ANMELDEN翌日、俺は再びアザーワールド社に来た。異世界のしおりによると、こちらとあちらで荷物の持ち込みはできないらしい。が、唯一現金だけは持ち込み、持ち出しが許されるらしい。実際に説明された通り、現金だけはやり取りできるらしいのでまさに身一つで異世界に旅立つことになる。
会社について、受付で小鳥遊です、有休消化しに来ました、と告げると、太客を案内するモードに入ったのか、豪華な応接室に連れられてお茶と羊羹まで出てきた。せっかくなのでいただくことにする。
程よい苦みのお茶と、甘くしっかり砂糖が析出するまで練り込まれた羊羹。これでしばらくこっちの世界の甘味も味わい収めか、と思うとその甘みをしっかりと感じ取り、この世の納めではないが、しばらく食べられないものと考えて、口の中に余韻を残して食べ終わった。
タイミングを同じくして神崎さんが応接室に入ってきた。さて、羊羹も食べ終わったし、後はこの身をゆだねるだけ。連れてってもらおうじゃないか、異世界。
「おはようございます。ご準備のほうは大丈夫ですか? 」
「ええ。何も持っていけるものがない、ということらしいので着の身着のまま行こうかと思います。後は現地の服装に準じて対応できるように心がけるぐらいですかね」
「皆さんそこが気になるみたいですね。お試しで一週間だけ……とかいうお客様もいましたが、やはり下着や肌着に早くなじめるかどうかが大事だそうです。できるだけ綺麗なものを買い求めるのが大事だと言っていました。やはり、中古品の肌着よりは新品のほうがいいと皆さんおっしゃいますので御一考ください」
ふむ……三百日も同じだと、さすがに服が持たないだろうからなあ。むしろ早めに服を手放して、あらかじめ意図的に手早くなじんでしまえるようにしたほうがいいんだろうな。
「まあ、何とかやってみますよ。とりあえず楽しんできます。途中で帰りたくなるかもしれませんけどね」
だが、この特別コースは途中退場はできず、その場合二回目の異世界体験はできない、ということになっているとしおりに書かれていた。そうでなくとも、異世界体験なんてものを人生で一回できればそれだけでも充分だろう。
「さて、今から小鳥遊様には軽くお眠りになってもらって、その間に異世界へ行ってもらいます。異世界への行き来は企業秘密の独占技術になるので、いくら小鳥遊様でもそこまではお見せすることができないのですが……では、どうぞ良い旅を、行ってらっしゃいませ」
そう言われて神崎さんが指を鳴らすと、段々と眠気が俺を襲う。まるで、さっきのお茶や羊羹に睡眠導入剤でも仕込んであったような……まさかな……でも、この眠気に打ち勝てば……あ、むりぽ。
◇◆◇◆◇◆◇
気が付くと、草原の真ん中に放り出されていた。どうやら眠ってる間に異世界に放り出された、というのは間違いないらしい。手を握ったり離したりして、体に何の負担もかかってないし、体調のほうも問題ないことを確かめる。
さて……と自分の周りを見渡すと、ずた袋のようなものが見える。これが俺の手荷物か? 中身を確認させてもらおう。すると、簡単な地図と方角、そして近くの町まで行ける道が書かれていた。どうやら、この世界も東から太陽が昇って西から沈むのは同じらしい。
それに従って考えると……今は午前中のようだ。もう少ししたら昼になるのかな。太陽らしきものがかなり高いところまで昇っている。
しばらく地図を見たり、荷物の確認をしていると、遠くから人の影のようなものが見えてきた。明らかに俺のほうへ向かってきている。しばらく待ち続けているのもあれなので、道のほうに向けて歩き始めると、その人影も俺に向かってきたので、間違いなく用事があるのは俺に、ということらしい。
人影が人の形に近づき、そしてその形が分かるようになってきたところで、違和感を抱く。この子、耳が……耳がある! ケモミミだ! さすが異世界!
