名家の偽物令嬢だとバレたあの日、本物の令嬢が家に押しかけ、私のお腹をめがけて何度も包丁を突き立てた――そのせいで、私は母になる資格を失った。 婚約者は激怒し、両親も彼女を絶対に許さないと強く言った。 私を慰めるため、婚約者はすぐさまプロポーズしてくれた。両親もその場で絶縁状を書き、私にしっかり療養するよう言ってくれた。 その後、本物の令嬢は国外に逃げ、ミャンマー北部で人身売買されて行方不明になったらしい。自業自得だと、私はそう信じていた。 ――結婚して六年後、私は見てしまった。 本来ならミャンマー北部で地獄のような日々を過ごしているはずの彼女が、堂々とお腹を大きくしたまま、私の夫に寄り添っていた。 「六年前、あのとき私がカッとなって手を出さなきゃ、結菜があなたと結婚することもなかったのにね。 でも良かったよ、あなたと両親が私の味方でいてくれて。じゃなきゃあの偽物に刑務所送りにされるとこだった。あの偽物め、まさかずっと目の前で私が生活してるなんて思ってもみなかったでしょ。しかもあなたの子を妊娠してるなんて。 私の子どもが生まれたら、あなたはうまく理由つけて養子にすればいいわ。そしたらあの偽物、私の子の世話を一生し続けることになるのよ。 この数年、本当にありがとうね、湊翔」 彼女のうるんだ瞳を見て、三浦湊翔(みうら みなと)の頬が赤く染まった。 「そんなこと言うなよ。君が無事で生きていくために、あいつと結婚したんだ。 君が大事なんだ。君のためなら、俺はなんだってするよ」 ――私を愛していると信じていた夫は、最初からずっと私を騙していた。 私の両親も、すべては実の娘を守るためだった。 そうまでして守りたいなら、彼らなんて――もういらない!
view moreそして瑠菜が心の底から想い続けていた湊翔は、今まさに私の家の前に立っていた。家を出た後、私は実の両親に会いに行った。本当は、ただ別れを告げるつもりだった。なぜなら、湊翔にこう言われていたからだ。私の実の両親は私のことを好いていないと。幼いころから育ててもいない娘が、ずっと膝の上で育ててきた娘と比べられるわけがないと。瑠菜が消えたことで、彼らはますます私を憎むようになったとも言われた。私はずっと自分に言い聞かせてきた。間違いは間違い、瑠菜を羨ましがる必要なんてない。私の両親も、きっと私を愛してくれていたと。でも結局、それはただの儚い夢だった。夢が覚めたとき、私はまた最初の地点に戻っていた。だけど、ほんの一瞬顔を見せただけで、実の母は泣きながら駆け寄ってきて、私をぎゅっと抱きしめたのだ。母は、私が何年も家に戻ってこなかったことを責めた。けれどそれ以上に、私が戻ってきたのは外の世界でうまくいかなかったからじゃないかと心配していた。そのとき初めて知った。彼らは、自分の命以上に私を愛していてくれたのだと。湊翔は、私に真実を教えようとはしなかった。彼の嘘に、私は何年も縛られていた。「よくも、顔を出せたわね」箒を持って飛び出そうとした母を私は止めた。複雑な思いが胸をよぎる。湊翔が探しに来て以来、たとえ私が会うのを拒んでも、彼は執拗に門の外で待ち続けた。そのせいで近所の人たちは、私が彼にひどいことをしたのではと噂を立て、家族を指さして囁くようになった。母は怒り心頭で箒を持ち出したが、私は冷静にそれを止めた。ただ、湊翔の目的がわからなかった。「結菜、俺が悪かった」私の姿を見た瞬間、湊翔は自分の過ちを素直に認めた。彼は、自分が救ったのは悪魔だったと後悔していると言った。私は冷たく彼を見つめ、服をめくってお腹の傷跡を見せた。「湊翔、あなたの『ごめん』の一言で、この醜い傷が消えると思ってるの?あなたの『ごめん』で、私が受けた何年分の傷が癒えると思ってる?私がどれだけ子どもを欲しがっていたか知ってたくせに、あなたの恋人のために、その願いを奪った。私は絶対にあなたを許さない」この場所に戻ってきたその日、母はすぐに私を病院に連れていってくれた。幸いにも、湊翔にわずかな良心が残っていたのか、薬は私の体に深刻な影響を与え
