ANMELDENレオンハルトは、堪えきれずに泣き出したミレイユを、そのまま胸に抱き留めた。
反射なんてものじゃない。
あんなに、テントの中では触れることに戸惑っていたのに、今日は迷うことなく、両腕で強く抱きしめていた。
――やっぱりな。当然だよ
自分がその立場でも泣きたくなるさ。
よくここまで頑張った、
そうレオンハルトの中でストンと納得できるものがあった。
あんなに触れることをためらっていた自分が嘘みたいだ。今、離したらミレイユは壊れてしまう。
そう思えて仕方がなかった。
「大丈夫だ。俺がいる。……もう心配するな」
耳元でそう囁くと、ミレイユの肩が震える。
細い指先が俺の服をぎゅっと掴む感触に、胸が締めつけられた。
まだ18歳だもんな。
勝手にダリウスは結婚とか言っていたけど、まだまだ幼さの残る年齢だ。
親がわりは行方不明になった。
指輪でミレイユをタウンハウスに運べることがわかってから、二人の生活は格段に質が上がった。怖いのは誰かに見られることだ。だが、外に出ることもなく、閉め切った空間ならミレイユがいることを知られることはない。そうなれば、食事やお風呂の水まわりの生活が格段に良くなっていった。「ここなら温かい食事とお風呂は用意できるから。俺の休暇が終わると管理人が帰ってくるから、それまでは向こうとここを行き来しよう」レオンハルトがそう伝えると、ミレイユも少しほっとしたように頷いた。数日もすると、ミレイユの血色も少し良くなり、表情もわずかに明るくなってきて、ほっとする。元々サバイバル生活やアウトドアが好きな人間ならまだしも、王都で生活していた彼女に今までの生活は過酷すぎたのだ。「あとは、向こうの行動範囲をもう少し広げられるようにしておくから。魔物避けの鈴を持って移動して欲しい」俺とミレイユは周辺の素材を確認しつつ、ヘルカーンに襲われて中断していたピン打ちも進めた。鈴の効果は長くなったとはいえ、あれだけの魔物に襲われた経験から、やっぱり距離は1キロ以内で行動すると決めた。「採取作業は出来そうなら続けて欲しい。おそらく錬金道具や魔道具がないとここでの生活はできないと思うんだ」「はい……私も、少しずつ、この地域の素材もわかってきましたので、魔物対策の錬金を中心に道具を作っていこうと思います。この塔の周辺は、ヘルカーンのような火属性の魔物や植物が多いし、水場には水や土属性の植物もわずかに見られるので、それに対応した武器や錬金ですよね……」ミレイユも、師匠と似ているのだろう。少しずつ情報を集めては、記録に残していった。そして、皮肉なことにレオンハルトまで、ダリウスと同じように地図や情報をそこに書き込んでいく。気づけば、行方不明になった師匠とダリウスと同じ行動を行っていた。店もなにもないこの樹海で、自給自足のような生活をするなら、ここで得られるものは全てどれも無駄にはできなかっ
「こ、ここは……?」ようやくミレイユの瞳に正気が戻った。「お、やっぱりこれならこっちに来られたな」レオンハルトは、少しミレイユに反応があったことで笑顔になる。「思ったように移動ができて安心したよ」そう、胸をなでおろしながら、どうしてここに移動できたかを答えた。「指輪は俺しか使えないだろう?だけど、俺は、いつも何か荷物を持って、向こうに移動していたんだよ。ということは、俺がミレイユを抱き上げてしまえば、荷物と同じように移動できるんじゃないかと思ったんだ。これなら、誰にも見られないからね」今日いろんな荷物を移動させながら思いついてはいた。でも、ミレイユをあんなふうに抱き上げることに抵抗があったし、ミレイユも断りづらいんじゃないかと思うと提案できなかったのだ。「ここは王都にある俺のタウンハウスなんだ。管理人も、俺の休暇中はいないし、君と俺のつながりを知ってる者もいない。だから、誰にも知られることはないから安心してくれ。まずは温かい風呂に浸かれ。魔物が来るかもしれない水場じゃ、疲れなんて取れやしないだろ」俺はミレイユを支えて部屋の椅子に座らせ、そっと頭を撫でる。