LOGINちなみに、この店には現在、和彦を除いて三人の男がいる。秦と、和彦の護衛としてついている長嶺組の組員が二人だ。客もいないというのに、護衛の男たちは離れたテーブルにつき、和彦と同じように寿司を摘みながら、お茶を飲んでいる。秦はグレープフルーツジュースで、アルコールを飲んでいるのは、和彦だけだ。
賢吾が大げさに吹き込んだのかもしれないが、これではまるで、和彦の機嫌取りのためだけに、酒宴が設けられたようなものだ。「……ぼくだけが飲んでいると、申し訳ないんだが……」「大丈夫です。もうそろそろ、先生につき合える人が来るはずですよ」 えっ、と声を洩らした和彦に、気障ったらしく秦がウインクしてくる。 秦が誰を指して言ったのかは、十分ほどして判明した。 なんの前触れもなく店に入ってきた人物を見るなり、和彦より先に、護衛の組員が反応して立ち上がる。殺気立つことはなかったが、敵意に近い警戒心を露わにする。少し遅れて、和彦も立ち上がった。 黒のソリッドシャツにジー唾液を流し込まれながら、口腔の粘膜を舐め回されているうちに、自然な流れで鷹津と舌先を触れ合わせ、次の瞬間には性急に搦め取られる。差し出した舌同士を大胆に絡め合っていた。 いやらしい口づけに、欲望を煽られる。和彦は息を喘がせ、喉の奥から声を洩らす。唇を触れ合わせたまま、鷹津がニッと笑った。「気持ちいいか? 久しぶりの、俺とのキスは」「……自惚れてるな。そういうことを聞くなんて」「今にもイきそうな声を出してたぜ、お前」 カッとした和彦は体を離そうとしたが、その前に鷹津に、パンツの上から尻の肉を掴まれた。再び唇を塞がれ、舌を絡め合いながら、鷹津に尻を揉まれる。和彦は咄嗟に、鷹津の右腕を押さえていた。医者としては、縫合処置をしたばかりの傷が、無茶な行動で開くのではないかと気が気でないのだ。おかげで、もう鷹津から体を離すことができない。「あっ」 さんざん尻を揉んだ鷹津の手が今度は前に這わされ、両足の間をまさぐり始める。言葉はなくても、この男の求めはわかっていた。 ジーンズの上から、鷹津の欲望の形に触れる。興奮を物語るようにすでに硬く大きくなり、苦しそうだ。唇を離した鷹津に頭を引き寄せられて、耳元で囁かれる。「――今日は、舐められるだろ」 屈辱でも羞恥でもなく、和彦を襲ったのは甘い眩暈だった。和彦の機嫌を取るように鷹津が唇を啄ばんできて、それに応じる。互いの舌と唇を吸い合ってから、和彦はその場にぎこちなく両膝をついた。 鷹津のジーンズの前を寛げ、高ぶった欲望を外に引き出す。短く息を吐き出してから顔を寄せると、初めて鷹津の欲望に唇で触れた。 慰撫するように先端に柔らかく舌を這わせ、唇を押し当てる。括れを舌先でくすぐり、もう一度先端に唇を押し当てて、そっと吸い上げる。ゆっくりと口腔に含むと、鷹津の下腹部が緊張した。 鷹津の欲望を握り、根元から扱き上げながら、舌を添えて喉につくほど深くまで呑み込む。濡れた粘膜でしっとりと包み込み、唇で締め付けると、鷹津が歓喜しているのが伝わってくる。口腔で、ドクッ、ドクッと脈打ち、逞しさを増していくのだ。 大きく深く息を吐き出した鷹津が、和彦の頭を撫
無茶をして痛い目を見るのは、鷹津だ。そう思いもしたのだが、ふと和彦の脳裏に、店で秦から聞かされた話が蘇る。この瞬間、なぜか和彦はうろたえ、ちらりと視線を上げる。 いつもオールバックにしている鷹津の癖のある髪が、少し乱れていることに気づいた。 和彦は乱闘を見ることはなかったが、それでも、男たちの殺気立った様子や、店の惨状を目の当たりにして、想像力を働かせるぐらいはできた。そして、鷹津のこの怪我だ。 秦から聞いた話を胸の内に仕舞ったままにはできず、和彦は自分から切り出した。「――……あんた、ぼくを助けたらしいな」 鷹津は一瞬真顔となったあと、ニヤリと笑う。「そういう言い方をされると、仮に違ったとしても、そうだ、と答えるしかないな」「秦から聞いたんだ。ぼくが座っていたソファに男が突っ込んでこようとして、あんたが庇ってくれたと。