湊翔でさえ、さすがに言葉を失った。罪を逃れる方法を提案したのは彼自身だった。インターンの頃から、瑠菜のことを心優しくて可愛い子だと思っていた。そんな彼女が刃物を手にしたのは、よほど追い詰められてのことだろうと、彼は信じていたし、好きだったからこそ、後始末を引き受けるのも厭わなかった。まさか六年経って、また問題を起こすどころか、開き直るような態度を取るとは思ってもみなかった。もし私が彼女の立場だったら、決してこんな真似はしないでしょう。そう思った瞬間、湊翔はふいに私のことを思い出し、表情がさらに険しくなった。「瑠菜、この家には誰もお前に借りなんてない。六年前、俺達は一度ケツを拭いてやった。六年後の今になって、お前だけが無傷で済むなんて思うな。結菜を見つけたら、お前は彼女に頭を下げに行け。もし彼女が許さないと言うなら、俺はもうこの件には一切関わらないからな」そう言い捨てて、湊翔は眉間を押さえながら部屋を出て行った。心身ともに疲れ切っていて、もはや瑠菜の子どもにも何の期待も持てなかった。阿呆の子は、育てても阿呆にしかならない――そう思った。「待ちなさいよ!」瑠菜は不満げに立ち上がり、顔中を怒りに染めた。「湊翔、どういうつもり?私を見捨てるってこと?忘れたの?この手を考えたのはあなただったじゃない!」まるで「道連れにしてやる」とでも言いたげな態度だった。湊翔は足を止め、まるで初めて目の前の女の正体を見破ったかのように、じっと彼女を見つめた。。「そんなつもりじゃ……」彼が言いかけたところで、瑠菜が目を伏せ、小さな声で言った。「湊翔、小さい頃から父さんも母さんも私には冷たかった。インターンのときだって、みんな私のことを貧乏人ってバカにして、一人ぼっちだった。でも、あなただけは違った。あなただけが、私を大事にしてくれた。もし、あなたまで私を見捨てたら……私、どうすればいいの?さっきは、焦ってて、つい口が滑っただけ。ね、許してくれるよね?」彼女が弱々しく懇願するほどに、湊翔の背筋には寒気が走った。あまりに見事な演技に、傍らにいた父と母も、思わず息を呑むしかなかった。――本当に、今まで彼女が言ってたことはすべて真実だったのか?部屋の空気が凍りついたまま、湊翔は無言のまま背を向けた。母はなんとか気持ちを抑えつつ
「岡田家の恥知らずっぷりには正直呆れわ。でも大丈夫、さっきの会話は全部録音した。結菜にもしものことがあったら、警察は最初にあなたを疑うよ」隣人は袖を整え、自分のスマホを見せつけた。「まさか岡田社長は、私を帰さないなんてこと、しないよね?準備万端でよかったわ。今、私、ライブ配信中なの。岡田社長なら、意味、分かるわよね?」コメント欄は【よくやった!】の嵐。父は拳を握りしめ、黙ってその背中を見送った。ドアが閉まった瞬間、父は湊翔の顔を殴りつけた。「説明しろ。これは一体どういうことだ?結菜はどこへ行った?これらの写真はどこから出てきた?俺は何度も言ったはずだ、確証が得られるまで瑠菜の存在は絶対に表に出すなって!お前、それでも彼女を愛してるつもりか?」晒された写真のほとんどは、湊翔と瑠菜のツーショットで、彼らは事態が瑠菜に関わるものだとは考えていなかった。「その質問、あなたたちの素晴らしい娘さんに聞いてくださいよ」湊翔が歯を食いしばる。ちょうどその時、瑠菜が何も知らない顔で帰ってきた。「父さん、母さん、湊翔、さっきから慌ててどうしたの?私に何か用?一体何があったの?」とぼけた様子の彼女に、湊翔は怒りを込めてタブレットを投げつけた。「見ろよ、自分のやったことを。何度言った?写真は撮ってもいい、でも絶対にネットに上げるなって!どうして言うことを聞かないんだよ!今になって全部バレて、満足か!?」