เข้าสู่ระบบ静かな地下牢で交わされる言葉が、 二人の関係を大きく変えていきます。
地下牢に、静寂が落ちた。 水滴の音だけが、遠くで響いている。 ノリスは動けなかった。 心臓だけが、うるさい。(……今、なんて言ったの) 今ここにいるのはノリス。 その言葉が、頭の中で何度も反響する。 もう、呼ばれることはないと思っていた。 王都で敗れてから、ノリスは死んだのだから。 ここにいるのは、ヒマリの器。 アレクシスに必要なのはヒマリで、自分ではない。 だから。「……困る」 気づけば、声が漏れていた。 アレクシスが少し首を傾げる。「困る?」「だって……」 喉が詰まる。「許されると思ってないから」 視線が落ちる。「私は、ヒマリみたいに強くない。 嫉妬深くて、優しくもない。 だから、何回も間違えた」 言葉が続かない。 魔王だった頃のこと。 間違え続けた日々。 全部が、一度に押し寄せた。「……はっきり言うわ」 震えながら、それでも続ける。「魔王だった頃、こんな目に遭うことなんて 考えてもいなかった。だから……責めてほしかった」「責めても、腕は戻らないしね」 アレクシスは、小さく笑った。 冗談みたいな言い方。 だけど、その笑顔の奥に、確かな疲れが見えた。「痛いでしょ、惨めじゃないの?」 思わず出た声。 アレクシスは片目しかない青い瞳を閉じた。 そして、正直に言った。「辛いよ」 地下牢の空気が、少しだけ変わる。「母上を救えなかった」 一拍。「理由を付けて、自分だけ逃げ出した」 ノリスの呼吸が止まる。 初めてだった。 この人が、弱音を見せたのは。「結局瓦礫に押しつぶされ――目が覚めた時」 アレクシスは静かに続ける。「右が見えなくて」 失った肩へ、左手を置く。「腕もなくなってて」 少しだけ笑った。 泣きそうなくらい、弱い笑いだった。「最初に思ったんだ」 静かな声。「――ああ、もうロンデル公子アレクシスは終わったな、って」 胸が締めつけられる。 この人も、怖かったのだ。 壊れない人なんて、いなかった。「でも」 片方だけの瞳が開き、真っ直ぐノリスを見る。「君が来てくれた。 それ、すごく嬉しかった」 ノリスは言葉を失う。「ヒマリじゃなくても」 少し笑う。「かつて国を攻めて来た魔王でも」 また、胸が痛ん
地下牢は静まり返っていた。 湿った石壁と錆びた鉄格子。 血と薬草が混ざった重たい匂いが空気に残り、 遠くで水滴の落ちる音だけが響いている。 「誰だ……?」 鉄格子の奥、暗闇の中に人影が見えた。 壁にもたれ、浅く呼吸を繰り返している。 ノリスの足が止まる。 そして次の瞬間、息が詰まった。 右腕がなかった。 肩口から先が失われ、乱暴に止血された痕だけが残っている。 包帯は乾いた血で赤黒く染まり、 どれだけ長く苦しんできたかを物語っていた。 右目も布で覆われている。 以前の穏やかな公子の面影は、傷の下へ隠れていた。 それでも分かった。 アレクシスだった。 本当に生きていた。 その事実だけで胸が締めつけられる。 だが同時に、視線を逸らしたくなるほど苦しかった。 サンドランドで交わした密約。 王都ブリュードで崩れていく街。 そして、ロンデルの崩壊。 全部、自分から始まった。 ヒマリを傷つけ、この人も傷つけた。 今、自分はその結果を見ている。 指先が小さく震えた。「……牢番ではないな」 掠れた声だった。 アレクシスがゆっくり顔を上げる。 残った左目が暗闇を探し、やがてノリスの方へ向けられた。「……ヒマリ?」 その呼びかけは祈りのように弱かった。 ノリスの胸が痛む。 違う。 そう言わなければならない。 だが今ここで否定すれば、 この人から最後の支えまで奪ってしまう気がした。「……助けに来た」 気づけばヒマリの声を使っていた。 アレクシスの肩から少しだけ力が抜け、 安心したように小さく笑った。「……やっぱり」 弱々しい声だった。「来てくれると思ってた」 その笑顔を見た瞬間、ノリスは視線を逸らした。 こんな顔にしたのは自分だ。 そう思うだけで胸が苦しくなる。 外は砂漠のはずなのに、湿った石畳が恐ろしく冷たい。 少し迷って、アレクシスの前で膝をついた。「……痛い?」 震える声で尋ねると、アレクシスは少しだけ笑った。「すごく」 冗談みたいな言い方だった。 ――だが笑えるはずもない。「ありがとう、君が来たから少し楽になった」 限界だった。 罪悪感と後悔が胸を押し潰す。「……ごめんなさい」 声が崩れた。「全部……私のせい」
