「ははっ! なに言ってくれちゃってんの? 俺が好きなのはリコちゃんだけなんだ。他のヤツと付き合うがわけないでしょ。離してよ!」
「稜が俺を、好きになってくれるまで――」理子さんを見る目で、俺を見て欲しい。君が求めてくるように、今この手で抱いてやろう。俺なしではいられなくしてあげる。
尚も抵抗を続ける稜のネクタイをなんとか外し、それを使って両腕をグルグル巻きにした。そしてワイシャツの引き裂くようにビリビリと脱がし、スラックスも下着と一緒に剥ぎ取る。
真っ暗闇の部屋の中、ベランダの窓から差し込む月明かりが彼の白い肌を、ぼんやりと浮かび上がらせた。
夢の中で犯しまくった躰が目の前にあることに、喜びに満ち震える。迷うことなく艶やかなな肌へと、舌を這わせながら貪った。
「あっ、や、やぁ……うっ、克巳さんっ、やめてって!」
やめてと言いながらも、しっかり感じている稜。責め立てた胸の尖りはしっかり勃っていて、露わになった下半身も既に形を変えていた。
「枕営業してきたと言ったが、相手はやっぱり業界の人なのか?」
「な、んで?」一旦顔を上げ、稜を見つめる。いつもは強い光を放つ瞳が、どこか困ったようにゆらゆらと揺れていた。困惑に満ちた、瞳の理由はなんだろうか?
「だって、きちんと守られているから。仕事の関係でキスマークをつけちゃ駄目って、しつこく言ってただろう?」
そんな困った顔を窺いながら、そっと下半身に手を伸ばす。それは今にも爆ぜそうなくらい、熱く膨らんでいて――。
「稜……イヤだと言いながらも、しっかりと感じているんだね。もうこんなになってる」
言い終えない内に迷うことなく彼のモノを口に含み、唾液を滴らせながら、上下に激しくスライドしてやった。
「ああぁぁっ! やだ! ああぁんっ、やめてえぇ!!」
首をイヤイヤしながらも、何故か腰を上下に浮かせる。もしかして、さっきの行為の余韻が、躰に残っているのだろうか。
「ふぁ……ぁ、ん……、うっ」
悔しそうな表情を浮かべつつ、きゅっと下唇を噛みしめて、されるがままになっている姿に、俺自身も堪らなくなっていく。激しく責め立てながら、口の中で感じるモノがどんどん大きくなるのを察し、程よいタイミングで、すっと抜き去った。
「ああぁ、ぁ……あぁ……、んっ、くっ!」
そしてまた口に含んでの愛撫を、何度も繰り返してやる。ここ数日間、俺が味わった苦しみを彼にも知ってほしかったから。
「なぁ稜……イきたいのか?」
わざとらしく、耳元で囁いてみた。その途端、潤んだ目を見開き、懇願するように俺の顔をじっと見つめる。
「くっ、――イきたい……」
ひどく掠れた声で呟いた。さっきからずっと、苦しそうに喘いでいたせいか。
散々焦らされた躰は、反抗的だった態度を変え、泣き出してしまいそうな表情になっていた。そんなにイきたいというのなら、大好きな君のその期待に、是非とも応えてやろうじゃないか。
「稜はココの他にも、感じるトコがあっただろう?」
吐息を吹きかけながら囁くと、喉をごくりと鳴らした。その艶かしさに、口元が緩んでしまうよ。
(俺の手で彼を淫らに、とことん感じさせてあげたい――)
そう思いながら感じるその部分に指を挿れて、ここぞとばかりに擦りあげてみた。
「アっ、ふぁ、あっ!! ソッコ……! あぁん!」
口からヨダレをたらし、快感に身を任せ必死にもがき倒す姿に、躰が否応なしに熱くなっていく。
「稜、どうしてココがこんなに濡れて、ぐちゃぐちゃになっているんだ?」
思わず、困らせるようなことを言ってしまうのは、心も躰も全部、ぎりぎりまで追い詰めてやりたかったから。大好きな君が俺の手によって、乱れる姿が見たい。
「そっ、そんな、だって――」
眉根をきつく寄せ、上手く答えられない彼に、更に追い討ちをかけてやる。
「何度抱かれたんだ? こんなにイヤラしくここをヒクつかせるなんて、ソイツじゃ満足出来なかったんじゃないのか?」
「んッ、ああああああっ! そこやだッ、なんか変!! あぁあ! もう出ちゃう!」 「変というなら、止めてあげる」稜の悲鳴に近い声を聞き、感じる部分からあっさりと指を抜いた。