「小鳥遊さんで合ってますよね? 」
少女が流ちょうな日本語でしゃべり出す。しかもカタカナ語ではなく、平仮名と漢字も織り交ぜてそうな、明らかな日本語だ。
「あれ、普通に日本語で通じるんだな。カタカナ語じゃないと通じないと思ってたよ」
「それは文字だけですね。言葉は不自由しないと思います。で、小鳥遊さんで合ってますよね? 」
「ああ、小鳥遊であってる。君は? 」
「私はイアンといいます。神崎さんから詳細は聞いています。私は現地ガイドみたいなものだと考えてください」
「なるほど、至れり尽くせりだな。しかし、どうやってこの場所を? 神崎さんとは会話ができるようになってるとか? 」
俺が事前にここに降り立つことを知っていなければたどり着けないはずだ。
「それはですね、天啓みたいなスキルを私が持っていて、いつ頃にここへ行けば会うべき人に会える、みたいなことを感じ取れるのですよ。だから、今回も無事に出会えたというわけなのです」
「なるほど。で、イアン……さん? 」
「私のほうが年下だと思いますのでさん付けをしなくても大丈夫ですよ。もっと気軽に話しかけてきてください」
「じゃあ……イアンちゃん」
「はい! 」
「町へいこう。服とかいろいろ見繕いたいんだ。あと仕事も探したい」
「はい、わかりました……え、仕事? 」
イアンちゃんを引き連れ、一番近くの町、ボコマズの町へ向かう。そうだ、財布の中身を確認しよう。財布代わりの袋の中には金貨が数枚と銀貨、銅貨がそれぞれある程度両替された形で入っていた。どうやら金貨だけで使いづらいことがないようにと両替しておいてくれたらしい。
この辺のサポートはありがたいな。ボコマズの町に入ろうとする列に並ぶ。どうやら、身分の確認と入場料がかかるらしい。入場料が払いやすいように銀貨を用意してくれたならありがたい話だ。
順番待ちの列が消費されて行き、俺の番が来る。
「身分証か入場料を出してくれ」
入り口の衛兵らしい兵士が一人ずつ確認を取る。
「身分証……イアンちゃんはあるのかい? 」
「私はこれがあります。冒険者証。タカナシさんは……多分持ってないので入場料を払わないといけないかと」
「そっか。入場料はいくらですか」
「銀貨一枚だ。払えるか? 」
「はい……これで」
「よし、確認した。町の中で騒ぎを起こさないでくれよ。後、冒険者登録をするなら町の中央広場の南東側の建物が冒険者ギルドになる。冒険者登録さえしてしまえば他の町でも潰しが効くから登録をお勧めしておくぞ。田舎から出てくる奴は大体持ってないからな」
食事を終えた後、宿の部屋に戻る。メリーさんにはちゃんと今日から二人になるけど追加料金が必要かどうかを確認しておく。 どうやら一部屋いくらの計算らしく、よほどうるさくしたり人数を詰め込んだりしない限りは人数としてカウントしないらしい。それにセルフィはまだ子供でもあるし、子供で一人にカウントするのは問題だ、ということのようだ。ここはメリーさんの温情に感謝だな。 部屋に戻り、まだ何もない部屋に移動すると、さっそくセルフィと正面に向かって話し始める。こっちは椅子に座って、セルフィはベッドに腰かけて、足をブランブランさせながらこっちに向いて話しかけ始める。「ご主人様は、私の親戚の人ではないですよね? 」 セルフィが、確信を突いた一言を真っ先に向けてくる。「なぜそう思うんだ? 」「私の親戚は私とみんな肌の色が同じでした。ご主人様は私ほど日焼けしたお肌をしていません。それなのに、どうして親類縁者だと言い張れるのでしょうか。ご主人様の持っていたカンテイのおかげなのでしょうか」 さてネタ晴らしをしていくか。「鑑定の結果なのは間違いない。そして、君が俺とは血のつながりがないのも確かだ。だが、間接的に関係はある」「間接的に……というと、どういう意味なのでしょう」「君の先祖と俺とは同郷……同じ国の生まれなんだ。ここではない、特殊な生まれでな。かくいう俺も、あと300と18日すれば元の国に帰らなければならない」「じゃあ、また私はそれだけの時間が過ぎたら捨てられて奴隷に逆戻りということになるんですか? 」「そうならないように、それまでにセルフィ一人で暮らしていけるように色々教えていくつもりだ。といっても、俺も教わる側ではあるんだが……そこでイアンちゃん」「え、私ですか? 」 自分の話になると思っていなかったイアンちゃんが驚いて自分を指さしている。「冒険者として立派にやり遂げられていくかどうか、イアンちゃん目線で確認してほしい。もし俺かセルフィ、どちらかが冒険者としてや
