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幼なじみを選んで花嫁を失った男

幼なじみを選んで花嫁を失った男

By:  甘てんてんCompleted
Language: Japanese
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結婚式当日、恋人は公然と式を放り出し、未婚のまま子どもを妊った幼なじみの出産に立ち会った。 参列者たちの嘲るような視線を浴びながら、私はベールを外し、彼に問いただすため病院へ向かった。 そこで目にしたのは、幼なじみが産んだばかりの赤ん坊を抱きしめ、愛おしそうに見つめる神谷辰也(かみや たつや)の姿だった。 幼なじみの西村彩花(にしむら あやか)がわざとらしく問いかける。 「辰也さん、今日は結婚式でしょ?私の出産に付き添って……藤原結(ふじわら ゆい)が怒ったらどうするの?」 「結婚式なんていつだってやり直せる。でも出産は一度きりだ。病院に一人きりにしておけない。これからは俺がこの子の父親になる。お前たち母子を絶対に誰にも傷つけさせない」 ――後日、私が別の人と式を挙げようとした時、辰也は狂ったように会場へ乱入し、もう一度だけチャンスをくれと縋りついた。

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Chapter 1

第1話

結婚式当日、恋人は公然と式を放り出し、未婚のまま子どもを妊った幼なじみの出産に立ち会った。

参列者たちの嘲るような視線を浴びながら、私はベールを外し、彼に問いただすため病院へ向かった。

そこで目にしたのは、幼なじみが産んだばかりの赤ん坊を抱きしめ、愛おしそうに見つめる神谷辰也(かみや たつや)の姿だった。

幼なじみの西村彩花(にしむら あやか)がわざとらしく問いかける。

「辰也さん、今日は結婚式でしょ?私の出産に付き添って……藤原結(ふじわら ゆい)が怒ったらどうするの?」

「結婚式なんていつだってやり直せる。でも出産は一度きりだ。病院に一人きりにしておけない。これからは俺がこの子の父親になる。お前たち母子を絶対に誰にも傷つけさせない」

