ログインあちこちにドロリとした闇が潜み、いつ深い穴に転がり落ちても不思議ではない物騒な世界だが、人間同士の結束が固く、利害が絡んでいるにしても、和彦を大事に守ってくれるこの場所は、居心地がいい。
いつまでここで過ごせるのだろうか――。ふっとそんなことを考えてしまい、和彦は小さく身震いする。そう考えることが、ひどく不吉であると思ったのだ。 今はただ無邪気に、年越しを控えた熱っぽい高揚感に浸っていたい。 つい難しい顔になってしまいそうになるが、そんな和彦に組員が、作りたての伊達巻を味見させてくれる。 次は栗きんとんを食べてみますかと話しかけられていると、一人の組員がダイニングにやってきた。賢吾が呼んでいると言われ、和彦は席を立つ。 案内されたのは、大広間だった。普段は使われない座敷があるのは知っていたが、足を運ぶのは初めてだ。いくら寛ぐことを許されている和彦とはいえ、長嶺組組長の本宅だ。ヤクザの領域ともいえる場所を歩き回るのは、さすがに気後れするし、やはり組員たちに遠慮もしてしまう。そのため、この本宅での和彦の行動範囲は、案外狭く「俺としては、そんな先生が、じいちゃんにも気に入られて、認められたらいいなと思ってたんだ。オヤジがそうなったように、じいちゃんが先生に骨抜きになっても、俺は納得はできた。先生を、長嶺の男たちで大事にするんだ。」「……だったらどうして、そんな複雑そうな顔をする」 靴下を脱がせた和彦は、次にスラックスを引き下ろす。「――……先生を取り上げられるかもしれないと思ったんだ。『総和会会長のオンナになった』と、じいちゃんから言われたとき」「だったらお前は、長嶺守光のオンナになったと言われたら、あっさり頷けたのか」「それもどうだろ。納得できるから、先生を独占したいって気持ちがなくなるかというと、それは絶対にないよ」「長嶺の男の理屈は、難しい。……もともとぼくは、人間関係にそう執着するほうじゃなかったし、お前みたいに、肉親を強く信頼することもなかったしな。普通の人間より、気持ちの機微に鈍いだけなのかもしれないが」 そもそも長嶺という存在は、極道の中では異質だ。力がものを言う世界で、何より血を重んじている。その異質さを極端に現しているのが、男である和彦を、〈オンナ〉として三世代で共有しつつある状況だ。 これはもう、理屈を理解できるかという話ではなく、受け入れるか否かが重要なのだろう。 和彦はそんなことを考えながら、今度はワイシャツを脱がせていく。千尋は、年相応の青年らしい顔に深刻な表情を浮かべながら、露骨な問いかけをしてきた。「――先生、この先も、俺のオンナでいてくれる?」「嫌だと言ったら、どうするんだ」「誰にも先生を抱かせない。もちろん、オヤジやじいちゃんにも。先生に最初に目をつけたのは、俺だ。俺のオンナになってくれないなら、誰のオンナにもさせない」 長嶺の男は確かに情が強い。千尋なら、子供のような傍若無人ぶりを発揮して、誰にも和彦に近寄らせないぐらいのことはしそうだ。そうする権利があると、千尋は本気で思っているのだ。「つまり、お前を拒めば、ぼくは誰のオンナにもならずに済むということだな」 あっ、と声を洩らした千尋が
玄関のドアを開けた途端、千尋が抱きついてくる。驚きで目を見開いた和彦は、次の瞬間には思いきり顔をしかめた。「……酒臭い」 傍迷惑なほど人懐こい犬のように、千尋は容赦なく和彦の首にしがみつき、体重をかけてくる。和彦はよろめきながらも千尋の体を支え、玄関の外に立っている男に視線を向ける。千尋の護衛についている組員で、申し訳なさそうに頭を下げた。「先生、すみません。千尋さんがどうしても、こちらに寄りたいとおっしゃるものですから――」 十分ほど前に急に電話がかかってきて、やけに上機嫌な千尋から、今からマンションに行くと言われたのだ。そのためこうして出迎えたのだが、ここまで千尋が酔っ払っているとは思わなかった。「それはかまわないが、こいつがこんなに酔っ払うのも珍しいな」「先代たちとご一緒されていたんです。