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第16話(12)

作者: 北川とも
last update 最終更新日: 2026-02-12 11:00:08

 靴を脱いだ和彦は、熱くなっている頬を手荒く撫でてから、唇を手の甲で何度も拭う。頬以上に、たっぷり秦に貪られた唇が燃えそうに熱かった。

 その秦は、本宅まで和彦を送り届けて、すぐに帰ってしまった。賢吾に睨まれるのが怖いと、冗談っぽく言っていたが、案外本音なのかもしれない。本当に慌しく裏口から出ていってしまったのだ。

 出迎えてくれた組員に促されて廊下を歩きながら和彦は、今度は唇に指を押し当てる。

 秦との口づけは、麻薬めいた中毒性がある。それはきっと、秦という男の向こうに、中嶋の姿を見てしまうからだ。一方の秦も、和彦の向こうに同じ姿を見ているはずだ。

 倒錯的な欲情に魅せられる反面、厄介なことに巻き込まれたくはないと、理性が警鐘を鳴らしている。

 中嶋と距離を取るべきなのかもしれないと思った。本来であれば中嶋は、もう和彦と会う必要のない人間だ。

 誘いさえ断ってしまえば、関係など簡単に断てるだろう。漠然とそんなことを考えていた和彦の目に、廊下の向こうから歩いてくる男たちの姿が飛び込んで
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  • 血と束縛と   第18話(10)

    「ショックだなー。俺、そんなに弱そうに見えますか?」「違う。――相手を半殺しにするんじゃないかと、そっちを心配したんだ。……よく考えたら、君がそんな素人みたいなマネをするわけがないな」 心配して損をした、とぼやきながら、和彦も支払いを済ませる。隣に立った中嶋の肩が微かに震えている。和彦の気遣いに感動している――わけではなく、必死に笑いを堪えているのだ。 ビルの一階に降りたところで、二人は並んで外を眺める。不本意な形で楽しい時間を中断してしまい、正直物足りない。別の店に移動しようという流れになりそうなものだが、今夜は天候に見放されている。 雨の降りはますます強くなっており、開け放っている扉から吹き込んでくる風は、凍りつきそうなほど冷たい。 和彦が丁寧にマフラーを巻く姿を見て、中嶋は苦笑に近い表情を浮かべた。「このビルの中に、他にいくらでも店がありますから、適当に入って飲みますか?」「君のお薦めの店が、他にあるのなら」 中嶋は軽く肩をすくめたあと、和彦に向かって頭を下げた。「すみません。俺から誘っておきながら、俺のせいで店を出ることになって」「気にしないでくれ。あのまま酔っ払いに喚き続けられてたら、どっちにせよ店を出ることになっていた。それに――君の怖い面も見られた」「怖い? にこやかだったでしょう、俺」 澄ました顔で言うのが、なんとも白々しい。和彦は露骨に聞こえなかったふりをして、腕時計を見る。夜遊びを堪能したというには、まだ早い時間だ。「先生、今夜はお開きにしましょう。タクシーを停めてきますから、ここで待っていてください。あっ、知らない奴についていかないでくださいね」「ぼくは子供か……。――どうせ送ってくれるんだから、ついでに部屋に寄っていかないか? 店ほどじゃないが、そこそこの酒が揃っている」 軽く目を見開いた中嶋が、次の瞬間には嬉しそうに目元を和らげる。さきほど、酔っ払い相手に見せた凄みのある笑みとは、まったく違う表情だ。 先日、賢吾を挟んで自分と中嶋との間にあった出来事を考えれば、抵抗がないわけではないが、だか

  • 血と束縛と   第18話(9)

