ANMELDEN「そう。凛花さんと、そういう結論に行き着いたのね」「あぁ、守るためだ。……仕方ないだろ」「そうね。きっと彼女もつらかったんじゃない?」そう言われて、別れ際に見た凛花の涙を思い出した。……拭ってやれなかったな。凛花を置いて1人で帰ってきて……めぐみに一応報告してやる気になった。「それで、大丈夫なの?」「……なにが?」話すうち……目の前がやけにぼんやりしてきた。気を緩めれば、次第に何も映らなくなりそうだ。「気持ちはわかるけど……酔ってここで寝ないでもらえるかしら?」「酔ってなんか、ないさ」「そう?じゃあ足元に転がってるこの缶はなに?あなたが買ってきたものよね?」確かに、足元にビールの缶が転がっている。……俺はわざとそのひとつを蹴り上げ、壁に当ててやった。めぐみの隣には鮫島がちんまり座って、ここからは見えないが、手を腰に回しているのがわかったからだ。人が愛しい女と別れてきたっていうのに。「いいじゃないか。……今は飲ませてあげようよ。課長がこんな姿になれるのは、僕たちの前でだけなんだから」「鮫島ぁ……」上から物を言われた気がして腹が立った。……人間はこれを、八つ当たりという。「次はお前らの番だからな?めぐみと離ればなれになったらどうするか、今から考えておけよ」「えっ?離れる気ないですけど」めぐみに抱きつき、こちらに顔を向ける鮫島の表情が、やけに余裕があるように見える。……そして幸せそうだ。「人間界での修行が終われば、俺は冥界へ戻される。当然……指導、監視役のめぐみも同じ運命だ」ザマーミロ、と片方の目の下を人さし指で下げて見せる。するとめぐみが眉をハの字にさせ、驚きの発表をした。「蓮、ごめんなさい。私……死神を卒業するのよ」「……はぁぁ?」驚いて、酔いが一気に冷める。……なんちゃって、なんて言ったら背中のカマを振り下ろすが?「実は私、もうかなり長い間死神をやっていて、あなたのような落ちこぼれの指導、監督もずいぶん務めてきたの。……ということは、人間界に長い間いるということで、少しずつ死神としての力が衰えてくるのよね。それで知ったの。私はそろそろ死神というより人間に近くなって、卒業するってこと」「……それっ、どれくらいかかるんだ?人間になるまで、どのくらいかかった?」そんな道があるとは知らなかった。めぐみが人間になれ
……真逆って、いったいどういうこと?凛花はフッとため息をついて、口元を緩めた。父はたまに、変な言い回しをする。それは場を盛り上げるためだったり、笑わそうとすることがほとんどだ。「……またお父さん、変なこと言って蓮さんを笑わそうとして!」貼り付いていた壁から離れ、2人が話している場所へ歩き出す。するとまさかそこに凛花がいるとは思わなかった父が、くるりと振り返った。「……え、お父さん、なんで…?」慌てて拭ったが、父の頬が涙で濡れているのを見てしまった。見上げた蓮の顔も苦しそうな真顔だ。……これはいったい、どういうことなんだろう。「凛花にも、そろそろ本当のことを伝える時が来たみたいだな」父は2人をソファに座るよう言って、今度はハーブティーを淹れてくれた。「唐突な話で驚くかもしれないが……凛花、お前の母親は、聖なる人だったんだ」「聖、なる人……?」突拍子もない話に、からかわれている気がしてならない。だって聖なる人なんて、聖書に出てくるような言葉だと思ったから。「凛花、こちらの蓮さんという方は、人間ではないだろう?」「……え?」どうしてわかったのだろう。トイレから戻る前に打ち明けてしまったのだろうか。「実はな、お母さんが、亡くなる前に今日のことを予言していたんだよ」「お母さん、そんなことできる人だったの?」「だから言ったろ。聖なる人だったって」父の話を、今ひとつ飲み込めない凛花。そばでやりとりを聞いていた蓮が口添えする。「聖なる人という存在は、聞いたことがあります。それは死神とは真逆の、いわゆる天使だということですよね」「そうです。妻は、天使です。それはそれは美しくて、心も清らかな人で……本当は僕なんかと結婚しちゃいけない位の高い人でした。でも、出会って恋に落ちて……妻は私の愛を受け入れてくれた。そしてこんなに可愛い娘を産んでくれて……」凛花を愛おしく見つめる父は、自分の向こうにいる母を見ている気がした。……そして唐突に思った。そういえば私は、母のお墓参りに行ったことがないと。「凛花を産んで10年後のある日、別れは、突然だった。夜中に起こされて、凛花のことや家のことを話しだしたんだ。夢でも見て、寝ぼけてるのかと思ったよ。でも……僕も心のどこかで覚悟はしていたからね、彼女の話を、メモを取りながら聞いた」「亡くなって、そ