話し合いが終わり、さっきまでいた店員を呼びに奥へ顔を出す。「すまない、話し合いが終わった。この子を買い取ることにしたい。いくらだ」「そうですか。お決めになりましたか。この子は……正直なところ性格も暗く、まだ幼いのでこれから育つ分も考えると……金貨4枚というところでしょうかね」 指を4本、差し出してきた。「ちなみになんだけど、人が一年間生活するのにいくらぐらいかかる? 」 小声でイアンちゃんに確認する。「そうですね、家がある前提だと金貨2枚ってところでしょうか。なので人一人分としてはかなりお安い値段になってると思いますよ」「なるほど、ここからさらに値切るかが俺の腕にかかってるわけだな」「どうするつもり……あ」 イアンちゃんは気がついたらしい。そう、俺には鑑定がある。奴隷をそれぞれ鑑定して値札をつけさせることによって、商売上の売り文句になるってわけだ。どんなスキルを持っているかわからない奴隷より、はっきりわかっている奴隷のほうが売れ行きが良くなるんじゃないか。「さて、金貨4枚用意できますか? 」「用意できる。それはさておき、ちょっとした商売の話をしないか? 」「ほう、商売ですか。どのようなものをお出しできるのですか? 」「俺は鑑定のスキルを持っている。バアさんたちみたいに固定で居るわけでもなく、それらのスキルを人数分、書き出すことも可能だ」「なるほど、奴隷に値札をつけてくれるってことですか。……それはなかなか魅力的な相談ですね。2人で銀貨1枚ってところでどうですか? 」「それはさすがに安すぎる。出張サービスつけて、3人で銀貨2枚だ。これ以上は譲らん。そっちとしても、奴隷が1人売れてさらに安値で出張鑑定までしてもらえる。これで十分だろ」「んー……そうですね、それで納得しておきますか。では、次々に連れてきても? 」「ああ、さっそく始めよう。紙とペンを頼む。それぞ
奴隷商で茶を出される。ちゃんと商売をしている以上飲み物に何かを混ぜられたりはしていないし、鑑定で鑑定してもただの茶葉……といってもそれなりに値段はするらしいので、これは客だ、と見込まれて出されたことになる。普通なら水か白湯、というところだろう。「さて、まずは奴隷を探しに来た理由を聞こうか」「知り合いの子が昨日奴隷として売られていたのを見た……では理由として薄いか? 」 知り合いではないし、一方的に知っているわけでもない。ただ、出自は俺と同じだろう、ということだけがわかる。そんな微妙な関係だが、知り合いということにしておいたほうがわかりやすいだろう。「いや、よくあることだ。親類縁者が奴隷に落ちていて、救い出すために金を出し合って買い戻すなんてのは日常の内だ。それで奴隷から解放されて、一般人に戻れる奴だっている。買う側としても立派な理由だし、最も多い話ではある。知り合いなことを黙って前を通り、こんな時だけ他人のフリかと罵倒合戦になることだってしょっちゅうある。それに比べれば静かで、そしてまっとうな買い主だと思うね」 冷静に語ってくれる。こっちが商売としては初めてなことも察せられているのだろう。奴隷として買わなくちゃ、と俺が焦っていることも考えると、多少吹っ掛けられる可能性もあるな。ある程度まではRMTで出せるので、手持ちの資金とも勘案してよく考えておこう。「さて……では、昨日仕入れた奴隷を一通り見ていってもらおう。その中にいるんだろう? 」「ああ、見ればわかるはずなので連れてきてほしい」「わかった、ちょっと待っていてくれ」 奥にいったん引っ込むと、中から幾人かの奴隷を連れてきた。奴隷といっても鎖につながれているわけではなく、どうやらシエキジュツ……使役術かな? というスキルにより行動、発言に制限が加えられた状態で存在するため、そういった物理的制約はしなくてよく、反する行動をとろうとした際には強い自己抑制が働き、それにより無理やり押さえつけられるような形で行動が制限されるらしい。 順番に通されてく
翌日、朝日の出とともに目覚める。角部屋で窓にカーテンがないためだが、それにしてもまぶしい部屋だなここ。誰だこんな部屋借りたの……俺か。 二度寝を決め込もうとも考えたが、今日は大事な日だったな。これは寝てはいられないし、微妙に日当たりが良すぎて暑くもなってきそうだ。よし、起きるか。 昨日履いたパンツを、井戸の横に設置されていた、桶と洗濯板で洗う。ここで洗い物していいんだよな……? パンツだけは毎日替えないと気分悪いからな。洗ったパンツは後で干しておこう。 パンツの洗濯が終わったところで部屋に戻って縄を使って……多分、こうしておくためのものなんだろう、という形で干しておく。そもそも服をそう数枚も持つような文化でもなさそうだし、着たきりスズメの人も多いだろう。もしかしたら体をぬぐった後の桶の水で洗濯するような横着者もいるかもしれないしな。 パンツを干したらそのまま顔を洗い、すっきりしたら朝食の時間だ。今日の朝は何かな。同じメニューかな。それとも昨日の残りかな。 食堂に入って朝食を頼むと、朝食も変わらず銅貨8枚。そしてメニューは昨日の残り物。だが、パンが違う。朝食をとる人はそう多くないため、そもそも夕食の残りを提供しているだけにしているらしい。その代わり、パンが多めで白パンをつけてくれた。 