【記憶を失った悪女の、人生を立て直す為の奮闘記】 池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われていることを知る。どうせ記憶喪失になったなら、今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知ることになる――
ดูเพิ่มเติม気付けば水面が目の前に迫っていた。
そして次の瞬間――
ドボーンッ!!
激しい水音と共に私は冷たい水の中にいた。
(く、苦しい……!!)
長いドレスの裾が足に絡まって水の中で足をうまく動かせない。水を飲みこまない様に口を閉じるには限界がある。
(だ、誰か……っ!!)
その時、誰かの腕が伸びて来て私の右腕を掴んできた。そして勢いよく水の中から引き上げられ、自分の身体が地面に横たえられるのを感じた。太陽の眩しい光が目に刺さる。呼吸をするにも、ヒュ~ヒュ~と喉笛がなり、空気が少しも吸い込めない。まるで水の中で溺れているかの様だ。
「ユリア様! しっかりして下さい!」
誰かの声が遠くで聞こえた瞬間。
ドンッ!!
胸に激しい衝撃が走った途端、激しく咳き込んでしまった。
「ゴホッ! ゴホッ!」
咳と同時に大量の水が口から流れ出てきて、途端に呼吸が楽になる。
良かった……私、これで助かるかもしれない……。
「ユリア様!? 大丈夫ですか!?」
太陽を背に誰かが私に声をかけてくる。
……誰……? それに……ユリア様って……一体……?
そして私は意識を失った——
****次に目を覚ました時はベッドの上だった。フカフカのマットレスに手触りの良い寝具。黄金色に輝く天井……。え? 黄金色……?
「!!」
慌ててガバッと起き上がった拍子にパサリと長いストロベリーブロンドの髪が顔にかかる。
「え……? これが私の髪……?」
何故だろう? 非常に違和感がある。本当にこの髪は私の髪なのだろか? でも髪だけでこんなに違和感を抱くなら……。
「顔……そうよ、顔を確認しなくちゃ」
ベッドから降りて丁度足元に揃えてあった室内履きに履き替える。……シルバーの色に金糸で刺繍された薔薇模様の室内履き。どう見ても自分の趣味とは程遠い。
「鏡……鏡は無いの……?」
部屋の中を見渡すと趣味の悪い装飾に頭が痛くなってくる。赤色の壁紙には薔薇模様が描かれている。床に敷き詰められた毛足の長いカーペットは趣味の悪い紫。部屋に置かれた衣装棚は黄金色に輝いている。大きな掃き出し窓の深紅のドレープカーテンも落ち着かない。
「こんな部屋が……自分の部屋とは到底思えないわ……」
溜息をついて、右側を向いたときに、大きな姿見が壁に掛けてあることに気が付いた。
「あった! 鏡だわっ!」
急いで駆け寄り、鏡を覗いて驚いた。紫色のやや釣り目の大きな瞳。かなりの美人ではあるが、性格はきつそうに見える。
「……誰よ、これ……」
サテン生地の身体のラインを強調するかのようなナイトドレスも落ち着かない。これではまるで……。
「相当な悪女に見えるじゃないの……」
ぽつりと呟いたとき、突然扉が開かれた。部屋の中に入って来たのは年若いメイドだった。そして私と視線が合う。
良かった! この部屋に入って来たということは、私について良く知っているはずだ。「あの、少しお聞きしたいことが……」
話しかけると、途端にメイドの顔が青ざめる。そして——
「も、申し訳ございませんでしたっ!」
突然頭を下げて来たのだ。しかも何故か彼女はガタガタと小刻みに震えている。
「あ、あの……何故頭を……」
言いかけた時、メイドが大声で謝罪してきた。
「どうぞお許し下さい! まさかユリア様がお目覚めになっているとは知らず、ノックもせずに勝手にお部屋に入ってしまった無礼をどうかお許し下さい!」
メイドは涙声で訴えてくる。
え? 何故彼女はこんなにも私を見て怯えているのだろうか? いや、それよりもまずは彼女を落ち着かせなくては……これではまともに話も出来ない。
「大丈夫です。私はちっとも怒ってなどいませんから。どうか落ち着いて下さい」
「ユリア様がそのような言葉遣いをされるなんて……!」
ますます怯えさせてしまった。
「あーっ! とにかくもう! 本当に怒っていないから落ち着きなさいよ!」
少々乱暴な口調で大きな声をあげると、少しだけメイドが落ち着きを取り戻した。