「お願い……っ、出したい! イきたい!! きっと好きになるから……。出させて! 克巳さんの好きにしていいから!!」
すると涙をぼろぼろ溢しながら俺の顔を見て、喘ぐように頼み込んできたじゃないか。
(――その言葉を待っていた)
「いいコだね稜。これは契約だよ、君の躰に刻み込んであげる」
快感を欲している部分に、最初はゆっくりと――。途中で一気に熱い杭を打ち込んでやった。
「ひゃぁっ……ふぁぁっ! あぁあ!!」
感嘆の声をあげて自ら腰を激しく動かす姿に、ほくそ笑みを浮かべてしまう。
稜の躰は、俺自身を待っていた待っていましたと言わんばかりに、これでもかと求めてきた。弓のようにしなる腰を持ち上げたら、ぎゅぅっと締めあげてくる。
「キツっ……くっ!」
「お願いぃっ、もっと、もっとぉ……んっ」 「ここじゃなく、もっと奥を突いてほしいのか?」声を出すのも辛いのか両足を腰に絡ませながら、首を何度も縦に振った。漆黒の長い髪を振り乱し、瞳を潤ませる姿を、瞼の裏に焼き付ける。いつでも思い出せるように――。
「そんな顔して、お願いされたんじゃ断れないな。じゃあ気持ちいいトコ、たくさん突いてあげるよ」
もっと俺を求めてほしい、俺だけに感じてるその顔を見せてほしい。
彼の願い通り奥の方を突きまくると、腕に爪を立ててしがみついてきた。
「んっ、ひゃっ、あっイ……っくっ! やぁあっぁ! あぁああぁっ!!」
薄い胸を何度か上下させ痙攣しながら欲を吐き出し、ふっと意識を失う。慌てて上半身を抱き上げ、頬に触れてみた。
「稜っ、稜、大丈夫か?」
「うっ……ん……。ぅ」薄っすらと目を開けたが焦点が合っていなくて、ふらふらと彷徨っている感じだ。
「そんなに、俺のが良かった?」
「っ……、ンンっ、克巳さ……」長い睫を揺らし、何かを言おうとした稜の唇を塞ぐ。
何故だろうか、彼が愛おしくて堪らない。ずっと繋がっていたい、俺に縛りつけて離してやらない、絶対に――。
禁忌を破るべく、稜の白い肌のあちこちに痕をつけた。己の印だと、彼に思い知らせてやりたかったから。
「稜、君の中はどこまでもあたたかくて、とろけそうだよ。出来ることなら溶けてしまえばいいのにな。そうすればずっと、一緒にいることが出来るのに……」
両肩を掴み躰が逃げないように固定して、自ら腰を激しく上下させ、脱力しきった中に欲を放った。
「イったあとなのに、まだ足りない……君の全部が欲しいからだろう。本当に欲張りだよな」
どんなに抱いても、稜の心は手に入らないと分かっているけど、それでも抱かずにはいられない。
「以前友人に言われた、お前のような堅物は、恋に溺れると身を滅ぼすタイプだという台詞が、頭の中でリピートしているよ。でもどんな恋をしても冷静でいられたというのに、君に関しては違うみたいだ。実らないと思うからこそ、夢中になってしまうのかな」
しくしくとした胸の痛みを感じながら、ぐったりとした稜の躰をぎゅっと抱きしめた。この躰だけじゃなく、心も欲しいと思いながら――。
「ははっ! なに言ってくれちゃってんの? 俺が好きなのはリコちゃんだけなんだ。他のヤツと付き合うがわけないでしょ。離してよ!」「稜が俺を、好きになってくれるまで――」 理子さんを見る目で、俺を見て欲しい。君が求めてくるように、今この手で抱いてやろう。俺なしではいられなくしてあげる。 尚も抵抗を続ける稜のネクタイをなんとか外し、それを使って両腕をグルグル巻きにした。そしてワイシャツの引き裂くようにビリビリと脱がし、スラックスも下着と一緒に剥ぎ取る。 真っ暗闇の部屋の中、ベランダの窓から差し込む月明かりが彼の白い肌を、ぼんやりと浮かび上がらせた。 夢の中で犯しまくった躰が目の前にあることに、喜びに満ち震える。迷うことなく艶やかなな肌へと、舌を這わせながら貪った。「あっ、や、やぁ……うっ、克巳さんっ、やめてって!」 やめてと言いながらも、しっかり感じている稜。責め立てた胸の尖りはしっかり勃っていて、露わになった下半身も既に形を変えていた。「枕営業してきたと言ったが、相手はやっぱり業界の人なのか?」「な、んで?」 一旦顔を上げ、稜を見つめる。