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All Chapters of 僕の推し様: Chapter 61 - Chapter 70

72 Chapters

連動する叫び声

 65話 連動する叫び声  激痛に耐えながら叫び声をあげ続ける。喉がジリジリと焼けるような熱さが広がり続けていく。刷り込まれた雑音を浄化しながら、別物を差し替えていく。「ぐあああああ」 耐えきれない僕は無意識にもがくと、より痛みが貫いてくる。その姿を見つめながらも、自分の力を注ぎ続けるマザーは、手を抜く様子は全くない。「耐えなさい、それしか取る方法はないのです」 僕に聞こえるような声で言葉を吐くが、空間が邪魔して粉々になっていく。形のあった心は雑音に埋もれながら、僕の脳裏に違う言葉が作られていく。「もう少しだ、もう少しで」 聞いた覚えのある声の主は、誰だったかを思い出す事が出来ない。過去の記憶に蓋がかかっていて、それ以上踏み込んではいけないと体が警告する。拒否反応を示した僕は、ぐったりと倒れ込んだ。「私の力では難しいのでしょうか、いえ、きっと」 世界が新しい彩りを欲していく。その変化についていく事が出来ないマザーは、自分の可能性にかけるしかないと覚悟をした。倒れ込んだ僕を癒すように包み込むと、世界は真っ赤になっていく。  僕の声は現実世界に連動していく。今まで何の変化もなかった僕は、急に叫び声をあげたかと思うと、力が抜けたように床に倒れていく。その姿を見ているタミキは、何が起こっているのか理解出来ないといった表情で見つめていた。「庵、何が起こってんだよ」 一人で僕の様子を見ていたタミキは心の声を漏らしていく。その疑問に答える事が出来ない僕を、抱きしめるとベッドに戻していく。 何が起こっているのかを理解する為には、椎名と南を呼ぶ必要があると考える。しかし、僕一人を置いて、呼びに行くのはリスクが高い。自分には何も出来ないかもしれない、それでも僕を失うんじゃないかと思ってしまう。「叫び声が聞こえたけど、何かあった?」 空気を読んでいるように急に現れた南の声に振り返ると、今、目の前で起きた事を説明し始めた。しかしタミキは気付けない。こんなタイミングよく南が現れた、
last updateLast Updated : 2025-07-11
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交わす言葉と彼

 66話 交わす言葉と彼  鎮静剤を投与すると少しずつ効いてきたのか僕は安心するように眠っている。本来なら僕の状態で打つのは避けたかったようだったが、仕方ないと判断したようだった。「落ち着いたみたいだな」 タミキは椅子に座りながら、呟いた。南と椎名はそんな二人の様子を見つめながら、これからのアクションを考えている。何がきっかけなのかを明らかにする必要があったからだった。 僕は機械から自由になり、今は普通の人のように点滴で生かされている。もう一度セットする事で、何が起こっているのかを確認出来ると考えている南がいる。「リスクはある、それでもこうなった原因を探る必要があると思う。タミキの意見を聞きたい……」 今までの彼なら意見を聞く前に、全てを終わらしていただろう。しかし僕と同じ立場のタミキの言葉を聞く事で、自分に納得させようとした。調べるのには危険が伴う、崩壊した世界と繋ぐ経験なんてないから余計に。「現実で起きてこないって事は、閉じ込められている可能性があるよな。それなら行くべきだと思う」 こうやって二人が意見を出し合える関係になった事に感銘を受けながら、頷く椎名。ここで自分の存在の証明をするように意気込んだ。「だったら決まりだな。俺もついていくぜ」 調子よく発言すると、タミキと南はじっとりとした目で見ている。一瞬、自分の発言が間違いだったかと気になりだした椎名は、アタフタしながら、言葉を訂正しようとしていた。「フランクになったなぁ。だいぶ慣れたか?」 椎名は南の部下に当たる存在だ。以前までは仕事上敬語を使っていたが、今ではプライベートの顔がメインになっている。嫌味を含めて笑いだすとそれぞれが準備を整える為に、自分の配置へと腰を下ろしていった。  僕を助け出す為に 自分達の精一杯を詰め込んでいく 届くか届かないのか それは別問題だ  頭につけられた装置は脳に直接干渉出来るように作り出された改良版だ。頭に嵌め込んだ瞬間に見えないデーターで作ら
last updateLast Updated : 2025-07-12
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傍観者椎名