湊翔の怒りの視線に晒されながら、瑠菜は「知らなかった」と言いかけて飲み込み、彼の袖を引っ張って甘えるように言った。「湊翔、ごめんね。私、ただみんなに私の幸せを見せてあげたかっただけなの。ちょっとだけ、SNSに写真載せただけよ。結菜があんなにしつこいなんて思わなかったし、まさか私の裏垢まで見つけるなんて……もう怒らないでよ。結菜にちゃんと説明させればいいじゃない。あの子、あなたの言うことならなんでも聞くんでしょ?」瑠菜は、自分から結菜に友達申請してメッセージを送っていたことを黙っていた。それが大したことだとは思っていない。岡田家と三浦家の財力があれば、あんな女、蟻のように簡単に潰せると信じていた。「バカモノ!」父は怒りのままに彼女の頬を平手打ちした。瑠菜に対して、彼は本心からの愛情を持っていたわけではない。彼女を庇った理由は三
湊翔は、その言葉に衝撃を受け、私が消えたことすら忘れてしまった。頭の中が真っ白になった。「その話、どこで聞いたの?」最初に反応したのは母だった。隣人のエリを掴み、狂ったように問い詰める。父は黙っていたが、その表情からも困惑が滲み出ていた。自分たちでは、すべてを完璧に隠し通してきたつもりだった。特に父さんと母さんは、私に対して24時間体制の監視をしていた。私が少しでも姿を消せば、すぐに電話がかかってくるほどに。「どうなってるんだ?」深く考え込んだ末に、父は湊翔の方を見た。その目は深く、鋭かった。「お前……後悔したのか?結菜に真実を話したのか?」それが父の中で、唯一思いつく可能性だった。「お義父さん、お義母さん……瑠菜は今、やっと妊娠したばかりなんだ。俺がそんなことするわけないだろ?」湊翔はようやく衝撃から抜け出し、隣人を見やると、視界の隅にスマホが映った。画面には最新の芸能ゴシップが表示されており、そこには彼と瑠菜のツーショットが大きく載っていた。「三浦社長、大変です!」彼が事態を飲み込む前に、秘書がタブレットを持ってドアを開けて飛び込んできた。「奥様が、ここ数年の瑠奈さんとの関係をすべて知りました。そしてそれをネットにアップしてしまいました。今、ネット中があなたを殺人の共犯者だって騒いでいます。三浦グループの株は暴落しています。岡田グループの株も同様です」「……なんだと?」湊翔はタブレットを奪い取り、画面に目を落とした瞬間、罵詈雑言の嵐が目に飛び込んできた。【正直、どんな理由があっても、人を何年も騙すなんてひどいでしょ。偽の娘は自分が取り違えられてたことも知らなかったし、知った瞬間にあの家から出て行こうとしたじゃん。なのに乗っ取ったとか言われるのは可哀想すぎ】【何度も刺されて死にかけたのに、目を覚ました第一声がまさか結婚って……しかも騙されて。理由は旦那が示談書を書く権利を持ってるからってさ……やっとの思いで回復した体も、「本物のお嬢様」の邪魔になるって理由で避妊薬を無理やり飲まされて、医者が身体によくないって言っても聞く耳持たず。前世でどんだけ悪行積んだら、あんな家族に当たるのよ】【てか、偽の娘の実の両親ってこのこと知ってんの?育ての親だって知ったらどれだけ心が痛むか……】【↑同意。て
別荘では、湊翔が初めて父親になる喜びに浸っていた。瑠菜は興奮した様子で彼の手を掴み、自分の膨らんだお腹に当てた。「湊翔、感じた?これが私たちの子よ。もうすぐ生まれるの。ねえ、私はいつになったら家に戻れるの?もう何年も隠れて暮らしてきて、あなたたちと一緒にまた生活したいのよ。私も父さんと母さんに孝行したいの」潤んだ涙が瑠菜の瞳に浮かび、母がすぐに振り返って彼女を抱きしめた。顔には深い憐れみが浮かんでいる。「もうちょっと待とう。結菜の性格なら、もう少し説得すればきっと憎しみを手放してくれるはずよ。そのときに、あなたがミャンマー北部から逃げ帰ってきたって言えばいい。六年間、地獄のような生活を送ってきたって。そうすれば、きっと許してくれるわ」「お義母さんの言う通りだよ」と湊翔が言った。