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第2章:5

Author: 社菘
last update Last Updated: 2025-07-13 18:00:16

約束の休日、ロレインは朝から緊張していた。城下町に出るということは大勢の人に見られるということであり、女装がバレる可能性が高くなる。フィオナが選んでくれた濃紺のシンプルなドレスは確かに目立たないが、それでも不安は拭えなかった。

「ロレイン様、きっと大丈夫ですわ。今日のお召し物もとてもお似合いです」

「ありがとう、フィオナ。でも緊張するなぁ……」

「私も一緒に参りますから、あまり緊張せずに。意識しすぎるとかえって不審ですよ」

今日は護衛としてジェイクがついてきてくれると言うので、多少安心だ。事情を知っている人が近くにいれば、もし危機的な場面に遭遇しても何とかなるだろう。

約束の時間に王宮の正門へ向かうと、普段の黒い正装ではなくロレインと同じ濃紺の服を着たシルヴァンが待っていた。偶然なのかフィオナを含めシルヴァンの侍女と示し合わせたのか分からないが、ロレイン自身は意図せず同じような服になってしまって恥ずかしさが込み上げてきた。

「おはようございます、リリア。昨夜はよく眠れましたか?」

「ごきげんよう、陛下。おかげさまで、ぐっすりと」

「それはよかった。……お似合いですね」

「え?」

「濃い色のドレスが、あなたの白い肌を際立たせているなと思いまして」

シルヴァンの褒め言葉に頬が染まる。いつもの威厳ある皇帝の姿とは違う、年相応の青年らしい彼の姿にロレインの心は躍った。

「護衛は少し離れたところから見守ってもらいます。できるだけ自然に街を歩きたいので」

「分かりました」

「では……どうぞ」

「?」

「う、腕を組もうかと、思いまして……」

「あ、ああ! はい、お願いします……っ」

馬車から降りて、シルヴァンと腕を組みながら石畳の通りを歩き始めた。朝の城下町は活気に満ちていて、商人たちが店を開く準備をしていたり、パン屋からは香ばしい匂いが漂ってきたりと、レグルス王国とはまた違った雰囲気があった。

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