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ふたりきりの週末

Author: 影畑凛星
last update publish date: 2026-10-08 06:48:09

 旅行の日は、思ったより早くやってきた。

 土曜日の朝、佳苗は小さな旅行バッグを持って玄関へ向かった。

「これくらいでいいかな」

「一泊だろ。十分だ」

「忘れ物しても知らないよ?」

「現地で買えばいい」

「雄吾はそう言うと思った」

 結局、行き先を決めたのは雄吾だった。

 都心から車で二時間ほど。山あいにある温泉地だという。

「宿は?」

「着いてからのお楽しみ」

「またそれ?」

「部屋に露天風呂があるところ、って希望は聞いた」

「じゃあ期待していいんだ」

「ああ」

 助手席に座りながら、佳苗は笑った。

     ◇

 途中で昼食を取り、温泉街へ着いたのは午後三時前だった。

 車窓から古い旅館や土産物店が見える。

「あとで歩きたい」

「いいぞ」

「温泉まんじゅうも食べたい」

「夕

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  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   ふたりきりの週末

     旅行の日は、思ったより早くやってきた。 土曜日の朝、佳苗は小さな旅行バッグを持って玄関へ向かった。「これくらいでいいかな」「一泊だろ。十分だ」「忘れ物しても知らないよ?」「現地で買えばいい」「雄吾はそう言うと思った」 結局、行き先を決めたのは雄吾だった。 都心から車で二時間ほど。山あいにある温泉地だという。「宿は?」「着いてからのお楽しみ」「またそれ?」「部屋に露天風呂があるところ、って希望は聞いた」「じゃあ期待していいんだ」「ああ」 助手席に座りながら、佳苗は笑った。     ◇ 途中で昼食を取り、温泉街へ着いたのは午後三時前だった。 車窓から古い旅館や土産物店が見える。「あとで歩きたい」「いいぞ」「温泉まんじゅうも食べたい」「夕飯食えなくなるぞ」「一個くらい平気」 そんな話をしているうちに、車が一軒の旅館へ入っていく。 派手ではないが、門をくぐった先には手入れされた庭が広がっていた。「ここ?」「ああ」 案内された部屋へ入った佳苗は、思わず足を止めた。 広い和洋室の向こうに、小さな庭と露天風呂が見える。「すごい……」「気に入ったか?」「うん。でも、これ絶対高いでしょう」「また値段を気にしてるのか」「するよ」「俺が泊まりたくて選んだんだからいいだろ」 そう言われてしまえば、それ以上は何も言えない。 佳苗は窓際まで歩き、外を覗いた。「本当に二人だけで入れるんだ」「そのための部屋風呂だろ」「そうだけど」 そこでようやく、自分の言葉の意味に気づいた。 夫婦なのだから、別におかし

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   次の約束

     水族館から帰った翌日。 佳苗は昼休みにスマートフォンを開き、昨日撮った写真を見返していた。 大きな水槽、ペンギン、色鮮やかな魚。 その中に一枚だけ、雄吾の写真がある。 佳苗が何気なく撮ったもので、雄吾は水槽の前でこちらを見ていた。「榊原さん、楽しそうですね」 声をかけられて顔を上げると、高瀬が近くに立っていた。「あ、お疲れさまです」「昨日どこか行ったんですか?」「夫と水族館に行ってきました」「いいですね。休日らしい」「はい。久しぶりに一日遊びました」 答えながら、佳苗は自然と笑っていた。「じゃあ、午後もよろしくお願いします」「はい」 それだけで高瀬は離れていく。 佳苗は再び画面へ目を落とした。 少し前なら、家に帰ってから雄吾に「高瀬課長に水族館のこと聞かれたよ」と報告していたかもしれない。 けれど、さすがにこれは言わなくてもいいだろう。 別に隠すことでもない。 単に、雄吾をからかうためだけに高瀬の名前を出すのは、そろそろやめようと思った。     ◇ その夜。「雄吾、これ」 夕食のあと、佳苗は昨日買ったペンを指した。 雄吾の胸ポケットに挿さっている。「今日使ったの?」「ああ」「本当に会社に持っていったんだ」「使うって言っただろ」「そうだけど」 佳苗はなんとなく嬉しくなって、そのペンを眺めた。「会社の人に何か言われなかった?」「部下に珍しいって言われた」「何て答えたの?」「妻にもらったって」「……普通に言ったんだ」「隠す理由がないだろ」 雄吾にとっては当たり前らしい。 佳苗は少し照れながら、隣へ座った。「そういえば、次のデートは?」「もう考えてる」「早い!」「お前が楽しみにしてるって言ったからな」「どこ?」「まだ決めてない」「考えてるだけ?」「ああ」 雄吾はスマートフォンを取り出した。「泊まりでもいいか?」「え?」「次の土日。予定は?」 突然話の規模が大きくなった。「ちょっと待って」 佳苗も予定表を確認する。「今のところ何もないけど……旅行するの?」「近場で一泊くらいならいいだろ」「いいけど、急だね」「最近、まともに二人で出かけてなかったからな」 その言葉に、佳苗は少し考えた。 確かに結婚してから、生活そのものはずっと一緒にある。 朝起きて、仕

