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第二章 第43話 音もなく忍び寄るは

Auteur: 輪廻
last update Dernière mise à jour: 2025-05-29 11:00:10

 シェイドが謎多き吟遊詩人フォルネウスより、三日月の魔女アスタロトに纏わる寓話を聞かせてもらっていた丁度その頃──

 シェヘラザードに案内された客室……その中央にあるソファーにゆったりと腰を下ろしながら、セラフィナは愛用品であるブーツや剣を黙々と磨いていた。

 普段ならセラフィナの傍に侍っている筈のマルコシアスは、残念ながらこの場には居ない。愛玩動物の連れ込み禁止という宿の規則に則り、彼女は外にある厩舎で寝泊まりすることになったからである。

 シェヘラザードはマルコシアスについて、宿の支配人と交渉することを勧めたが、セラフィナは"規則がある以上は例外を作ってはいけない"とあっさり拒否。今頃、彼女は厩舎の中で、寝藁を涙で濡らしているかもしれない。

 当然であるが異性であるシェイド、異性なのかどうかは分からないがアモンは別室である。尤も、天使・堕天使に性を問うのは野暮というものだが……。

 広々とした部屋の四隅には魔除けの意味合いが込められているのか、人間大のパズズ像が複数体、それぞれ窓や部屋の出入り口を睨み付けるような形で設置されている。

 部屋を彩る装飾品として見ると悪趣味だが、魔除けとして見ると途端に頼もしく思えるのは、パズズの持つ守護者的な側面故だろうか。

 そして向かい側のソファーにはキリエが腰掛けており、セラフィナが"日課"を終えるのを、茶菓子をつまみつつ今か今かと待っていた。

 小一時間ほど前、宿の中庭でセラフィナの貸した剣を振り回すどころか逆に振り回されてひぃひぃと言っていた筈なのに、今は存外元気そうである。

「……こんな所、かな」

 ほっと溜め息を一つ吐くと、セラフィナは剣を磨く手を止め、顔をゆっくりと上げる。そのままキリエの方を見つめると、表情一つ変えぬまま、

「……お風呂。私なんか待っていないで、先に一人で入ってくれば良かったのに」

「だ、だって、慣れない場所ですし……一人で浴場まで行くのが怖かったので……」

「なるほどね……大丈夫って言いたいところだけど、確かに敵か味方かも分からない人たちが、宿の中に沢山溢れ返
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