店としても、あまりものを出してしまうぐらいなら少しでも消費に手伝ってくれたほうが嬉しいし、これでも利益はちゃんと出ているらしい。パンは店で焼いたものでもないらしく、これも一定量を毎日仕入れているので、もしも売れ残ったら捨てる類のものらしい。 昨日の昼と夕食よりも顎をこき使わずに済んだところで、改めて昨日の奴隷商のところへ出かける。目的は、あの女の子の保護だ。名前も種もわからないが、同じ異世界人として見逃せぬ。一緒に暮らしていくことこそできないだろうものの、せめて奴隷の身分からは解放してやりたい。 だが、そこも本人の意思を確認してからだ。もしかしたら奴隷のままの生活のほうがいいと言い出す可能性だってあるわけだからな。その場合はどうするかな。まずは本人の意見を聞いてから&he
ちゃんと日が落ちる前に南門から街中へ帰る。「お、ちゃんと帰ってきたな、えらいぞ」 門番からはちゃんとお使いできてえらい! と褒められた。40過ぎのおっさんが、だ。でも、新人冒険者には違いないからな。言われたことをきちんと守るのも冒険者の務めなら、今日一日は立派に過ごせたということになる。 にしても、腰を痛めなくてよかったな。最近は歳のせいか、ぎっくりの気配が近寄ってくると、察知できるようになってきたが、今日は中腰仕事を半日してもいつもなら現れるであろうぎっくりの気配がかけらも来なかった。これも異世界転移特典だったりしてな。わはは。 さて、冒険者ギルドに戻って仕事の報告だ。今日の成果をきちんと提出して、その分の報酬をいただかなくてはいけない。 冒険者ギルドに戻り、カウンターへ今日の成果である薬草類とホーンラビットの死体を受付に提出する。「はい、では鑑定していきますね。薬草類は……はい、丁寧に根っこから抜いてくれてありますね。量もそれぞれ問題ありません。ホーンラビットは……綺麗に処理してくれてありますね。ちょっと毛が血で濡れてますけど、このぐらいなら許容範囲です。五体ありますから……はい、OKです。では、ホーンラビット5体、ホルム草16束、ハププ草5束で合計銅貨228枚分になりますので……銀貨2枚、大銅貨2枚、銅貨8枚での支払いになります。問題はありますか? 」「いえ、思ったよりお金になったなと」「そうですね。薬草の品質が良いのと、ホーンラビットが綺麗に血抜きされてるのが高い買取料金の理由ですね。普通は適当に抜いてきていたり、毛皮がボロボロだったりでお金にならないケースがあるんですが、今回はそれらの事情は一切なし、ということでこの金額になります」「そうですか、ではありがたく受け取ります」 食事が三食銅貨8枚として、一泊銀貨1枚だから銅貨80枚分の儲けか。6日繰り返せばショートソード代も捻出できそうだな。いや、明日は奴隷商のところへ行ってあの子を……彼女を救い出す&he
30分待つことなく、武器だけ買いそろえた俺は南門へ向かった。その場で先に待っていたイアンちゃんと合流する。イアンちゃんはさっきより一枚二枚多く着込んだような服装で、頭には軽めの帽子をかぶっていた。 腰にはしっかりナイフを持ち、戦う準備は万端という感じだ。 実際にはもっと重苦しい装備もできたんだろうが、薬草採取ならこのぐらいで大丈夫だろう、という感じだな。「早かったですね。そういえば、武器も持たせずに待ち合わせに来てしまいました。今から急いで武器だけでもそろえに行きますか? 」「いや、アイテムボックスに入れてある。この通り」 アイテムボックスから手の中に滑らかな動きでショートソードを取り出すと、それで納得したのかおおっという声を出して反応する。「あんまり人前でアイテムボックス使いだって見せないほうがいいです。隠しておくほうがいいです」「そうか。あんまり使う人が多くないってことだな」「それもありますが、スリや盗みの犯人だと難癖をつけられることもありますからね。注意してください」 なるほど、俺の財布はこいつのアイテムボックスの中だ、と言いつけるわけか。そのやり口は確かに効果的だな。「じゃあ、外に出ようか。冒険者証を見せれば通行料はいらないんだよね? 」「はいです。私も冒険者証を持ってますから、問題なく通り抜けることができます」 南門を抜け、門を出る際に冒険者証を見せると、登録したてであることを確認される。「日が沈んだら門は閉まるからな。それまでに帰ってくるんだぞ」「はい、お気遣いどうも」「新人が毎回やらかすんでな。新人を見かけたときは一声かけることになっている」 なるほどね。注意喚起ご苦労様。さて、薬草が生えているという茂みのほうまで、少しピクニックと行くか。 行くまでの道中で、冒険者のシステムについてレクチャーしてもらう。冒険者ランクはSSSからFまでの9段階あり、SSSランクには常に一つの冒険者パーティーしか到達できないという厳しい掟と、現段階ではSSSランクは空席であり、空いた椅子をめぐって今S







