ログイン俺は陣内湊。蓮とはガキの頃からの親友で、あのドラマチックで、そして今では完全に破滅してしまった二人の恋愛を見守った証人でもあるかな。今思えば、ため息しか出てこないよ。蓮の野郎、あんなにいい女を捕まえたのに、自分から手放しちまいやがって。あの頃、瑠璃に対するあいつの情熱といったら凄まじいものだったんだから。学校で皆の前で告白したり、遊園地を貸し切ってプロポーズしたり……女なら誰もが瑠璃を羨ましがった。それに、俺たち仲間の誰もが、二人は映画みたいな結末を迎えると思っていた。瑠璃は美人で家柄もいい。何よりその心が透き通るように純粋で、蓮のことしか見ていなかったから。当時は蓮に向かって「お前は一生分の運を使い果たしたな」なんて冷やかしたんだけどな。それなのに、どうしてこんなことになっちまったんだろう?きっかけはあの拉致事件だったのか?瑠璃が救い出された後の蓮の姿を、俺はいまだに覚えてる。だって、あれほど苦しそうな顔で、犯人を一人残らず引き裂いてやりたいと言ったからさ。でも何となくだけど、あいつが瑠璃を見る目に、何か他のものが混じっている気がしたんだ。……うまく説明できないけど、どことなく違和感を覚える何かが、ね。今考えれば、あれこそがあいつの中で芽生え始めた「汚れ」っていう名の呪いだったのかもしれない。もう、笑うしかないよ!瑠璃は命がけであいつを救ったのに、あいつは瑠璃を「汚れている」なんて罵るんだぞ?一体どんな身勝手野郎だよ。それから、奈美が現れた。俺はあの女を一目見ただけで碌でもないやつだってわかったよ。わざとらしい仕草、計算し尽くされたような目つき。それなのに蓮は魔法にでもかけられたみたいに、あの女の薄っぺらな同情を買う芝居にすっかり手玉に取られていた。一度や二度じゃない。あいつには何度も言ったんだ。「蓮、本当に大切にしなきゃいけないのは瑠璃の方だぞ。目を覚ませ!」ってさ。ところがどうだ?「湊、お前にはわかんないと思うけど、瑠璃は……どうしてもだめなんだよ。でも奈美は、汚くない」ってあいつは言いやがった。何が「奈美は汚くない」だよ!思い返すだけでも腹が立つ。あいつは浮気を正当化するために、ありもしない「汚れ」のせいにして自分をかばっていただけ。蓮が瑠璃を嫌う素振りを見せたのは、自分の卑しさや心変わ
僕は、橘雅之。多くの人が、瑠璃が一番傷ついていた時に現れて、瑠璃を自分のものにできた僕のことを、運が良かったって言う。でも、これが運なんかじゃなくて、僕が20年もずっと彼女を思い続けてきたってことは、僕しか知らない。僕が瑠璃と知り合ったのは、九条社長よりもずっと前。僕と瑠璃は家が隣同士だった。彼女は小さな頃からハッとするほど可愛らしくて、瞳は星みたいに輝いていて、その笑顔は、いつも僕らの周りの空気を一気に明るくしてくれた。僕はそんな瑠璃のあとを黙ってくっついて歩く、無口なお兄ちゃん役。いつも彼女の代わりにバッグを持ってあげたり、虫を払ってあげたりしていた。10歳の時、僕の家族は海外へ移住することになった。見送りに駆けつけてくれた彼女は、僕の手にそっと飴を握らせてくれて、その舌足らずな声で言ったんだ。「雅之兄ちゃん、絶対にまた会いにきてね!」あの瞬間、僕の胸はギュッと締めつけられた。もうその頃には、小さな恋の芽が静かに生まれていたんだと思う。それから、二人の道は遠く離れてしまった。風の噂で、彼女がかなり良い大学に進んだことや、付き合い始めた男がいることは聞いた。その相手は、誰もが振り返るほど輝いている九条家の御曹司、九条蓮だということもね。インスタで見かけた写真の中には、大人っぽく洗練された雰囲気を纏う彼と、どこか照れている瑠璃。本当に似合いの二人に見えた。だから僕はただ画面に【いいね!】を押して、若き日の胸のときめきを深く押し殺した。彼女が幸せに暮らせているなら、それで充分だったから。僕は海外で学業やビジネスに没頭し、橘家のビジネスを着実に軌道に乗せていった。ずっとあのまま異国で暮らしながら、たまに噂を聞いて、彼女のこれからの人生を遠くから見守るだけにするつもりだったんだ。けれど5年前、国内のビジネス拡大を狙った父から、潮咲市のマーケット調査に行くよう言われた。そして、僕の人生がまた別の方向へ進むことになった。海のそばにある小さなカフェで資料を作っていた時、ふと見覚えのある人影が目に留まった。初めは、人違いかなとも思った。でもそれが、瑠璃だったんだ。彼女は窓際にそっと座り、どこか寂しげな瞳で海を見つめていた。目には光がなく、顔色も驚くほど悪く、暗いもやに包まれているかのようだった。その姿を見
