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禁断の夜に落ちていく

Author: 吟色
last update Last Updated: 2025-07-27 01:09:06

夜中に目が覚めた時、隣でカイルが小さく呻いているのに気づいた。

月明かりが差し込む薄暗い部屋で、彼は眉間にしわを寄せて苦しそうにしている。悪夢を見ているのかもしれない。その寝顔を見つめていると、胸の奥が切なくなった。

記憶を失っているとはいえ、きっと心の奥底では何かを感じ取っているのだろう。罪悪感や混乱が、夢となって彼を苛んでいるのかもしれない。

「う……んん……」

カイルがまた呻いた。今度は私の名前のような音が混じっている。

私は思わず手を伸ばして、彼の頬に触れた。熱い。汗ばんでいる。

その瞬間、カイルの目がぱっと開いた。

「リア……?」

「ごめんなさい、起こしちゃった?」

「いや……」

カイルは身体を起こし、頭を振った。

「悪い夢を見てた気がする。でも、内容は覚えてない」

「どんな夢?」

「血の匂いがして……誰かが泣いてて……」

彼の声が震えている。私の心臓が早鐘を打った。あの夜の記憶が、夢となって蘇っているのかもしれない。

「ただの夢よ。もう大丈夫」

私はカイルの手を握った。冷たくて、震えている。

「君がいてくれて、よかった……」

カイルが私を見つめる。その瞳には、不安と安堵が混じっていた。

「一人だったら、きっと怖くて眠れない」

「私はここにいるわ。ずっと」

そう言いながら、胸の奥で罪悪感が渦巻いた。私こそが、彼の悪夢の原因なのに。彼を苦しめている張本人なのに。

「リア……近くにいてくれるか?」

カイルの声が、まるで子供のように頼りなかった。記憶を失って、心細いのだろう。私は迷わず彼の隣に横になった。

「これで安心?」

「ああ……」

カイルは私を腕の中に引き寄せた。その腕に包まれると、不思議と私も安心した。殺された相手の腕の中にいるなんて、どう考えても異常なのに。

「君の匂い、好きだ」

カイルが私の髪に顔を埋めながら呟いた。

「どんな匂い?」

「花みたい。優しくて、清らかで……」

彼の息が首筋にかかって、ぞくっとした。

「君といると、心が落ち着く」

カイルの手が、私の背中をゆっくりと撫でる。その手つきが優しくて、でもどこか切なくて。

「私も……あなたといると、安心する」

本当だった。こんなに複雑な状況なのに、彼の腕の中にいると、すべてを忘れられる。

「本当に?」

「本当よ」

カイルが私の顔を覗き込んだ。月光が彼の顔を照らしている。整った顔立ち、優しい目、少し困ったような表情。

こんなに美しい人が、なぜあんなことを……

でも今は、そんなことはどうでもよかった。今この瞬間の彼が、私を愛してくれている。それだけで十分だった。

「リア……」

カイルの顔が近づいてくる。その瞳が、私だけを見つめている。

キスされる。

柔らかくて、温かい唇。最初はそっと触れるだけだったのが、だんだん深くなっていく。私も目を閉じて、その感覚に身を委ねた。

「愛してる……」

カイルが囁く。その言葉が、私の心の奥底まで響いた。

「私も……愛してる」

自然に口から出た言葉。嘘じゃない。本当に愛している。理屈では説明できないけれど、心の底から愛している。

カイルの手が、私の頬を包んだ。その手が震えているのがわかった。

「君を失うのが怖い……」

「失わないわ。私はここにいる」

「約束してくれ。どんなことがあっても、俺のそばにいるって」

どんなことがあっても? もし彼の記憶が戻ったら? 真実を知ったら?

でも今は、そんな不安を押し殺した。

「約束する」

嘘かもしれない。でも今は、彼を安心させてあげたかった。

カイルは安堵したように微笑んで、また私にキスをした。今度はもっと情熱的に。私も応えた。胸の奥で、罪悪感と愛情が激しくぶつかり合っていた。

「君が欲しい……」

カイルの声が掠れている。その言葉に、私の身体が熱くなった。

「でも、君が嫌なら……」

「嫌じゃない」

私は彼の目を見つめて答えた。

「私も、あなたが欲しい」

それは本心だった。罪悪感も、混乱も、すべてを忘れて、この人と一つになりたかった。

カイルの手が、私の肌に触れた。電気が走ったみたいに、全身が震えた。

「美しい……」

彼が囁く。その声に、愛おしさと欲望が混じっていた。

月光の下で、私たちは愛し合った。

カイルは驚くほど優しかった。私を壊れ物のように大切に扱って、何度も愛していると囁いてくれた。私も彼の名前を呼び続けた。

でも、快楽の波に溺れながらも、心の片隅では涙を流していた。

これは間違っている。

私を殺した人を愛するなんて。殺された私が、その相手に身体を許すなんて。

でも、止められなかった。

カイルの優しさが、愛情が、すべてを溶かしてしまう。理性も、常識も、すべてが彼の腕の中で無意味になった。

「愛してる、リア……」

「私も……愛してる……」

何度も交わした言葉。その度に、心が張り裂けそうになった。

愛している。本当に愛している。

でも、この愛は許されるの?

事後、カイルの腕の中で横になりながら、私は考えていた。

「後悔してるか?」

カイルが心配そうに尋ねた。

「してない」

嘘じゃなかった。後悔はしていない。でも、罪悪感はある。複雑すぎて、自分でもよくわからない感情だった。

「よかった……君に嫌われるのが一番怖い」

カイルが私の髪を撫でる。その手つきが、愛おしくて切なかった。

「嫌いになんて、ならないわ」

それも本当だった。どんなことがあっても、この人を嫌いにはなれない。

「ずっと一緒にいよう」

「ええ」

カイルの胸に顔を埋めながら答えた。彼の鼓動が聞こえる。力強くて、温かい音。

でも、その鼓動を聞きながら、私は不安になった。

いつか、この心音が止まる日が来るかもしれない。真実を知った時、彼が私を憎むようになったら……

「何を考えてるんだ?」

カイルが私の表情を読み取ったらしい。

「何でもない。ただ、幸せすぎて怖いの」

「怖い?」

「夢みたいで。いつか醒めてしまいそうで」

カイルは私を抱きしめた。

「夢じゃない。俺たちの愛は本物だ」

本物の愛……

そうかもしれない。でも、偽りの上に成り立った愛でもある。

「眠ろう。君が疲れてる」

カイルが私の額にキスをした。

「おやすみ、リア」

「おやすみ、カイル」

私は目を閉じた。でも、眠れなかった。

彼の腕の中で、愛されている実感と、罪悪感が交互に襲ってくる。

愛している。心から愛している。

でも、この愛の行く先は……

窓の外で、風が木々を揺らしている。まるで何かを警告するように。

私は小さく震えた。未来への不安で。

でも今は、この腕の中にいたい。この愛を信じていたい。

たとえそれが、禁断の愛だとしても。

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