 67話 傍観者椎名  久しぶりに言葉を交わした事で、テンションが上がっているタミキは雄叫びを挙げている。装置を僕の頭から引き抜くと、少し負担になっていたのか僕の額は汗で濡れている。その様子を見てタオルを取りに行っていた南は、僕の汗を拭う為に近づこうとすると、彼は獣のように威嚇をし始めた。「俺が拭く。庵に触れていいのは俺だけだから」 仮想空間で僕を支配しようとしていた人の言葉ではない事を二人は知っている。自分のしてきた事が全て監視されていたとは思わないタミキは、何も考えずにルンルン気分で、僕の頬に触れる。「その前に味見」 僕が生きている事を実感出来たタミキは、今まで以上に積極的になっていく。寝たままの僕でも彼の欲情は高まるらしい。ぬっと顔と顔が近づいていく。南は焦ったように、止めに入ろうとするが、椎名が諦めたように彼の肩を叩き、首を横に振る。ネットりと汗を舌先で味わうように舐めていくと、ピクリと動いたような気がしてタミキの欲情は暴走しそうになる。これ以上は僕にとって負担になってしまうのに、どうしても止める事が出来ない。一年以上も我慢をしていたのもあるだろう。気持ちを抑えながら生活をしている彼が、一番苦しかったのだった。 瞼にキスを落とすと、微かだが僕の涙の味がした。こんなにより近くに感じれたのは、いつぶりだろうと、歓喜に震えながら、自分の存在を刻むように、彼なりの愛情を刻んでいった。 その様子を我慢するように見ている南は、これ以上見て見ぬふりをする事が出来ない。止めていた椎名の手を払いのけると、二人を引き裂くように、割り込んでいく。「いい加減にしろ、何をしているのか分かっているのか?」 南の言葉に嫌悪を隠しながら、振り向くと邪魔された怒りが倍増して、襲ってくる。「何って、愛してるだけじゃん」 そこにいたのは、仮想空間で生きていたタミキの姿そのものが現れた。僕と触れる事で、彼の何かが壊れていく。その音に気づかずに、傍観していた椎名は微笑みながら、その場を後にした。  僕達は全ての因子の存在を知らない 人間は
last updateLast Updated : 2025-07-13
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共有

 68話 共有  マザーに干渉をしている椎名は、僕の治療が完了していない事を知っている。過去の記憶通りにする為に、闇因子を現実世界にばら撒こうとしていた。あの世界を作ってしまった南は、自分を中心に動いている物事を止める為に、全てを壊そうとした。生きた人間を過去の因果に沈める事に、間違いを感じていたのかもしれない。南の考え通りに動いているように見えて、実は裏で買収された部下が手を引いていたなんて考えもしないだろう。 全てが明るみになる時は、今ではない。きっと僕達の内部で生きている別世界の経験が火種になりながら、全てを滅亡していく。その時に全ての支配者の一人として名を挙げるのだろう。 自分の銀行口座を確認すると、五千万円の入金が確認出来た。椎名の行動は常に監視されている。記憶保管部を裏切った事態で、処分されるのがオチだろう。あちら側が気づかないなんて、普通ではない。「南さん、貴方の作った記憶は最高ですよ。罪人を断裁する為にも、この世界には必要なシムテムなんだよ」 敬語を使わないように切り替えていた椎名は、部下としての仕事を終えていたからだった。自由に動いていいと組織に指示されているから、その言葉通りに本来の自分を出し始めたにしか過ぎない。 システムの隙間を作り出し、現実世界から支配出来るようにプログラムを変更すると、離れていた意識は、再び戻っていく。ファザーが自由に世界を行き来できるように、下準備をしていくと、いつの間にか真夜中になっている。「これ以上は誤魔化せないな。そろそろ戻るか」 自分の行動パターンにAIの仕組みを取り入れる事で映像でも実際の人のように演出する事が出来る。進んだ化学に感謝しながら、自分の役割を演じ切ろうとしていく。  現実と幻想の間には 微かな隙間風が生まれる その違和感に気づくのかは その人次第だ  自室に戻っているように誤魔化されている椎名の影を追う事は出来ない。近くにいたはずなのに、いつの間にか瞬間移動をしたように、離れた場所にいる椎名に違和感を抱いている南は、考え込んでいた。全てが自分の思
last updateLast Updated : 2025-07-14
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助ける存在の正体