もし真実を知ったら、自分のあのくだらない「潔癖」と、そこから生まれた嫌悪が、どれほど滑稽で、どうしようもなく愚かだったのかを理解してくれるかもしれない。そうしたら、少しは楽になるのでは?そして、万が一の可能性でも、自分たちの間にある溝も、ほんの少しだけだが、修復できるかもしれない。それから数日後、瑠璃のアトリエが主催した小規模なアートサロンが終わったあと、蓮はようやく覚悟を決めた。そして彼女の仕事場のビルの下にあるカフェで……「偶然を装って」瑠璃を待ち伏せる。瑠璃は彼が来ることを知っていたのか、驚いた様子も見せずに、ただ静かに彼の向かいへ腰を下ろした。2年ぶりの再会だった。目の前の彼女は記憶の中よりもずっと美しく、内側から溢れ出す落ち着きと自信に満ちている。蓮は胸が締め付けられ、喉がひりついた。「あの書類……受け取ってくれた?」彼はかすれた声で精一杯言葉を絞り出した。瑠璃がこくりと頷いたが、その瞳に感情は浮かんでいない。「受け取ったよ」「俺は……」彼女の淡々とした反応に、蓮は心が刺すように痛んだ。知りたくてたまらないのに、答えてほしくない——そんな矛盾を抱えたまま、卑屈な願いを口にする。「もし、あの頃俺があんな馬鹿なことをしていなかったら……こんなことになっていなかったら……俺たちは……まだ……」「『もし』なんてものはないの」瑠璃が彼の言葉を遮った。その瞳は透き通るように澄みきっていて、迷いや未練は少しもなく、当たり前の事実を淡々と告げるようだった。「蓮。もう全ては過去のこと」一瞬にして彼の顔色が真っ青になるのを見て、瑠璃は少しだけ言葉を止めた。そして、とても静かで穏やかな笑みを浮かべる。「それにね、私は今とても幸せなんだ」言い終わると同時に、カフェの入り口に雅之の姿が現れた。彼女を迎えに来たらしい。雅之は蓮を見ると軽く会釈したあと、瑠璃の隣へ歩み寄った。彼女の腰を自然に抱き寄せる手つきには、大切な人を守ろうとする強さと優しさが宿っている。「話は終わった?」雅之が優しく瑠璃に声をかける。「うん」瑠璃が雅之を見つめて微笑んだ。その顔には、蓮がどんなに求めても届かなかった温かさと、深い信頼が浮かんでいた。彼女は席を立ち、最後に蓮へ告げた。「元気でね」そのまま、雅之と並んでカフェをあとにした瑠璃は、一度も振り返る
瑠璃と雅之。腕を組みながら、仲睦まじそうに会場へと入ってくる。瑠璃は、宝石のようなロイヤルブルーのオフショルダードレスを身にまとっていた。雪のように白い肌がいっそう際立ち、しなやかな体のラインが美しく浮かび上がる。長い髪は上品にまとめられ、すっきりとした首筋と滑らかな鎖骨があらわになっていた。顔には繊細な薄化粧が施され、その表情には以前には見られなかった自信と、どこか艶やかな気配が宿っている。彼女が雅之の腕に優しく手を添える。二人は何かをささやき、笑い合っていた。そのあまりに自然で親密な空気感は、周囲の人々の視線を集めるだけではなく、まるで焼けつく刃物となって、蓮の心臓を容赦なく刺し抜いた。雅之はいつも通り穏やかで品がある。ただ、ビジネスで荒波を越えてきた自信からか、以前より落ち着いた雰囲気が漂っていた。並んだ二人の姿は、まさに絵に描いたようなお似合いの伴侶だった。蓮の手が震え、持っていたグラスから酒がこぼれそうになる。視線が釘付けになり、蓮は二人から目を離すことができない。再会を何度夢見たことか。だが、その再会が、これほど眩しく、幸せそうな姿で、しかもその隣には他の男が立っているなんて。見えない何かに心臓をギュッと握りつぶされているような痛みで、呼吸が苦しくなる。痛すぎて、もうこのまましゃがみ込みたい。今の惨めな自分を見られたくなくて、近付くことすらできなかった。