そして、風呂の支度を始めた。「普段は使わない入浴剤を奮発するか?」入浴用の液体をとろりと垂らしお湯をいれると、湯気と一緒にバラの香りと泡がふわりと広がる。「もし危険があれば――君が裸でも構わず、連れ出して指輪で移動する。そこだけは了承してくれ。あとは寝るまで、ここで自由にのんびりするといい」夜を過ごすのは結局、塔の中の方が安全だ。ここには魔物はいないが、別の敵がいつやってくるかは分からない。「……あ、でも。夜の採取が……武器の加工も……」ミレイユが、別の場所にいることを忘れたように、ぼんやり呟く。「今日はダメだ。禁止。明日、元気ならやっていい。でも今日は休むことが仕事だ」「&
レオンハルトは、堪えきれずに泣き出したミレイユを、そのまま胸に抱き留めた。反射なんてものじゃない。あんなに、テントの中では触れることに戸惑っていたのに、今日は迷うことなく、両腕で強く抱きしめていた。――やっぱりな。当然だよ自分がその立場でも泣きたくなるさ。よくここまで頑張った、そうレオンハルトの中でストンと納得できるものがあった。あんなに触れることをためらっていた自分が嘘みたいだ。今、離したらミレイユは壊れてしまう。そう思えて仕方がなかった。「大丈夫だ。俺がいる。……もう心配するな」耳元でそう囁くと、ミレイユの肩が震える。細い指先が俺の服をぎゅっと掴む感触に、胸が締めつけられた。まだ18歳だもんな。勝手にダリウスは結婚とか言っていたけど、まだまだ幼さの残る年齢だ。親がわりは行方不明になった。意味のわからない尋問を受け、リンチも受けた。居場所も仕事も奪われ、それでも無理やり前に進んで――それでも何とか変わらないようにしてきた。それに加えて、師匠やダリウスについて、おそらく良くない情報を得たんだ。「ミレイユ、限界なんて、とっくに越えていたんだよ。だからもう、考えなくていいから。少し休もう」これからは、俺が彼女を守ればいい。「泣かなくていいからね。全部俺が一緒に考えるから。一人じゃないよ」ミレイユにそれが聞こえているのかいないのか?ボロボロと流れる涙の温かさが、シャツにしみこんでいた。それが、レオンハルト自身、何もできない無力さで苦しくなり、俺は彼女をさらに強く抱きしめた。どのくらい、そうして時間が過ぎたのか。ミレイユが、言葉にならないような言葉でぽつぽつと説明してくれる。「大型の魔物の魔核を乱獲している?」「そうです」「そうか。騎士団は脅威を取り除くのが仕事
レオンハルトが、木箱にある残った資料を読み直す中、ミレイユも、レオンハルトと別れて、一人でもう一度手に持っていた資料を開きなおした。「あの木箱の中に書いたものを置いたのは師匠だわ」だって、魔物のイラストや特徴の書き方も、あの大型の設計図のような錬金術の細かいレシピも……全部師匠の筆跡だもの……ミレイユは、確信を持ってそうだと思った。「でも……それだったら、私の知っている師匠はどこに行ったの?おかしすぎるわ」ミレイユは、独り言を呻くように呟いた。一箱目は、魔物の弱点や生態のまとめだった。国王直轄地で隠されていた魔物情報が細かすぎて、レオンハルトさんは仰天していたけれど……でも、ここが入ること自体が禁じられてないなら、師匠と私にとってはいつものこと。錬金術師の客は本当に多種多様だ。冒険者もいれば、それを売買する商人、旅人……「この魔物に効く道具が欲しい」「この地域を通るなら何を持てばいい?」「一週間旅をするのに、何個買えばいい?」そんな依頼は日常茶飯事だ。だからこそ、月影亭のお店はこういう資料を自分の足や聞き取りで常に更新していた。魔物だけではない。人を襲うような獣でも、出ると噂になれば、師匠はその足で確認に行く。「正確な情報をもとに商品を提供しないと、全然効果のないものを買わされても、その客は次に来ないじゃないか。危険でも、信用には変えられないよ」時にはガセネタの時もある。そんな時には正直にそれを客に伝えて、それでも錬金道具や薬を買うか聞くように教えられた。今回は、その調査地が、国王直轄地の樹海だったというだけだ。師匠からしたら、自分の欲しい素材は手に入るし、国の兵たちも客だからきちんと記録に残しておこうというところだろう。「だ
