เข้าสู่ระบบ柚月はしっかりと立ち直ると、「ありがとうございます」と小さく頭を下げた。素羽は「どういたしまして」と柔らかく返す。それだけ告げると、素羽は長居せず、入院病棟へ向かって歩き出した。柚月も、彼女と同じ方向へ足を運ぶ。「お見舞いですか?」「ええ。うちのおばあちゃんがここに入院してるの」頷きながら素羽が言うと、柚月はどこか気まずさを紛らわせるように、「うちのお父さんもここに入院してるんです」と続けた。素羽は短く頷き、それから問いかけるように言った。「どうして承諾しないの?」「え?」唐突な質問に、柚月は思わず足を止めた。「さっき、あんたがお嫁に行けって言われてた相手のことよ」代理出産まで請け負うような人間だ。倫理観の柔らかさは、ある意味で理解できる。だが柚月は、その言葉を聞いた瞬間、血の気が引いたように顔を青ざめさせ、恥ずかしさに身を縮めた。数秒ほど硬直したのち、かすれた声で、「……あなたも、私が厚かましいって思ってるんでしょ?」と搾り出した。「ううん。ただ、気になっただけ」素羽の声は淡々としている。確かに柚月は倫理観に柔軟なところがある。けれど――「あの男、DVなの。前の奥さん三人、みんな殴られて、それぞれ身体に障害が残ったらしいわ」結婚しようと思えばできる。でも、生きていたい。須藤家に子を産み落とすというのは、世間の常識から大きく外れる選択だ。そして敦と結婚すれば、最悪命を落とす。命を落としたところで、誰も柚月の無実を証明してはくれない。父親でさえ、巻き込まれれば同じ運命を辿りかねなかった。なるほど、そこまで拒む理由があるのだ。素羽は柚月の瞳に沈む、深い落胆と絶望の影を見つめた。「あなたのお父さん、何の病気なの?」「白血病です」「叔父さんの家族に、借金はいくらあるの?」「……一千万円です」叔父一家が多額の金を貸してくれたことに、柚月は感謝している。だが、敦との結婚だけは受け入れたくなかった。借金は返すつもりだ。しかし、あの要求だけは飲めない。素羽はふいに言った。「その借金、私が代わりに返してあげる」柚月は言葉を失い、まるで幻でも聞いたように素羽を見つめた。借金を、代わりに返す?「もちろん、これはただであげるお金じゃないわ。ちゃんと
司野は、約束した時刻になっても戻ってこなかった。冬はそもそも昼が短く、夜が長い。素羽は芳枝をこれ以上待たせたくなくて、司野に電話をかけた。通話は繋がったものの、「こっちはまだ時間がかかりそうだから、もう少し待っててくれ」との返事だった。時間を見計らい、素羽は「私、先に行ってるね。あなたは、仕事が終わったら来て」と告げた。司野は「分かった。こっちが片付いたらそっちに行くよ」と言った。電話を切ると、素羽は自分で車を運転して病院へ向かった。病院に着き、車を停めてお歳暮を手に降り立つ。数歩も歩かないうちに、少し離れた場所から騒々しい声が響いてきた。思わず声の方へ視線を向けると、華奢な女性が、中年の男と女に両側から腕を掴まれ、なお何かをぶつぶつと言い募っていた。「お前には何日も猶予をやったんだぞ。前にはきちんと約束したじゃないか。今さら反故にするつもりか?」揉み合う中で、素羽はその女性の顔をはっきりと捉えた。柚月だった。数日見ない間に、彼女は明らかにやつれていた。「叔父さん、叔母さん、もう少しだけ待ってください。時間をください。お金は必ず工面して返します。本当に返しますから……」婦人は、唾を飛ばす勢いで罵倒した。「返せるわけないだろうが!あんたの持ってる金は全部、あの病気の父親に注ぎ込んでるんだよ。返す金なんて残ってるわけないじゃないか!」「返します。必ず返します……」「返せるって言うなら、今すぐ返しな!」「もう少しだけ時間を……」「今すぐ金を返すか、それができないなら今井敦(いまい あつし)と結婚しろ。彼と結婚すれば、貸した金は帳消しにしてやるよ」その名を聞くやいなや、柚月の顔はさっと青ざめ、目には怯えと絶望が溢れた。「彼とは結婚しません……嫌です!お金は返しますから……」婦人はその言葉を一笑に付し、柚月の意志など無視して強引に車へ押し込もうとした。泣き叫ぶような懇願は痛ましいほどだったが、親族の心を動かすには至らなかった。「あなたたち、何をしているんですか?」最初は余計な騒ぎに関わるつもりなどなかったのに、気づけば素羽はすでに歩み寄っていた。三人は、揉み合った動きを止め、一斉に素羽の方を振り向いた。柚月の目に驚きが宿り、そのあと羞恥がさっと走った。婦人は目を吊り上げて言い放