いつもは強い光を放つ瞳が、どこか困ったようにゆらゆらと揺れていた。困惑に満ちた、瞳の理由はなんだろうか?「だって、きちんと守られているから。仕事の関係でキスマークをつけちゃ駄目って、しつこく言ってただろう?」 そんな困った顔を窺いながら、そっと下半身に手を伸ばす。それは今にも爆ぜそうなくらい、熱く膨らんでいて――。「稜……イヤだと言いながらも、しっかりと感じているんだね。もうこんなになってる」 言い終えない内に迷うことなく彼のモノを口に含み、唾液を滴らせながら、上下に激しくスライドしてやった。「ああぁぁっ! やだ! ああぁんっ、やめてえぇ!!」 首をイヤイヤしながらも、何故か腰を上下に浮かせる。もしかして、さっきの行為の余韻が、躰に残っているのだろうか。「ふぁ……ぁ、ん……、うっ」 悔しそうな表情を浮かべつつ、きゅっと下唇を噛みしめて、されるがままになっている姿に、俺自身も堪らなくなっていく。激しく責め立てながら、口の中で感じるモノがどんどん大きくなるのを察し、程よいタイミングで、すっと抜き去った。「ああぁ、ぁ……あぁ……、んっ、くっ!」 そしてまた口に含んでの愛撫を、何度も繰り返してやる。ここ
*** 仕事で疲れた躰を引きずりながら三日間、毎日午前一時頃まで稜の自宅前で粘って待っていた。 今日も帰ってこないのかと諦めかけたとき、カツカツと階段を上ってくる靴音が聞こえてきて、勝手に胸が高鳴っていく。そんなドキドキを抑えようと深呼吸して、じっと佇み待っていると、靴音をさせる人物が俺を確認し、驚愕の表情を浮かべた。「どうしてここにいるの、何やってんだよ克巳さん……?」 稜と逢ったときは、いつもラフな格好ばかり見ていたので、少しだけ着崩したスーツ姿に目を奪われてしまった。細身のスーツからスタイルの良さが浮き彫りにされている姿に、見ているだけで動悸が加速してしまう。「……お帰り。珍しいね、スーツ姿なんて」 乾いた声で告げてしまったのは、躰が熱くなって喉が干上がってしまったせいだ。不審に思われないだろうか――。「お笑い芸人と一緒の、地方ロケだっただけ。それよか何か、話があるんでしょ? 悪いけど出直してくれないかな。すっごく疲れてて、早く休みたいんだ」 俺の台詞に、どこかイライラしながら答える。髪の毛を苛立たせるようにかき上げて、キッと睨んできた。彼に睨まれているというのに――見つめられるだけで、胸の中心が絞られるように痛い。あまりの痛さに俯いて、やっと口を開く。「――地方ロケ。それでずっと留守だったのか」「もしかして、この間の夜のことが誤魔化しきれなくて、リコちゃんにバレたとか!?」 俯いた自分を正面に向けさせるためなのか、いきなり腕を掴んで話しかけてきた稜。触れられたところから、君の熱が伝わってくる。「いや、その件は君が提案してくれた、お酒のことで何とかなった」「じゃあ、何で……」「稜……君と話がしたかった。それだけ」「は――?」 俺の言った言葉が信じられないのだろう。印象的な瞳を大きく見開き、ぽかんとした表情を浮かべる。その後、眉根を寄せて口先でぶつぶつ何かを呟いてから――。「さっきも言ったけど、疲れてるんだ。何か言いたいことがあったら、スマホに俺の情報入れてあるから、メールしてくれない? 悪いけど帰って」 舌打ちしながら俺の躰を押し退けて家の鍵を差し込み、颯爽と中に入って行く。俺は迷うことなく閉めかけた扉に、すかさず足を突っ込んだ。 がつんっ! 乾いた音がフロアに響き渡る。 足が挟まれているのにも関わらず、必死に閉めよ
***『ああぁっ、すごっくイイ……もっと、そぉ……ん、克巳さ、ぁあんっ』(ここはどこだ――?) むせ返りそうなくらい花の香りがする部屋の中、稜の両手を握りしめながら腰を動かし、激しく責め立てる自分の姿がそこにあった。「どっ、どうして俺はまた、君とこんなことに!?」『なに、おかしなこと、んんっ……言ってんの。克巳さんがいきなり俺のことっ、はぁあん……襲ってきた、のにぃっ!』「君はまた、俺に薬を使ったのか?」『薬なんて盛ってないない。あぁっ……もう、好きだなんて言って告白してくれて、ふぅっ……嬉しかったのにね』 ――俺が稜のことを好き、だと!?