それでも、雅之が蓮に気づいた。雅之が瑠璃に何かひと言声をかけると、そのまま堂々と蓮のほうへ歩いてくる。「九条社長、お久しぶりです」雅之が先に穏やかな声で言った。余裕を感じさせる、落ち着いた態度だ。蓮はやっとの思いで喉を鳴らし、ようやく声を出した。「橘社長……それに瑠璃……」視線は、どうしても瑠璃から外せない。瑠璃も会釈をした。そして、礼儀正しく微笑みを浮かべる。「こんばんは、九条さん」その笑顔は完璧だが、一切の温かみを感じない。まるで仕事上の取引相手に接するような微笑みだった。そのとき事情を知らない一人の男が近寄ってきた。蓮に取り入ろうとする商人で、どこか媚びるような笑みを浮かべながら、場違いな馴れ馴れしさで口を開く。「九条社長……それに、まさか今夜、元奥様にもお会いできるとは思いませんでした。いや、もう瑠璃さんとお呼びすべきですかね。本
蓮の叫び声は海風にかき消され、夕暮れの中へと消えていった。彼は崩れるようにその場へとへたり込み、瑠璃が消えていった方向を見つめながら涙を流し続けた。やがて夜も更けて、空一面に星が広がる。彼は、瑠璃を永遠に失ってしまったことを悟った。それは、彼女が離婚協議書にサインをしたからでも、東都を去ったからでもない。瑠璃の口から「あなたが死のうと生きようと、私には何の関係もない」と直接言われたからだった。かつて自分のことを、何よりも愛してくれた彼女を、完全に……そして永遠に失った。蓮の束縛から完全に解放された瑠璃は、ようやく肩の荷が下りたように感じた。これからは本当の自由が始まる。彼女はすべての力をフラワーアレンジメントのアトリエ「忘れ草・新境」の仕事に注ぎ込んだ。彼女には天性の才能があった。彼女の作品には、ただ優しいだけではなく、苦難を乗り越えてきた強さと、物語が宿っていた。生命力にあふれ、静かな力をたたえたデザインは、またたく間に業界の注目を集めた。そして、いつも彼女に寄り添ってくれている雅之との距離感も、ちょうどいいものだった。瑠璃の仕事と生き方を尊重し、けっして立ち入りすぎることはしない。だが、ただ困っている時にはそっと手を差し伸べ、彼女が成功を収めた時には自分のことのように喜んでくれた。彼はお互いに高め合える大切な存在だった。そして、そんな彼の深い優しさは、次第に彼女の傷ついて凍ってしまった心を溶かしていった。だが、瑠璃にはすぐ新しい恋を始めるつもりはなかった。傷をいやし、自分らしさを取り戻し、ようやく手に入れた自由と穏やかな時間を楽しむためには、もう少し時間が必要だったのだ。雅之もその考えを受け入れ、ゆっくりと彼女に付き合ってくれた。彼の真面目な態度は、瑠璃にいつも安心感を与えてくれた。1年後、瑠璃の作品が大きなデザインコンテストで高い評価を受け、見事に金賞を受賞した。そのことによって、瑠璃の名前とアトリエの名前は、またたく間に多くの人に知られることになった。取材や仕事の依頼が、ひっきりなしに舞い込んでくる。もう、誰かの引き立て役に甘んじる自分ではない。自分の力と技術だけで認められた、ひとりのデザイナー。経済的な余裕と仕事での成功によって、瑠璃は内面から自然な自信と大人の気品を放つようになっていった
もうこれ以上は無理だった。はっきりさせなければいけない。瑠璃を自分の元へ連れ戻すか、さもなくば……二人とも終わらせてやる。そのチャンスは、ある週末の夕暮れに訪れた。雅之が急な仕事で隣町へ飛んだため、瑠璃は一人で潮咲市の郊外へ向かった。そこには夕日が美しいことで知られる、岩場が広がっているのだ。蓮が車を飛ばして現場に駆けつけると、夕日が海面を悲しいほど赤く染め上げていた。彼は遠くから、平らな岩の上でスケッチをする瑠璃の姿を見つけた。風に髪が揺れ、その横顔はまるでおとぎ話のように美しく、自然の中に溶け込んでいるかのようだった。その光景は胸が張り裂けるほど美しく、それゆえ、蓮の狂気を強めてしまった。足音を殺し、まるで幽霊のように忍び寄る。背後の気配に気づいた瑠璃が、筆を止めて振り返った。蓮だとわかると、彼女は一瞬だけ警戒と嫌悪の色を浮かべた。