「そ、それでこそ……いつものユリア様です……」
「そう、それよ」
「それ……とは一体何のことでしょう?」
首を傾げるメイドに尋ねた。
「ユリアって誰のことかしら? ついでにここは……何所なの?」
すると私の言葉にメイドは目を見開き、突然身体を翻した。
「た、大変! メイド長~!!」
「あ! ちょっと待ってよ!」
私の質問に答えず、メイドは部屋から走り去ってしまった――
今の声は先程の学生の声なのだろうか?一体誰が彼をそんなに苛つかせているのだろう? しかし、触らぬ神に祟りなし……。私はそのまま教室目指して歩いていると、今度は先程よりも強い口調で呼び止められた。「おい! 聞こえているのか! ユリア・アルフォンスッ!」名前をハッキリ呼ばれてしまった。え? 嘘! まさか呼び止められていたのが私のことだったとは……。恐る恐る振り向くと、先程の5人組が私を険しい目で睨みつけている。ただ1人、銀の髪の女性を除いては。「あ、あの……何か御用でしょうか?」何故この人達はこんなにも私を睨みつけているのだろう? 心当たりも何も記憶がなければどうしようもない。おまけに私は彼等の名前すら知らないのだ。「何? 何か御用だと……?」金の髪の青年が美しい眉をしかめた。うん……確かに彼はハンサムかも知れないが、今の私の中ではジョンの方がハンサムだと思う。「お前、昨日はテレシアに嫌がらせのつもりで学校を休んだのだろう!?」いきなりその人物は私を指差すと、訳の分からないことを言ってきた。え? テレシアって一体誰のことだろう?その時、私の目に銀の髪の女生徒が目に入った。彼女は金の髪の青年にしがみつくような格好をしている。「あの……もしかして、その人がテレシアさん……?」「な、何!?」「え!?」私の発した言葉に何故か驚く青年と女生徒。おまけに背後にいる青年3人もギョッとした顔で私を見る。「な、何だ? お前……その言葉使いは……」声を震わせる青年に私は言った。「あ、申し訳ございません。言葉遣いが悪かったでしょうか?」慌てて謝罪する。この人達に学生たちは通路を譲っていたから、もしかすると私よりも高貴な身分なのかもしれない。私は公爵家の者だから、王族なのだろう。「お前、ひょっとするとふざけているのか? 昨日お前が学園を休み、俺がお前の様子を見に行かなかったことに対するあてつけのつもりでそんな態度を取るのか? どうせ昨日の休みも命を狙われていると思い込んでいる妄想癖と、テレシアに対する嫌がらせで休んだのだろう?」青年は今にも血管が切れそうなくらい顔を赤くさせている。え? 私はこの人物にも命を狙われていると相談していたのだろうか?「ベルナルド様……」テレシアはベルナルドと呼んだ青年に擦り寄った。「うん? どうした。テレシ
学園に到着して馬車から降りると早速ジョンに尋ねた。「ねぇ、私は何年何組なのかしら?」するとジョンは溜息をつく。「何故そういう大事なことを今頃尋ねるのですか? 普通記憶が無いのでしたら前日には確認をとるものではありませんか?」確かに言われてみればそうかもしれないけれど……。「だ、だって……校舎を見れば記憶が戻るかもしれないと思ったのよ……」「ご自分の部屋を見ても、鏡でご自分の姿を確認しても何一つ思い出せなかったのに、今頃校舎を目にして記憶が戻ると思ったのですか? 甘い考えですね」きっぱり言い切られてしまった。だけど私にだって言い分がある。何もそんな言い方をしなくてもジョンの方から私のクラスを教えてくれたっていいようなものだと思った。しかし、唯一私の今の所一番? の理解者である彼の機嫌を損ねたくないので、ここはグッと我慢した。「そうよね……言われてみればその通りだったわ……それで私は何年何クラスなの?」「ユリアお嬢様は3年Cクラスです。校舎はあの大きな時計が取り付けられているのと同じ建物で3階にあります。あ、ちなみに私も同じクラスに編入することになっていますからね」「……」私はじっとジョンを見る。「何ですか?」「……今更、学生に戻るの嫌じゃない? それよりも先生になってこの学園に入って来た方が良かったのじゃないのかしら?」まさか26歳にもなって学生に戻るなんて。私だったら折角学校を卒業して社会に出られたと言うのに、もう一度高校生をやり直すなんて絶対に嫌だけど……。「生徒達に授業を教える? 