かつて秘めた恋心
「今回の政略結婚は、私が行きます」
沢城絵理奈(さわしろえりな)がそう告げると、会議室に息を呑む音が響いた。
「ふざけるな!」
父親が真っ先にテーブルを叩いた。
沢城家には四人姉妹がおり、絵理奈は末っ子で、家族全員から最も愛されて育った。
幼い頃から欲しいものは何でも手に入れ、役員会の頭の固い年寄りたちでさえ、彼女には甘かった。
「今回の縁談は地獄へ身を投げるようなことだ。お前をそんな場所に追いやるわけにはいかん!速水のところの若いのとさっさと、そうだな、数日中にでも婚約を……」
「お父様」
絵理奈は父の言葉を遮った。
「和己が今日ここに来なかった。それが答えよ。彼に私と結婚する気がないのなら、待つ必要はありません」
父親の顔色が変わった。
「絵理奈くん、我々も方策は考える。だが、相手の周防家は人を食い物にするような連中だ。周防家の当主は、前の婚約者二人がどちらも精神病院送りになっているんだぞ!」