夕暮れどき、颯斗は車を走らせ、診療所へと帰る道をたどっていた。先ほどから助手席に座る練は一言も発さず、バックミラー越しに後部座席の男をじっと見据えている。鎮静剤を打たれた青峰は、いまだ昏睡したまま、ぴくりとも動かない。颯斗はちらりと練の横顔を盗み見て、唐突に口を開いた。「……今日はどうしたんだ?」「何がだ」「さっきの皆川先生の家だよ。あんなふうに激昂するお前、初めて見た」「そうか?」練は淡々と言った。「普通だと思うが」「あんなに言葉を荒らげることなんて、今まで一度もなかったじゃないか。まして当事者の目の前で。……いつものお前らしくない」練は無表情のまま顔を背けた。「……随分と俺のことを知っているような口ぶりだな」その言葉が放たれた瞬間、車内の空気は氷点下まで冷え込んだ。バカでも分かるほど、颯斗は練の「地雷」を踏み抜いてしまったのだ。「そうだね」颯斗は二秒ほど沈黙したあと、自嘲気味に笑みを浮かべた。「俺はただの、何も分かっていない助手だから」表向きは、練が上司で颯斗が部下。そして心界においては、互いに信頼し支え合うパートナーであるだけでなく、常軌を逸した肉体関係さえ持っている。だが現実の練は、自分のことを語ることがほとんどない。知り合ってから今日まで、颯斗は練の過去をほとんど知らない。いや、「無知」と言ってしまっても過言ではないほどだ。それはまるで、水面に映る月のようだった。すぐ近くにあるように見えるのに、手を伸ばして触れようとすれば、波紋が広がってその姿をぼやけさせてしまう。はっきりと見ることも、突き止めることもできない。まして、その掌に掴み取ることなど到底かなわない。颯斗にとって、練とはそういう存在だった。とはいえ、このまま険悪な空気で黙り込んでいるわけにもいかない。颯斗がどうやって場を取り繕おうかと思案していると、後部座席から不明瞭なうめき声が聞こえてきた。「ようやく目が覚めたか」練が冷ややかな目でバックミラーを睨む。青峰は割れるような頭痛に顔をしかめながら、ゆっくりと上体を起こした。虚ろな目で辺りを見回す。「ここは……どこだ?」「青峰一真、と言ったな」練は回りくどいことはせず、単刀直入に告げた。「今日からしばらく、俺たちと一緒に暮らしてもらう」「あんたたちと?」青峰はわけが分からないという顔
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