琴子は入口の方へと絶えず意識を向けていたため、素羽と翔太が続けて姿を見せるのを当然のように感じていた。細めた目は、まるで値踏みするかのようだった。司野もほどなく戻ってきた。今回の式は、彼の采配によって滞りなく終えることができた。……翌日、大晦日を迎えた。須藤家で過ごすのは、これで五度目の新年だった。須藤家では年越しを共にするのが習わしで、当主である幸雄が座している以上、他の者が先に席を立つことなど許されなかった。普段、裏側でどれほど荒れていようとも、それはあくまで普段の話だ。この日ばかりは須藤家全体が穏やかに見え、和やかな空気が家中を満たしていた。新年の鐘が鳴り響き、夜空には鮮やかな花火が咲いた。素羽はその光の束を仰ぎながら、心の奥でそっと自分に語りかける。「明けましておめでとう、素羽」その瞬間、隣から司野の声がした。「明けましておめでとう。正月のプレゼントだ」そう言いながら、彼はまばゆい光を放つネックレスを取り出した。夜の闇でさえ、その輝きを覆い隠すことはできなかった。司野は素羽の首筋にかかる髪をそっと掻き分け、自らそのネックレスをつけてやった。冷たく硬いダイヤモンドに触れながら、素羽は胸に湧き上がる疑問を口にした。「どうしてそんなに、私にダイヤモンドを贈りたがるの?」司野は答えず、問いで返す。「嫌いか?」素羽は短く答えた。「好きよ」全部お金なんだから。嫌いなわけがない。家のあちこちから子どもたちの元気な「あけましておめでとうございます」の声が響き、幸雄は一人ひとりにポチ袋を手渡していた。結婚している素羽たちにも、例年通り家族の一員としてのしきたりが続けられていた。素羽は両手で赤い封筒を受け取り、「おじいさん、ありがとうございます」と丁寧に礼を述べた。普段は厳しい表情を崩さない幸雄の頬も、この時ばかりはふっと緩んでいた。「来年は子どもを連れてくるといい。家族が増えれば、そのぶん福も増えるからな」司野も自分の分を受け取り、幸雄の言葉に合わせるように言った。「来年こそは、家族が増えるよう頑張りますので」こうした催促にも、素羽は笑顔を崩さず応じた。ふたりが席を下がると、また別の者が新年の挨拶にやって来た。「お義姉さん、明けましておめでとうございます」ずっと人目を避けていた
毎年、家族と近しい親族だけが参列する康平の命日に、美宜はいったいどんな立場で足を運んだのか。素羽は、司野がいつものように使用人に先に追い払わせるのだろうと思っていた。まさか自ら出向いて会いに行くとは、夢にも思わなかった。素羽は思わず両手を握りしめる。「司野は何しに行ったの?」もともと悲しみに沈んでいた琴子も、席を立つ司野の動きに気づいた。素羽は正直に答えた。「美宜が来たのよ」琴子は一瞬、言葉を失った。「こんな時に……どうして夫を行かせたの?」それは司野自身の判断であって、素羽の手に負えるものではない。それに、止めたところで彼が耳を貸すはずもない。式はまだ続いており、締めくくりは息子である司野が務めるべきだった。幸雄が尋ねた。「司野はどこだ?」琴子は慌てて答える。「会社からちょうど電話があったみたいで……対応しに行ったんです」幸雄は返事をしなかったが、翔太が先に口を開き、含みのある声音で言った。「兄貴もずいぶん『気が利く』よね。こんな大事な時に、わざわざ時間を割いて用事を済ませに行くなんて」言いながら、彼の視線はちらりと素羽へ向けられた。その意図は、素羽にもはっきりと分かった。翔太も、美宜が来たことを知っているのか。幸雄はそれ以上何も言わなかったが、琴子は素羽を急かし、早く司野を呼び戻すよう促した。本当は行きたくなかったが、この場で拒むわけにもいかない。墓地を出て、素羽は使用人に司野の居場所を聞き、直接探しに向かった。前庭の松の木の前――美宜は涙を湛えた目で司野を見つめていた。司野は素羽に背を向けていたため表情は見えなかったが、美宜の涙を拭う司野の動きは驚くほど優しく、その憐憫は隠そうともしていなかった。雪のように白いその姿が眩しく、素羽は目が焼けるような痛みを覚えた。「素羽さん……?」素羽の姿を認めた美宜は、驚いたように声を上げた。司野も声に反応し振り返ったが、その表情は落ち着いていた。「どうして来たんだ?」「お邪魔だったかしら?」美宜は慌てて言った。「素羽さん、私たち何もありません。本当に、考えすぎです」その瞬間、素羽はふと、白い雪が彼女によく似合うと思った。純粋無垢な雰囲気が、いっそう際立って見えた。口元をひきつらせ、素羽は嘲るように言う。「私が考