冗談じゃありません。そんなことをしたらサボれないじゃないですか」「サ、サボるって……」「私は頭脳も優秀ですからね、今更誰かに教えを請うつもりも、教えるつもりも毛頭無いですから。私がこの学園に通うのはあくまでユリアお嬢様の護衛の為です」「あ……そ、そうなのね」「それでは私は職員室に行ってきますが……先程も言っていた通り、学園内では対等な口を聞かせてもらいますからね」「ええ、いいわよ」するとジョンはニヤリと不敵な笑みを浮かべった。「それじゃユリア。また後でな」そしてクルリと背を向けると、恐らく? 職員室のある方角へと行ってしまった。「そ、それにしても……何て変わり身の早さなのかしら…」呆然としていると、私のそばを大勢の学生たちが通り過ぎ
私は夢を見ていた——何故か分からないが、私にはこの世界が夢であるということを認識していた。夢の中の私は薄暗い霧が立ち込める森の中を立っていた。そして森の中へ一歩を踏み出す。そこで私の目が覚めた——****「ユリアお嬢様……今朝は随分と眠そうですね?」朝食を食べながら今朝4回目の欠伸をしていると、向かい側の席に座るジョンが声をかけてきた。「ええ……色々考えることがあって、なかなか寝付けなくてね」テーブルパンにマーマレードを塗っているとジョンが首を傾げる。「考え事ですか? 一体何を考えることがあるのです? ひょっとすると悩みでもあるのですか?」「え……?」私はその言葉に驚き、ジョンを見た。彼は美味しそうにオムレツを食べている。「ねぇ、ジョン」「何ですか?」「ひょっとして、私には悩みがないと思っているの?」「はい、勿論そう思っていますが……え? ひょっとするとユリアお嬢様は今悩みをお持ちなのですか?」言い終わるとジョンはベーコンを口に入れた。「あるに決まっているじゃないの。命は狙われているし、記憶は戻らない。家族からはどうやら嫌われているらしいし、何か夢を見た気がするのに全く覚えていない……」するとボソリとジョンが言った。「嫌われているのは家族だけでは無いのに……」「え? 何? 何か言った?」「いえ、何も言ってません」「嘘、今『嫌われているのは家族だけでは無いのに』と言ったじゃないの」「聞こえているなら問い直さないで下さいよ」「あのねぇ……」言いかけたたけれども、ジョンは視線も合わせずに食後の珈琲を飲んでいる。それを見ていると何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。「別にいいわ。私が嫌われているかどうは登校すれば分かる話だものね」わざとジョンに聞こえるように言うと、ミルクを飲み干した。そう、今私が一番頭を悩ませているのは嫌われているかどうかよりも記憶を失っていると言うことなのだから——**** ガラガラガラ……走り続ける馬車の中、私はジョンと向かい合わせに座っていた。私もジョンも高校の真っ白い制服を着ている。「ジョン、その制服姿……中々似合っているわね」するとジョンは謙遜することもなく言う。「ええ、私は何を着ても似合いますから」ジョンは馬車から窓の外を眺めつつ、返事をする。「…」確かにジョンは悔しい位にハンサ
「ちょっと! どうして私とジョンの部屋が繋がっているのよ!? それにメイドの姿に扮しなくていいの!?」部屋の壁に取り付けてある扉から私の部屋に侵入してきたジョンに抗議した。ま、まさか私に夜這いを!?するとジョンが白けた目で私を見た。「ユリアお嬢様……ひょっとして私が貴女の部屋に夜這いに来たとでも思っていませんか?」「え、ええ。そうよ……。な、何よ。もしおかしな真似をしようものなら……」「はぁ~…」すると大袈裟な位、ジョンがため息をつく。「勘弁して下さい。私にだって選ぶ権利はあるのですから」「何よ……その選ぶ権利というのは」「つまり、何があってもユリアお嬢様だけは夜這い対象にはなり得ないと言うことです。第一頼まれたとしてもお断りですよ」ジョンは小声で言ったのだろうが、生憎私の耳にはばっちり彼の言葉がきこえていた。……少しだけ女としての自分を馬鹿にされたような気になってくる。「それなら、一体どういうつもりで私の隣の部屋に貴方がいるの? それに何故ノックも無しに勝手も私の部屋に入って来るのよ?」「簡単なことです。