――後日、私が別の人と式を挙げようとした時、辰也は狂ったように会場へ乱入し、もう一度だけチャンスをくれと縋りついた。

病院を出た私は、無表情のまま携帯を取り出し、ある番号へ電話をかけた。

「橘景(たちばな けい)、前に言ってた『お前を嫁にもらう』って話……まだ有効?」

向こうから、飄々とした景の声が返ってくる。

「結、お前、俺をなんだと思ってる?都合のいい予備か?」

「嫌ならいい。他を探すから」

「……俺が娶る!」景は歯ぎしりしながら言い切った。「結、これはお前が自分の口で言ったんだ。もう後戻りはさせないぞ!」

「約束だよ」

結婚の日取りを決めた私は電話を切り、式場に戻って親戚や友人たちへ謝罪し、式を一か月後に延期することを告げた。

参列者たちをなんとか落ち着かせ、疲れ切った体を引きずって家へ戻る。

腰を下ろして間もなく、玄関の方から物音がした。

入ってきた辰也は、申し訳なさそうに私を見つめる。

「結、ごめん。今日は本当に急を要することがあったんだ」

私は苦笑を浮かべた。

「急を要する?私たちの結婚式よりも大事なことなんてあるの?」

辰也は真剣な顔で言った。

「友人が事故に遭ったんだ。命に関わることだったから、お前に説明する時間もなくて、とにかく彼女を病院に連れて行くしかなかったんだ」

もし私が見ていなければ――彩花と辰也が子どもを抱き、まるで家族のように寄り添う姿を――彼の言葉を信じていたかもしれない。

結婚式当日、新郎はいつまで経っても現れず、電話も繋がらない。最初は事故でも遭ったのかと心配で仕方なかった。

だが彩花がインスタに投稿した写真を見て、真相を知った。辰也は彼女の出産に付き添っていたのだ。

今にして思えば、私はどうしようもない馬鹿だった。

涙が頬を伝う。彼のことで泣きたくないのに、心は勝手に痛みを訴えてくる。

私の涙を見た辰也は慌てて抱きしめ、慰めようとする。

「結、今日は辛い思いをさせてしまった。次の結婚式では、絶対に俺はお前の隣にいる」

私は手で彼の胸を押し退け、嗚咽混じりに告げた。

「もういい。私たちの結婚式は、二度とない」

辰也は信じようとしない。

「そんな強がり言うなよ。もう式を一か月後に延ばしたんだろ?」

私は新しい新郎が誰なのか告げようとした――だがその瞬間、彼の携帯が鳴り響く。

電話に出た辰也の表情が変わる。

「わかった。すぐ行く」

そう言い残し、玄関へ向かう。

「急いで解決しなきゃいけないことができた。大人しく待っててくれ。戻ったらまだ式のことを話そう」

私は答えず、彼の背中が消えていくのを見送った。

しばらくしてからスマホを手に取り、インスタを開く。

そこには彩花の新しい投稿が。

添えられた写真には、赤ん坊を抱く辰也の横顔。

そしてキャプションには――

【出産後の胸の張り、痛すぎる……!でも子どものパパがそばで助けてくれてるから大丈夫。ほんと吸うの上手なんだから!】

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松坂 美枝
チャラ男の更生物語だったー クズ男はもうほんと落ちるとこまで堕ちたなって感じ 出産に立ち会うために結婚式すっぽかしたのにその子供大事にしないしどうしようもない クズ女も然りって感じ
2025-10-09 11:13:04
2
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ノンスケ
幼馴染が誰の子かわからない子を妊娠して戻ってきたからって、出産に立ち会うとか普通にありえない!しかも産後1ヶ月面倒みるとか、今時の育休パパかよ、と突っ込みたくなった。そりゃあ、そんな理由で結婚式をすっぽかされて、待つ意味ないよね。
2025-10-10 14:33:52
0
8 Chapters
第1話
結婚式当日、恋人は公然と式を放り出し、未婚のまま子どもを妊った幼なじみの出産に立ち会った。参列者たちの嘲るような視線を浴びながら、私はベールを外し、彼に問いただすため病院へ向かった。そこで目にしたのは、幼なじみが産んだばかりの赤ん坊を抱きしめ、愛おしそうに見つめる神谷辰也(かみや たつや)の姿だった。幼なじみの西村彩花(にしむら あやか)がわざとらしく問いかける。「辰也さん、今日は結婚式でしょ?私の出産に付き添って……藤原結(ふじわら ゆい)が怒ったらどうするの?」「結婚式なんていつだってやり直せる。でも出産は一度きりだ。病院に一人きりにしておけない。これからは俺がこの子の父親になる。