     頷いた直後に、数人の緊迫した声が上がる。振り返ると、さきほどまで楽しそうに飲んでいたグループの一人に、いかにも泥酔したスーツ姿の男が詰め寄っていた。今にも掴みかかりそうで、周囲の人間が止めようとするが、それがかえって男を煽ったようだ。とうとう揉み合いとなり、騒ぎが大きくなる。「……まったく、いい歳したおっさんが、みっともない……」 苦い口調で洩らした中嶋が立ち上がり、揉み合いの中心へとスッと近づく。何をするのかと和彦が見守っている中、中嶋は有無を言わせない手つきで、スーツ姿の男のジャケットを掴み上げた。 咄嗟に、中嶋が男を殴るのではないかと危惧して、和彦も立ち上がる。何かあれば自分が間に入ろうと思ったのだが、事態はあっさりと収拾した。 中嶋が笑いながら、男の耳元で何かを囁く。それから二、三言会話を交わしていたが、その間に、怒気でぎらついていた男の目つきが変わり、明らかに怯えの色が浮かぶ。紅潮していたはずの顔から、血の気まで失せていた。対照的に、中嶋は笑ったままだ。 酔っ払いのあしらい方は水商売で鍛えたものかもしれないが、男の顔つきの変化からして、耳元で囁く言葉は、おそらくとてつもなく物騒なものだろう。表面上は穏やかに、しかし実際は容赦なく物事を進めるのは、ヤクザのやり口だ。 中嶋が親しげに男の肩を叩き、こちらに戻ってくる。「先生、出ましょうか」 何事もなかったようにコートを取り上げ、中嶋が声をかけてくる。和彦は困惑しつつ、男のほうを見た。さきほどまで威勢がよかった酔っ払いは、急におどおどしたように周囲を見回し、ぎこちない動きで自分のテーブルに戻っている。 あっという間に騒動は収まったが、店内の客たちの視線は、今度はこちらに――正確には中嶋に向けられていた。物腰の穏やかな普通の青年が、声を荒らげることなくどうやって酔っ払いをおとなしくさせたのか、興味津々といった様子だ。 確かにこんな空気の中、気楽に飲み続けるのは不可能だろう。即座にそう判断した和彦は、自分もコートとマフラーを取り上げ、中嶋とともにレジへと向かう。二人で飲むときは、基本的にワリカンなのだ。「――先生もしかして、

  • 血と束縛と   第18話(8)

     思わず語気を荒くすると、中嶋が驚いたように目を丸くする。和彦はウィスキーを一口飲んでから、ほっと息を吐き出した。ついでに、言い訳がましく説明する。「別に……、総和会の仕事を受けたくないわけじゃない。ただ、たまたま君が待機組だったというだけで、いつ怪我をしてもおかしくない環境だから、心配になっただけだ」「こんな世界にいて、甘いですね、先生は。ただ俺は、先生の甘さが大好きですよ。きっとこれは、俺だけの意見じゃないと思いますけど」「ぼくの甘さに対して、きちんと見返りをくれる男ばかりだからな。損はしてない――と思う」 悪党ぶって言ってはみたが、返ってきたのは、中嶋の楽しげな笑い声だった。「けっこう、悪辣な世界に染まってきましたね」「全然、そう思ってないだろ……」 ひとしきり笑ったあと、中嶋がふっと我に返ったように真摯な顔つきとなる。隣のテーブルの客が帰ったところを狙っていたように、実にさりげなく和彦の手に触れてきた。「――俺が怪我したら、先生が治療してください」「その前に、怪我をしないよう気をつけることだな」「ヤクザに、無茶言いますね」 和彦は、重ねられた中嶋の手を軽く握ってやる。「せっかく、大きな傷跡のないきれいな体をしているんだ。そんな君の体を縫うところは、あまり考えたくないな」「でも、いつかは現実になるかもしれない」「……そうなったら、せめて箔がつくように、立派な縫い跡を作ってやる」 従業員がやってきて、隣のテーブルを片付け始めたので、二人は何事もなかったように手を離す。 我ながら不埒だなと思うが、中嶋との会話も、ささやかな肌の触れ合いも、適度に気分を高揚させられて心地いい。妖しい胸のざわつきを覚えながらも、反面、強い肉欲を意識するまでには至らない。 和彦は深い吐息を洩らして夜景に視線を向ける。さきほどより雨の降りが強くなってきたようで、ますます景色が霞んで見える。 ガラスを伝って流れ落ちる水滴に見入っていると、背後からにぎやかな歓声が上がる。いかにも学生らしいグル

  • 血と束縛と   第18話(7)

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  • 血と束縛と   第18話(5)

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