 69話 助ける存在の正体  動き出した崩壊への道筋は南が行動をする度に、作られていく。全ての起爆剤になっている事に気付けずに、自分の中の黒い影の操り人形になっていた。 吸い尽くしてしまった過去の姿が、彼の体の中で獣のように暴れ狂う。表に出せと言わんばかりに—— ドクンと心臓の音が歪み始めると、ぐらりと意識が宙に舞っていく。自分の中で何かが動き出そうとしている事に、気づきながらも、目の前にいるタミキに気づかれないように、とり繕って平静を保とうとしていた。「……おい」 急に動きを止めたマリオネットからは、見えない複数の糸に縛られている。南は自分に何が起きているのかを理解出来ずに、ただ漂う事しか出来なかった。 タミキの声が遠くに聞こえていく。近くにいるはずなのに、自分とは違う存在に感覚と狂わされているようだった。 ぐさりと首筋に痛みを感じた南は、抵抗しながら振り向こうとしていた。黒い影は、南の全てを把握しているように囁いた。「おやすみ。少し寝ようか」 その声の主は、一番知っている人物の声、そう椎名だった。 聴覚、視覚、平行感覚、ぐちゃりと体はそれらを手放すと、誰にも邪魔されない本当の自由を手に入れようとしていた。目を見開いた状態で、倒れていく南を支えると、困ったような表情をしている椎名がいた。  主導権は簡単に移り変わる 自分に有利に動いているように 見えていても真実は 他者しか知らない  ビリビリと電流が空間を切り裂きながら、異空間を作り出そうとしていた。その反動でその場にいた者達の意識を取り込んでいく。「よかったよ、試しに使っておいて」 ぐったりしている南を見ているタミキは、何が起きているのか頭が追いつかない。体に電流のようなものが流れたと思ったら、南が倒れていた。そして自分も目の前で動いている椎名の動きがスローに見えている。まるで機械がショートしているような感覚を覚えながら、必死で手を伸ばそうとした。「君
last updateLast Updated : 2025-07-15
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砂嵐

 70話 砂嵐  当たり前の感情が色を変えながら別物へと作り変えられていく。バグを設置した事が引き金になり、二つの世界にウィルスが流れてしまう状況に変異していた。なかなか目を覚さない僕を心配して起こした行動が、思いもよらないもう一つの未来を描いていく。中途半端な状態で二人の思考と感情で会話をした事で、リンクはより深く手を結び、マザーにも止められない状態に陥ってしまった。 最初は何が原因だったのかを知らなかったマザーは、記録のログを辿っていく。すると、一つの接触に気づいた。「会いたかった。ずっと待っているんだよ」   その様子はまるで誰かの干渉を邪魔するように砂嵐で覆われているが、その言葉が聞こえた。声の色は隠されていない事に気づいたマザーは、過去の記憶のログを辿り、誰が発したものなのかを確認していく。 壊れかけている空間に浮かび上がってきた複数の記号で示されているヒントを拾いながら、僕を守り続けている彼女がいた。「……これは」 その声はこの世界で最も脅威とされてきたタミキのものだと知ると、頭を抱えながら、眠っている僕の頭に触れ、何か異変がないかを調べていく。マザーの情報が全ての脅威から逃れれるようにプログラムを組み込んでいたが、二つの自我を持つ人間が接触する事で、マザーに対してウィルスを流す事が出来ていたようだった。「……やられたわね」 全ての事に気づいた時には、もう遅い。これ以上、僕を守れない現実を受け入れながら、最低限でも対処は出来た事を信じるしか道はない。  誰かの指がenterキーを打つと、真っ白で無垢だった存在のマザーは闇に吸われていくように、砂のように消滅していく。このままこの世界に僕を閉じ込めようとするが、全ての権限を奪われた彼女には、そんな力はもう残っていない。  中途半端な存在の僕を 止めていた者はいない 我慢するしかなかった僕は 全ての砂嵐に包まれながら ブラックホールを突き抜けていく  ピッピッと電子音が響きながら、僕の意識を呼び戻そうとしている。頭には
last updateLast Updated : 2025-07-16
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目ざめた先には

