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霧に沈み、あなたを忘れる

霧に沈み、あなたを忘れる

By:  灯ちゃんKumpleto
Language: Japanese
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「おばさん、もう決めたの。私、京極家を出て、おばさんと一緒に海外で暮らしたい」 電話の向こうから返ってきた叔母の声には、喜びがあふれていた。優しく語りかけるような口調で言った。 「わかったわ、絵蓮。すぐにビザの手配をするけど、たぶん一ヶ月くらいはかかると思うの。 その間に、友だちやクラスメートにはなるべく会っておきなさい。新洲島に引っ越したら、もう簡単には会えなくなるかもしれないから、きちんと話して、お別れを言っておくのよ。 特に、おじさんには、ちゃんと感謝しないとね。あの人は、あなたを小さい頃から育ててくれたでしょう。その恩は、絶対に忘れちゃだめ。しっかりお礼を言いなさい」 森清絵蓮(もりきよ えれん)は、低い声で返事をした。 電話を切ったあと、彼女は立ち上がり、ベランダからリビングへと戻った。そして、ふとテーブルの上に飾られた一枚の写真に視線を向けた。

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Kabanata 1

第1話

「おばさん、もう決めたの。私は、京極家を出て、おばさんと一緒に海外で暮らしたい」

電話の向こうから返ってきた叔母の声には、喜びがあふれていた。優しく語りかけるような口調で言った。

「わかったわ、絵蓮。すぐにビザの手配をするけど、たぶん一ヶ月くらいはかかると思うの。

その間に、友だちやクラスメートにはなるべく会っておきなさい。新洲島に引っ越したら、もう簡単には会えなくなるかもしれないから、きちんと話して、お別れを言っておくのよ。

