LOGIN「面白そうですね。早速行ってみたいのですが、日程はどうなってますか? 」
「ご興味あります? 異世界。詳細聞いちゃいます? 」
「聞いちゃう。詳細、聞いちゃう」
「じゃあ……少々お待ちください。今現地での行動のしおりを持ってきます」
溜めて……言わずに、現地での行動のしおりみたいなものがあるらしい。なんか修学旅行を思い出すな。
しばらくして、真新しい印刷したてのインクのにおいはするが、古めかしい紙に書かれた冊子を持ってきた。
「えっとですね、まず確認なんですが、異世界のイメージを合わせておきましょう。異世界と一口に言ってもいろんな異世界が存在すると思いますので」
「確かにそうですね。いざ行ってみて話と違う! なんてことになると困りますし」
静かに相談を始めた。気が付くと、「おい、あの人が昨年有休ランキング首席の人だぞ」「名前だけで実在しない人だと思ってたのに」「これで今年の実績は確実に稼いだわね」などと周りの従業員の皆さんが俺を見て騒ぎだしている。
「あの、なんか注目されてますけど、俺そこまで有休溜めてたんですか? 」
「ご自覚がなかったのは驚きです。中部地区有給未消化率驚異の100%、他の有給未消化者をトリプルスコアで抜いてダントツのブラックリスト不動の一位、それが小鳥遊様でした。でも、当社でその有休を消化していただくことでその実績も解除され、当社には政府から多大な補助金を受け取れる手はずになります。なので小鳥遊様がやっぱやーめたっ、とかここでおっしゃられると……あちらをご覧ください」
会議室のブラインドを開けて、下を見ると、ビルの一階共用部分に人だかりができている。
「なんですか? あれ」
「この地方のマスメディアです。みなさん、小鳥遊様が有休を無事に消化されるかどうかが今日のニュースにどーんと出る形になると思います。もしこのままお決めにならずに当社をお出になられますと……あちらをご覧ください」
もう片方にはメディアではなく、ビシッとスーツを着た、しかも品の良さそうな一団がじっとこちらを見ている。
「あれは、当社のライバル企業たちになります。このままお決めにならずにお帰りになられますと、かなりの可能性で熱烈な歓迎を受けて、もみくちゃにされる可能性が高まると思われます。できればこのネタで一つ勝負をかけてみてはいかがでしょう? というのが当社の特別プラン「限定一名様、異世界満喫ツアー」の内容となります」
気を改めて椅子に座り、冊子に目を通す。冊子には間違いなく日本語で「異世界のしおり」と書かれており、あからさまなパッケージ旅行臭のする、そして懐かしさを感じさせるものがあった。
「まず、日本語の会話は問題なく通じます。日本語で読み書きしてもらっても現地語に翻訳されるようになっています。ただし、使えるのはカタカナだけだと思ってください。ひらがなと漢字は通じないので注意が必要です」
「コウイウカンジデスカ」
「そうそう、そういう感じです。で、舞台ですが、いわゆる中世ヨーロッパっぽい何かをイメージした場所、という形になります。日本国内で言うところの時代劇設定みたいなものですね。あれも、実際には元禄文化や化政文化のちゃんぽんだったりしますし、撮影の都合上新幹線が走ったり車が写ったり、まだ日本に入ってきていない植物や食べ物が出演したりしますが、そういうものだと考えてください」
細かいことは気にするな、ということか。逆に安心するかもな、見慣れたものが身近にあって。
「あと、異世界チートとかそういうのはやろうと思えばできますので、商売を始めて一旗あげてみようとか、そういうのは可能ですが、制限時間に気を付けてください。320日……もう今日を使ってますから319日分ですか。その時間分だけしか楽しむことはできませんので、実際に軌道に乗って商売繁盛して楽しんでるその真っ最中にツアーの終了時間が来る、という可能性もありますので、そこのところは考えておいてください」
なるほど、本当に異世界に一人飛ばされて……という設定を楽しむことができるのか。
「ちなみになんですが、有休分のお給料は現地の通貨に換えて、一定期間ごとにお渡しするプランがありますが、初日にもいくらかまとまったお金をお持ちになって現地へ向かうこともできますので御一考くださいませ」
確かに、いざ踏み出したはいいが金欠で何もできない、では困るしな。ある程度初期資金も必要だろう。商売もしたいなら初期資金を捻出するための時間は時間の浪費だ。それを金で買えるなら買っておくべきだろうな。
「あとはそうですね……スキルとかそういうものはどうなっている世界なんですか? 」
「スキルは……実はあります」
また溜めて、神崎さんが伝えてくれる。
「スキルはどのように取得すればいいんですか? できれば効率的に行きたいんですが」
