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6話

last update Tanggal publikasi: 2026-06-06 21:13:21

夢を見る。

いつもの夢だ。

森の中を、ひたすら走っている。

暗く、深い森を。

視界の端を、白いものがよぎった。

白いシャツの華奢な背中が、木々の間をすり抜けていく。

風のように軽やかに。

──あれは。

「兄貴っ!」

影がふっと振り返った。

だが、風に乱れた髪が顔を覆い、その表情までは見えない。

白い影はそのまま森の奥へ駆けていく。

枯葉を踏み砕く音だけが、やけに大きく響いた。

その時だった。

「待ってっ! 兄貴っ!」

背後から声がした。

後ろの木立の向こうから、もう一人の子どもが走ってきた。

今にも泣き出しそうな顔。

見覚えのある姿に、直樹は息を呑んだ。

──あれは、直樹おれだ。

子どもの顔は、小さい頃の自分にそっくりだった。

兄を失った、あの頃の。

直樹なおきは弾かれたように前を向いた。

だが、先ほどまで追っていた白い影は、もうどこにもない。

胸の奥がざわつく。

恐る恐る、後ろを向き直る。

子どもはすぐ後ろまで来ていた。

汗に濡れた顔で荒く息をつきながら、まっすぐこちらを見上げている。

「兄貴……」

刹那、風が吹いた。

自分の上着の裾が大きくはためき、視界いっぱいに白いシャツが広がる。

──そこで夢は途切れた。

ゆっくり目を開ける。

夢と現実の境界が曖昧で、しばらく体が動かなかった。

浩美と別れたあと、いつの間にかソファで寝てしまったみたいだ。

嫌な汗をかいていることに気づき、直樹は逃げるようにキッチンへ向かった。

コーヒーを淹れながら窓の外を見る。

いつの間にか空はすっかり暗くなっていた。

遠くの集落の灯だけが、ぽつぽつと夜に浮かんでいる。

(……また、あの夢か)

シンクの端に手をつき、大きなため息をつく。

体と頭がひどく重く感じた。

直樹はキッチンから離れ、そのままポーチへと出た。

新鮮な空気を、肺いっぱいに吸い込む。

ふいに奇妙な感覚が押し寄せる。

──そうだ。今、俺は村に戻ってきているんだ。

帰り際、浩美が言っていたことを思い出す。

『夜は外に出るな、森に呼ばれるぞ』

馬鹿馬鹿しい、と首を振る。

しかし目は自然と森の方に吸い寄せられてしまう。

夕闇に沈んだ森は、風が吹くたびざわざわと揺れた。

まるで、夜を喜ぶ獣みたいに唸っている。

ぞくり、と背筋が粟立つ。

首の後ろにじわじわと汗が滲んでくる。

──俺は、あそこに行きたい。

気づけば、足が動いていた。

木々が、四方を囲んでいた。

靴の裏は泥だらけで、足がじんじんと痛む。

不意に、近くで夜鳥が鳴いた。

その声に、直樹は思わず息を呑む。

(いつの間に、こんな奥まで来てしまった……)

闇の中で、風が葉をざわめかせていた。

さわさわ。

森が、鳴いている。

懐かしい声で。

──迎えにきて。

──俺は、今でもここにいるから。

瞬間、直樹の中で張りつめていた何かが、一気に弾ける。

「兄貴っ!」

叫び声は、暗い梢の奥へ吸い込まれていった。

それでも直樹は叫び続ける。

「兄貴っ! どこにいるんだっ⁉ 出てきてくれっ!」

衝動のまま、木立の奥へ駆け出した。

踏みしめた枯葉が悲鳴のような音を立て、無造作に伸びた枝が頬を裂く。

それでも止まれなかった。

自分は何度、この道を辿っただろう。

夢の中で。

記憶の中で。

だが今は、頬を走る痛みだけが、ここが現実なのだと教えてくれる。

ここは、あの森だ。

ずっと恐れ、ずっと焦がれてきた森。

兄を飲み込んだ──森。

あの人は、今でもここを彷徨さまよっているのだろうか。

堪えきれず、再び叫ぶ。

「兄貴っ! どこだよっ! お願いだ、出てきてくれ!」

木霊する自分の声だけが響く。

近くの木に手をつき、直樹は深く項垂れた。

乞わずにはいられなかった。

「俺も、一緒に行くから……ついていくから、だから──」

──置いていかないで。

縋るように顔を上げた、その時だった。

森の奥で、何かが揺れた。

木々の隙間を、白いものが横切る。

白いシャツ。

華奢な背中。

あれは──。

「兄貴っ!」

直樹は間髪入れず走り出した。

木の根に足を取られながらも、必死に白い影を追う。

だが影はするりと木々の間を抜け、さらに森の奥へ消えていく。

まるで、樹海へ誘う鬼火のように。

直樹は直感した。

あれを追えば最後、二度と森から出られなくなる。

それでも足は止まらなかった。

迷いはない。

自分はきっと、あの日からずっと、この瞬間だけを望んでいたのだ。

春樹はるきっ! 俺も──!」

絞り出した声に、白い影が一瞬だけ振り返った。

その顔を見た瞬間、直樹は息を呑んだ。

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