特に、おじさんには、ちゃんと感謝しないとね。あの人は、あなたを小さい頃から育ててくれたでしょう。その恩は、絶対に忘れちゃだめ。しっかりお礼を言いなさい」

森清絵蓮(もりきよ えれん)は、低い声で返事をした。

電話を切ったあと、彼女は立ち上がり、ベランダからリビングへと戻った。そして、ふとテーブルの上に飾られた一枚の写真に視線を向けた。

そこには、夕焼けに染まった空と、温かな光に包まれた二人の姿が写っていた。

十七歳の京極衡稀(きょうごく こうき)がブランコのそばに立ち、笑顔で七歳の絵蓮を背中から押している。

風に揺れる彼女のスカートが、庭のチューリップをかすめていた。

あの日のことを、絵蓮は今でもはっきりと覚えている。とても、とても幸せな一日だった。

けれど、時は流れた。もう彼と自分は、あの頃には戻れなかった。

そう思った瞬間、絵蓮の瞳にふと切なさが浮かび、彼女は写真から視線を外して、遠くを見つめた。もっと遠くの、過去を思い返すように……

森清家と京極家は、代々親しく付き合ってきた。衡稀は彼女より十歳年上で、彼女は小さい頃から彼のことを「おじさん」と呼んでいた。

絵蓮が七歳のとき、両親は飛行機事故で亡くなった。そのとき、衡稀が彼女を引き取り、京極家で育ててくれた。

両親を失った彼女を不憫に思ったのか、彼はいつもそばにいて、何から何まで世話を焼いてくれた。

毎晩おとぎ話を読んで眠らせ、雨の日も風の日も送り迎えを欠かさず、面白いものを見つけると必ず買ってきてくれた。

少年だった衡稀は、そうやって日々少しずつ、小さな子供を立派な少女へと育て上げていった。

その優しさに、絵蓮は幼いころから彼に深く懐いていた。

そして思春期を迎えるころには、自然な流れで、どうしようもなく彼に恋をしてしまっていた。

十七歳の誕生日、衡稀はいつも通り盛大なパーティーを開いてくれた。

その夜、彼は酒に酔っていた。絵蓮は彼を部屋まで送り届けた。

好きな人が目の前にいるから、その想いを抑えきれず、彼女はそっと顔を近づけ、キスをした。

すると、衡稀はすぐに目を開け、彼女をソファの反対側へと突き飛ばした。

驚きながらも、絵蓮はこれがチャンスだと思った。そして思いきって、胸に秘めていた気持ちを打ち明けた。

だが彼の目には、それは道を踏み外した、決して許されない感情だけだった。

彼は顔を真っ赤にして怒鳴った。

「絵蓮!自分が何を言ってるかわかってるのか?俺はお前の叔父なんだぞ!」

「叔父って言ってるけど、私は森清で、あなたは京極。血はつながってないでしょう?」

彼女が引き下がらないのを見て、彼の顔には険しさが浮かんだ。

「俺はお前より十歳も年上だ。お前はまだ十七で、家族愛と恋愛の違いもわかってないし、好きの本当の意味も知らない!」

絵蓮は、いつだって衡稀の言うことに素直に従ってきた。けど、この想いだけは、どうしても譲れなかった。

「じゃあ、子どもだからダメなんでしょう?でも大丈夫。私は大人になる。ちゃんと証明してみせる。恋愛が何か、本当に好きってどういうことか、ちゃんとわかってるって!」

あの夜、ふたりの口論がどう終わったのか、彼女はもう覚えていない。

しかし、それから毎年、誕生日には一度、必ず衡稀に告白した。

彼はいつも断った。それでも、彼女は諦めることなく想い続けた。

そして今、一ヶ月後には彼女の二十一歳の誕生日が来る。

だが今年、彼女はもう告白しないと決めていた。

一ヶ月前……衡稀が、恋人を連れて帰ってきたからだ。

絵蓮の心に、冷たい風が吹き抜けた。

それでも彼女は、涙をこらえて問いかけた。

「私を諦めさせるために、その人を連れてきたの?」

彼は彼女を一瞥し、冷たく答えた。

「勘違いするな。俺ももういい歳なんだ。恋人がいるのもおかしくないんだろう」

その穏やかな言いぶりが、何より彼女の胸に突き刺さった。

その夜、彼女は泣き続けた。頭の中はぐちゃぐちゃで、これまでのことが何度もよみがえった。

夜が明けるころ、海外に住む叔母からメッセージが届いた。

【絵蓮、こっちに来て一緒に暮らさない?