この傷、そのときに負ったんだろう」「俺が側にいて、お前に怪我させるわけにはいかん。長嶺にどれだけ胸糞の悪い嫌味を言われるかわからんしな」「そんなこと――」「切りつけられたとき、咄嗟にこう思ったんだ。この傷は、お前に高く売りつけられる、ってな」 一瞬にして和彦の顔は熱くなる。そんな反応を知られたくなくて鷹津を睨みつけるが、見せつけるような舌なめずりで返された。そのうえ、傷口を縫合している最中だというのに、鷹津の左手に膝を撫でられた。「怪我をしたから、セックスもダメとか言うなよ。傷口が開こうが、俺は今夜、お前をおとなしく帰すつもりはないからな」 いっそのこと処置室を飛び出してしまいたかったが、傷はまだ半分しか縫えていない。和彦を守るために、鷹津が負った傷だ。「……あんたは、頭がおかしい」 率直に和彦が洩らすと、鷹津は楽しげに喉を鳴らす。「そんな男を番犬に飼ってるんだ。大変だな、お前も」「あんたが言うな」 鷹津に急かされながら、なんとか縫合を終えると、ガーゼを当ててしっかりと包帯を巻く。すぐに和彦は立ち上がると、ナイロン袋に交換用の包帯にガーゼ、痛み止めを詰め込み、鷹津に押し付ける
ここで鷹津が顔を歪める。平然として話しているようだが、やはり切りつけられたばかりの傷が痛んでいるのだ。和彦はタオルをそっと外し、出血が止まりつつあることを確認する。「自分でしっかりとタオルを押さえておいてくれ。新しいタオルをもらってくる」 そう言い置いて、ちょうど電話を終えた秦の元へと行く。和彦に気づき、秦は表情を曇らせた。「すみません、先生。こんな騒ぎに巻き込んで……。今、長嶺組の本宅に連絡を入れましたので、すぐに迎えの車が来ると思います」「ぼくのことは気にしなくていい。それより――」 和彦はそっと、ホールの男たちを見る。襲撃してきた男たちは三人とも、両手足を縛り上げられたうえに、口にはタオルを押し込まれていた。それを、組員たちが仁王立ちで見下ろしている。「長嶺組に任せましょう。わたしはとにかくここを、明後日には内装工事の業者を入れられる状態にしないと」 自分が襲われかけたというのに、危機感に欠けた口調で秦が話す。だからこそ、この男が見た目通りの優男ではないと、実感していた。ヤクザに囲まれて生活しながら、ヤクザではないという点で、和彦と秦は似ているが、比較にならないほど秦の抱える闇は深い。「それで先生、鷹津さんは?」「あっ、そうだ。タオルをもう二、三枚もらえないか? あの傷だと、縫わないといけない。病院に……と言いたいが、あの刃物傷なら、包丁で切ったとも言い訳できない。刑事だとなおさら、大事にできないだろうしな」「ということは、先生のクリニックに?」 和彦は、タオルを捲って傷を確認している鷹津を見遣り、ため息をついて頷く。「仕方ない。現場にいた以上、放っておけない」「わたしからも、お願いしますよ。なんといっても、鷹津さんがいたおかげで、わたしのせいで先生が怪我をする事態を避けられたんですから」 秦の言葉に、和彦は首を傾げる。すると秦は、思いがけないことを教えてくれた。「男の一人が、先生が座っていたソファに、ナイフを構えて突っ込んでいこうとしたんですが、寸前で鷹津さんが庇った。怪我は、そのとき揉み合ったせいです」
和彦の周囲を流れていた空気が一気に凍りつき、目の前に座っている秦が顔を強張らせる。そこまでを認識したときには、世界が一変した。 寸前まで隣に座っていた鷹津がいつの間にか立ち上がり、体が震えるような怒声を発する。テーブルの上の食器を掴んだかと思うと、ホールの中央に向かって投げつける。同時に秦がテーブルを乗り越えながら、スーツのジャケットから何かを取り出す。ちらりと見えた銀色の冷たく輝く刃が、和彦の網膜にしっかりと焼きついた。「佐伯っ、伏せてろっ」 鷹津に怒鳴られて、ぐいっと頭を押さえつけられる。和彦はソファの上に倒れ込んだが、そのまま体が硬直し、動けなくなった。 その間、鼓膜に突き刺さるようなガラスの割れる音と、重々しい衝撃音が響き、そこに男たちの罵声や、威嚇する声が入り乱れる。