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かどわかし④

Author: 緋村燐
last update Last Updated: 2025-08-14 17:31:54

「ふーん。あいつこんな地味な子が好みだったのか?」

 杉沢さんはそう言って検分するようにあたしを見ながら近付いて来る。

 意識があたしに向けられて、緊張してしまう。

 でもお兄さんに怒ったくらいだから、変なことはされないよね……?

 そんな希望を抱いていたけれど、途中で杉沢さんは何かに気付いたように一瞬足を止め、すぐに素早くあたしに近寄った。

 え?

 驚きと共に、勢いについ後退る。

 でも、杉沢さんはお構いなしにあたしの顎を掴んで上向かせた。

 そしてもう片方の手でメガネを取られる。

 じっくりとあたしの素顔を見た彼は、「へぇ」と目を細めニィっと笑う。

 蛇を連想させるようなその笑みにゾクリとする。

「この子、前にお前がナンパ失敗したときの子だ」

「え? マジっすか? あの美人さん? 嘘でしょ?」

 言い当てた杉沢さんと、言われても信じられないお兄さん。

 普通はお兄さんみたいに分からないと思う。

 あんな少し顔を合わせただけの人なんて、記憶に残ることはほぼない。

 あたしが杉沢さんを覚えていたみたいに、何か少しでも気になる部分があるなら有り得そうだけど……。

「間違いねぇよ。まあ、俺もこのアイメイクがなきゃ気付かなかったかもしれねぇけど」

 そう言った杉沢さんはニヤニヤした顔をあたしに近付けてきた。

「あの時の君めっちゃ好みだったからさー。あいつに連れてこいってナンパさせたんだけど……日高の彼女だったとはねー」

 そういえばあの時も日高が現れたんだっけ、と思い返している杉沢さん。

「……彼女じゃ、無いです」

 あたしはこの場で初めて声を上げた。

 彼女じゃないという事をちゃんと伝えておかなければ何をされるか分からないと思ったから。
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