指輪が静かに脈打った。 黒い光が指先を覆い、その輝きが視界を飲み込んだ瞬間、 世界は音もなく反転した。 ◆ 空には雲がなかった。 なのに紫色の空そのものが脈打つように揺れている。 地面は黒い霧に覆われ、遠くで巨大な何かが蠢く音が響いた。 ノリスはゆっくり息を吐く。「……異界」 かつて何度も歩いた場所。 魔王だった頃の自分にとって、ここは恐れる場所ではなかった。 異界獣は道を開け、霧は足元に従う。 庭を散歩するようなものだった。 胸の奥がざわつき、足先には力が入らない。 周囲に広がる闇の気配が、ただ純粋に恐ろしかった。(……私、怖がってる) そんな感情を自覚したのは初めてだった。 魔王だった自分には必要のなかった感覚。 けれどヒマリは、ずっとこんな世界を歩いていたのだろう。 弱くて、傷ついて、それでも前へ進み続けていた。(……これが、ヒマリの見ていた世界) 今さら知る。 あの少女が、どれほど強かったのか。 足元の黒霧が、ゆっくり足首へ絡みついた。 冷たい、まるで沈み込ませるような感触だった。 ノリスは反射的に足を引く。 その時、頭上を巨大な影が横切った。 反射的に呼吸が止まる。 アストラルナーガ。 建物ほどの巨体を持つ異界獣だった。 黒い触手が空間を裂くように揺れ、無数の眼が虚空を彷徨っている。(……っ) 逃げなければ。 そう思った瞬間、触手がゆっくり伸びてきた。 ノリスの肩へ。 指先ほどの距離。 熱い涎が首元に滴り、心臓が凍る。 だが、異界獣は止まった。 何もない場所を見るように首を傾げる。 そして、そのまま霧の向こうへ消えていった。 しばらく動けなかった。 全身から嫌な汗が流れている。(本当に……見えてない) フェルマーの言葉が蘇る。 ――お前は餌ですらない。 それでも、怖くないわけじゃない。 死なない保証などない。 ここは、異界だ。 ほんの少しの迷いで、人の形さえ失う場所。 歩き出そうとした時だった。 違和感が走る。「……え?」 自分の手が透けていた。 指先から輪郭がぼやけ、存在そのものが霧へ溶け出している。 慌てて握り締めようとしても感覚が曖昧だった。(うそ……) 胸が冷える。 フェルマーの忠告が蘇る。 ――迷えば、輪郭
王城、謁見の間。 高い天井から差し込む光が、磨き上げられた床へ静かに落ちていた。 玉座に座るのは――ヒマリ。 否。 ヒマリの姿をした、ノリスだった。 背筋を伸ばし、穏やかな笑みを浮かべる姿は、 誰が見ても女王そのものだ。 ほんの少しだけ声が低いことも、 瞳に以前より冷たい灰色が宿っていることも、気づく者はいない。「――本日の議題を」 静かな声が響く。 その瞬間、張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。 女王は健在。 王国は終わっていない。 貴族たちは、そう信じたかった。 玉座の上で、ノリスはゆっくり呼吸を整える。(私はヒマリ) (私は女王) フェルマーに教育されながら、何度も繰り返した言葉だった。 そう思わなければ、自分が崩れそうだった。 ヒマリは眠っている。 だから、自分が立たなければならない。 そのはずなのに――。(……本当に?) 一瞬だけ、胸の奥がざわついた。 自分は誰なのか。 ノリスなのか。 ヒマリなのか。 生き延びて、何をしたかったのか。 だが微笑は崩さない。「続けて」 低く告げた時だった。 慌ただしい足音が響く。 文官が青ざめた顔で膝をついた。「サンドランド王国より、全国家へ向けた公式声明が届きました!」 