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第二章 第44話 死を追う異形

作者: 輪廻
last update 最終更新日: 2025-05-30 11:00:42

 翌日──

 シェヘラザードに先導されつつ、セラフィナたちは駱駝の背に乗り、都市国家アッカドへと続く道なき道を進み続けていた。

「…………」

 水筒の水をほんの少し口に含みながら、セラフィナはそれとなく周囲の顔色や様子を窺う。

 先導するシェヘラザードは、些細な変化も見逃すまいと集中力を高めているのか、セラフィナの視線に気が付く様子はない。

 キリエは環境の変化に戸惑っているのか、忙しなく顔を動かしており、殿のアモンはそんなキリエを安心させようと数分に一度、彼女の隣に自らの乗る駱駝を寄せて肩を軽く叩いている。

 そしてセラフィナの直ぐ隣にいるシェイドは、やや警戒した様子でシェヘラザードの小さな背中を睨み付けていた。懐に忍ばせている暗器を何時でも投げられるように体勢を維持しており、彼女が少しでも怪しい動きを見せたならば、恐らくは躊躇することなく暗器を投擲するのではないだろうか。

 誰も一言も発することなく、ただ前へ前へと進むその様はさながら夢遊病患者か、死者の行軍のようであった。

「…………」

 ほんの少し息苦しさや、居心地の悪さを感じる。慣れない環境に置かれてストレスを感じているのは勿論のこと、若干ではあるが不和が生じているのもまた息苦しさを感じさせる要因となっているのは否めない。

 セラフィナたちが宿を発ち、数多の危険が待ち受ける広大なる砂漠へと足を踏み入れたのは、夜明け前のことだった。

 宿を発って間もない内は、セラフィナやアモンが先導するシェヘラザードに声を掛け、何気ない世間話をしていた。

 が、さして親しい間柄もないために話すことは直ぐになくなり、日が昇った頃には誰もがすっかり口を閉ざしてしまったのである。

 ふと、先導していたシェヘラザードが手綱を引いて駱駝の動きを止め、右手をすっと軽く挙げる。"要警戒"を示すハンドサインである。

 キリエやシェイドの顔に緊張が走る。シェヘラザードは続けて"その場から動くな"とハンドサインを出すと、駱駝の背から舞うようにひらりと飛び降りる。

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