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   佳苗のデートプラン

     日曜日。「今日は私についてきてね」 玄関でそう宣言すると、雄吾が靴を履きながら佳苗を見る。「随分自信ありそうだな」「いっぱい調べたから」「期待していいのか?」「もちろん」 そう言い切ったものの、実は少しだけ緊張していた。 雄吾が連れていってくれた高級ホテルのような豪華さはない。 佳苗が選んだのは、少し離れた街にある大きな水族館だった。 休日らしいことをして、一緒にのんびり遊びたい。 ただそれだけで選んだ場所だ。「水族館か」 到着した雄吾が建物を見上げる。「どう?」「いいんじゃないか」「その反応、薄くない?」「まだ入ってないだろ」「そうだけど」 少し不満に思いながら中へ入ったものの、十分もしないうちに佳苗のほうが夢中になっていた。「雄吾、見て。あれすごい」「見てる」「大きい!」「佳苗」「何?」「さっきから俺より魚しか見てないぞ」 振り向くと、雄吾が呆れた顔をしていた。「水族館なんだから魚を見るでしょう?」「俺とのデートじゃなかったのか?」「雄吾も一緒に見ればいいじゃない」 佳苗は笑いながら雄吾の腕を引いた。 大きな水槽の前では、青い光の中を魚の群れがゆっくり横切っていく。 しばらく並んで眺めていると、雄吾がふいに佳苗の手を握った。「どうしたの?」「別に」「はぐれないよ?」「知ってる」 それでも離すつもりはないらしい。 佳苗もそのまま指を絡めた。 館内を一通り回ったあと、ショップへ立ち寄る。「これ、可愛い」 佳苗が手に取ったのは、小さなペンギンのぬいぐるみだった。「欲しいのか?」「見るだ

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   今度は私が

     アフタヌーンティーから数日後。 佳苗は昼休みにスマートフォンを眺めながら、ひとりで悩んでいた。 次は自分がデート先を決める。 そう宣言したものの、いざ探し始めるとなかなか難しい。 雄吾なら、大抵の店には行ったことがありそうだ。高級な場所を選んでも、先日のホテルには敵わない気がする。「何見てるんですか?」 同僚に声をかけられ、佳苗は慌てて画面を伏せた。「今度、夫と出かけようと思って」「デートですか?」「まあ……そう」「いいですね。榊原さん、最近忙しかったですもんね」 言われて、佳苗は少しだけ笑った。 自分ではそれほど意識していなかったが、仕事に夢中になっていたのは周囲にも分かっていたらしい。 だからこそ、今度は自分から雄吾を誘いたかった。     ◇ その日の夕方、高瀬に呼び止められた。「榊原さん」「はい」「この前の件、来週から試験的に始めることになりました」「本当ですか?」「ええ。しばらく確認をお願いすることになると思います」「分かりました」 自分が関わったものが実際に使われる。 嬉しくて、佳苗は自然と笑顔になった。「ありがとうございます」「こちらこそ。助かりました」 短いやり取りを終えて席へ戻る。 以前なら、この嬉しさをそのまま家へ持ち帰って、真っ先に雄吾へ話していただろう。 もちろん今日も話したい。 けれど――。「……また高瀬課長の話になるな」 小さく呟いて、佳苗は笑った。 雄吾の顔が簡単に想像できてしまう。     ◇「ただいま」「おかえり」 帰宅すると、雄吾は先に帰っていた。「雄吾、今度の日曜って空いてる?」

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   デートの日

     土曜日。 佳苗は朝から、何を着ていくかで少し迷っていた。 雄吾から聞いているのは、昼前に出ることと、あまり歩きにくい靴はやめておけということだけだ。「これなら大丈夫かな」 結局、きれいめのワンピースに小さなバッグを合わせた。 部屋を出ると、待っていた雄吾が佳苗を見る。「それで行くのか?」「うん。変?」「いや。似合ってる」「じゃあいいけど……本当にどこに行くの?」「着けば分かる」 今日まで行き先を教える気はないらしい。     ◇ 車を降りた佳苗は、目の前のホテルを見上げた。「……ここ?」「ああ」 都心でも名の知られた高級ホテルだった。 エントランスを抜けた先には広々としたロビーがあり、大きな花が飾られている。 周囲を行き交う客も、どこか余裕のある雰囲気だ。「雄吾」「何だ?」「普通の服でいいって言ったよね?」「普通だろ」「私にとっては普通だけど!」 思わず自分のワンピースを見下ろす。 別に浮いてはいない。周囲にも同じような服装の女性はいる。 それでも、先にこのホテルだと知っていたら、もう少し悩んでいたと思う。「似合ってるから問題ない」「そういう問題じゃないんだけど……」「行くぞ」 雄吾はまったく気にした様子もなく歩き出した。 案内されたのは、上階のラウンジだった。 窓際の席から街を一望できる。「もしかして、ここでご飯?」「アフタヌーンティー」「えっ」 佳苗はメニューを開き、並んでいる写真に目を輝かせた。 季節の果物を使ったケーキやタルト、小さなサンドイッチ。 可愛い。