かなり酒を勧められたようで、店から出てきたときにはこの状態で」「先代って……」「――じいちゃんのこと」 ぼそぼそと千尋が答え、間近から見つめてくる。本能的に感じるものがあった和彦は、表情を押し隠しつつ組員に告げた。「あとはぼくが面倒を見るから、朝、迎えにきてくれ」 千尋を支えながらドアを閉めると、苦労して靴を脱がせ、半ば引きずるようにして寝室に連れて行く。 多少乱暴に千尋の体をベッドに転がし、和彦はその上に遠慮なく馬乗りになる。いまさら、長嶺の男が突然部屋にやってきたところで、和彦は気を悪くしない。千尋の上に馬乗りになったのも、もちろん首を絞めるためなどではなく、身につけているものを脱がせるためだ。 千尋は目を閉じ、されるがままになっている。基本的に甘ったれ気質の男なので、あれこれと世話を焼かれるのが好きなのだ。「千尋、水を持ってこようか?」 なんとかジャケットを脱がせてから問いかけると、千尋が薄く目を開ける。「あとでいい。……先生、全部脱がせて」「甘えるな」 そう応じながらも和彦はネクタイを解き、ワイシャツのボタンも外していく。すると千尋が、酔っているとは思えない明晰な声
「うあっ」 中嶋が喉元を反らし、一方の和彦は、押し寄せてくる快感に身震いして、背を反らす。 頭の片隅で、自分と体を重ねてきた男たちはこんなとき、どんなことをして自分を悦ばせてくれただろうかと考えてはみるのだが、初めて味わう感覚に思考力すら奪われてしまう。 中嶋を犯していながら、まるで自分が犯されているようだ――。 そんなことを思った次の瞬間、和彦は呆気なく絶頂を迎え、低く呻き声を洩らして中嶋の内奥深くに精を放つ。 一気に体の力が抜け、中嶋の胸に倒れ込んでいた。「俺の中は、よかったですか?」 中嶋からの露骨な問いかけに、息を乱しながらも和彦は顔を上げ、苦笑する。「いつも秦にも、そんなふうに聞いているのか?」「あの人が相手だと、俺はこんなふうに口を開く体力は残っていませんよ」「……それは、悪かった。ぼくが相手だと物足りなかっただろ……」「身震いするほど、興奮しました。倒錯した感覚っていうか、先生に抱かれているようで、ずっと抱いているような感じで」 汗で額に張り付いた髪を、中嶋が指先で掬い取ってくれる。なんとなく察するものがあり、和彦は誘われるように中嶋と唇を触れ合わせる。次第に口づけは熱を帯び、いまだ消えることのない互いの欲情を煽る。 汗に濡れた互いの熱い体を擦りつけるように、狂おしく抱き合う。和彦が内奥から欲望を引き抜くと、すかさず体の位置が入れ替わり、中嶋が上となる。「あっ……」 さきほど犯されたばかりの内奥に、熱く硬いものを浅く含まされる。この瞬間、和彦の全身には電流にも似た感覚が駆け抜けた。逞しいもので貫かれたいと、本能的に思ったのだ。和彦にとっては馴染みのある、オンナとしての欲望だ。「――……性質が悪いな、先生は。怖い男たちが骨抜きになるわけだ」 中嶋はどこか楽しげな様子でそう呟くと、やや強引に和彦の体をうつ伏せにする。腰を抱え上げられた拍子に注ぎ込まれていた中嶋の精が溢れ出し、その感触に和彦は動揺する。羞恥のため腰を捩って逃れようとしたが、そ
思わず笑みを交わし合ってから、和彦はゆっくりと腰を進め、中嶋の内奥に欲望を沈めていく。 初めて味わう感触だった。和彦を受け止めてくれる部分はひどく狭いが、だからといって頑なというわけではなく、うねるように蠢き、熱く滑っている。和彦自身が指で解したおかげだ。 深々と中嶋と繋がり、大きく息を吐き出す。蠢く襞や、吸い付いてくるような粘膜の感触をじっくりと堪能できるだけの余裕はあった。いままで体験したことのない感覚は新鮮で、中嶋の上で和彦は背をしならせる。そんな和彦を見上げて、中嶋は目を細めた。「色っぽいですね、先生。俺の中に先生がいるのに、たまらなく先生を抱きたくなる」「なんだか……恥ずかしいな」 中嶋に頭を引き寄せられ、じゃれ合うような軽いキスを交わす。