『んんっ……正確には俺の躰が好きなんだろうけど。それでもっ、いいよ俺は。だって……んっ、克巳さんとはかなり相性がいいからさ』 突然すぎる状況に飲み込まれ、そのまま固まる俺の腰に、稜は両足をぎゅっと巻きつけた。『余計なこと考えないで今は一緒に……あぁっ、楽しもう、よっ……ほら、克巳さんの大きいので俺を、いっぱい感じさせてってば』 目を細めながら、俺のモノを中でぎゅっと締めつける稜。繋がれている手からも、彼の熱が移ってきた。『もっともっと……俺に克巳さんをちょうだい。ほら――』 半開きになった唇の隙間から、淫靡な舌が俺を誘うように動いた。迷うことなくそれに導かれ、密着するように唇を重ねる。 彼の舌が出入りするリズムに合わせて、下半身でソレに応えるべく打ちつけてみた。絡まる唾液の音と下からもたらされる、ぐちゅぐちゅという卑猥な音が混ざり合い、俺自身の高まりが一層大きくなっていくのを感じる。「稜……君が好きだ。もっと俺を求めてくれ」 なぜだか彼に求められると、胸の奥に疼きを強く感じた。それを確かめたくて言葉にしてみたら、さっきよりももっとドキドキが高鳴っていって――眉根を寄せて感じている稜が、愛おしくて堪らなくなる。『ぁあっ……俺も克巳さんが好き。そうやってイきそうなのを必死に堪えてる顔が、なんとも言えないっ』「稜っ、稜、俺だけを見てくれ」 薄く笑っている彼の視線の先に映っているのは、きっと理子さんだけ。わかってる……わかっているけどこの瞬間だけは、俺だけを見てほしい。「君の中に、俺を深く刻みつけたい。離れらないように」 そう告げた瞬間、稜のいた場所に突然、理子さんが現れた。『克巳さん嬉しい
いつもより早く、理子さんの家に迎えに行く。インターフォンを押したら、すぐに顔を覗かせてくれた。「おはよう克巳さん。昨日はあれから大丈夫だったの? なんだか少しだけ、顔色が悪いし」 目が合った途端に、質問をぶつけられてしまった。イヤな冷汗が、額に流れていく。「や、ごめん。心配かけてしまって……」 機嫌が悪そうに俺を睨む理子さんに、これから告げるいいわけで納得してくれるかどうか、ドキドキしながら口を開く。「実は昨日、彼と話し合いながら、お酒を呑んでしまったんだ」「お酒を呑んだ!? どうして?」 怒ったようなそれでいて困った感じの口調で告げつつ、手早く家の鍵を閉めた彼女を見、会社に向かって歩き出した。すると隣に並びながら、そっと腕を組む。触れたところから伝わってくる理子さんのぬくもりに、いつもならほっとするのに、今はなぜか違和感しかなかった。「彼が話してくれる小さい頃の理子さんのことで、かなり盛りあがってしまったんだ。その結果、勧められるままにお酒を呑んでしまってね。ついにはどちらが強いか、呑み比べがはじまったというワケ。本当に済まない……」 理子さんから注がれる視線がつら過ぎて、思わず外してしまった。「なにしてるの、まったく。だって克巳さん、お酒そんなに強くないのに」「……そうなんだけどさ、でも男の意地があったから。大事な理子さんがかかっていたんだし、少しでも頑張らないといけないだろう?」 彼女から視線を逸らしたまま告げた言葉は、どんな感じで伝わっただろうか。「それで勝負は、どうなったんですか?」 覗きこむように理子さんが顔を寄せる。俺の考えを読みそうなそれに、「うっ」と言って顎を引いてしまった。するとそれ以上逃げられないようにネクタイを掴み、理子さんに引き寄せられてしまう。顔と視線が逸らせない状態に追い込まれたが、それでも陵とかわした言葉を思い出しながら弁解を試みる。「そっ、それが同時に酔い潰れちゃって、お互い記憶がないんだ。だから勝負は、お預けになってしまったよ。本当にゴメン!」「信じられないっ! 克巳さんってば、なにしに行ったの? 私、稜くんに狙われてるんだよ。捕られてもいいの?」 文句を言った唇が、俺の唇に重ねられた。(いつもならそれに応える形で理子さんを抱きしめたり、濃厚なキスをしていたのに、それをする気になれないなんて