お前たち母子を絶対に誰にも傷つけさせない」――後日、私が別の人と式を挙げようとした時、辰也は狂ったように会場へ乱入し、もう一度だけチャンスをくれと縋りついた。病院を出た私は、無表情のまま携帯を取り出し、ある番号へ電話をかけた。「橘景(たちばな けい)、前に言ってた『お前を嫁にもらう』って話……まだ有効?」向こうから、飄々とした景の声が返ってくる。「結、お前、俺をなんだと思ってる?都合のいい予備か?」「嫌ならいい。他を探すから」「……俺が娶る!」景は歯ぎしりしながら言い切った。「結、これはお前が自分の口で言ったんだ。もう後戻りはさせないぞ!」「約束だよ」結婚の日取りを決めた私は電話を切り、式場に戻って親戚や友人たちへ謝罪し、式を一か月後に延期することを告げた。参列者たちをなんとか落ち着かせ、疲れ切った体を引きずって家へ戻る。腰を下ろして間もなく、玄関の方から物音がした。入ってきた辰也は、申し訳なさそうに私を見つめる。「結、ごめん。今日は本当に急を要することがあったんだ」私は苦笑を浮かべた。「急を要する?私たちの結婚式よりも大事なことなんてあるの?」辰也は真剣な顔で言った。「友人が事故に遭ったんだ。命に関わることだったから、お前に説明する時間もなくて、とにかく彼女を病院に連れて行くしかなかったんだ」もし私が見ていなければ――彩花と辰也が子どもを抱き、まるで家族のように寄り添う姿を――彼の言葉を信じていたかもしれない。結婚式当日、新郎はいつまで経っても現れず、電話も繋がらない。最初は事故でも遭った
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第2話
私は自嘲気味に笑った。――これが、彼が「急いで解決しなきゃいけないこと」だったの?椅子をつかんで壁に叩きつけ、二人の結婚写真を粉々に砕く。すぐにハウスクリーニングを頼んで、この部屋に残っている辰也に関するものを全部処分させた。翌朝。軽くメイクをして出勤する。恋で悲しむことは許しても、恋で自分を腐らせることだけは許さない。だが不運は続いた。通勤途中、違反車線変更をしてきた車にぶつかられ、足をケガして病院に運ばれる。そこで――彩花の肩を抱いて降りてくる辰也と鉢合わせした。目が合った瞬間、彼は彩花の肩から手を離し、慌てて駆け寄ってくる。「結、どうしたんだ!?」私は平然と答える。「たいしたことない。ただの事故でちょっと足をケガしただけ」辰也はすぐに私のそばを離れず、検査の順番取りや薬の手続きを慌ただしくこなした。そんな彼の姿を見て、彩花の目に嫉妬の色が浮かぶ。そして挑発的に私へ言った。「結、結婚式を台無しにしたのは私の勝ちよ。でも意外だったわ、そんなに我慢強いなんて。――でもね、もしそれで辰也さんのそばにいられると思ってるなら、それは大間違いわ」私と辰也が出会ったのは大学。雨の日、図書館の傘を分け合ったのがきっかけだった。彼の優しさに惹かれ、気づけば心は完全に落ちていた。五年間の交際は、周囲も認める理想のカップル。ずっと熱い想いを抱き合ったまま、自然に結婚というゴールへ進んでいけると信じていた。だが、彼の幼なじみ――彩花が海外から戻ってきた。四か月の妊娠を抱え、強引に私たちの間に割り込んできたのだ。「結、信じる?私がいる限り、辰也さんはあなたと結婚なんてしない」彼女の言葉など取るに足らないと鼻であしらった。五年の絆があるのだから。それに、彼女は未婚で妊娠、しかも子どもの父親は別の男。辰也が彼女を選ぶはずがない、と。――結婚式のあの日までは。現実に叩きつけられ、私は悟った。それでも、負けたまま彼女にいい気分を味わわせる気はなかった。私は冷たく言い返す。「西村さん。どうあっても私は辰也の正真正銘の婚約者。あなたは一体、どんな立場でそんなことを言えるの?いまや不倫相手ってそんなに誇らしい肩書きなの?」彩花は顎を上げ、挑むように答える。「愛されない方こそ『浮気相手』でしょ
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第3話
