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5.王子の決意

Penulis: 望月 或
last update Terakhir Diperbarui: 2025-03-12 12:48:01

 ふらつく足取りで自分の部屋に戻ると、ヴィクタールは身体を投げるように、ベッドに仰向けで倒れ込んだ。

「……裏切られていた……。あの二人に――」

 一体いつから……?

 ……そう言えば、この一ヶ月はヘビリアから自分に会いに来る事は一度も無かった。

 一ヶ月前に起こった事と言えば――スタンリーが召喚に成功し、『王位継承権』を授かった事だ。

「……あぁ、成る程……。私は“見限られた”のか……」

 はは、と乾いた笑いがヴィクタールの口から漏れる。

「そんな簡単に見限れる程度の関係だったんだな、私達は――」

 ヴィクタールが二十歳、ヘビリアが十八歳の時に決まった、二人の婚約。

 四年間の決して短くない年月で、お互いに良好な関係が築かれていると思っていた。

 「好きです」と、ヘビリアは何度も口にしてくれた。

 それに自分も同じ言葉を返していた。

 彼女が欲しいと言った物は、買える物なら自分の私財で買ってあげた。

 その度に彼女は喜んで、「大好きです」と言ってくれた。

 彼女の無邪気な笑顔が好きだった――

「……抱きしめれば良かったのか、彼女を? スタンリーのように――」

 ヘビリアは、自分を抱きしめたり口付けをしない事に、ずっと不満を持っていた。

 それをすれば、こんな事態は避けられた……?

「――いや、それは違う……」

 例えそれをしても、彼女に一切欲の湧かなかった自分だ。きっと失敗に終わっていただろう。

 それに万が一成功したとしても、結局彼女は自分を裏切っていただろう。

『未来のあたしの王様』

『未来の僕の王妃様』

 二人はそう言い合っていた。

 彼らはこの国の『国王』と『王妃』になる事を切望したのだ。

 だから彼女は、自分ではなく、次期国王になる可能性が十分に高いスタンリーを選んだ。

 スタンリーも、海獣神ネプトゥーを召喚し“王の器”として認めて貰う為、『聖なる巫女』の直系の血を引くヘビリアとの婚姻を望んだ――

「は……はは……」

 自分の唇から、乾いた笑いが止まらない。

 今や国民の誰もが、スタンリーが王になる事を望んでいるだろう。

 何もかも兄に勝る弟。

 情けなく頼りない自分より、何でも出来るスタンリーの方が選ばれるに決まっている。

 それに今回の件で、元から低かった自分の評判は、更に地の底に沈んだであろう。

 無実の証明をしてくれる者が誰もいない今、その評判を地上に浮き上がらせる事なんて、血の吐き出すような努力をしても難しいに決まっている。

 それに現国王である父も、スタンリーを次期国王にと考えているに違いない。

 先程の謁見の時、父は「公務に励め」とは言ったが、「召喚の鍛錬も励め」とは一言も言わなかった。

 召喚を成功させる事は、『王位継承権』を授かる事と同じ。

 ……つまりは、そういう事だ。

「……私は、いらない存在だな……」

 ポツリと、胸を抉る言葉が自ら口から漏れる。

「“私”……? ――あぁもうどうでもいいや、言葉遣いなんてさ」

 ヴィクタールが言葉遣いを直したのは、王族としての今後の為もあるが、ヘビリアが「あたし、敬語を喋る男の人にときめくんですぅ」と笑顔で口にしたからだ。

 彼女と良好な関係を築きたかったヴィクタールは、それを期に言葉遣いを変えた。

 しかし、父に見放され、彼女に見限られ裏切られた今、敬語を使う必要は全く無い。

「あーぁ、もう何もかもどうでもいいや。いらない存在のオレは、潔くこの世から去るか。生きていたって何の楽しみもねぇし? ただ公務をするだけの馬車馬のような日々って最悪じゃね? そんなん死んだ方がマシだわ。――よし、死ぬか」

 昔の口調に戻したヴィクタールは、ハッと鼻で嗤った。

「そうと決まれば遺書でも書くか。決行は……早い方がいいし、明日にするか」

 ヴィクタールはのそりとベッドから起き上がると、執務机に向かってペンを取ったのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 翌日。

 ヴィクタールは宝物庫の前にいる見張りに声を掛けた。

「スタンリーが呼んでいましたよ。今まで怪しい人物がここ来ていないか確認したいそうです」

「――はっ、分かりました」

 駆けていく見張りの背中を見送ると、ヴィクタールは持っていた鍵を使い、素早く宝物庫に入った。

 その一番奥には、古から伝わる二つの指輪が入った小さな箱が、魔法の結界を厳重に掛けられ置かれていた。

 ヴィクタールはそれに向かって腕を伸ばし、手に取った。

 王家の血を引く者は、箱に掛けられた魔法の結界は効かないのだ。

 箱の蓋を開けると、そこにはアクアマリン色の宝石が嵌め込まれた指輪と、ルビー色の宝石が嵌め込まれた指輪が二つ綺麗に並んでいた。

 『古の指輪』と呼ばれているが、全く汚れが無く、二つの宝石も神々しく輝きとても綺麗だった。

「ヴィクタール様、スタンリー様は呼んでいませんでしたよ? ……何をなさってるんですか?」

 戻ってきた見張りの呼び掛けに、ヴィクタールは蓋を閉めるとゆっくりと振り向き、口の端を持ち上げた。

 そして、一気に駆け出し見張りを突き飛ばす。

 そのまま脇目を振らず廊下を駆けていった。

「あぁっ、指輪をっ!? お待ち下さいヴィクタール様!! ――誰かっ! ヴィクタール様が宝物庫から指輪を盗んで逃げ出したぞ!! 捕まえてくれ!!」

 見張りの叫びを背中に受けながら、ヴィクタールは王城から飛び出した。

 城の裏手にある丘を一気に駆け上がると、断崖の前で立ち止まった。その下は一面の海で、激しい波が絶壁を打ち付けている。

 ヴィクタールは崖を背にし、黙って待つ。

 暫くすると、走ってくる武器を持った騎士達と一緒に、スタンリーとヘビリアの姿も見え、ヴィクタールは再び口の端を持ち上げたのだった。

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