「やっぱりそうですよね。そこ大事ですもんね。まず、こちらから異世界に向かってもらうにあたって便利なスキルをいくつか付与いたしますので、そちらは自由にお使いください。それ以外については……自動で覚えるか、手動で覚えるか、もしくは当社以外の手によって付与される場合があります。そこはどのように身についていくかははっきりとは言えません」
今回は溜めなかった。やはりはっきりとは言えないと、ここははっきり言うところなのだろう。
「ですが、基本的にこのコースを選ばれるお客様ですと、基本的なスキルはあらかじめ持っている状態で異世界に行かれるお客様が多いですね。例えば暗算ですとか文字の読み書きもスキルになりますし、高速思考や走るのが早いといった身体的特徴もスキルになりえます。ですのであまり深く考えられなくても大丈夫であるとは思います」
なるほど、スキルがあって覚えられるかはある程度運だが、苦情が来ていないことを見るとみんな満足してこのコースを選択して、そして楽しんでまた仕事に戻っているということなんだろう。
「そうですね。……うん、大体理解しました。このコースでお願いします。早速明日からということでお願いできますか」
「かしこまりました。滞りなく準備をさせていただきます。そちらの冊子はどうぞお持ちください。私は異世界転移の準備を行いますので早速失礼いたします。では、マスコミの皆さんを満足させてあげてください」
そして、明日の約束を取り付けて、アザーワールド社を後にすると、報道陣に囲まれる俺の姿があった。
「小鳥遊さん、いかがでしたか! ご納得される有休プランは見つけられましたか! 」
「ええ、決めてきました。通してください」
「どのようなプランをお選びになったのですか? もしよければお教えください」
「その辺は会社を通してください。私の口から言ってもいいものかどうかわからないので」
フラッシュを焚かれてまばゆい中に俺が取り残され、そしてアザーワールドの競合他社は残念そうに背中を見せて帰っていく。
翌日、地元紙の一面を飾る俺の姿があった。「小鳥遊氏、有休取る! 」と見出しに踊る文字と共にフラッシュに驚いている俺の姿は自分で見ても情けないものだった。
食事を終えた後、宿の部屋に戻る。メリーさんにはちゃんと今日から二人になるけど追加料金が必要かどうかを確認しておく。 どうやら一部屋いくらの計算らしく、よほどうるさくしたり人数を詰め込んだりしない限りは人数としてカウントしないらしい。それにセルフィはまだ子供でもあるし、子供で一人にカウントするのは問題だ、ということのようだ。ここはメリーさんの温情に感謝だな。 部屋に戻り、まだ何もない部屋に移動すると、さっそくセルフィと正面に向かって話し始める。こっちは椅子に座って、セルフィはベッドに腰かけて、足をブランブランさせながらこっちに向いて話しかけ始める。「ご主人様は、私の親戚の人ではないですよね? 」 セルフィが、確信を突いた一言を真っ先に向けてくる。「なぜそう思うんだ? 」「私の親戚は私とみんな肌の色が同じでした。ご主人様は私ほど日焼けしたお肌をしていません。それなのに、どうして親類縁者だと言い張れるのでしょうか。ご主人様の持っていたカンテイのおかげなのでしょうか」 さてネタ晴らしをしていくか。「鑑定の結果なのは間違いない。そして、君が俺とは血のつながりがないのも確かだ。だが、間接的に関係はある」「間接的に……というと、どういう意味なのでしょう」「君の先祖と俺とは同郷……同じ国の生まれなんだ。ここではない、特殊な生まれでな。かくいう俺も、あと300と18日すれば元の国に帰らなければならない」「じゃあ、また私はそれだけの時間が過ぎたら捨てられて奴隷に逆戻りということになるんですか? 」「そうならないように、それまでにセルフィ一人で暮らしていけるように色々教えていくつもりだ。といっても、俺も教わる側ではあるんだが……そこでイアンちゃん」「え、私ですか? 」 自分の話になると思っていなかったイアンちゃんが驚いて自分を指さしている。「冒険者として立派にやり遂げられていくかどうか、イアンちゃん目線で確認してほしい。もし俺かセルフィ、どちらかが冒険者としてや