私は家で二日間休み、足の怪我を治してから、また普通に会社へ通い始めた。ところが、仕事を終えて帰宅すると、思いもよらぬ光景が目に入った。彩花が赤ん坊を抱いて、私の家にいたのだ。私を見るなり、彼女は得意げに笑った。「藤原さん、帰ってきたのね。辰也さんは、私が退院したあと誰も世話してくれないのを心配して、私と赤ちゃんをここに連れてきてくれたのよ」私は彼女の身に着けているパジャマに目をやり、歯ぎしりしながら言った。「それ、脱ぎなさい。誰が私の服を勝手に着ていいと言ったの?」彩花は赤ん坊を横に置き、さらに近づいてきて、笑みを深めた。「もちろん辰也さんが許してくれたのよ。服だけじゃないわ。あなたのものは、全部私が奪ってみせる!」そう言うと、いきなり私の頬を平手打ちした。反射的に私も打ち返したが、彼女の体は糸の切れた凧のように後ろへ倒れていった。そして大声で泣き叫ぶ。「藤原さん、私、わざとあなたの服を着たんじゃないのよ……怒らないで、すぐに返すから……」そう言いながら、自分の服を脱ぎ始め、裸同然の姿を私の前にさらけ出した。赤ん坊も驚いて大声で泣き出す。私は一瞬呆然としたが、すぐに彼女の計算通りに嵌められたと悟った。だが、口を開く前に――辰也が慌ただしくドアを押し開け、飛び込んできた。目の前の光景に、彼は私を強く突き飛ばし、怒鳴った。「結、いつからこんなに残酷になったんだ!子連れの未亡人にまで手を上げるなんて!」辰也は赤ん坊を大事そうに抱き上げ、自分の上着を脱いで彩花の肩に掛ける。彩花は涙目で彼の胸に寄り添い、しおらしく言った。「辰也さん、全部私が悪いの。藤原さんを責めないで……」その言葉に、辰也の怒りはさらに燃え上がる。「その服は、俺が彩花に着せたんだ!文句があるなら俺に言え!」彼の理不尽なまでのかばい方に、胸が冷たく締めつけられる。私はこみ上げる悔しさを必死で抑え、怒鳴った。「ここは私の家よ!どうして彼女を勝手に連れ込むの?どうして私の服を勝手に着せるの?」辰也は彩花を支えながら、私を冷たく見下ろした。「お前も彩花も、両方に支えが必要だと思ったから連れてきたんだ。だが、そんなに受け入れられないなら、俺は彩花を連れて出ていくよ!」「授乳で服が汚れたから、適当にお
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第4話
お祝いパーティーの宴席。辰也の仲間たちは彼を冷やかすように言った。「辰也、ずいぶん隠してたじゃないか!結とゴールインすると思ってたのに、まさか幼なじみとこっそり関係を持って、もう子どもまでできてたなんてな」「でも正直さ、結を捨てるなんて惜しくないか?どう見ても、あの子の方が幼なじみよりずっと美人だろう?」その言葉に、辰也は無意識に眉をひそめた。「何をデタラメ言ってる。俺が結を捨てて彩花と一緒になったなんて、誰がそんなことを言った?」仲間の一人が首をかしげる。「いや、だってお前があの子の父親だって言ったんじゃないのか?」辰也はすぐに説明した。「彩花はずっと妹みたいに思ってきただけだ。あの子の子どもは、生まれたときにはもう父親がいなかった。これから先、弱い立場になるのを避けるために、俺が名目上の父親になったんだ」「なんだ、そういうことか!最初から言ってくれよ。あんな大げさな宴を開くから、てっきりお前の実の子だと思ったじゃないか」「それと結の姿が見えないな。まさか怒って来なかったんじゃないのか?」「俺の意見だけどな、義理の息子のために将来の嫁さんを怒らせるなんて、わりに合わないぞ」仲間たちにそう指摘されて、辰也はようやく気づいた。――あの一件以来、私とほとんど連絡を取っていなかったことに。原因は、昼夜逆転の育児と産後の彩花の世話。毎日疲れ果てて、布団に入ればそのまま眠り込んでいたからだ。けれど今日を境に、彩花も子どもを一人で世話できるようになった。もう自分の役目は終わったと、彼は思い始めていた。そう考えると、すぐにでも私に連絡したくなった。だが前に強く言い放った手前、素直に電話するのは面子が立たない。そこで「折れてやる」とばかりに、私にメッセージを送った。だが返ってきたのは――結婚式を挙げるという驚愕の知らせ。辰也は慌てて電話をかけた。だが向こうから流れてきたのは、無機質な音声。――すでに着信拒否されていたのだ。胸をかきむしるような動揺が彼を襲う。携帯を閉じるや否や、席を立って走り出そうとした。「辰也さん、宴はまだ終わってないのに、どこへ行くの?」彩花が素早く彼の腕をつかんだ。辰也は振り払うように叫んだ。「結が今日結婚式を挙げるって言ったんだ!俺は確かめに行く!」その言葉に
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第5話