昨夜は一晩中雪が降り続き、外の景色は今、静かな銀世界に包まれている。素羽は運転手に頼み、柚月を直接自宅まで送り届けさせた。たった一晩挟んだだけなのに、雪景色の白さに縁どられた柚月は、昨日よりもさらに儚げに見えた。リビングの窓際に佇む素羽を見て、森山は心の中でそっとため息をついた。柚月から昨夜の事情を聞いたあと、彼女への憐れみはさらに深まっていた。一体、何がどうなっているのだろう。その時、お椀を手にした梅田が近づいてきた。「奥様、お薬の時間ですよ」素羽はわずかに眉を寄せ、拒む気配を隠そうともしなかった。「……飲まないわ」短くそう告げると、踵を返して歩き出した。「奥様、これは琴子様のご指示で……」呼び止められても素羽は振り返らず、迷いのない足取りでその場を離れた。慌てて追いかけた拍子に、お椀の薬汁がこぼれて床に落ち、梅田は立ち止まらざるを得なくなった。森山が小さく息をつき、口を開いた。「……今日はもう、いいんじゃないですか」気分が優れない時に、無理に飲めるものでもないし。梅田は森山を鋭く睨んだ。「あなたは奥様を甘やかしすぎよ。結婚して五年も子供ができないなんて……このままじゃ、この家に奥様の居場所はなくなるわ。昨日の件が、何よりの証拠でしょ」森山は反論できず、沈黙した。その一点に関しては、確かに梅田の言う通りだった。結婚すれば、子を産み育てるのが普通だと考えられている。まして須藤家のような名家なら、なおさら。素羽は遠くへ離れていなかったため、ふたりの会話ははっきりと耳に届いていた。子供――それは、結婚を継続するための切り札とも言える。もしこの先も妊娠できなければ、司野との結婚生活は終わりを迎えるだろう。司野が離婚しないのは、彼の意思というより、七恵が素羽を気に入っているからだ。つまり、親孝行のためである。だが、もし素羽が子を残せず、七恵にも見放されるようなことがあれば――司野もまた、状況を改めて判断するだろう。だから焦らず、ただ時が流れるのを待てばいい。気づけば二十九日、康平の命日が巡ってきた。康平は須藤家の長男で、生前は幸雄から最も可愛がられていたという。若い子が親より先に亡くなる。それは両親にとって、どれほど耐えがたいものだっただろう。ゆえに、この
柔らかなマットレスがその身を包み込み、鼻腔には、自分のものではない、微かな香りが流れ込んだ。素羽は表情を僅かに曇らせ、体の上にいる男を押し退けようと腕を上げた。しかし、その手首は掴まれ、頭上へと押さえつけられてしまう。「離して」素羽は必死に手首を引いた。司野はもう一方の空いている手で、彼女の服の裾をめくり上げ、その中へと滑り込ませる。柔らかい肌を容赦なく鷲掴みにされ、素羽は痛みに身をよじらせ、息を呑んだ。「司野!」素羽は思わず声を荒らげた。彼女の肌は元来敏感で、見ずとも、きっと赤く染まっているに違いなかった。司野は今やむしろ、そっけない態度だった。「俺の子が血筋の通らない者になるなど、あり得ん」その言葉が終わると同時に、素羽の体はひやりと冷え切った。素羽は全身の力を振り絞って抵抗する。「放して」他の女の匂いが染み付いたこんな場所で、彼と肌を重ねることなどごめんだった。男女の間には、元より力の差がある。素羽の抵抗は司野にとって、蟻が木を揺らすようなもので、何の意味もなさない。制圧されるのは、ほんの一瞬の出来事だった。素羽に残された最後の抵抗は、ただ反応しないことだけだった。彼女が無言で抗えば抗うほど、司野の動きは激しさを増すばかり。互いに譲らず、誰一人として満たされることはなかった。事が終わると、司野は未練なくベッドから身を起こした。ぐったりと横たわる素羽とは対照的に、彼はズボンを上げると、何事もなかったかのようにすっきりとした様子である。「これから毎晩、子作りに励んでもらう」そう言い捨てて、司野は部屋を出て行った。素羽はベッドの上で身動き一つせず横たわっていた。どれほどの時間が経ったのか、階下から再びエンジン音が聞こえ、司野が去ったことを告げていた。指がぴくりと動き、素羽はようやくベッドから起き上がると、浴室へと向かった。シャワーを浴び終え、素羽も主寝室を出る。森山はまだ部屋に戻って休んでいなかった。素羽が出てくるのを見て、すぐに駆け寄る。「明日、主寝室のベッドを新しいものに替えてちょうだい」森山はその理由を察し、頷いた。素羽が向きを変え、客間の寝室に戻ろうとした時、森山が付け加える。「あの女性のことですが、旦那様が奥様にお任せすると仰せでした」それは司野が去り際に言