話し合いが終わり、さっきまでいた店員を呼びに奥へ顔を出す。「すまない、話し合いが終わった。この子を買い取ることにしたい。いくらだ」「そうですか。お決めになりましたか。この子は……正直なところ性格も暗く、まだ幼いのでこれから育つ分も考えると……金貨4枚というところでしょうかね」 指を4本、差し出してきた。「ちなみになんだけど、人が一年間生活するのにいくらぐらいかかる? 」 小声でイアンちゃんに確認する。「そうですね、家がある前提だと金貨2枚ってところでしょうか。なので人一人分としてはかなりお安い値段になってると思いますよ」「なるほど、ここからさらに値切るかが俺の腕にかかってるわけだな」「どうするつもり……あ」 イアンちゃんは気がついたらしい。そう、俺には鑑定がある。奴隷をそれぞれ鑑定して値札をつけさせることによって、商売上の売り文句になるってわけだ。どんなスキルを持っているかわからない奴隷より、はっきりわかっている奴隷のほうが売れ行きが良くなるんじゃないか。「さて、金貨4枚用意できますか? 」「用意できる。それはさておき、ちょっとした商売の話をしないか? 」「ほう、商売ですか。どのようなものをお出しできるのですか? 」「俺は鑑定のスキルを持っている。バアさんたちみたいに固定で居るわけでもなく、それらのスキルを人数分、書き出すことも可能だ」「なるほど、奴隷に値札をつけてくれるってことですか。……それはなかなか魅力的な相談ですね。2人で銀貨1枚ってところでどうですか? 」「それはさすがに安すぎる。出張サービスつけて、3人で銀貨2枚だ。これ以上は譲らん。そっちとしても、奴隷が1人売れてさらに安値で出張鑑定までしてもらえる。これで十分だろ」「んー……そうですね、それで納得しておきますか。では、次々に連れてきても? 」「ああ、さっそく始めよう。紙とペンを頼む。それぞ
奴隷商で茶を出される。ちゃんと商売をしている以上飲み物に何かを混ぜられたりはしていないし、鑑定で鑑定してもただの茶葉……といってもそれなりに値段はするらしいので、これは客だ、と見込まれて出されたことになる。普通なら水か白湯、というところだろう。「さて、まずは奴隷を探しに来た理由を聞こうか」「知り合いの子が昨日奴隷として売られていたのを見た……では理由として薄いか? 」 知り合いではないし、一方的に知っているわけでもない。ただ、出自は俺と同じだろう、ということだけがわかる。そんな微妙な関係だが、知り合いということにしておいたほうがわかりやすいだろう。「いや、よくあることだ。親類縁者が奴隷に落ちていて、救い出すために金を出し合って買い戻すなんてのは日常の内だ。それで奴隷から解放されて、一般人に戻れる奴だっている。買う側としても立派な理由だし、最も多い話ではある。知り合いなことを黙って前を通り、こんな時だけ他人のフリかと罵倒合戦になることだってしょっちゅうある。それに比べれば静かで、そしてまっとうな買い主だと思うね」 冷静に語ってくれる。こっちが商売としては初めてなことも察せられているのだろう。奴隷として買わなくちゃ、と俺が焦っていることも考えると、多少吹っ掛けられる可能性もあるな。ある程度まではRMTで出せるので、手持ちの資金とも勘案してよく考えておこう。「さて……では、昨日仕入れた奴隷を一通り見ていってもらおう。その中にいるんだろう? 」「ああ、見ればわかるはずなので連れてきてほしい」「わかった、ちょっと待っていてくれ」 奥にいったん引っ込むと、中から幾人かの奴隷を連れてきた。奴隷といっても鎖につながれているわけではなく、どうやらシエキジュツ……使役術かな? というスキルにより行動、発言に制限が加えられた状態で存在するため、そういった物理的制約はしなくてよく、反する行動をとろうとした際には強い自己抑制が働き、それにより無理やり押さえつけられるような形で行動が制限されるらしい。 順番に通されてく
翌日、朝日の出とともに目覚める。角部屋で窓にカーテンがないためだが、それにしてもまぶしい部屋だなここ。誰だこんな部屋借りたの……俺か。 二度寝を決め込もうとも考えたが、今日は大事な日だったな。これは寝てはいられないし、微妙に日当たりが良すぎて暑くもなってきそうだ。よし、起きるか。 昨日履いたパンツを、井戸の横に設置されていた、桶と洗濯板で洗う。ここで洗い物していいんだよな……? パンツだけは毎日替えないと気分悪いからな。洗ったパンツは後で干しておこう。 パンツの洗濯が終わったところで部屋に戻って縄を使って……多分、こうしておくためのものなんだろう、という形で干しておく。そもそも服をそう数枚も持つような文化でもなさそうだし、着たきりスズメの人も多いだろう。もしかしたら体をぬぐった後の桶の水で洗濯するような横着者もいるかもしれないしな。 パンツを干したらそのまま顔を洗い、すっきりしたら朝食の時間だ。今日の朝は何かな。同じメニューかな。それとも昨日の残りかな。 食堂に入って朝食を頼むと、朝食も変わらず銅貨8枚。そしてメニューは昨日の残り物。だが、パンが違う。朝食をとる人はそう多くないため、そもそも夕食の残りを提供しているだけにしているらしい。その代わり、パンが多めで白パンをつけてくれた。 店としても、あまりものを出してしまうぐらいなら少しでも消費に手伝ってくれたほうが嬉しいし、これでも利益はちゃんと出ているらしい。パンは店で焼いたものでもないらしく、これも一定量を毎日仕入れているので、もしも売れ残ったら捨てる類のものらしい。 昨日の昼と夕食よりも顎をこき使わずに済んだところで、改めて昨日の奴隷商のところへ出かける。目的は、あの女の子の保護だ。名前も種もわからないが、同じ異世界人として見逃せぬ。一緒に暮らしていくことこそできないだろうものの、せめて奴隷の身分からは解放してやりたい。 だが、そこも本人の意思を確認してからだ。もしかしたら奴隷のままの生活のほうがいいと言い出す可能性だってあるわけだからな。その場合はどうするかな。まずは本人の意見を聞いてから&he