今日でユリアお嬢様が命を狙われている事がはっきりしたので、何かあった時にすぐに駆けつけられるように公爵様にお願いして、ユリアお嬢様の隣のお部屋で暮らすことにしたからです。ノックをしないのは単にそのような習慣が私に無かったからです。しかし、確かに仮にユリアお嬢様の着替えの場に入ってしまった場合は余計な物を見させられてしまう可能性があるので今後はノックをすることに致します」ジョンの言葉に苛立ちを感じる私。「ええ、そうね。お互い嫌な思いをしなくてすむように、今後はノックをしてちょうだいね?」「ええ。全くその通りです。それでユリアお嬢様のお部屋に伺ったのは明日のことについて大切なお話があったからです」「大切な話……?」「はい、そうです。明日から私とユリアお嬢様は一緒に登校することになりますが、私達は遠縁の親戚という設定でいきますので、屋敷内と学校内では口調を変えることをご了承願います」「何? 大切な話ってそんなことだったの? 別に全然こちらは構わないわよ。ところで、学校へ行くと言う話だけどジョンも私と同じ18歳だったの?」「いえ、26歳ですけど?」「え? 26歳……?」「はい、そうです」「え……ええ~っ!? あ、貴方……26歳
翌日は学校を休んでしまった。理由は前日池に落ちてしまったこと、、護衛騎士のジョンの入学手続きを済ませなければならなかったからだ。「ユリアお嬢様。先程私の入学手続きが済んだそうですよ」昼食後、自分の記憶を失った手掛かりを探す為に自室の本棚を漁っていた私の元へ、1枚の書類を手にしたジョンがフラリと現れた。「……相変わらずノックもしないで貴方は部屋に現れるのね。私が着替えでもしていたらどうするのよ」ため息を付きながら、手にしていた本を棚にしまった。「だったら、ユリアお嬢様も少しは警戒心を持ったらいかがですか? 一応貴女は命を狙われているのですよね?ま ぁ、昨日の池ボチャが演技でない限り……」「ちょっと酷いじゃない。あんなドレス姿で池にわざと落ちるはずないでしょう? 貴方がいなければとっくに溺れていたわよ。……そう言えばあの時、どうして貴方があの場に現れたの?」するとジョンはため息をついた。「やれやれ……そこから説明が必要だったとは……。いいですか? 私は今迄メイドに扮してユリアお嬢様のお世話係として護衛していました。昨日は天気がいいので外のテラスで紅茶が飲みたいとおっしゃる我儘なユリアお嬢様の願いを聞き入れ、お茶の準備をして戻ってみれば、お様がフラフラと庭の池に向かって歩いていく後ろ姿を見かけたのです。一体何をしに行くのかと見守っていると、いきなり池に飛び込まれたのですよ。そこで私が慌てて駆けつけた次第なのです」「そうだったの。ところで、私がお茶を飲む前、何か異変は無かった?」「いいえ、特には」「そうなの? だって一ヶ月も私の側で護衛をしていたなら、どこかいつもと違う様子が分かったりするものじゃないの?」だって仮にも私の護衛騎士であるのに。「あいにく、人の心の機微には疎いもので。まぁ……単にユリアお嬢様は私にとって、護衛の対象であるだけで、人間的に一切興味を持つべき対象ではありませんからね」「そ、そう……」どうもこのジョンと言う護衛騎士、顔は恐ろしいほどいいのに性格がかなり歪んでいるように思える。「ねぇ、ジョン」「何でしょう?」「貴方……友達いないでしょう?」「そうですね。でも必要ありませんから」「そう、友達がいないなんて可愛そうね」するとジョンが奇妙な顔つきになる。「何よ?」「いえ……よく、その様な台詞を言えるなと思
—―カチャ……「!!」自室の扉を開け、思わず悲鳴をあげそうになった。何故なら私の部屋でソファの上で寝転がって本を開いているジョンの姿があったからである。「お帰りなさい、ユリアお嬢様」彼はムクリと起き上がった。「な、何故ここにいるの? 驚くじゃないのよ」抗議の意を込めて頬を膨らませると、ジョンはクックと肩を震わせて笑った。「本当に見れば見る程、別人としか思えませんね。以前の貴女ならそんな可愛らしい行動は取りませんでしたよ? それで実の父親と対面してどうでしたか? 何か思い出せましたか?」「いいえ、何も思い出せなかったわ。それどころか、本当に私の父親なのかと疑いたくなってしまったわ。何しろすごく冷たい人だったのよ? 私が記憶喪失のふりをして関心を引こうとしていると考えていたのよ。