「おい、葵!大丈夫だったか!?」
彼の声は、安堵とそして怒りが混じったような響きを持っていた。アゼルは私の両肩を掴み、まっすぐと私を見つめている。
「心配したんだぞ!なんでこんな無茶したんだ!」
アゼルが私を心から心配してくれていたことが言葉の端々から伝わってくる。その優しさに私の緊張の糸はプツリと切れた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
私は堪えきれず子どものように泣きじゃくった。
「私、もっと誰かの役に立ちたくて……それで、知識だけ詰め込んでも駄目だと思って、無理言って連れてきてもらったの。でも、怖かった……怖かったよ……!」
言葉にならない嗚咽とともに、これまでの不安や孤独、そして今経験した恐怖が涙となって一気に溢れ出す。アゼルはそんな私を力強く抱き寄せた。
「とりあえず無事でよかった……。それに葵は、今のままで十分、役に立っている、というより……」
彼の声が、私の耳元で震える。
「俺にとって ”大切な存在” なんだ。だから、もう勝手にいなくならないでくれ……」
アゼルはそう言って、顔を歪めて
「アンナ王女はもし、そのような女性が実在したら、何を脅威に感じられるでしょうか?」「脅威……ですか?そうですね。」アンナ王女は、顎に手を当ててしばらく考え込んだ後に、ゆっくりと口を開いた。「我が国は、資源をバギーニャ王国に頼っていますわ。製造が強みですが、洗浄や様々な工程で水を使います。生活でも使用しますし、バギーニャ王国から湧き出た水が我が国に流れてきます。そこをせき止められたら、死活問題ですわ。」アンナ王女の言葉には、父が言っていた「真の危機」と繋がっているように思えた。惑わして思いのままにさせることが国同士の争いの火種になることを危惧しているのか。「あとご存知の通り、私には姉妹しかおりません。結婚する際は婿として、この国の次期後継者になる方を求めています。近隣の友好国には、婚姻の年齢にふさわしい王子はバギーニャ王国しかいません。王子たちが、女性に夢中では私たちの国を任せるものがいなくなってしまいます。」そして、先ほどとは違ううわずった声でルシアンの方をチラリと見てから付け足した。「で、ですので……第一王子が我が国に来るのは自国のことがあるため難しいと思うので、私たちとしては、その、ルシアン様のような第二王子以降で、こちらに来ても構わないと言ってくれる王子がいることを望んでいまして……」
サラリオside翌日、アンナ王女の案内で王宮外の様子を視察させてもらった。馬車の中には、私とルシアンとアンナ王女だけで、話を聞くには最適な環境だった。ルシアンのことを気に入り、一人で二度目の来訪をしたアンナ王女だ。だからこそ、ルシアンはゼフィリア王国の訪問を自ら提案したのだろう。そして、ルシアンもアンナ王女の気持ちに気がついている。彼が少しからかったら、顔を真っ赤にさせていたから。全く気がないわけでもなさそうだ。馬車は、国内最大の服飾工場へと向かっていた。「ここは、国内最大の服飾工場で多くの者が働いています。主に女性たちで、子女も混ざっておりますわ。男性は外で肉体労働、女性は工場で働き、家計を支えています。」アンナ王女は、小さい頃から国のことを叩きこまれたのだろう。どんな場所に行っても丁寧に、そして誇らしげに説明してくれる。「アンナ王女、以前、二度目の訪問の際に『異国の女性』のうわさを聞きつけて来たと言っていたけれど、どんな噂なのか教えてもらえないでしょうか?」ルシアンの言葉に、アンナ王女は少し戸惑った様子を見せた。「異国の女性、ですか。あの時は、私の勘違いで大変失礼しました!!」「いいえ。王女が私のことを心配して来てくださり嬉しかったです
