「かっ……、奏芽《かなめ》さんの、バカ……っ」
視線をそらしながら小さくつぶやくように吐き出したらクスクス笑われた。
「なぁ凜子《りんこ》。耳まで真っ赤になってんぞ? それってさ、俺のこと少しは意識してくれてるってこと?」
そこで耳元に唇を寄せられて、低めた声で耳朶に吹き込むように
「……少しは脈ありだと思っていいか?」 と問いかけられる。元々低音でゾクゾクするような声質の奏芽さんが、意図的に声のトーンを落とすと本当に鳥肌が立つようないい声になる。
この声でなら私、「焼き芋」とか全く萌えないような単語《セリフ》を言われても、照れてしまえる気がするの。ましてや告げられた言葉が私の心を揺さぶるような内容となるとその効果は絶大。
脈あり――。
そういえばのぶちゃんにも同じことを言われたんだった。
『ねぇ凜《りん》ちゃん、僕は……それを少しは脈があるかもって期待してしまってもいいんだろうか?』
あの夜ののぶちゃんの声が不意に脳裏に蘇ってきて、ソワソワと落ち着かない気持ちになる。
あの時、私は何て応えたらよかったんだろう。
即座に「うん」って肯定できなかった時点で、自分の中の答えは出ていたんだと、今ならハッキリ分かる。
同じ言葉を言われたのに、奏芽さんに言われたそれには戸惑う気持ちはない。
むしろ奏芽さんの声にドキドキと胸が高鳴って、「そんなのいちいち言わなくても分かるでしょ!?」とか速攻で憎まれ口をきいてしまっていた。
それは同時に“脈ありです”って叫んでいるのと一緒――。
「なぁ凜子。知ってっか? 気持ちはちゃんと相手に伝わるように言わねぇと意味ないんだぜ?」
売り言葉に買い言葉みたいに勢いで言ってしまってから、にわかに恥ずかしくなってうつむいた私に、
「――そんなひねくれた言い方じゃ、俺、脈なしだったか、残念って
「かっ……、奏芽《かなめ》さんの、バカ……っ」 視線をそらしながら小さくつぶやくように吐き出したらクスクス笑われた。「なぁ凜子《りんこ》。耳まで真っ赤になってんぞ? それってさ、俺のこと少しは意識してくれてるってこと?」 そこで耳元に唇を寄せられて、低めた声で耳朶に吹き込むように「……少しは脈ありだと思っていいか?」 と問いかけられる。 元々低音でゾクゾクするような声質の奏芽さんが、意図的に声のトーンを落とすと本当に鳥肌が立つようないい声になる。 この声でなら私、「焼き芋」とか全く萌えないような単語《セリフ》を言われても、照れてしまえる気がするの。 ましてや告げられた言葉が私の心を揺さぶるような内容となるとその効果は絶大。 脈あり――。 そういえばのぶちゃんにも同じことを言われたんだった。『ねぇ凜《りん》ちゃん、僕は……それを少しは脈があるかもって期待してしまってもいいんだろうか?』 あの夜ののぶちゃんの声が不意に脳裏に蘇ってきて、ソワソワと落ち着かない気持ちになる。 あの時、私は何て応えたらよかったんだろう。 即座に「うん」って肯定できなかった時点で、自分の中の答えは出ていたんだと、今ならハッキリ分かる。 同じ言葉を言われたのに、奏芽さんに言われたそれには戸惑う気持ちはない。 むしろ奏芽さんの声にドキドキと胸が高鳴って、「そんなのいちいち言わなくても分かるでしょ!?」とか速攻で憎まれ口をきいてしまっていた。 それは同時に“脈ありです”って叫んでいるのと一緒――。「なぁ凜子。知ってっか? 気持ちはちゃんと相手に伝わるように言わねぇと意味ないんだぜ?」 売り言葉に買い言葉みたいに勢いで言ってしまってから、にわかに恥ずかしくなってうつむいた私に、「――そんなひねくれた言い方じゃ、俺、脈なしだったか、残念って誤解しちまうぞ