実は森清家の事故のとき、本当はすぐ迎えに行きたかった。でもあの頃、私は産後うつで、仕事も安定してなくて、動けなかったの。

今はもう落ち着いてるし、あなたも大人になった。京極家にいるのも都合が悪いでしょう、私のところにおいで?】

彼女は、すぐには返事を出せなかった。

だって、まだ衡稀のそばにいたかった。もう少しだけ、頑張ってみたかった。

しかし、この半月の間に、彼はまるで見せつけるように、丹羽梓(にわ あずさ)という恋人を何度も彼女の前に連れてきた。

手をつなぎ、抱き合い、キスを交わし、恋人としての親密な姿を隠すこともなかった。

そして昨夜……彼は梓を家に泊めた。二人は部屋に入った。

絵蓮は階下で、ただひとり、静かに座っていた。午前三時、ようやく明かりが消えたころ、部屋の奥から微かにかすかな音が聞こえた。

彼女は手で口を覆い、声を殺して泣いた。涙は静かに、ソファを濡らしていった。

そのとき、ようやく決心がついた。

衡稀への思いを……もうやめよう、と。

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第1話
「おばさん、もう決めたの。私は、京極家を出て、おばさんと一緒に海外で暮らしたい」電話の向こうから返ってきた叔母の声には、喜びがあふれていた。優しく語りかけるような口調で言った。「わかったわ、絵蓮。すぐにビザの手配をするけど、たぶん一ヶ月くらいはかかると思うの。その間に、友だちやクラスメートにはなるべく会っておきなさい。新洲島に引っ越したら、もう簡単には会えなくなるかもしれないから、きちんと話して、お別れを言っておくのよ。特に、おじさんには、ちゃんと感謝しないとね。あの人は、あなたを小さい頃から育ててくれたでしょう。その恩は、絶対に忘れちゃだめ。しっかりお礼を言いなさい」森清絵蓮(もりきよ えれん)は、低い声で返事をした。電話を切ったあと、彼女は立ち上がり、ベランダからリビングへと戻った。そして、ふとテーブルの上に飾られた一枚の写真に視線を向けた。そこには、夕焼けに染まった空と、温かな光に包まれた二人の姿が写っていた。十七歳の京極衡稀(きょうごく こうき)がブランコのそばに立ち、笑顔で七歳の絵蓮を背中から押している。風に揺れる彼女のスカートが、庭のチューリップをかすめていた。あの日のことを、絵蓮は今でもはっきりと覚えている。とても、とても幸せな一日だった。けれど、時は流れた。もう彼と自分は、あの頃には戻れなかった。そう思った瞬間、絵蓮の瞳にふと切なさが浮かび、彼女は写真から視線を外して、遠くを見つめた。もっと遠くの、過去を思い返すように……森清家と京極家は、代々親しく付き合ってきた。衡稀は彼女より十歳年上で、彼女は小さい頃から彼のことを「おじさん」と呼んでいた。絵蓮が七歳のとき、両親は飛行機事故で亡くなった。そのとき、衡稀が彼女を引き取り、京極家で育ててくれた。両親を失った彼女を不憫に思ったのか、彼はいつもそばにいて、何から何まで世話を焼いてくれた。毎晩おとぎ話を読んで眠らせ、雨の日も風の日も送り迎えを欠かさず、面白いものを見つけると必ず買ってきてくれた。少年だった衡稀は、そうやって日々少しずつ、小さな子供を立派な少女へと育て上げていった。その優しさに、絵蓮は幼いころから彼に深く懐いていた。そして思春期を迎えるころには、自然な流れで、どうしようもなく彼に恋をしてしまっていた。十七歳の誕生日
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第5話
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第8話
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第9話
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第10話
衡稀は浴室の中で外の騒がしい声に気づいた。髪を拭きながら何気なく尋ねた。「誰か電話かけてきたか?」梓は少し緊張した表情で即座に否定した。「詐欺電話よ。ちょっと文句言っただけですぐ切った」衡稀はうなずき、ソファの上に置かれた服を手に取り、着替えに向かおうとした。その動きを見て、梓の胸がぎゅっと締めつけられ、慌てて彼の手を掴んだ。「明後日は結婚式よ。今日ここに残らないの?」衡稀の目に一瞬、嫌悪の色が走り、冷たい口調で言い放った。「最初から言っただろ、これは全部演技だ。契約結婚の意味がわからないのか?手を離せ」突然の態度の変化に梓は驚き、慌てて手を引っ込めた。「わかりました、ごめんなさい、衡……京極社長」着替えを終えた衡稀はスマホを手に取ると、そのまま外へ出て車に乗り込み、運転手に帰宅を指示した。時計を見るとちょうど8時。絵蓮との約束の時間はとっくに過ぎていた。彼女がまた一人で悲しんでいるのではないかと心配になり、迷いながら電話をかけた。しばらく待つと、相手は電源が入っていないため掛かりませんというアナウンスが流れた。何度かかけ直してもつながらなかった。衡稀は眉をひそめ、メッセージを送ったが返信はなかった。次に執事に電話をかけた。「絵蓮は?電話に出るように伝えてくれ」「お嬢様は一時間以上前に出かけました。スーツケースを持っていて、多分絵を描きに行ったのだと思います」絵を描く?こんな夜遅くて寒いのに、一体どこで?約束を破ったのか?また怒って家出でもしようとしているのか?ここ数年の彼女のさまざまな問題行動を思い出し、家出もあり得ると衡稀は感じた。胸にわけのわからない怒りを抱き、すぐに助手に電話して絵蓮のスマホの位置を調べさせた。すぐに位置情報の地図が送られてきた。開くと「空港」の文字が目に入り、衡稀の顔は一瞬で険しくなった。拳を強く握りしめ、怒りを抑えつつ運転手に空港へ向かうように命じた。もう大人になって、強気になったか。家出で彼を脅すなんて!空港に着くと、助手は先に到着して数人を連れて隅々まで探したが、まだ見つかっていなかった。みんなは入り口で衡稀を待っている。周囲を見回しても彼女の姿はなく、衡稀の目に暗い雲が立ち込めた。「どこにいるんだ?」「
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