ちゃんと日が落ちる前に南門から街中へ帰る。「お、ちゃんと帰ってきたな、えらいぞ」 門番からはちゃんとお使いできてえらい! と褒められた。40過ぎのおっさんが、だ。でも、新人冒険者には違いないからな。言われたことをきちんと守るのも冒険者の務めなら、今日一日は立派に過ごせたということになる。 にしても、腰を痛めなくてよかったな。最近は歳のせいか、ぎっくりの気配が近寄ってくると、察知できるようになってきたが、今日は中腰仕事を半日してもいつもなら現れるであろうぎっくりの気配がかけらも来なかった。これも異世界転移特典だったりしてな。わはは。 さて、冒険者ギルドに戻って仕事の報告だ。今日の成果をきちんと提出して、その分の報酬をいただかなくてはいけない。 冒険者ギルドに戻り、カウンターへ今日の成果である薬草類とホーンラビットの死体を受付に提出する。「はい、では鑑定していきますね。薬草類は……はい、丁寧に根っこから抜いてくれてありますね。量もそれぞれ問題ありません。ホーンラビットは……綺麗に処理してくれてありますね。ちょっと毛が血で濡れてますけど、このぐらいなら許容範囲です。五体ありますから……はい、OKです。では、ホーンラビット5体、ホルム草16束、ハププ草5束で合計銅貨228枚分になりますので……銀貨2枚、大銅貨2枚、銅貨8枚での支払いになります。問題はありますか? 」「いえ、思ったよりお金になったなと」「そうですね。薬草の品質が良いのと、ホーンラビットが綺麗に血抜きされてるのが高い買取料金の理由ですね。普通は適当に抜いてきていたり、毛皮がボロボロだったりでお金にならないケースがあるんですが、今回はそれらの事情は一切なし、ということでこの金額になります」「そうですか、ではありがたく受け取ります」 食事が三食銅貨8枚として、一泊銀貨1枚だから銅貨80枚分の儲けか。6日繰り返せばショートソード代も捻出できそうだな。いや、明日は奴隷商のところへ行ってあの子を……彼女を救い出す&he
30分待つことなく、武器だけ買いそろえた俺は南門へ向かった。その場で先に待っていたイアンちゃんと合流する。イアンちゃんはさっきより一枚二枚多く着込んだような服装で、頭には軽めの帽子をかぶっていた。 腰にはしっかりナイフを持ち、戦う準備は万端という感じだ。 実際にはもっと重苦しい装備もできたんだろうが、薬草採取ならこのぐらいで大丈夫だろう、という感じだな。「早かったですね。そういえば、武器も持たせずに待ち合わせに来てしまいました。今から急いで武器だけでもそろえに行きますか? 」「いや、アイテムボックスに入れてある。この通り」 アイテムボックスから手の中に滑らかな動きでショートソードを取り出すと、それで納得したのかおおっという声を出して反応する。「あんまり人前でアイテムボックス使いだって見せないほうがいいです。隠しておくほうがいいです」「そうか。あんまり使う人が多くないってことだな」「それもありますが、スリや盗みの犯人だと難癖をつけられることもありますからね。注意してください」 なるほど、俺の財布はこいつのアイテムボックスの中だ、と言いつけるわけか。そのやり口は確かに効果的だな。「じゃあ、外に出ようか。冒険者証を見せれば通行料はいらないんだよね? 」「はいです。私も冒険者証を持ってますから、問題なく通り抜けることができます」 南門を抜け、門を出る際に冒険者証を見せると、登録したてであることを確認される。「日が沈んだら門は閉まるからな。それまでに帰ってくるんだぞ」「はい、お気遣いどうも」「新人が毎回やらかすんでな。新人を見かけたときは一声かけることになっている」 なるほどね。注意喚起ご苦労様。さて、薬草が生えているという茂みのほうまで、少しピクニックと行くか。 行くまでの道中で、冒険者のシステムについてレクチャーしてもらう。冒険者ランクはSSSからFまでの9段階あり、SSSランクには常に一つの冒険者パーティーしか到達できないという厳しい掟と、現段階ではSSSランクは空席であり、空いた椅子をめぐって今S