拒絶された瑠菜は、思わず腕を抱きしめながら鼻で笑った。「父さん、母さん、私はあなたたちの実の娘よ。今はお腹の中に、あなたたちの可愛い孫までいる。当時の証拠なんて、もうとっくに残ってないわ。なのに、なんで私が家に戻れないの?もともとあれは結菜が私にしたことの報いでしょ?ちょっと怪我させただけじゃない。あの子が何年も私の家族から搾り取ったものと比べたら、そんなの大したことじゃないわ。ねえ、湊翔、そう思わない?」甘えるように湊翔に寄り添ったその瞬間、突然の着信音が部屋に響き渡り、湊翔はビクリと体を震わせた。その場にいた全員が、条件反射のように私のことを思い出し、言葉を失った。幸い、着信は知らない番号からだった。湊翔は深く息を吐き、電話を耳に当てる。だが、次第に彼の顔色がみるみるうちに青ざめ、手からスマホが床に落ちた。その様子に父さん母さんも驚き、瑠菜も不思議そうに彼を見つめた。「どうしたの?」「家が……火事になったんだ」湊翔はそう叫ぶと、慌てて上着を掴み、玄関へと走り出した。「結菜は!?中にいたんじゃ……!」父さん母さんも真っ青な顔で後を追った。だが、駆けつけた家は、広い室内に煙の匂い一つなかった。湊翔は恐怖に突き動かされるように、次々とドアを開けながら私の名前を叫んだ。「結菜!どこ!?火事じゃなかったよ!もう大丈夫だから、出てきて!戻ってきたよ、怖がらないで!」どれだけ広い家でも、湊翔は数分で全ての部屋を確
この言葉が、あまりに気持ち悪くて吐き気がした。「もし、私が嫌だって言ったら?」目の前の男は、まばたき一つせずに私の子どもを堕ろすと決めた。その瞬間ふと思った。もしかしたら、子どもが産めない体になったことは、私にとって幸運だったのかもしれない。少なくとも私の子供がこんな最低な家庭に生まれてこなくて済んだから。「結菜……」「冗談よ」湊翔が口を開く前に、私は微笑んで彼の胸に顔を埋めた。「先生に言われたの。私、子ども産めないんだって。ありがとう、湊翔。こんなに長い間、ずっとそばにいてくれて」そして、私にしたこと、全部「ありがとう」……週末はすぐにやってきた。湊翔は早起きして、私の頬にキスを落とし、一汁三菜の朝食を急いで作り終えると、優しく言った。「結菜、父さんと母さん連れて出かけてくるよ。家では気をつけて。何かあったら、ちゃんと連絡してね」私はうんと頷き、涙をこぼしながらスマホを開いた。瑠菜はすでに下にいた。湊翔がまだ起きる前、私は一枚の写真を受け取っていた。車の中で撮られたその写真には、満足げな瑠菜の顔。そして、メッセージが添えられていた。【結菜。たとえあなたが彼と結婚しても、彼の子どもを産むのは私よ。まさか本気で、あの人たちが別荘に私を偲びに行ったなんて思ってないわよね?あなた、どこまでおめでたいの?ここ数年私はずっとあそこに生活していたよ。今日は妊婦検診の日だから家族に付き添ってほしいって言っただけ。そしたら父さんも母さんも湊翔も、すぐにOKしたよ。六年前の時もそう。私がちょっと涙を流しただけで、父さんと母さんはあなたを犠牲にして、私の名誉を守ってくれた。あなたの人生、ほんとに笑えるわ】さらに送られてきたのは、山ほどの写真。六年間、湊翔は時間を作っては瑠菜と旅行に出かけ、ときには父さん母さんも一緒に――まさに家族水入らずの写真ばかりだった。その一方で、私はお土産にもらった安物に喜んで、ひとりで舞い上がっていた。押し寄せる絶望が心を麻痺させる。チャットを閉じて、私は明日の航空券を購入した。瑠菜の性格なら、今夜彼らを帰らせないだろう。だったら、その隙にこの場所から姿を消せばいい。昼頃、簡単に食事を済ませ、私は証拠の整理を始めた。瑠菜には感謝しなきゃいけない。あんなに自慢げに暴露してくれたおかげで、
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