しかし、すぐに深海のように穏やかな無表情へ戻り、少し距離を取って冷ややかに言った。「九条さん、何か用ですか?」「九条さん」その呼び方が、彼の心に棘のように突き刺さったが、それでも、蓮は一歩ずつ瑠璃に歩み寄った。苦悩と絶望、そして狂気が浮かんだ瞳で、瑠璃を見つめ声を絞り出す。「瑠璃……もう、どうにもならないのかな?俺たちの間に、望みなんてないのか?」それでも瑠璃は黙ったまま、まるで手に負えない病人を眺めるような目で、じっと彼を見つめていた。彼女の沈黙に、蓮が逆上した。崖っぷちに走り寄り、渦巻く波を見下ろしながら腕を広げ、狂ったように叫ぶ。「瑠璃!お前がいないと生きていけない!本当に生きていけないんだ!俺を見てくれよ!今のこの惨めな姿を!こうなったのも、全部お前のせいなんだからな!」蓮は痩せこけた自分の頬と、血走った目を指さした。「俺が間違いを犯したのは分かっている!それも、死んでも償い切れないほどだって!でも、すべてはお前を愛してたからなんだよ。正気を失うほどに愛してた!何も考えられなかったんだ!」海風が彼の悲痛な叫びをかき消していく。蓮は瑠璃を見つめ、最期の賭けに出た。「今日、俺はこの命を賭けるよ!お前が俺を許せなくて、一緒に戻らないっていうなら、俺はここから飛び降りる。瑠璃、お前がいない人生には、何の価値もないんだよ!」蓮は信じていた。瑠璃が恐怖し、動揺し、少しでも自分
蓮は手元にあった書類を力任せに引き裂くと、部屋にある物を次々と叩き壊した。酒瓶を掴んでは中身を煽り、焼け付くような痛みで後悔を塗りつぶそうと必死だった。それでも無駄だった。その医療記録は、まるで判決文のように冷たく、蓮に突きつけられる。そこに刻まれていたのは、自分が「汚れている」という根拠のない一言に囚われ、どれほど残酷に、そして執拗に瑠璃を傷つけ続けてきたかという事実だった。身を危険に晒してまで自分を救いに来たあの少女を……自分は、自らの手で突き放し、傷つけていたのだ。最も醜い言葉と態度で、二人の間にあったはずの最も純粋なものを、汚してしまったのは自分だった。拭いきれ
周囲の人々は騒然とし、ざわめきが起こる。感動する者、疑う者、ただ野次馬根性で眺める者……しかし、跪いて求婚された本人である瑠璃は、無表情のままだった。まるで他人事のような、冷ややかな瞳で、蓮を見下ろしている。蓮が言葉を止めると、辺りには彼の荒い息遣いと人々の小さな話し声だけが残った。そこでようやく、瑠璃が静かに口を開く。その声は鋭く、凍てつく刃となって、蓮のあらゆる取り繕いを貫いた。「蓮」と彼女は一息置き、彼が掲げたダイヤの指輪へ目を落とすと、唇の端を歪め、皮肉な笑みを浮かべる。「あなたの愛は、穢らわしいの」短い言葉だが、それは槌のように蓮の心へ叩き込まれた。「そんなもの、
強引な手段をとればとるほど、瑠璃は離れていくのだと、蓮はふと悟った。そこで彼はやり方を変えることにした。二人の思い出を重ね、かつて彼女を口説いた時のような方法でやり直そう。蓮は潮咲市で最も評判の良い、展望回転レストランを貸し切った。会場はまるでおとぎの世界のように、空輸した何万本ものバラとチューリップで埋め尽くされた。さらには、バイオリンの美しい音色が流れ、キャンドルが揺れる中、窓の外には美しい夜景と海が広がっている。瑠璃の18歳の誕生日の時、同じように遊園地を貸し切ってプロポーズしたことを、蓮は覚えていた。彼は高価な白いスーツに身を包み、髪も完璧に整え、かつての初々しい少
奈美が抱きついてこようとするのを、蓮はさっと後ろへ下がり、その手をかわし、氷のように冷たい目を向ける。「誰がここへきていいと言った?」その声は冷え切っていた。奈美はその瞳に宿る冷たさに震え上がり、さらに泣きじゃくる。「蓮さん……私……」「黙れ!」蓮は不快そうに言葉を遮ると、異変に気付いて入ってきたボディーガードを鋭く睨みつけた。「今すぐに、こいつをつまみ出せ!それから病院へ連絡し、二度と外に出られないようにしろ!もう一度俺の前にこいつを連れてきてみろ……」彼は一度言葉を区切り、奈美の青ざめた顔を陰惨な目で見下ろした。「どうなっても知らないからな」大柄な二人のボディーガードが