まさかたった一か月で、景が結婚式場をこんなにも豪華に整えるなんて思いもしなかった。会場は新鮮なピンクのバラで飾られ、ほのかな花の香りが漂っている。天井からは豪華なクリスタルのシャンデリアが吊るされ、きらきらと光を放っていた。黒のスーツを着た景は、ピアノの前に座り、『夢の中のウェディング』を弾いて、この結婚式の幕を開けた。――まさに、私が思い描いていた結婚式そのものだ。演奏を終えると、景はゆっくりと私の前に歩み寄り、紳士のように腰をかがめて左手を差し出した。胸が高鳴る中、私は自分の右手を彼の手に重ねる。指と指が触れ合い、景は私の手を導きながら、舞台の中央へと進んでいく。彼はまっすぐに私を見つめ、力強く言った。「結、今度は自分から手を渡したんだ。もう後悔なんてできないぞ」私は彼を見つめ、口元に笑みを浮かべて、三年前と同じ言葉を口にした。「一度選んだら、私は絶対に後悔しない」違うのは、三年前に選んだのは辰也で、今選んでいるのは景だということ。私の言葉に景の口元はさらに笑みを広げ、二人で舞台の中央に立ち、参列者たちの前で永遠の誓いを交わした。そのときだった。宴会場の扉が勢いよく開き、汗だくの辰也が飛び込んできて叫んだ。「俺は反対だ!」景はすぐに私の手を握りしめ、まるで私が逃げ出すのを恐れているかのように。瞬く間に辰也は私の目の前に迫り、怒鳴った。「結!お前は俺の婚約者だろ!どうして橘なんかと結婚するんだ!俺を怒らせるためにわざとやってるんだろ?今すぐ俺と帰るんだ!」そう言って手を伸ばしてきたが、景がすかさず私の前に立ちはだかる。私は冷たい声で言った。「辰也、あの日、私の気持ちを踏みにじって結婚式から逃げ出した時点で、私たちは終わったの」辰也は慌てて言い返す。「違うんだ!あのとき彩花が出産間近で、命がかかってたんだ!本当に仕方なかったんだ!」私は鼻で笑った。「その言葉、自分で信じられる?あの時だって、あなたは彩花を病院に送れば、そのまま式に戻れたはず。なのに携帯を切って、最後まで付き添った。あなたは産科医か?それともあの子の本当の父親?彩花はあなたがいなきゃ子どもを産めなかったの?」その言葉に辰也は言葉を失った。式を放り出して付き添ったことが、どれほど軽率だったか今になって突き
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第6話
彼の含みのある視線を受けて、私の頬はぱっと熱を帯びた。すぐにベッドから起き上がって言った。「いいよ、食べる力はまだあるから、自分で食べる」コシのある手打ち麺に濃厚なスープが絡みつき、一口啜るたびにたまらなく旨かった。舌がとろけるように思う。景は終始甘やかすように私を見つめ、手を伸ばして髪をくしゃりと撫でた。「ゆっくりしろよ、誰もこのそばを奪ったりしないから」一杯平らげると、景の目付きがどこか深くなった。「お腹いっぱいか?じゃあ、今から本番をやるぞ」その一言が出たとき、胸の奥で小さく動揺が走った。でもここで断ったり引き延ばしたりすれば、自分がただの面倒くさい女に見えるだけだと分かっている。私は覚悟を決め、立ち上がって言った。「待ってて、シャワー浴びてくる」景は含み笑いを浮かべて答えた。「おう、待ってる」浴室で一時間以上かけて体を洗い、古い自分を一枚剥ぎ取るようにして気持ちを整え、ドアを開けて出て行った。「今夜は浴室で寝るつもりかと思ったぞ」景がからかうような声で言った。景は別の浴室を済ませたところで、私と同じ赤いバスローブを羽織り、ベッドの枕元にもたれている。着崩したバスローブから胸元が覗き、うっすらと腹筋が見える。深く息を吸って、落ち着いたふりをしてゆっくりベッドに近づくと、彼は腕を伸ばして私の手首を掴み、一気に引き寄せて自分の上に倒し込んだ。温かい吐息が耳元を撫でる。「嫁、ずいぶん待たせやがったな」耳のそばがぞくぞくして、つい声が甘くなる。「景、そんなこと言わないで……」彼は低く笑い、ぐっと腰を抱き寄せてきた。体を横に傾け、私と彼――二人はそのまま横向きに寝転んだ。彼は手を伸ばして私の頬をそっとなぞり、漆のように黒い瞳に私の顔が映っている。「結、まるで夢を見てるみたいだ。俺、本当にお前を嫁にしたのか?」その言葉にはほろ苦さが混ざっているのが分かる。大学時代の景は、学内でも有名な存在だ。典型的な御曹司で、喧嘩もサボりもクラブ遊びも欠かさない。なのに成績だけはいつも良くて、どこへ行っても話題を集めるタイプだった。一方、私は昔からの「いい子」で、普通に考えれば彼と私の道は平行線のままで交わるはずがない。だが運命は妙な巡り合わせをくれた。私は彼の命の恩人になったのだ。
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第7話
