し――彼女を抱き上げた。

そこから先が夢なのか現実なのか、玲奈には分からなかった。

その夜はひどく深く眠り、翌朝目を覚ますと、全身が鉛のように重く、力が入らなかった。

意識がはっきりしたとき、そこが愛莉の部屋ではなく、智也と自分の寝室であることに気づく。

さらに衝撃だったのは、智也が静かに隣に横たわっていたことだ。

しかも、自分の手も足もまるでタコの脚のように彼に絡みつき、抱きしめるようにして眠っていた。

呆然とした玲奈は、昨夜の夢を思い出す。

――まさか、智也が抱き上げたのは夢ではなかったのか。

どちらにせよ、こうして彼にしがみついている現実は否定できない。

慌てて手足をそっと引こうとした瞬間、智也のまぶたが開いた。

その目と視線がぶつかった瞬間、玲奈は硬直し、動きも止まる。

智也は横を向き、じっと彼女を見つめ、しばらくしてから静かに言った。

「......起きたか?」

玲奈はすぐに手足を引き抜き、できるだけ距離を取るように身を退けてから、短く答える。

「ええ」

彼女の仕草に気づきながらも、智也はただ口を開いた。

「昨夜、熱を出していた」

昨日、雨に打たれたことを思い出し、玲奈はようやく合点がいった。

「ああ......」

体がだるくて起き上がる気力はない。

ただ、彼から少しでも離れたい一心だった。

智也もその虚弱さを悟ったのか、無意識に手を伸ばす。

玲奈はびくりと身を震わせた。

彼女が身を引いたことで、智也の胸に妙なざらつきが広がる。

かつては、こうしてそばにいれば、彼女は嬉しそうに胸へと
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コメント (3)
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美桜
玲奈さん…もっと毅然と突っぱねようよ。お泊りはなしで!家政婦さんがいるでしょ!
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カナリア
ホント何してるの? さっさと帰らない意味が分からない イライラしてきたわ 自宅で寝かしたら家政婦に任せて帰れば良かったのに… こんな事ばっかり繰り返してるから周りに舐められてバカにされるんだよ この旦那も娘も愛人や周りの仲間はもちろん最低だし地獄に堕ちろと思うけど玲奈の行動が理解できなくて自業自得にしか見えなくなるわ
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maasa16jp
ほんま 気持ち悪いクズおっさんや
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