ずいぶん長い間続いていたような気がするが、もしかすると一分ほどのことだったかもしれない。とにかく和彦は、身動きどころか瞬きもできず、ただ、壁を凝視していた。「――生きてるか」 再び頭上から鷹津の声がする。ハッと我に返った和彦は、大きく息を吸い込む。すぐには身動きができないでいると、正面に回り込んできた秦に顔を覗き込まれた。店内がただならぬ状況にあったのは、秦のまだ強張った顔を見ればわかった。「怪我はないですか、先生?」 そう問いかけられて、手を差し出される。秦の手を取って体を起こそうとした和彦だが、男の怒声が聞こえて、大きく身を震わせ、怯える。秦がようやく微笑を浮かべ、耳元で囁いた。「もう大丈夫ですよ。押さえましたから」 和彦はぎこちなく体を起こし、背後を振り返る。凄惨ともいえる光景が、そこにはあった。 ホールの床の上に見たこともない男たち三人が倒れていた。一人は完全に気絶しており、もう一人は腕を抱えてのたうち回ろうとして、護衛の組員に肩を踏みつけられている。残る一人は、うつ伏せの姿勢で必死に顔を上げ、何かを喚いている。起き上がれないのは、もう一人の組員が背に座り込み、しっかりと腕を捻り上げているからだ。 食器や酒瓶の破片が床に散乱しており、さらには点々と血が落ちている。それを見てドキリとした和彦は慌てて、秦や組員たちの様子を確認したが、一見し
ちなみに、この店には現在、和彦を除いて三人の男がいる。秦と、和彦の護衛としてついている長嶺組の組員が二人だ。客もいないというのに、護衛の男たちは離れたテーブルにつき、和彦と同じように寿司を摘みながら、お茶を飲んでいる。秦はグレープフルーツジュースで、アルコールを飲んでいるのは、和彦だけだ。 賢吾が大げさに吹き込んだのかもしれないが、これではまるで、和彦の機嫌取りのためだけに、酒宴が設けられたようなものだ。「……ぼくだけが飲んでいると、申し訳ないんだが……」「大丈夫です。もうそろそろ、先生につき合える人が来るはずですよ」 えっ、と声を洩らした和彦に、気障ったらしく秦がウインクしてくる。 秦が誰を指して言ったのかは、十分ほどして判明した。 なんの前触れもなく店に入ってきた人物を見るなり、和彦より先に、護衛の組員が反応して立ち上がる。殺気立つことはなかったが、敵意に近い警戒心を露わにする。少し遅れて、和彦も立ち上がった。 黒のソリッドシャツにジーンズという、見慣れた格好をした鷹津が、ふてぶてしい表情でこちらを見て、ニヤリと笑う。蛇蝎の片割れに例えられる男らしい、嫌な笑い方だ。「どうして……」「――わたしが、声をかけたんですよ」 和彦が洩らした言葉に、秦が応じる。怪訝な顔をすると、座るよう促されたので、思わず従ってしまう。すると、当然のように鷹津が隣にドカッと腰を下ろし、和彦の肩に手をかけてきた。「ようやく捕まえたぞ、佐伯」 鷹津の傲慢な物言いに、反発を覚えた和彦は睨みつける。ついでに、秦も。「二人揃って、ぼくに対する嫌がらせか?」 鷹津は鼻先で笑い、秦はとんでもないといわんばかりに肩をすくめた。「鷹津さんは、わたしの店の常連ですよ」「ホストクラブのほうじゃないぞ。俺は、男に興味はない」 わざわざ念を押した鷹津を、和彦はもう一度睨みつける。嫌な男だ、と心の中で呟いたが、もしかすると声に出ていたかもしれない。和彦がどれだけ毒づこうが、鷹津の図太い神経に小さな傷すらつけられないだろう。