私は思わず目をむいて、言った。「それは悪いけどね、私が助けたのはただの善意よ。しかも私には彼氏がいる。あなたに恋してたわけじゃない」その頃、私は辰也と二年付き合っていて、関係は安定していた。どう考えても、遊び人で気ままな花男に惹かれるなんてあり得なかった。でも、それ以来、景はやたらと私の前に現れるようになった。最新のスマホ、999本の赤いバラ、コンサートのチケット……次から次へと持ってきて、私を学校中の注目の的にした。歩く先々で噂されるほどだった。とうとう我慢できず、私は爆発した。「景、あなた一体何がしたいの?私はもうお礼の金を受け取ったでしょ?これ以上は本当に迷惑なんだけど!」景は相変わらず軽い笑みを浮かべて言った。「結、それが分からないのか?俺はお前を口説いてるんだよ」もちろん分かっていた。だからこそ困っていたのだ。「言ったはずよ。私には彼氏がいるの」彼は相変わらずチャラい笑みを浮かべて言った。「だから何だ?彼氏がいたら俺が口説いちゃダメって誰が決めた?俺は神谷より顔もいいし、金もある。あいつなんかやめて俺と付き合えよ」私は彼の腕の中に抱えられていたバラをつかんで、そのままゴミ箱に放り込んだ。「悪いけど、御曹司の遊びには付き合う気ないわ。私は彼のことが本気で好きなの。だから二度と私の前に現れないで」だが、私が拒めば拒むほど、彼の征服欲は燃え上がった。追いかけはさらに激しくなり、ついには辰也に喧嘩を吹っかけ、タイマンを挑んだ。テコンドーを習ってきた景に、辰也が敵うはずもない。結局、彼は地面に叩き伏せられた。それは私が珍しく本気で怒った瞬間だった。思わず景の頬を平手で打ちつけ、叫んだ。「人の気持ちも分からないチャラ男なんて、絶対好きにならない!恋愛は拳の強さで決まるもんじゃない。たとえ辰也が百回負けても、私が好きなのは彼だから!」その一件で、景はようやく諦めたのだろう。その後はぱったりと姿を見せなくなった。だが、彼自身はそこから変わった。前のような遊び人ではなくなり、学内の女の子と噂になることも二度となかった。三年後。私と辰也の結婚話が広まったとき、景から久しぶりにメッセージが届いた。【結、きっとお前は俺に呪いをかけたんだな。だから今でも忘れられない。結婚おめでとう。もしいつか幸
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第8話
彼は景の会社のビル前に、巨大な横断幕を掲げて罵った。【橘景は権力を使って俺の婚約者を奪った、ただの男の不倫相手だ!】この騒ぎはすぐにネットで広まり、金持ちを憎むネット民の共感を呼んだ。【こういうボンボンが一番嫌いだ。親ガチャで当たりを引いただけで、偉そうに!】【稼いでるのはどうせ汚い金だろ。みんなで買わなきゃ、そのうち潰れる!】【妻を奪われた恨みは一生消えない。橘グループ不買は俺から始める!】景の会社は抵抗運動に遭い、株価も暴落した。私たちは仕方なくハネムーンを切り上げ、辰也の件を解決するため帰国した。戻ってみると、辰也はまだ橘グループの前で横断幕を振りかざし、大騒ぎしていた。私が車を降りると、彼は目を輝かせて駆け寄ってきた。景はすぐに止めようとしたが、私は彼の腕を掴んで言った。「ちょっと二人きりで話させて」景は私を見つめ、結局は一言だけ釘を刺した。「遠くには行くなよ。ここで待ってる」私はうなずいた。二人きりになると、辰也は興奮して叫んだ。「結、やっぱりお前の心には俺が残ってたんだな」私は思わず平手打ちを食らわせた。「これは、あなたが結婚式で私を置き去りにして、みんなの笑いものにした罰!」彼の顔が横に吹き飛ぶ。続けざまにもう一発。「これは、地震の時に私を見捨てて逃げた罰!」辰也は言い訳もせず、涙目で私を見つめた。「結……俺が悪かった。式から逃げたのも、あの時お前を置いてきたのも……全部間違いだった」私は問い詰めた。「辰也、自分の胸に手を当てて考えてみなさい。私が景と結婚したのは、本当に権力目当てだと思うの?」辰也は首を振ったが、すぐに口を開いた。「でも……こうでもしなきゃお前は会ってくれなかった」彼の瞳には痛々しい色が浮かんでいた。「結、俺たちは五年一緒にいたんだ。お前なしじゃ生きられない。お願いだ、戻ってきてくれ」私は冷たく笑った。「そうね、私たちが五年付き合ってきたのに、彩花が戻ってきたたった半年で全部壊された!しかも父親が誰かも分からない子の父親になるために、式場で私を捨てて恥をかかせた!」「辰也、認めなさいよ。あなたは私を本気で愛してたわけじゃない。今やってるのは、ただの意地よ」辰也は私の手首を掴んだ。「違う!結、俺はお前を愛し
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