「どうした? 何か気になることでも?」レオンハルトが声をかけても、ミレイユはじっとページを睨むばかりだ。細い指先が、わずかに震えているように見えた。「ミレイユ」レオンハルトは、そっと、その震えるミレイユの手に触れる。「……レオンハルトさん」ミレイユがレオンハルトの名前を呼ぶ声も、かすかに震えていた。「何か気になることがあるんだろう? 教えてもらえないか」レオンハルトは、できるだけ優しく、怯えさせないように表情はにこやかに声をかけてみた。けれどミレイユは、震えるまつげを伏せて言った。「……少し考えをまとめたいです」そしてそのまま、手に持った資料を持って三階へこもってしまった。「あっ……」レオンハルトは、思わず手を伸ばしたが、ミレイユの離れた手の温もりが、心ごと遠ざかってしまったように思えて、思わず空中で拳を握る。温もりが消えると同時に、先ほどまでの幸せに感じていた時間も消えて無くなったような気持ちになる。一人残されて、レオンハルトはミレイユが残していた資料を再度見た。だが、何に衝撃を受けたのかが分からない。「この資料に……何があるんだ?二箱目の木箱を開いてみた後から、ミレイユの表情がはっきりと変わったんだよな?だが、俺には分からない。ただの統計資料と錬金術レシピにしか見えないんだが……」ミレイユと違い、樹海で戦い慣れて、しかもいろんな錬金道具を作った師匠なら、試作と素材回収を兼ねて色々討伐していても不思議じゃない。そして、その討伐記録を統計資料にしただけにみえる。一箱目にはダリウスの文字も書類に混ざっていたから、時には一緒に狩りをしたということだろう。「師匠とダリウスの樹海デートの戦利品記録……みたいなもんじゃないのか?」でも、
レオンハルトは、悪いことばかり考えていた気持ちから少し解放されて、ミレイユを再度四階に連れて行った。四階には木箱がいくつも積まれている。「これを機密文書だと思って読むのと、楽しげな樹海デートの記録だと思って読むのとでは、気分がまるで違うよ。職業柄、つい悪い方向に考えすぎていたみたいだ」ミレイユは、箱の中から、魔物の弱点が書かれた記録を手に取っては、目を輝かせている。「この後、レオンハルトさんの武器の風の魔石を加工し直そうと思ってたんですけど……これ、私も知らないことばかりで……魔物の情報は、素材の情報に繋がりますからね。こっちも読みたいです。うーっ!時間が足りません」下に持って降りればいいのに、四階は窓がないので、階段に冊子を出して、五階の天窓の光を頼りに、這いつくばる姿勢で読み始める。ミレイユが口にする錬金物は、レオンハルトが知っているものもたくさんある。だが、それは商品になっていたり、団に支給されていたものであって、他の錬金術のものを扱う魔道具店にはないものや、騎士団でも使ったことのないものも多い。知っているものでも、標準的な使い方ではない、意表を突くものが多く、レオンハルトはすっかりミレイユの話を聞いているだけで楽しくなっていた。「うわあ、これはすごいですよ。夢霧ワニは、水から口を開けて出た時に幻惑ガスを排出するそうなんです。でも、その瞬間に、魔力ガスを発生させるガス玉を投げ込むと、おならになって水中に幻惑ガスを出すんですって!可愛い顔をしたミレイユから「おなら」と言われても、へっ?とレオンハルトは反応するが、錬金術が絡むと本人は全く気にも留めない。「そうしたら、レオンハルトさん!一斉に周辺の魔魚が浮かび上がってくるんですって。魚が食べ放題ですよ。うふふっ」そんな風に、もしそれだけ魚があったらなんの料理にしようかしら?と話すミレイユの横顔を眺めながら、レオンハルトは苦笑して書類をめくる。なんか、やっぱりミレイユはいいな。こんなに気を使うとかないぐらい、女性と自然に過ご