忘れてならないのは、同じ店で和彦は、秦に薬を飲まされて淫らな行為に及ばれたことがある。あの頃はまだ秦の正体も知らず、律儀に敬語を使って話していたのだ。 それが今では――。 自分の痴態も含めていろいろと脳裏に蘇り、危うく体温が上がりそうになった和彦は、慌てて頭から追い払う。『予定では一か月ほど店を閉めることになるので、昨夜はお客様たちを招いて、派手に騒いだんです。そして今夜は、わたしも経営者という肩書きを忘れて、先生と楽しく飲みたいと思いまして』「……今回も、中嶋くんは?」 和彦の問いかけをどう受け止めたのか、電話の向こうから微かに秦の笑い声が聞こえてくる。『残念ながら、中嶋は今夜は仕事だそうです。――大丈夫。中嶋がいないからといって、先生に変なことはしませんよ』「そんなことは心配していないっ」『でしたら、おつき合いいただけますか?』 秦は、和彦が断るとは思っていない口ぶりだった。和彦の機嫌が悪いと聞かされながら、あえて電話をかけてきたぐらいだ。やはり賢吾から、気分転換させてやれとでも言われているのかもしれない。「――つき合ってもいい」 そう和彦が答えると、また電話の向こうから、秦の笑い声が聞こえてきた。『料理や酒を準備しておきますから、いつでもいらしてください。あっ、護衛の方の分も用意しておきますよ。中嶋が一緒じゃないので、護衛をつけないと夜遊びはできないでしょう、先生は』 気が利くなと呟いて、電話を切る。和彦は携帯電話を握ったまま、すぐには動き出さず、ぼんやりとしてしまう。 秦の優しい口調で問われると、言わなくていいことまで話してしまいそうで、隠し事をしているときに会うには、意外に厄介な相手だ。やはり断ればよかっただろうかと、ちらりと頭の片隅で考える。 しかし、秦はどこまでも気が利いていた。握っていた携帯電話が再び鳴り、和彦は反射的に電話に出る。今度は、いつも護衛を務めている組員からだった。 すぐに出発しますかと問われ、力なく笑ってしまう。「三十分後に迎えに来てくれ」 そう答えて電話を切ると、今度こそ立ち上がった。
三田村なりの独占欲の表れなのだろうかと思うと、愛撫で得る以上の悦びが、和彦の体を駆け抜けた。 凝った胸の突起を、執拗に舌先で弄られる。焦れた和彦が三田村の頭を抱き締めると、ようやくきつく吸い上げられ、心地よい疼きに体が震えた。 顔を上げた三田村と唇を啄み合い、舌先を触れ合わせる。戯れのようなキスを繰り返しながら和彦は、三田村の背にてのひらを這わせる。可愛がるように虎の刺青を撫でていると、和彦の手つきに感じるものがあったのか、三田村が笑った。「先生の手にかかると、俺の背中の虎も、猫と一緒だな」「ああ。ぼくに身を任せてくれるなら、虎も可愛い」
サービススタッフと言葉を交わしてから、診察室と手術室を覗き、見学している招待客と、彼らに設備の説明をしている業者の人間の様子を見守る。 内覧会の間、先生は優雅に座っていればいいと言われているが、そういうわけにもいかない。 代表者は別の人間の名になってはいても、実質的にクリニックを切り盛りすることになるのは、和彦なのだ。訪れる招待客への挨拶や、運営方針の説明は、和彦でなければできない。 とにかく、目が回るほど忙しい。一応、研修も兼ねて、先日雇い入れたばかりのスタッフも呼んではいるのだが、案内や受付の仕事を任せるのがせいぜいだ。結局和彦が、個別に招待客の
**** 目をキラキラと輝かせ、熱心にアクセサリーに見入っている青年の姿は、クリスマスイブの今日は特に絵になる。これは決して和彦の贔屓目ではなく、多分、事実だ。 細身のジーンズにセーター、その上からブルゾンを羽織るという、ラフな格好をした千尋は、アクセサリーショップにいるどの同性よりも人目を引いた。カップルの姿が多いというのに、千尋を値踏みするように眺めていく女性は一人や二人ではない。 店内で繰り広げられる静かな駆け引きを、和彦は保護者のような気持ちで観察していた。 服装のラフさに関係なく
リビングのテーブルには、真っ赤なリボンが結ばれた箱が置いてあった。どうやら、クリスマスプレゼントらしい。 一度はテーブルの前を素通りして、コートとマフラーを置いてこようかとも思った和彦だが、コロンの残り香に搦め捕られたように足が止まり、結局、テーブルに引き返す。「……開けるのが怖いな」 じっと箱を見下ろしながら、ぼそりと呟く。 プレゼントの贈り主は、箱の上にしっかりとカードを残していた。『先生へ』という短い一言と、贈り主である男の名が記されている。 長嶺組組長という物騒すぎる肩書きを持ったサンタクロ