アンナ王女side「ルシアン様、遠いところまで長旅お疲れ様でした。到着、心待ちにしておりました。」ゼフィリア王国の宮殿の門前で、私は胸を高鳴らせながらルシアン様を出迎えた。彼の姿が馬車から現れた瞬間、私の心臓は喜びで跳ね上がった。「アンナ王女、出迎え頂きありがとうございます。私も、アンナ王女にお会いできることを楽しみにしていました。」ルシアン様は、そう言って微笑んでから、優雅に膝まづき、私の手の甲にそっと唇を落とした。それだけで目眩がして倒れそうなくらい、私の心臓は目まぐるしい速さでドックンドックンと音を立てていた。その熱い感触が、手の甲から腕、そして全身へと駆け巡り、私の頬は赤く染まった。(キャッ、キャ、キャアアアアアアー!ルシアン様が手の甲にキスをしてくださった!?なんて光栄なこと!このまま気絶してしまいそう、耐えるのよアンナ!!!!)私の頭の中は、歓喜で埋め尽くされていた。「アンナ王女、私はゼフィリア王国のことについて深く知りたいと思っております。この国の自然や文化などにも実際に目で見て触れたいのですが、もし、お困りでなければアンナ王女に案内して頂けたら嬉しいのですが、お願いできますでしょうか。」ルシアン様からのご指名に、私は鼻息荒く即答した。「は、はい!!!も
葵side「ね、キリアン?一年で成果をあげるなら何が一番効果的なのかな?」キリアンの執務室で二人で向き合っている時に、私はふと口にした。私たちは、与えられた一年という期限をどうすれば最大限に活かせるかを考えていた。「そうだね。あの時は、貴婦人たちにお茶会で教えることを提案したけれど、一年という期間を考えると広まるのは限定的な気がするんだ。それに、お茶会という場だと他の会話に流れてしまって、薬学の知識が忘れられてしまう可能性もある。」キリアンは、腕を組みながら真剣な顔で答えた。彼の言葉に私も頷く。「そうよね。だからと言って、薬学のためだけのお茶会を開くと言っても、興味を持ってもらえるか分からないし……。それに貴婦人たちは、怪我をしたら手当をしてもらう側で、自分から他の人の手当てをしないわ。そうしたら、せっかく知識を学んでも使う時がない気がするの。」私の言葉を聞いたキリアンは、何かに気がついたようでハッと目を見開き、私の手を強く握りしめた。「葵、それだよ!」「え?」「貴婦人たちは、自ら怪我の処置をしない。それなら、処置をする側の人を集めればいいんだ!貴族たちが集まる場で、侍女や執事たち向けの集まりを案内する。身分や階級を気にする貴族たちは、張り
葵side時は少し遡り、国王陛下の王宮から戻ってきたその日の夜、私はサラリオ様の部屋へと向かった。いつもは、サラリオ様から尋ねてきてくれるため私から部屋に夜の時間帯に出向くのは、恋仲になってからは初めての事だった。コンコンッ――――「サラリオ様、葵です。」そういうとゆっくりと扉を開けて、中に招き入れてくれた。そして、入った瞬間すぐに力強く抱きしめてきた。「サラリオ、様?」「葵、すまなかった。葵に怖く、嫌な思いをさせてしまった。葵のことを守ると決めたのに国王陛下だからと安心して油断していたよ。本当に申し訳ない」サラリオ様の苦しそうに歪んだ顔を見ていると胸が苦しくなった。私はサラリオ様の手を掴み、胸の前で両手でやさしく握った。「サラリオ様のせいではありません。もう自分を責めるのはやめてください。」その言葉
アンナ王女side「ええ!?ルシアン様が来月、ゼフィリア王国を訪問するですって!?」庭園でお茶を飲んでいた私の元に届いた吉報に、私は椅子から立ち上がり、叫ぶように繰り返した。「アンナ、興奮し過ぎよ。落ち着きなさい。」「お姉ちゃん、喜び過ぎだってば~!」姉や妹から何を言われても気にしなかった。だって、だって……あの愛しのルシアン様とまた会えるのだもの。こんなに嬉しいことはない。私の心臓は、まるで鈴のように軽やかに鳴り響き、全身の血が熱を帯びていくようだった。「あー待ち遠しいわ。でも、来月ってもうすぐじゃない!!!」私はルシアン様との再会を想像して、一人、顔を赤くしながらも頬を緩ませていた。「はあ、ルシアン様が来る前に綺麗なドレスを用意して、あとは運動もして少しでも綺麗と思ってもらえるように頑張らなくちゃ。」慌ただしく感情が変わる私を見て、姉妹だけではなく侍女たちも楽しそうに笑っていた。「アンナ様、なんだかとても楽しそうですね」