絵里は彼の表情の変化を見逃さなかった。探るように尋ねる。「会社の用事?」「友達に会うだけだ。どうした、俺の行き先を確認する気か?」裕也は薄く笑い、いたずらっぽい瞳で彼女を見つめた。絵里は淡々と視線を引き、口元だけで笑って言い放つ。「そんなに暇じゃないわ。早く行って」このまま向き合っていたら、もう耐えられない。「……ああ」裕也のすらりとした背中が書斎を出ていく。張りつめていた絵里の神経は、ようやくふっと緩んだ。深く息を吸う。原稿を書く気にもなれず、さっきのことが頭から離れないまま、梨乃に電話をかけた。「今さら私?裕也とイチャイチャしてる時間じゃないの。なに、もう使い物にならなくなった?」梨乃が遠慮なく笑い飛ばす。絵里は声を落とし、重く告げた。「梨乃……裕也の、好きな人が戻ってきたかもしれない」「は?好きな人?」梨乃の声が裏返る。絵里は先ほどの出来事と、裕也に「心の中に誰かがいる」という話を、かいつまんで説明した。「……なるほどね。そいつ、相当手強い女じゃん」梨乃は舌打ちまじりに続ける。「でもさ、恋愛って結局、信じ合う土台がないと崩れるでしょ。聞いたことも見たことも、まず本人にぶつけて確かめなよ。それで本当にクロなら、そのとき決めればいい。ていうか、五年の恋を捨てられたあんたなら、結婚だって同じでしょ」持論を並べたあと、梨乃は最後に軽く笑った。「結末がどうなろうと、あんないい男を抱けたんだから損はしてないって。ね?」その言い方に、絵里の胸を押し潰していた重さが、少しだけほどけた。苦しい。でも、理屈はわかる。ちゃんと聞かなきゃいけない。さっきの自分は、頭が真っ白で、反射的に逃げただけだった。彼が帰ったら、きちんと向き合って問いただそう。そう思ったのに、その夜、いくら待っても裕也は帰ってこなかった。翌朝、目を覚ますと、隣の寝具にまだぬくもりが残っていた。帰ってきたんだ……絵里は裕也が下にいるものと思い、急いで身支度をして階段を下りる。けれど田中に告げられた。「裕也様は、もうお出かけになりました」「こんな早く?」時計を見ると、まだ8時前だ。「何時に出たの?」「7時頃でございます」田中はにこやかに付け加える。「奥様が起き
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