今日は3コマしか講義がなかったので、いつもより早く帰れる。 奏芽《かなめ》さんは正門のところに迎えに来るって言っていたけれど、本当かな。 学生の身分で外車でお迎えに来てもらうとか……すごく贅沢なことなんじゃないかと今更のように気付いてソワソワし始める。 それじゃなくても奏芽さんは長身でかなり整った顔立ちをしている。しかも金髪。 そんな人が外車で、ってめちゃくちゃ目立つんじゃないの!? もしそうだとしたら……地味子《じみこ》街道《かいどう》まっしぐらだった私には、かなりハードルが高い気がする。 ちょうど私と同じように3コマまでで授業のはけた面々が、ちらほらと正門付近に集っている。 お願い、奏芽さん。正門真正面とかは……やめてね。 ドキドキしながら恐る恐る前方を見たら……。 あぁぁぁぁ。 めっちゃ目立つところに!! 近くを歩く学生から「あの人すごいかっこよくない? 誰のお迎えだろ?」とかそんな声がちらほら聞こえてきている。 ひぃーーー。とてもじゃないけど「はい、私のお迎えです」とは言えない雰囲気だよおー。 回れ右して別の門からこっそり出ようかな。 そんなことを考えて、でもそうしたら奏芽さんを待ちぼうけさせてしまうことになるって思って出来ないの。 あーん。バカなの凜子《りんこ》。 何で連絡先、交換しなかったの! せめてメールとか交換していれば、裏から出ますってメッセージができたのに! 思ってから、中途半端な今の状態で連絡先の交換とか……ダメか、って思い直す。 のぶちゃんとはお互い幼なじみだから知っているだけ。 だけど奏芽さんはそうじゃない。 私にとって、今の奏芽さんの立ち位置は……さしづめ懇意になった、バイト先の常連さんに毛が生えた程度。 奏芽さんは私と付き合いたいと意
「何でそんな偉そうなんですか」 苦笑しながら言ったら、「年上だからに決まってんだろ」って……ワー、それ、本気で言ってる?「ハッキリ言って子供みたいです」 思わず本音がポロリ。 でも、私、奏芽《かなめ》さんのそういうところが、多分嫌いじゃない。「それに……ほら、弁当箱。ねぇと困んだろ、明日。迎えはそれ返してやるついでだ」 って……。え、何? お弁当箱は人質なの? 言うことがいちいち小学生男子みたいで、本当にこの人は私よりも14歳も年上の大人の男性なんだろうか?と思ってしまう。「だからっ! それ、自分で持って帰りますってば」 言って奏芽さんの横に置かれた弁当箱の包みに手を伸ばしたら、サッと避けられて、「自分が作ったの、食べられずに処分するのって……何か切ねぇだろ。そういうの、俺、凜子《りんこ》にさせたくねぇんだよ」ってそっぽを向かれた。 この人は本音を言うときにはそっぽを向く気がする。 いつもは傲慢《ごうまん》で、嫌味なくらい斜に構えていて……バカみたいにおちゃらけたところがある人なのに、実は物凄く不器用なのかな?って思ってしまった。 もしかして本当に言いたい言葉はなかなか口にできない人なの? それに……正直いま言われた言葉は、かなりグッときてしまった。 私まで奏芽さんの照れが伝染して頬が熱くなってしまう程度には。「ばっ、バカみたいです、奏芽さん。わ、私、そんなにやわじゃないです」 目一杯虚勢を張って強がってみた言葉も、いつもみたいに〝つんけん〟できなくて、しどろもどろでどこか角が取れたみたいに丸くなってしまった。「強がんなよ。本当は凜子、弁当一人で食うのだって寂しかったんだろ?」 よしよし、って頭を撫でられて、鼻の奥がツンとくる。 それが、情けなくて無性に腹立たしい。 そんなことない!って大声を上げてキッと
「え……?」 奏芽《かなめ》さんが何を言ったのか一瞬理解できなくて、思わず小さく声を落とす。「今すぐ返事しろとは言わねぇよ。凜子《りんこ》にも色々あんだろ。整理しないといけないこと」 言って、「ほら、また食べるの止まってんぞ」とたしなめられる。 でも今、食べるどころじゃないって思わないところが奏芽さんらしいというか。「あ、あの……本気なんですか?」 そもそも奏芽さんは私のこと、何にも知らないのに。 彼が知っている私の情報といったらセレストア《コンビニ》でバイトをしている近くの大学の女子大生で名前が向井凜子《むかいりんこ》ってことぐらい。 おさげで、馬鹿みたいに堅物で気が強くて可愛げがない。 そんな情報しかないはずの私を、どうしてそんな対象として見られるんだろう?「馬鹿な質問するなぁ、凜子。前から聞いてみたかったんだけどさ、逆に凜子は俺のことどんな奴だと思ってんの?」 聞かれて、私も言葉に詰まる。 私が奏芽さんのことで知っていることは鳥飼《とりかい》奏芽《かなめ》というフルネーム。 それから近所の小児科のお医者さんで、幼なじみと結婚している妹さんがいて、姪っ子の名前は和音《かずね》ちゃん。 見た目がチャラくて女性関係も乱れ気味? 