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   予定を空けて

     金曜日の夜。 佳苗が帰宅すると、雄吾はダイニングテーブルでスマートフォンを見ていた。「ただいま」「おかえり」「今日は早いね」「佳苗よりはな」 最近は仕事が少し忙しく、佳苗の帰宅が雄吾より遅くなる日も増えていた。 とはいえ今日は七時を少し回った程度だ。「ご飯、どうする?」「その前に、来週の土曜空いてるか?」「来週?」 佳苗はバッグからスマートフォンを取り出し、予定を確認した。「空いてるよ。何かあるの?」「じゃあ空けといてくれ」「だから、何?」「出かける」「どこに?」「まだ言わない」「ええ?」 佳苗が怪訝な顔をすると、雄吾は平然としている。「朝から?」「昼前でいい」「服は?」「普通でいい。歩きにくい靴だけやめとけ」 そこまで聞いても、まるで分からない。「なんで急に?」「出かけたいから」「それだけ?」「ああ」 佳苗はじっと雄吾を見た。 昨日までそんな話は一度もしていなかった。「……もしかして」「何だ?」「私が最近、仕事ばっかりだから?」 雄吾の視線が一瞬だけ逸れた。 佳苗は思わず笑う。「やっぱり!」「何がやっぱりなんだ」「雄吾、私と出かけたくなったんでしょう?」「夫婦なんだから普通だろ」「そうだけど」 否定しないところが、かえっておかしい。 佳苗は雄吾の向かいに座った。「別に予定を作らなくても、毎日会ってるよ?」「家で飯食って寝るだけなのと、出かけるのは違う」「それはそうだけど」「最近、休みの日もお前が仕事の話ばか

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   監視する妹

     ホテルへ入る佳苗と雄吾。 暗い夜道で撮られたはずなのに、驚くほど鮮明だった。「……どうして」 佳苗の指先が震える。 まるで誰かに見張られていたみたいだった。『ねぇお姉ちゃん』『その人、誰?』『もしかして浮気?』 次々届くメッセージ。 佳苗は顔を青ざめさせた。 浮気。 その言葉に胸が痛む。 裏切っていたのは悟たちの方なのに、なぜ自分が責められなければいけないのだろう。「見せろ」 雄吾が静かにスマホを受け取る。 メッセージ画面を見た瞬間、その目が冷えた。「……なるほど」「先輩」「撮られていたな」 低い声。 感情を押し殺したような響き。「どうしよう……」

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   今夜だけでも、俺を頼れ

    「俺は昔から、お前しか欲しくない」 低い声が耳元で響く。 佳苗は息を呑んだ。 車内の空気が熱い。 逃げ場がない。 雄吾の視線は真っ直ぐで、冗談の気配なんて微塵もなかった。「……先輩」 喉が震える。 理解が追いつかない。 昔から? ずっと? そんなはずない。 自分は特別な人間じゃない。 妹みたいに愛嬌があるわけでも、美人なわけでもない。 ただ都合よく利用されるだけの女だった。「信じられないか」 雄吾が静かに言う。 佳苗は答えられなかった。 すると雄吾は小さく息を吐き、身体を離す。「まあいい」「え……」「今すぐ答えを求める気はない」 その言葉に、佳苗は

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   監視されていた女

     もう二度と、お前をあいつらのところへ戻したりしない。 その言葉が、佳苗の胸に重く落ちる。「……どうして」 気づけば口にしていた。 雄吾が視線を向ける。「どうして、そこまでしてくれるんですか」 本当に分からなかった。 大学時代、少し関わりがあっただけ。 卒業後は一度も会っていない。 それなのに、この男は突然現れて、自分を助けると言う。 しかも、まるで最初から全部知っていたみたいに。「昔世話になった」 雄吾は短く答えた。「レポート、覚えてるか」 佳苗は目を瞬く。 大学二年の頃。 雄吾が長期入院していた時期があった。 単位が危ないと聞いて、佳苗は講義ノートをまと

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   逃がすつもりはない

    「やっと捕まえた」 耳元で囁かれた低い声に、佳苗の心臓が大きく跳ねた。 捕まえた。 その言葉は、優しいのにどこか危険だった。「榊原、先輩……?」 佳苗が戸惑う中、雄吾は佳苗の手首を掴んだまま、ゆっくり顔を上げる。 その視線の先には、こちらへ歩いてくる悟がいた。「佳苗!」 苛立った声。 悟は佳苗を見るなり、露骨に顔をしかめた。「何やってんだよ」 だが次の瞬間、雄吾の姿に気づき、動きが止まる。「……誰?」 警戒した声音。 雄吾は答えない。 ただ静かに佳苗の前へ立った。 庇うように。 その背中の広さに、佳苗は息を呑む。「佳苗、こっち来い」 悟が手を伸ばす。 

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