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2.自由のための結婚

last update Last Updated: 2025-04-28 08:28:15

「婚前契約書……?」

「婚前契約書って言うのはね、入籍をする前に今後のルールを決めていくの。財産分与やハラスメント・浮気とかが多いけれど内容は自分たちで自由に決めていいの。海外では資産家や芸能人が当たり前のように結んでいるわ。」

「婚前契約書というのは分かったよ。でも、著名人でもない俺たちがわざわざ契約書を作成、締結にする意図は何かな?」

「著名人の場合は、金銭面の対策だけれど私たちは違うわ。『自由』のための契約。お互いが親族や社会から色眼鏡で見られたり、『余計なお世話』と思うことから開放されるための契約なの。」

「余計なお世話からの開放……。」

「啓介も長男だから結婚して跡取りが欲しいとかご両親からよく連絡くるでしょ?でもそれって親の都合だと思わない?そこに啓介の意思はないじゃない。意思がないのにこれから何十年も一緒にいる相手を選べっておかしな話だと思わない?」

この言葉は啓介に響いたようで、考え事をするように真剣な目つきになっていた。以前、啓介の両親が縁談の話を勝手に進めていたそうだ。興味がないのに女性と会うことに気が引けたのと万が一自分以外が結婚に前向きになったらと考え会うこと自体を丁重に断ったそうだが、気が重かったと話していた。

私の言葉にただ丸め込まれるのではなく、一方的に無理だと否定するわけでもなく、冷静に物事を考え慎重に事を進めようとするところも私は好きだ。自由とは言ってもリスクは伴う。様々な角度から物事を捉えようとする啓介だからこそ私はこの話を持ち出したのだ。

「確かに魅力的だね。結婚したら今度は会うたびに子どもってうるさそうだけど……。」

「だから、その煩わしいことを止めるの。親戚づきあいはどうするとかお互いが楽しく暮らせるために話し合って契約書を作っていこう!とりあえずやってみようよ。」

「……。」

啓介はしばらく黙り込んでいた。私は、啓介から発せられる言葉を緊張した面持ちで待っていたが、あまりに長いので目の前にあるティラミスを堪能することにした。

(はああ~さすが人気店のティラミス。コンビニも十分美味しいけれど別格。口に入れた瞬間のマスカルポーネも滑らかさも上にかかっているコーヒーの香りも主張し過ぎなくて最高。)

私がティラミスに舌鼓を打ち微笑んでいると、啓介も小さく笑いだした。

「ふふふ、こんな話を持ち出しておいて自分はティラミスを楽しんでいるなんて佳奈の行動は想定外でいつもやられるよ。でも、こんなに楽しそうにしているなら不条理な結婚も案外、最善でいいのかもしれないな。」

「本当?それなら、私と結婚してくれる?」

「ああ、よろしくお願いします。」

啓介が手を差し出してきたので重ねると、自分の口元に持っていき私の手の甲に少しだけ唇を触れさせた。ひざまずいてはいないが王子様がお姫様にキスをするようなロマンチックな絵に私は微笑みながら甘さと冷静さと大胆さを兼ね備えた未来の夫を眺めていた。

「ね、今からうちにこない?結婚のお祝いしよう」

「佳奈の大胆さと行動力には感服するよ。なにか買ってから行こうか」

「さすが私の夫になる人だわ、これからもお互い自由に楽しんで素敵な結婚生活を送ろうね。」

「自由な生活と結婚が結びつかなかったけれど、佳奈となら出来るかもしれないな。」

「必ず出来る。私が幸せと自由をあげるから楽しみにしていて。」

私は啓介の手を取り颯爽と店を出た。

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