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キミが変わり始めた日②

Penulis: 鷹槻れん
last update Terakhir Diperbarui: 2025-07-31 16:10:43

 あれから、二週間ほどが経った。

 沙良《さら》とは、相変わらずまともに言葉を交わせていないまま。

 僕のアドバイスなんてなかったかのように、彼女は今日も野暮ったい眼鏡をかけ続けていた。

 ――けれど、それでもいい。別に焦る必要はない。

 それよりも、まずは急がず焦らず、ただじわじわと染み込ませるように沙良に近付くの方が先決だ。

 そう思っていた矢先だった。

(……あれ?)

 構内のカフェテリアを通りかかったとき、ふと視界の端に見覚えのある姿を見つけた僕は、思わず立ち止まった。

 沙良だ。

 彼女はいつものように顔を伏せがちにしてカフェの隅っこの方で本を読んでいた。チラチラと見えるその横顔を見て、僕はちょっとした違和感を感じたのだ。

(少し、髪を切った?)

 ほんのわずか。たった数センチの変化。

 けれど、以前よりも顔周りがすっきりして、表情が見えやすくなっていることに、僕は気が付いた。伊達に毎日沙良を見ていないからね。

(……何か、あったのかな?)

 もちろん、それが僕の言葉の影響かなんて分からない。いや、むしろただ単に前髪が鬱陶しくなっただけという可能性の方が高い気がした。だって眼鏡は依然として野暮ったいままだから。

 それでも、彼女の中にわずかな変化――揺れ?――が生まれた。僕はそんな風に感じたんだ。

 あれほどかたくなに変化を嫌っていた彼女が、ほんの1ミリでも何かを変えた。

 僕はその事実に、胸がざわつくのを感じて……。

(……もう少し、近づいてみようかな?)

 その衝動に従って、僕は何気ない風を装ってカフェテリアに入ると、カウンター席の角へ座る沙良の、すぐ後ろのテーブル席へ向かった。

 そうして、あえて沙良の後ろを通るとき、わざと手にしていた荷物をばさりと床へ落したんだ。

「あっ」

 物が落ちる音と、僕の驚いたような声音に、沙良が読んでいた本から顔を上げると、ちらりとこちらを振り返る。

 僕はそのチャンスを絶対に逃がさないと決めていたから、バッチリ沙良と目が合った。

 きっと、沙良としては気付かれないように様子を見たつもりだったんだろう。

「……っ!」

 声なき悲鳴を上げて瞳を見開く様が可愛くて、僕は心の中で一人悶えた。

「騒がせてごめんね」

 だけど表向きはそんな歓喜の心なんておくびにも出さず、そればかりか眉根を寄せて弱り顔。床へ散らばった荷物を拾おうとした。

 幸い店内には僕と沙良の他には二人しか客がいない時間帯で、なおかつ彼らは僕たちから大分離れたところに座っている。こちらの物音は聞こえているだろうけれど、あえて駆け寄ってくるほどの距離ではないと判断したんだろう。僕たちの邪魔をしようなんて馬鹿はいなかった。

 ひとりしかいない店員も、幸いあちらの方で接客中だ。

(ま、そうなるタイミングを見計らって入店したんだけどね)

 僕のしめしめといった心とは裏腹。沙良はオロオロとした様子で、僕に手を貸すべきか否か迷っているみたい。

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