「はじめまして。神西蓮と申します」ライトグレーのスーツにシルバーのストライプネクタイを締めて、にこやかに挨拶をする蓮は、どこからどう見ても死神になんて見えない。それなのに、玄関先でまず第一声、頭を下げた蓮に、父は固まって何も言わない。「……ちょっと、お父さんっ?!」「あ?……あぁ、ごめんね、あんまりカッコいい人だから、どうしたのかと思っちゃって!」頭を掻きながら謝罪し、改めて蓮に笑顔を向けた。「ようこそいらっしゃいました。……さぁ、遠慮せず上がってね」リビングに案内すると、蓮はわずかに眉間にシワを寄せた。……まぶしいのだろうか。凛花は陽射しが当たらないダイニングテーブルに蓮を案内した。「亡くなった母が、お花を育てるのが上手だったんです。だからいまだにいろんな花が咲いて……たまに初めて見る花もあって、驚いちゃう」「そう、なんだね」「あ……リビングに母の写真を飾ってあるんですけど、」父がお茶の準備をしている間に、凛花は父が設えた母の写真と遺品の服やアクセサリーを飾るボードに蓮を案内した。「私が実家を出てから、父はいつも母の写真に話しかけながら、ここで食事をしてるみたいなんです。両親はとても仲が良かったみたいで」今日もテーブルにはいくつも母の写真が飾ってある。凛花はそのなかでも一番大きい、笑顔の母の写真を手に取った。「10歳の時に亡くなったんですけど……明るくて優しくておおらかで、本当に素敵な女性でした」「よく、似ているな」声が震えているような気がして見上げてみると、少し顔色が悪いようだ。「あれ、どうかしましたか?」「いや、何でもない」「え……まさか、私の父に会うのに、緊張しちゃいました?」家を出るまではいつも通り、いじわるを言われたりからかわれたりしながら支度をしていたのに。「……そうみたいだな。こんな人間みたいなこと、初めてするから」「慣れないことをさせてしまって、」ごめんなさい、と言う前に、蓮は笑顔を作って続ける。「いい経験をした。感謝してるぞ」温度のない手で頭を撫でられ、そのまま背中を押され、席に戻った。「男の人はやっぱりコーヒーかな、と思ったんだけど、蓮さんはやっぱりブラック派?」白地に青い花の模様がひとつ入っているカップとソーサーを置きながら、父が蓮の顔を見る。「コーヒーは好きなんですが、実はこう見
ただならぬ凛花の様子に、鮫島も一層表情を引き締めた時……「……待てよ」鮫島の腕にかけた凛花の手を、蓮の手が取る。「お父さんに、挨拶に行くから」いつの間に戻ってきたのか……振り向くと蓮がいた。いつもなら大げさに驚くが、今は、それどころではない。「なに……言ってるんですか、私、知ってるんですよ?!」取り乱し、蓮の胸を叩く。「背の高い男の人が、私に……あなたの末路を、」「わかってる」「だったらどうして…?!どうして私を遠ざけないんですかっ」2人のやり取りを、どうしたものかと見つめる鮫島。「いいんだ」「な……何がいいんですか」「逆に……お前に何も害がないのなら、ホッとした」「なんですかっ…それっ」凛花は叩く腕にいっそう力を込める。「そんなタイプじゃないでしょう?人を心配するんですか?まずは自分が有利になるように動くタイプでしょっ!」「ずいぶんな言い方だな」余裕で笑う蓮に、歯向かう凛花。叩く手をそっと止めて、蓮は自分の胴体に巻き付ける。「俺の末路が、見せられた通りなら、俺はよけいにお前の父親に挨拶に行きたい」凛花は泣きながら、まだ言い返したい様子だが、やりとりを聞いていた鮫島には理解できる気がしていた。「俺がいなくなったら、お前はきっと泣くことになるから。……そんな時、頼るのは父親のところだろ?だからそうなる前に挨拶をしたいんだ」「……行ってきなよ。課長がどんな末路を行くのか、怖いから僕は聞きたくないけど、願いは聞いてやったほうがよくない?」口添えをする鮫島に、赤くなった目を向けた凛花。「僕は、とにかくキスをするようなシチュエーションを避けつつ、口を固く閉じるんでご心配なく……」鮫島は身の回りのものを簡単にまとめ、あっさり出て行った。「……かわいそうなことしちゃった。鮫島くんには」「大丈夫だ。……今頃、連れ込まれている」「……連れ込まれるって、どこに?」それがわかったのは、翌日出社してからだった。「……鮫島くん!昨日はごめんね、大丈夫だった?」「……うん、大丈夫だよ」「どこに泊まったの?友達のところ?確か……実家は地方だって言ってたよね?」うん……と言いながら、心ここにあらずの様子。これはどうしたことかと目の前で手のひらを上下してみても、ぼんやりした表情に変化はない。「あのさ、キスってやっぱり、すごくい