基本意地悪でワガママで自分勝手だけど、ふとした時にとても優しくてドキッとさせられる。「――俺様気質の……チャラ男?」 恐る恐る第一印象を話したら「うっわ、ひでぇ」って笑われた。「まぁ、でもそれ、間違いじゃねぇから否定はしないわ」 クスクス笑いながら、 「年齢《とし》は今年33な。凜子よりひと回り以上うえ……になんのか――」 言って、「もしかして凜子、まだ十代かよ」ってつぶやいてから、「年の差はまぁこの際目ぇつぶれ」とか……相変わらず勝手な人。「仕事は知ってるよな? 凜子のバイト先の近くの小児科。あれ、親父が院長やってんだけど、俺は一応そこの、副院長で……周りからは若先生って呼ばれてる」 そこで自嘲気味に笑って
不意打ちの「可愛い」に思わずむせてしまって、ケホケホと咳き込んだ私の背中を、奏芽《かなめ》さんがクスクス笑いながら優しく撫でてくれる。「バカだなぁ、凜子《りんこ》。取ったりしねぇからゆっくり食えよ」 言われて、「そうじゃなくて!」って思ったけど、きっとこれ、分かってて言ってるんだって思って、何も言えなくなる。「なぁ、前に俺、言ったじゃん?」 覚えてるかどうか分かんねぇけど……。そう付け足して奏芽さんが言う。「凜子といると〝あいつ〟といるみたいで安心するっちゅーか……嬉しくなるって」 言われて、そのせいでモヤモヤしたんだって思い出した。 でも、今なら奏芽さんの言う「あいつ」が誰を指しているのか分かる。 あれは彼女さんや想い人や、ましてや奥さんを指していたわけじゃなかったんだ。 そして、私は奏芽さんにとってその人みたいな存在ってことで――。 それはつまり、のぶちゃんの時と一緒ってことなんだよね。 そう思ったら、胸の奥がちくりと痛んで鼻の奥がツン、とした。「あいつってぇのは俺の2つ下の妹――音芽《おとめ》っちゅーんだけどさ、そいつのことだったんだけど……」 ああ、やっぱり。奏芽さん、さっき妹さんと重ねて私を見てたって言ってた、もん……ね。 そこまで言って背中を撫でていた手を止めると、奏芽さんが私の両肩に手を移して私の身体を起こさせると、じっと目を見つめてきて――。 え? ちょっ、何、何、何なの!? 恥ずかしくて思わず目をそらそうとしたら「こっち見ろよ凜子」って低められた声音で命令された。 何故か彼のその声には抗えないような気がして……。でも照れているのは悟られたくなくて、伏せ目がちになってしまう。 と、肩にかけられていた手が顎に移されて……上向けられた顔に、奏芽さんの顔がグッと迫った。 彼のその動きに、私は思
「奏芽《かなめ》さん、弟さんか妹さん、いるでしょ?」 その思いは半ば確信に近い。 だって、のぶちゃんが私に小さい頃あれこれしてくれていたそれに似てる。「なに、凜子《りんこ》、エスパーか何かなの?」 奏芽さんがクスクス笑って、私も今朝、貴方に同じことを思ったのよ、って思ってつられて笑ってしまった。「この間の夜、見ただろ。ちっこい女の子」 私の手から学食の紙袋を取り上げると、中身を出して手渡してくれながら、奏芽さんが言う。「……えっと、和音《かずね》、ちゃん?」 ハンバーガーを受け取りながら言ったら「よく覚えてんじゃん。そう、和音」って言って、「あれ、俺の妹の娘」 何でもないことのようにさらりと付け加えた。「えっ? ……妹さんのっ!?」 ハンバーガーを手にしたまま、驚きのあまり大声でそう叫んで奏芽さんを見つめたら「ちょっ、まさか凜子。和音のこと俺の娘とか思ってたわけじゃ!?」って慌てるの。 ごめんなさい、顔立ちも似てたし……絶対そうだと勝手に思ってました。「じゃ、あの……和音ちゃんは……その……奏芽さんの姪っ子さんってこと、ですか?」 改めて聞くまでもなく、妹さんのお嬢さんってことはそうなんだけど……彼の口からハッキリ聞きたいって思ってしまったの。 あれは俺の娘じゃない、姪だよ、と。「ああ、そう姪っ子。幼なじみと妹が一緒になってさ。まぁ俺も仕事柄 和音のことは生まれた時から診てる感じだから……そうだな。娘って感覚、ないわけでもねぇわ」 あの日は妹さんと幼なじみさんが月に1度のデートの日だったとかで、和音ちゃんを奏芽さんが預かっていたんだとか。 お寿司が食べたいという姪っ子さんを連れて回転寿司店《あのお店》に来て、たまたま私たちを見つけたらしい。「結婚して8年も経