 71話 目ざめた先には  部屋から出ようとすると、コンコンと、ノックの音がした。身を構えた僕はゴクリと唾を飲み込むと、ゆっくり開けていく。「やっと起きたんですね。よかった……一年以上眠り続けていたんですよ」 見た事があるような顔をしている男性が立っている。何処かで出会ったような気がするが、記憶の中には存在しない。思い出そうとすると、吐き気が増していく。「僕の名前は椎名と言います。よろしく」 丁寧な話し方に身構えていた気持ちが少し和らいだ気がした。とりあえず今の状況を把握する為に、彼から話を聞く事にした。 彼の説明を聞いて、長い年月過去の体験を繰り返す為に仮想空間に閉じ込められていた事を理解する。本来なら記憶はそのまま、残るはずだと言うのだが、今の僕には記憶なんて残っていない。ジリジリと焼けていく熱さが喉から広がっていく感覚がする。時々、自分の声が電子音のように作られた者に変わっていくように聞こえてくる。「さっきから喉が変なんだ。ジリジリして熱くて……」 初対面の人にこんな事を言うと、怪訝な目で見られるかもしれないと思った。それでも違和感を感じる事はなるべく伝えて欲しいと言われたので、伝えたんだ。 彼はまるで医者のように診察を始める。素人から見ても、症状の理由なんて分かるはずないと思いながらも、椎名に合わせていく自分がいる。「バグを発生させた事で体に影響が出ていますね。こちらではウィルスのようなものです」「ウィルス?」 彼は僕を置き去りにして、淡々と話始める。内容からして専門用語が多いのだけど、素人の僕には掻い摘むぐらいしか理解出来ない。「インフルエンザとか?」「現実世界のものではないですね。大量のデーターとして流れてきた情報が貴方の精神に干渉したんでしょう。現実的な病原体ではなく機械的なウィルスですね。誰かが作ったウィルスが仮想空間にばら撒かれ、貴方にも影響していると言う事ですよ」 非現実的な事を口走る椎名を見ていると、自分は騙されているんじゃないかと疑ってしまう。それでも彼の口調と
last updateLast Updated : 2025-07-17
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終わりと始まる夜

 72話 終わりと始まる夜  タミキに会ってみたい気持ちが昂っていく。そんな僕を椎名は止めると、今のタミキの状況を説明し始めた。「タミキは仮想空間から出てきて一時は意識があったんです。余波の影響で今は治療をしています。因子を除く事が出来たら、目覚めるのですが、まだ……」 因子とか余波とか分からない内容を口に出している椎名は、ふうとため息を吐くと、瞳の奥が揺らいでいく。心配しているようにも見えるが、その話が本当なのかも分からない。会ってみたいと告げると、仕方ないように治療室へと案内された。そこには大きなカプセルが二つ置いていて、そこにタミキが収納されている。苦しそうな表情を浮かべながら、口をぱくぱくと動かしている。紫のもやは彼を守るように、包み込んでいく。その姿を見ていると、胸が痛んだ。これ以上、苦しそうな彼を見る事に耐えきれない僕は、背を逸らしながら、後ろのカプセルへと視線を注いだ。「もう一人、入ってるんだね」「ええ。その人も同じ状況です。それに比べると、貴方は奇跡ですよ」 椎名の声が上擦って聞こえてくる。まるでこの状況に興奮を覚えているように。僕の事を作品を見るように、観察しながら笑みを浮かべた。「待つ事は辛いですが、明日にでもなれば目を覚ましますよ」「どうして分かるの?」 治療をしているのは理解したが、どうして目が覚めるタイミングが分かるのだろうかと不思議に感じた。まるで自分がそう仕向けているようにも、見えたからだ。事実は分からない、だからタミキの意識が戻ったら、はっきりするだろう。今は、複雑な感情を表に出さないように、保留すると、カプセル越しでタミキに触れていく。冷たさがじんわりと体に伝っていく。  複合施設のように大きい隠れ家は、色々な作業や研究をするのに向いている場所だった。これから自分がここで生活をしていく事になるだろう。どこに何が会って、自分の部屋は何処なのかを知っておく必要があった。 一通り案内されると、疲労感が蓄積されていく。ずっと寝ていたのだから、そうなるのは仕方のない事なのかもしれない。それでも、思った以上の反動に、体が限界を感じて
last updateLast Updated : 2025-07-18
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細胞源