「挨拶に行こうと思っている。お前の父親に」「え、なんで……」「こういう場合、人間はよく挨拶し合うだろ?」蓮はなぜか、得意げに言う。まるで称賛の言葉を待っているかのようで、なんだか可愛いと思ってしまった。「確かに、結婚を意識した場合には紹介し合うけど……」ジト目で見上げる凛花に、蓮は「……なんだよ」と、やや後ろへ下がる。「結婚してくれるんですか?……そしたら一生離れませんよ?こ、子供だって産んじゃうんだから!」「……そういうことは、勢いだけで言うんじゃない」少し顔を赤らめて、蓮は珍しく凛花から顔を背けた。「なにその愛らしい反応〜…!それで、人間離れした彼氏、挨拶に行くことになったんだ。……良かったじゃん!」実家に挨拶に行く、行かないの話から早くも数日がすぎ、絵里奈から「心配をかけたお詫びをしたい」と連絡があったのは、そんな頃だ。「うん、まぁ……ね」私の実家に挨拶に来る人が、お腹の赤ちゃんにカマを振り下ろした死神だと、絵里奈はもちろん知らない。死神なんて普通の人間には見えないし、赤ちゃんのそばにそんなものがいたとは思っていないだろう。私も、一生言うつもりはない。「それにしてもおじさん、きっと喜ぶね。凛花ったら浮いた噂がないから、ずいぶん心配してたんだよ?」「……それはそうと、あれから絵里奈も康太に優しくしてもらってるって?」耳の痛い話は早々にそらし、絵里奈の話に話題を移そうとした。「うん。赤ちゃんのことは本当に悲しかったけど、それを共有できる唯一の人が康太なんだって、お互いにわかったの」「雨降って地固まるってやつだね」悲しい思いをした親友たちはお互いを支え合ってこれからも歩んで行くのだろう。私も、蓮さんが父親と挨拶を交わして、何か絆ができるんだろうか。きっと父は、結婚すると思うだろう。「康太とね、結婚式を挙げようってことになったの。1回話に出たんだけど、その時はナシになったから、今度こそ!」「そうなんだ!私、何でも手伝うから言って!……楽しみだね!」悲しみを乗り越えた2人の結婚式は、きっととても感動的なものになるだろう。親友の花嫁姿を見れることは、本当に嬉しいと思った。けれど……絵里奈と別れて、つくづく思った。私と蓮さんは、絵里奈と康太のような普通の幸せにたどり着けるのかと……もしたどり着けないとしたら、自分た
「死神が、増えてる?」めぐみと一緒にマンションに帰り、部屋に入ったところで、迎えに出てきた蓮に早速伝えた。「それって、どういうことなんですか?これ以上増えたら、出会う人全部疑わなきゃいけなくなる……」話し声が聞こえたのか、鮫島も部屋から出てきた。にらみ合うような凛花と蓮を交互に見つめ、リビングへと誘う。「……え?!そうなの?」凛花がめぐみに聞いた話を伝えると、鮫島は驚いて固まってしまった。「わかる……そういう反応になるよね?あぁ、ヤバいよ……鮫島くんの恋がどんどん遠のいていく…!」「そんなぁ……!俺、彼女いない歴もうすぐ3年なんだよねぇ……そろそろ恋をしたいよぉ、彼女ほしいよぉ!」地団駄を踏む鮫島を冷ややかに見下ろし、蓮は大きくため息をついた。「そろそろ直接対決の時だな」「直接対決って、人数が増えてきた死神たちと?なんだか鬼ごっこみたいなことになりそうですけど」「……ならないだろ。どういう思考だ」冷ややかな目に、わずかに笑みが浮かんで嬉しくなった。普段冷たい表情が緩む笑顔は、私の大好物だ!「深海さんは、こっちの味方ですよね?」「敵や味方って感覚とは違うが、めぐみ……いや、深海は理解しているだろう」「……深海?」めぐみと言ってから、名字に言い換えるなんてどうしたのか。はてな顔の凛花に、鮫島が自慢げな顔をぬっと出し、耳もとに口を寄せてきた。「……人間の女子は、男が下の名前で呼ぶ女性と何かあるんじゃないかと疑うものだって、言っといたから!」「あ、そういうことか!」聞こえたのか、あらぬ方向に顔を向けながら、腕組みをする蓮。……耳が少し赤くて可愛らしい。「直接対決する相手は、我ら死神の……最高幹部、とでも言っておくか」思わず鮫島と顔を見合わせる凛花。「最高幹部って……社長みたいなものですか?それなら私、いろいろ言いたいことあるんですけど!」「あ…!僕もですっ」慌てて手を挙げる鮫島。「死神の正体を知ったせいで恋ができないなんて、死神の掟ひどすぎます!」「……あ?」「そもそも、バレて困るのは死神なのに、怖がらせて脅されて……納得できませんっ!」確かに、文句を言いたい気持ちは理解できる。鮫島に加勢しようと、蓮を見上げた。「アホか。最高幹部というのは、人間が話せるような相手じゃない」「それって、すごく大きいとか怖いとか?







