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第3話:異世界のしおり

Author: 大正
last update publish date: 2026-04-15 07:00:16

「面白そうですね。早速行ってみたいのですが、日程はどうなってますか? 」

「ご興味あります? 異世界。詳細聞いちゃいます? 」

「聞いちゃう。詳細、聞いちゃう」

「じゃあ……少々お待ちください。今現地での行動のしおりを持ってきます」

 溜めて……言わずに、現地での行動のしおりみたいなものがあるらしい。なんか修学旅行を思い出すな。

 しばらくして、真新しい印刷したてのインクのにおいはするが、古めかしい紙に書かれた冊子を持ってきた。

「えっとですね、まず確認なんですが、異世界のイメージを合わせておきましょう。異世界と一口に言ってもいろんな異世界が存在すると思いますので」

「確かにそうですね。いざ行ってみて話と違う! なんてことになると困りますし」

 静かに相談を始めた。気が付くと、「おい、あの人が昨年有休ランキング首席の人だぞ」「名前だけで実在しない人だと思ってたのに」「これで今年の実績は確実に稼いだわね」などと周りの従業員の皆さんが俺を見て騒ぎだしている。

「あの、なんか注目されてますけど、俺そこまで有休溜めてたんですか? 」

「ご自覚がなかったのは驚きです。中部地区有給未消化率驚異の100%、他の有給未消化者をトリプルスコアで抜いてダントツのブラックリスト不動の一位、それが小鳥遊様でした。でも、当社でその有休を消化していただくことでその実績も解除され、当社には政府から多大な補助金を受け取れる手はずになります。なので小鳥遊様がやっぱやーめたっ、とかここでおっしゃられると……あちらをご覧ください」

 会議室のブラインドを開けて、下を見ると、ビルの一階共用部分に人だかりができている。

「なんですか? あれ」

「この地方のマスメディアです。みなさん、小鳥遊様が有休を無事に消化されるかどうかが今日のニュースにどーんと出る形になると思います。もしこのままお決めにならずに当社をお出になられますと……あちらをご覧ください」

 もう片方にはメディアではなく、ビシッとスーツを着た、しかも品の良さそうな一団がじっとこちらを見ている。

「あれは、当社のライバル企業たちになります。このままお決めにならずにお帰りになられますと、かなりの可能性で熱烈な歓迎を受けて、もみくちゃにされる可能性が高まると思われます。できればこのネタで一つ勝負をかけてみてはいかがでしょう? というのが当社の特別プラン「限定一名様、異世界満喫ツアー」の内容となります」

 気を改めて椅子に座り、冊子に目を通す。冊子には間違いなく日本語で「異世界のしおり」と書かれており、あからさまなパッケージ旅行臭のする、そして懐かしさを感じさせるものがあった。

「まず、日本語の会話は問題なく通じます。日本語で読み書きしてもらっても現地語に翻訳されるようになっています。ただし、使えるのはカタカナだけだと思ってください。ひらがなと漢字は通じないので注意が必要です」

「コウイウカンジデスカ」

「そうそう、そういう感じです。で、舞台ですが、いわゆる中世ヨーロッパっぽい何かをイメージした場所、という形になります。日本国内で言うところの時代劇設定みたいなものですね。あれも、実際には元禄文化や化政文化のちゃんぽんだったりしますし、撮影の都合上新幹線が走ったり車が写ったり、まだ日本に入ってきていない植物や食べ物が出演したりしますが、そういうものだと考えてください」

 細かいことは気にするな、ということか。逆に安心するかもな、見慣れたものが身近にあって。

「あと、異世界チートとかそういうのはやろうと思えばできますので、商売を始めて一旗あげてみようとか、そういうのは可能ですが、制限時間に気を付けてください。320日……もう今日を使ってますから319日分ですか。その時間分だけしか楽しむことはできませんので、実際に軌道に乗って商売繁盛して楽しんでるその真っ最中にツアーの終了時間が来る、という可能性もありますので、そこのところは考えておいてください」

 なるほど、本当に異世界に一人飛ばされて……という設定を楽しむことができるのか。

「ちなみになんですが、有休分のお給料は現地の通貨に換えて、一定期間ごとにお渡しするプランがありますが、初日にもいくらかまとまったお金をお持ちになって現地へ向かうこともできますので御一考くださいませ」

 確かに、いざ踏み出したはいいが金欠で何もできない、では困るしな。ある程度初期資金も必要だろう。商売もしたいなら初期資金を捻出するための時間は時間の浪費だ。それを金で買えるなら買っておくべきだろうな。

「あとはそうですね……スキルとかそういうものはどうなっている世界なんですか? 」

「スキルは……実はあります」

 また溜めて、神崎さんが伝えてくれる。

「スキルはどのように取得すればいいんですか? できれば効率的に行きたいんですが」

「やっぱりそうですよね。そこ大事ですもんね。まず、こちらから異世界に向かってもらうにあたって便利なスキルをいくつか付与いたしますので、そちらは自由にお使いください。それ以外については……自動で覚えるか、手動で覚えるか、もしくは当社以外の手によって付与される場合があります。そこはどのように身についていくかははっきりとは言えません」

 今回は溜めなかった。やはりはっきりとは言えないと、ここははっきり言うところなのだろう。

「ですが、基本的にこのコースを選ばれるお客様ですと、基本的なスキルはあらかじめ持っている状態で異世界に行かれるお客様が多いですね。例えば暗算ですとか文字の読み書きもスキルになりますし、高速思考や走るのが早いといった身体的特徴もスキルになりえます。ですのであまり深く考えられなくても大丈夫であるとは思います」

 なるほど、スキルがあって覚えられるかはある程度運だが、苦情が来ていないことを見るとみんな満足してこのコースを選択して、そして楽しんでまた仕事に戻っているということなんだろう。

「そうですね。……うん、大体理解しました。このコースでお願いします。早速明日からということでお願いできますか」

「かしこまりました。滞りなく準備をさせていただきます。そちらの冊子はどうぞお持ちください。私は異世界転移の準備を行いますので早速失礼いたします。では、マスコミの皆さんを満足させてあげてください」

 そして、明日の約束を取り付けて、アザーワールド社を後にすると、報道陣に囲まれる俺の姿があった。

「小鳥遊さん、いかがでしたか! ご納得される有休プランは見つけられましたか! 」

「ええ、決めてきました。通してください」

「どのようなプランをお選びになったのですか? もしよければお教えください」

「その辺は会社を通してください。私の口から言ってもいいものかどうかわからないので」

 フラッシュを焚かれてまばゆい中に俺が取り残され、そしてアザーワールドの競合他社は残念そうに背中を見せて帰っていく。

 翌日、地元紙の一面を飾る俺の姿があった。「小鳥遊氏、有休取る! 」と見出しに踊る文字と共にフラッシュに驚いている俺の姿は自分で見ても情けないものだった。

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