ざわり、と空気が揺れる。 読み上げられた内容に、場の温度が一気に下がった。 ロンデル公国正統継承者、アレクシス公子の保護。 ロンデル解放要求。 そして、 ――魔王ヒマリによる侵略行為への糾弾。 怒号が飛び交った。「僭王ジギスムントを討つべきです!」「しかし軍の損耗が大きい!」「公子が本当に生存しているなら――」「陛下、ご判断を!」 ヒマリなら、即断していた。 だが、玉座の上だけが静かだった。 アレクシス。 その名が、胸の奥へ鋭く刺さる。(生きてる……?) 嬉しい。 けれど、同時に恐怖が走った。 もし、生きているなら。 もし、本当に囚われているなら。 ――自分のせいだ。 あの時、ジギスムントと手を組まなければ。 もっと別の道を選べていたなら。「陛下!」 怒号が強くなる。 その時だった。「静まれ。陛下の御前である」 低い声が響く。 一瞬で空気が止まった。 フェルマーだった。「ロ
サンドランド王宮・謁見の間。 朝の陽光が高窓から差し込み、砂岩の柱を黄金色に染めていた。 乾いた光の中で、細かな砂塵が静かに舞っている。 その中央、ジギスムントは階段下に立っていた。 背筋は真っ直ぐに伸び、衣服に乱れはない。 柔らかな微笑すら完璧だった。 誰が見ても、敗北とは無縁の男。 ――そう見えるはずだった。「この先、どうなるのだ?」 慌ただしい足音が響き、サンドランド王サムールが姿を現す。 老王の顔には、隠しきれない不安が滲んでいた。「やはり次は、我が国が戦場になるのか?」 ジギスムントは穏やかな笑みを崩さない。「ご心配には及びません」 一礼。その所作は流れるように自然だった。「魔王ノリスは討たれ、ロンデル公国は事実上崩壊しております。 さらに、行方不明となっていたアレクシス公子も保護いたしました」「おお……!」 サムールの表情が明るくなる。 ジギスムントは静かに言葉を重ねた。「今後はロンデル交易権を整理し、木材取引を始めます。 大型船による北方都市群との交易路も整うでしょう」「木材か……!」 老王の目が露骨に輝いた。 砂漠国家にとって木材は長年の悲願だった。 ――実に分かりやすい。 欲しいものを示せば、人は動く。 王ですら。「サンドランドは、これまで以上に豊かになります」「素晴らしい!」 満足そうに頷いたサムールは、上機嫌のまま続けた。「では予定通りだ。アリシアとの婚姻、来月に進めよう」 ジギスムントは優雅に頭を垂れる。「光栄です。王女殿下には最大の敬意を」 円満な政略。 盤面は整っている。 ――そう見える。 やがて王が去り、広い謁見の間に静寂が落ちた。 その瞬間、ジギスムントの笑みが音もなく消える。 指先が微かに震えていた。(……二度だ) 胸の奥で、冷たい感情がゆっくり形を持つ。(私は、二度も撤退した) あり得ないことだった。 これまで全ては計算通りに進んできた。 国も、人も、感情すら。 敵対者は切り崩し、必要な者は懐柔する。 必要なら愛すら演じた。 誰もが最後には、自分の描いた盤面へ辿り着く。 ――それが当然だった。 だが、ヒマリだけは違った。 完璧に追い詰めたはずだった。 兵を動かし、策を巡らせ、外交まで使った。
石壁の冷たさが、背中から骨へ染み込んでいた。 湿った空気が肺に重く、片目は見えない。 右肩から先も、もう存在しなかった。 それでも、不思議と痛みは薄い。 痛みを感じる余裕すら、心のどこかから消えてしまっていた。 アレクシスは石壁にもたれ、浅く息を吐く。 差し込む光は少なく、鉄格子の向こうには誰の気配もない。 足音が響く。 規則正しく、迷いなく。 やがて石扉が開いた。 現れた男を見て、アレクシスはゆっくり顔を上げる。 ジギスムント。 かつてのブリュード王国の王。 そして――すべてを奪った男だった。「生きているか、公子」「……どうにか」 掠れた声だった。 ジギスムントは数秒、黙ってアレクシスを見る。 観察し、値踏みする目。 その視線は、冷徹だった。 アレクシスは唇を動かす。