そのうちキスは熱を帯び、深い口づけとなり、差し出した舌を濃厚に絡め合う。和彦は狂おしい衝動に背を押されるように、慎重に腰を動かし始めていた。「あっ、あっ……」 中嶋の唇から声が洩れる。収縮を繰り返す内奥に欲望をきつく締め付けられ、和彦も呻き声を洩らす。 いままで男たちは、自分をどんなふうに愛して、快感を与えてくれたか、頭ではわかっているのに体が思うように動かない。こんな形で同性の体に触れることに、少し戸惑っているのだ。 和彦の気持ちを見抜いたように、中嶋が息を喘がせて言った。「先生は、俺に〈オンナ〉の悦びを教えてくれて、秦さんと関係を持つ後押しをしてくれた。だったら俺が今度は、先生の望みを叶えますよ。――先生は、今何を望んでいます?」 和彦は、下肢に絡みつくようだった守光の愛撫を思い出し、肉の疼きを覚える。「……少しだけ、オンナの立場を忘れたい……」「堅苦しいですよ。もっと楽な気持ちで、俺とセックスしましょう」 思わず顔を綻ばせた和彦だが、次の瞬間には表情を引き締める。中嶋の片足を抱えると、ゆっくりと律動を刻み始めた。 内奥を擦り上げるたびに、身震いしたくなるような感覚が和彦の背筋を這い上がる。中嶋も、身を捩り、仰け反りながら
和彦と中嶋は、まず互いの体に触れ合うことを、次に、快感を引き出すことを楽しみ始める。高ぶった欲望をすぐに爆発させてしまうのはもったいない気がした。やりたいように相手に触れ合い、感じ合い、そうしているうちに、意識が切り替わっていくようだ。〈オンナ〉という意識が。「ヤクザに目をつけられる前まで、ぼくにとってのセックスは、純粋に楽しむものだった。相手が何者かなんて関係なかったし、束縛もし合わない。気ままに、気楽な関係を持って――長続きはさせない。だけどそれが、性に合っていた」「今は、まったく逆でしょう。先生に触れられる相手は限られていて、セックス一つにいろんな事情が絡み合う。だからこそ先生は執着されて、大事にされて、束縛される。この世界で生きる限り、そんな状況はずっと続く」「君とのセックスに惹かれる理由は、そこにあるのかもな。君相手なら、ぼくは自由に振る舞える」 中嶋のものが、先端から透明なしずくを滴らせ始める。反り返った形を指先でなぞった和彦は、さきほどのお返しとばかりに、中嶋の内奥に指を挿入していく。声を堪えるように唇を引き結んだ中嶋だが、和彦が指を動かすと簡単に声を洩らすようになる。「秦に、慣らされているようだな」 奥まで突き入れた指をきつく締め付けられ、和彦は口元に笑みを刻む。発情した襞と粘膜が絡みつき、吸い付いてくるようで、その感触だけで和彦の体は熱くなってくる。 中嶋の片手が伸びてきて、和彦の欲望に触れられる。腰を密着させ、熱く濡れそぼった欲望を再び擦りつけ合っていたが、先に限界を迎えたのは中嶋だった。 和彦の体はベッドに押さえつけられ、しなやかな獣のように中嶋がのしかかってくると、両足をしっかりと折り曲げるようにして抱え上げられた。「ううっ……」 内奥を、中嶋のものによってこじ開けられる。この瞬間、和彦が感じたのは痛みでも苦しさでもなく、身を捩りたくなるような肉の愉悦だった。襞と粘膜を強く擦り上げられ、喉を反らして呻き声を洩らす。緩やかに内奥深くを突かれてようやく、下腹部に重苦しさが広がったが、それすら、すぐに快感と区別がつかなくなる。 自分にとって男を受け入れることとは、苦痛も快感も大差ない