73話 細胞源 プシューと全ての煙を吐き出すように、カプセルが開いていく。自動的に意識が戻ると開くシステムになっているようだった。うつらうつらと眠たそうにしている椎名は、その音で現実に引き戻されると、タミキの様子を確認し始めた。瞼は開いているが、そこには彼の自我が見当たらない。紫色のもやが原因なのかもしれないが、中和剤を打つ事で、元のタミキに戻しつつ、闇を馴染ませるように対処していった。もう一つの残されたカプセルを確認する事なく、作業をしていると背後から誰かの気配を感じて振り向こうとする。 「好き勝手してくれたな。自分が何をしたのか分かっているのか?」 凄い剣幕の南がグッと椎名の首を後ろから絞めながら抵抗を阻止する。軽く締め上げた首にはくっきりと指の跡がついていた。 「やめ……」 自分の力ではない異様な力を肌で実感しながら、手を緩めると、ゴホゴホと咳き込む椎名は、崩れるように床に傾れ落ちていく。二人に吸わせた煙は少し効果は違うが、元々は同じものだった。人間の肉体と精神を改竄する為に、組み込んでいる新しい細胞源をウィルスを使い、作る事に成功してしまったようだった。 近くにあった注射器を自分の血管目掛けて刺すと、濁った血がドバドバと注射器と一体化していく。まるで何時間も経過したような赤黒い血は、南の知っているものとは程遠い存在だったんだ。 顕微鏡を使いながら、細胞の変異を確認する為に、指の肉を削ぎ落としていく。普通なら痛みを感じるはずなのに、何も感じない。切られた指から、ドットの映像のように新しい指が再生されていく。 「これは」 半端ではない再生能力を、手に入れた南は、人間とは呼べない姿へと変わっていく。彼を中心に巻き込んでいく風は、情報の渦だ。見えないものが姿を表しながら、南にこれから行動を起こす事を一つずつ教えようとしていた。グッと右手に力を入れると、怒りの感情が湧き上がっていく。自分の行動で感情が作られていく事を覚えていきながら、受け入れるしか方法がない彼がいた。
last updateLast Updated : 2025-07-19
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夢うつつ

 74話 夢うつつ  目が覚めた僕はウロウロと部屋を行ったり来たりしている。結局、あれから椎名が訪れる事はなかった。気を張っていたのか、寝れていないのが原因なのか、少しだるく感じてしまう。こうやって動いていないと寝てしまいそうで、仕方なかった。何度も扉を開けようとしたが、外から鍵がかかっているようで、閉じ込まれたままだ。椎名が来るまで、外に出れないと思うと憂鬱だが、仕方ない。「遅いな」 部屋に備え付けられている時計は13時を刻んでいる。どうしようと考えている時に、外から物音が耳を刺激する。ガタンと何かを壊しているような音が響きながら、ガチャガチャとドアノブが回り出した。「やっと……見つけた」 そこにいるのは赤髪の男性だった。様子を見る限り、感覚の中で感じるタミキに近い。急な出現に驚きながらも、ぺこりとお辞儀をしている自分がいた。彼にとっては近い存在でも、記憶を失くしている僕からしたら初対面に近い。「庵、会いたかった。もう大丈夫だから……俺らを邪魔する奴はいない」 ギュッと抱きしめられると、脳に電流が走るように痺れを感じた。この感覚を知っている僕は、彼と抱き合う事で、手放していた記憶を取り込んでいく。体感では何十分も進んでいるように感じていたのに、実際は2、3分経っているだけだった。 この人はずっと僕が追いかけ続けていた活動者で、僕の大切な推し様だ。その事を思い出した僕は、彼の温もりを感じるように、何度も抱きしめる。とくんとくんと心臓の音が頬に降り注がれると、安心感が襲ってくる。長い長い夢を見ていた僕は、本当の意味で彼を受け入れる事が出来た瞬間だったのかもしれない。「何処も怪我はないか? もう一人にしないでくれ」 眉を下げながら、悲しそうな瞳で何度も訴えかけてくる。その姿が愛おしくて、可愛らしくて、彼の頬にキスを落としていく。生暖かい頬の感触を感じながら、何度も何度もキスをすると、二人だけの世界が確立していった。この世界は僕とタミキしか存在しない、特別な空間なんだと実感する事が出来たんだ。 涙を零さないように我慢している彼の瞳にキスをし、瞼を舐め
last updateLast Updated : 2025-07-20
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