「……ロンデルは」 だが、最後まで言わせなかった。「滅んだ」 迷いのない断定。「ロナ公妃は戦死。 公宮は陥落。 ロンデル公国は崩壊した」 空気が止まる。 (――あなたは、生き残るの) 母の最期の声を思い出す。 叫びも涙も出なかった。 ただ左手の爪だけが、掌へ深く食い込んでいく。 胸の奥で何かが静かに崩れ落ちた。「……そうですか」 声だけは震えなかった。 ジギスムントの目が、わずかに細くなる。「泣かないのか」「泣けば、戻りますか」「戻らん」「なら、無駄です」 即答だった。 その声には、もう以前の弱さがなかった。 いや、正確には――削ぎ落ちていた。 ジギスムントが、小さく笑う。「いい顔になった」 石椅子を引き、向かいへ座る。「では、試そう」 冷たい蒼い瞳が向けられる。「お前は、なぜロンデルが落ちたと思う?」 アレクシスは沈黙した。 感情を押し殺す。 考える。 ただ、生き残るために。「僕の力が足りなかった……だが、戦力差ではありません」「ほう」「最初から、壊す順番が決まっていた」 脳裏に、炎の街が浮かぶ。「内部構造を知っている者がいた」「あるいは――」 一瞬、言葉を止める。「誰かが、魔物を誘導した」 ジギスムントの口角が、僅かに上がった。「及第点だ」 アレクシスは顔を上げる。 そこで初めて理解した。 この男は、答え合わせをし
ゴブリンが突然動きを止めた。 その理由を、ヒマリはすぐに理解したわけではない。 ただ、闇の奥で何かが目を覚ました気配だけが、肌を刺した。 ガサリ。 複数の足音。 赤い光が、闇に点る。 一つ、二つ……十を超える。 腐った息。 低い唸り声。(……来ないで……) 後ずさった背中が瓦礫にぶつかり、逃げ場が消える。 闇から現れたのは、歪な影たちだった。 骨だけの骸骨。 粘液の塊。 腐臭を放つ死体のような魔物。 魔王城の最下層に巣食う、最底辺の存在。「来るなっ!」 反射的に手を突き出した瞬間―― 白い光が、ふわりと指先から溢れた。 眩しくはない。
眩しい光に包まれ、思わず腕で顔を覆った。(……え?) さっきまで、狭いワンルームのベッドにいたはずだ。 スマホを握ったまま寝落ちし、通知の来ない画面をぼんやり見つめていた。 それなのに、鼻を刺す空気の匂いが違う。 古い石の冷たさ。ざわめく人の気配。「成功だ……!」 誰かの興奮した声が響く。 恐る恐る目を開いた瞬間、心臓が止まりそうになった。 見知らぬ大広間だった。 高い天井。壁一面に刻まれた巨大な魔法陣。 床には淡い光が流れ、豪奢な衣装をまとった人々が並んでいる。 まるでゲームか映画の世界。 けれど――違和感があった。 誰も、私を見ていない。 視線の先は、少
王都ブリュード、王城最上階。 重厚な扉の向こう、執務室には静かな緊張が満ちていた。 机いっぱいに広げられた地図。 その前に座る男は、 まるで大理石から削り出された彫像のようだった。 長い睫毛の影が白い頬に落ち、 整いすぎた輪郭は感情を拒む刃のように鋭い。 淡い銀の髪が光を受け、静かに揺れる。「……遅いな」 ぽつりと漏れた声には、苛立ちが滲んでいる。 本来なら、とっくに報告が届いているはずだった。 ゴミ捨て場――処分したはずの異世界人の痕跡について。「フェルマーめ……」 蒼い瞳がゆるやかに細まる。 あの男は有能だ。 天才で、合理的で、感情に左右されない。
魔王城の玉座は、今も空いている。 かつて、この場所に座っていた者の名は ――前魔王クルス。 中層から撤退したヒマリに魔物達の失望が広がる。 クルスの治世は冷酷で無慈悲だったが、 均衡は保たれ、争いは最小限に抑えられていた。「……あの方なら、こうはならなかった」 誰かの呟きが、静まり返った広間に溶ける。 その言葉は祈りであり、同時に今を否定する呪いでもあった。 だが、玉座の前に立つ少女 ――ヒマリは、その名に縛られない。「知らないよ。その魔王がどれだけ立派だったかなんて」 そう言って、ヒマリは小さく息を吸い、一歩だけ前へ出た。 玉座に落ちた影が、ゆっく