*** 隣で寝ている克巳さんを気にしながら、ゆっくりと躰を起こしてみる。「……っ、痛っ! ちょっと頑張りすぎちゃったかな」 時計を見ると午前三時過ぎ――彼を起こさないように寝返りをうったら、腰に激痛が走った。あまりの痛さに顔をしかめてしまうレベルって、どんだけ。「回数より質というか。いいモノをお持ちだったせいで、自ら腰を使っちゃったし、しょうがないね♪」 ベッドからゆっくりと腰を上げながら振り返って、克巳さんの寝顔を見てみる。イビキもかかずに、うつぶせのまま死んだように眠っていた。「こういうあどけない顔してるトコに、惹かれちゃったのかも。リコちゃんってば、趣味がいいからなぁ」 そっと頭を撫でてあげると気持ち良さそうに身じろぎし、口元に笑みを湛えた克巳さん。もしかしたらリコちゃんも、俺と同じことをしているかもね。こんな表情を見たら、手を出さずにはいられないから。 物音を立たないように気をつけて、真っ直ぐ浴室に向かいシャワーを浴びる。 そして数分後、バスローブに身を包み、タオルで髪の毛の水分をしっかりと拭ってから、ハンガーにかけてある克巳さんの上着に手を伸ばした。迷うことなく、ポケットの中身をチェックする。 スマホの手ごたえを感じて画面を見てみると、ロックはかかっておらず、さくさくと中身を拝見させてもらった。(わーお、着信履歴が26回もあるじゃん。さっすがリコちゃん! 恋人と俺の話し合いががどうなったのか、すっごく心配しちゃったんだ) 最終着信履歴が午前一時すぎ――この時間なら確か、激しくヤっちゃってる真っ最中のところだよ。 先ほどまでの行為をちょっとだけ思い出し、スマホの中身をあちこちチェックしていてふと気がついた。リコちゃんの電話番号とメアドは知ってるけど、克巳さんのは知らなかった。「俺のスマホに転送しちゃお♪ ついでに克巳さんのに俺の情報を入れてあげちゃうとか、すっげー優しい」 自画自賛しつつ操作した後に元に戻してから、寝室に足を運ぶ。眠っている克巳さんの鼻を、ぎゅっと摘んだ。ちょっとSな起こし方かな。「……っ、んんっ?」「おはよ、克巳さん」 顔を寄せて、ちゅっとモーニングキスしてみる。ぼんやりしたまま俺を見上げる姿は、本当に無防備に見えた。「ごめんね、朝早く。これから早朝ロケが入ってて、仕事に行かなきゃならないんだ。悪いけ
*** 疲れ果てた俺は稜を抱きしめて、深い眠りについていた。普段、夢なんて見ても覚えていないのに、このときに限ってはやけにハッキリとしたものを見た。寝室に充満している、花の香りのせいだろうか――。 何故か俺はいろんな花が咲き乱れている中に躰を横たえながら、抜ける様に綺麗な青空をぼんやりと眺めた。風に身を任せて流れていく雲、その風に運ばれる芳しい花の香りが心地よくて、目を細めながらその景色を楽しんでいると。『こんなところにいた、捜したんだよ克巳さんっ』 咲き乱れる花を蹴散らしながら、どこか弾んだ足取りで俺の傍にやって来た稜。しゃがみ込んで俺を見つめる彼の髪型は、かわいそうなくらいにグチャグチャだった。それだけ必死に捜したのだろうか。 俺は上半身を起こして傍に座った稜の髪を、手櫛で撫でるように梳いてやる。「捜してくれてありがとう。でも君は芸能人なんだから、身なりはいつも整えておかないと駄目なものじゃないのか?」『そういう克巳さんも、頭に花びらつけてるよ。何気に可愛いんだから♪』 形のいい口角を上げて、笑いながら頭についた花びらを右手で優しく払ってくれた。目の前に落ちていく、黄色い花びらが目に留まる。「そういえば俺のことを捜してたって、なにかあったのだろうか?」『だって、いなくなったら困るんだよ。克巳さんは俺にとって、大事な駒なんだし』 満面の笑みで微笑んでいるのに眼差しがやけに怜悧で、なにかを企んでいるように感じてしまった。それについて口を開きかけた瞬間、ずるっとどこかへ落ちていく躰。足元を見たら、そこに大きな穴ができていた。 慌てて両腕を伸ばしたがどこにも掴まれるところがなく、真っ直ぐに落ちていく俺を、稜は笑いながらただ見下ろすだけで、助ける気配すら感じられない。(――これから俺は、どうなってしまうのだろうか!?) 底の見えない落とし穴に、ただ身を任せるしかなかったのである。