「あのときは、本当に迷惑をおかけしました。それに、お世話になりました。俺自身、どうなることかとビクビクしていたんですが、結果として、何もかもいい方向に転んだ。先生のおかげですよ」「……ヤクザにそこまで感謝されると、かえって怖いんだが……」「大丈夫ですよ。怖いことも、痛いこともしません」 ふいに沈黙が訪れる。和彦は目を見開いて、ハンサムな青年の横顔を凝視していた。今言われた言葉を頭の中で反芻してようやく、中嶋がどういう意図から自分を誘ったのか理解する。 和彦は小さく声を上げると、口元に手をやった。中嶋は短く笑い声を洩らす。「そう、深刻な顔をしないでください。少なくとも俺と先生の関係は、重たい事情も理屈も絡んでいない。俺の問題を先生は解決してくれて、あとに残るのは、気楽な友人関係と、享楽的な体の関係だけです」「そう言われると、なんだかずいぶんな関係だな。君とぼくは」「だけどこの世界じゃ、俺と先生の関係は、唯一無二のものですよ」 信号待ちで車を停めると、素早くシートベルトを外した中嶋が身を乗り出してくる。やや強引に唇を塞がれたが、次の瞬間には和彦は、中嶋と激しく唇を吸い合っていた。** 中嶋との関係は本当に不思議だと、裸の体を擦りつけ合いながら、つい和彦は思っていた。他の男たちのように執着や愛情で繋がっているわけでもないのに、それでも体と心は欲情するのだ。それでいて、普段の関係はあくまで穏やかだ。 中嶋には秦という存在がいる以上、自分とのことはやはり浮気になるのだろうかと、ちらりと頭の片隅で考えて、なんだか和彦はおかしくなった。 複数の男と同時に関係を持つ自分が、他人の関係をとやかく言う権利はないと思ったのだ。何より、中嶋自身が気にしていないだろう。 せっかくビールを買い込んできたというのに、それを味わう間もなく、衝動に突き動かされて二人でベッドに倒れ込んでいた。あとは夢中だ。貪るような口づけを交わし、互いの肌に唇と舌を這わせて、欲望を高めていく。 和彦の両足の間に腰を割り込ませて、中嶋が熱くなったものを押しつけてくる。も
**** 次第に現実感が薄れているようだと、寝返りを打った和彦は、自分の手首に指先を這わせる。鷹津にかけられた手錠の痕は、すでにそこにはない。もともとひどい痕ではなかったので、数日ほどできれいに消えてしまったのだ。 残っているのは、手錠の感触の記憶だけだ。 痕が消えるのに比例するように、鷹津と体を重ねたという事実の重みが、和彦の中で失われていく。それが、現実感が薄れていくという表現になる。 別に鷹津と会いたいわけではないが、連絡も取り合っていないため、あの男は本当に無事なのだろうかと、気に
「――先生」 三田村に呼ばれて振り返ると、あっという間に腕を掴まれ引き寄せられていた。 抱き締めてもらったことに安堵して、和彦はほっと息を吐き出し、三田村の肩に額を押し当てた。 「すまなかった……。せっかく来てもらったのに、あの男と鉢合わせするようなことになって……」 実は今日、クリニックを訪れてすぐに、三田村に連絡を入れていたのだ。しばらくここで過ごすため、時間があれば顔だけでも見せてくれないか、と。 鷹津と体を重ねてから、初めて三田村と話したが、電話越しに聞くハスキーな声は少し冷たく聞こえた。そのため、来てくれないのではないか
** 組員たちによって鷹津の部屋から連れ出された和彦は、まるで貴重品のように丁寧に扱われた。車の運転はいつも以上に慎重で、半ば抱えられるようにして自分の部屋に送り届けられる。 しかもその部屋は、和彦の帰りを待っていたようにしっかりと暖められ、バスタブにはたっぷりの湯が張られている。食事まで用意されている徹底ぶりで、なんとなくだが、賢吾の気遣いを感じた。 組員が帰って一人となった和彦は、眠気と疲れでぼんやりとしながらも、食事を済ませてから、時間をかけて湯に浸かる。 最初に鷹津に触れられて、精で汚されたときは、とにかく体をき
淡々とした口調で三田村が応じると、いきなり鷹津がこちらを見て、和彦の手首を掴んできた。 「違うな。俺は、こいつの番犬だ。あんな蛇みたいな男は関係ない」 「……そのあたりの事情は、俺には関係ない」 ほお、と声を洩らした鷹津が、掴んだ和彦の手を引き寄せ、指に唇を押し当てた。驚いた和彦は、咄嗟に手を抜き取る。 「何するんだっ」 「そんなに顔色を変えなくてもいいだろ。いまさら、これぐらいのことで」 これは、自分ではなく、三田村に対する鷹津の嫌がらせだと理解したとき、思いがけず和彦の口から冷ややかな声で出ていた。 「誰が、