春風は尽きず、愛は静かに永く
結婚から五度目の正月、藤堂瑠璃(とうどう るり)は突然と姿を消した。
安部澄人(あべ すみと)が警察署に駆け込み、失踪届を出した。対応した警察は事情聴取を終えて記録に目を通すと、顔つきを一変させ、妙な表情を浮かべる。
「奥さまが藤堂瑠璃だとおっしゃいましたね。では、あなたのお名前は?」
「僕は安部澄人です。妻のことで何か分かったんですか?」
彼は白杖をぎゅっと握りしめ、普段は冷ややかに沈んだ黒の瞳が、この時だけ不安を映して揺らいでいる。
警察は眉をひそめ、机を強く叩く。
「ふざけないでください。本当の名前を言いなさい!」
澄人は眉をわずかにひそめる。
「僕は確かに、安部澄人です」
背後で金髪の若者たちがどっと嘲笑を噴き出す。
「この目の見えないやつ、似てるからって本人のふりなんかできると思ってんのかよ。
この港町じゃ誰だって知ってるんだよ。藤堂瑠璃は、安部澄人との子どもができた祝いに、彼に二千億円のヨットを贈ったんだ。安部澄人はSNSに連日投稿していて、何日間もトレンドに上がってたじゃねえか。
それでお前が安部澄人だって?なら次は、自分が御曹司だって言ってみろよ!」