それに虚言を吐いて、自分達を困らせるなと釘を刺されてしまったし。私って父親にも嫌われていたのね……」思わずため息をついて、チラリとジョンを見ると彼はまた本に目を落としている。「ねぇ……さっきから何してるの?」「ええ。これはユリアお嬢様のライティングデスクの上に置かれていた日記帳のようでしたよ」「ふ~ん……日記帳……ええっ!? に、日記帳!? やめてよ! 何故勝手に人の日記帳を盗み見るのよ!」すると彼はサラリと言った。「別にいいじゃないですか。ユリアお嬢様は記憶喪失なのですから。日記帳を私に読まれても何とも思わないでしょう?」「それはそうだけど……って違うでしょう! とにかく日記を返してよ!」「別にいいですけどね……たった1行しか書かれていない日記帳なのですから」ジョンの言葉に耳を疑う。「え……? 嘘でしょう?」「嘘なんてついてどうするのです? 本当に1行しか書かれていませんよ。どうぞご自分の目で確かめて下さい」ジョンが私に日記帳を手渡してきた。「そんな、一行だけなんて……」パラリと最初のページをめくってみると、そこには1行だけ書かれていた。『9月9日 残り、後1日』「……」何、この内容……。続きは無いのだろうか? 他のページも試しにパラパラとめくってみる。しかし、やはりどこにも何も書かれていなかった。「ねぇ……今日は何月何日なのかしら……」「そんなことも分らないのですか? 今日は9月10日ですよ?」何処か小馬鹿にしたような言い方をするジョ
18時半―― 美しいシャンデリアに照らされた 広々としたダイニングルーム。テーブルの上には豪華な食事がズラリと並べられていた。私の向かい側に座っているのはこの屋敷の当主であり、父でもあるフィブリゾ・アルフォンス公爵が食事をしている。父の瞳の色は私と同じ紫色だった。それにしても……流石は公爵。見事なテーブルマナーである。「…」私は食事をしながら公爵をじっと見つめていた。……本当にこの人は私の父なのだろうか? 自分の父を見れば記憶が蘇るだろうと思ったが、あいにくそんなことは全く無かった。それどころか、父親とも思えない。こうして面と向かい合わせに座っていても違和感しか感じない。すると、私の視線に気付いたのか、父は顔を合わせることもなく尋ねてきた。「池に落ちて溺れかけて、さらには記憶を失ったそうだな」「!」あまりにもそっけない物言いに、思わず食事をする手が止まる。何て無関心な物言いをする人なのだろう? 父は私の行動を気にすることもな聞く話を続ける。「それでどうなのだ? 少しは記憶が戻ったのか?」「い、いえ……」すると父はため息をついた。「全く……命を狙われているから護衛騎士を雇ってくれと言われて雇ってみれば、自分から池に飛び込んで今度は記憶喪失になったとは……」そして私をジロリと見る。「そんなに私の関心を引きたいのか?」「え?」一体何を……?「お前には十分な金を与え、何でも好きにさせてきた。王子の婚約者になりたいと訴えるから、王家に恩を売ってお前を王子の婚約者にもさせてやった。だが、私に出来るのはそこまでだ。王子に嫌われているのはお前自身に問題があるからだろう? いくら人々の気を引きたいからと言って、命を狙われているだとか、記憶喪失になった等と虚言を吐いて周囲を困らせるのはやめるんだ。そんなことをしても誰もお前に関心を持たないぞ。逆に疎まれたりするだけだ。これ以上妙な行動を取って、この家の名を汚すのはやめるんだ。私やお前の兄たちに迷惑をかけるのはやめろ。亡くなったお前の母はそれは気立ての良い女性だった。何故お前はその様に振る舞えないのだ?」「……」父であるはずの公爵の話を私は半分呆れた様子で聞いていた。ユリアとして生きていた記憶は全く無いが、一つ分かったことがある。記憶を失う前の私は父親と、まだ会ったこともない兄達から嫌われている
それなりにまともなドレスに着替え、私と彼は人払いを済ませた落ち着かない自室へと戻っていた。彼は今私の向かい側のソファに座っている。「……それにしても酷い部屋ですね。赤と紫で統一された部屋ほど人の神経をいら立たせるものは無いと思いますよ」「ええ。私もそう思うわ……。とてもじゃないけど、こんな部屋受け入れられないわ。だけど本当に記憶を失う前の私はこの部屋を気に入っていたのかしら?」「……」すると、またしても彼は何か言いたげな目で私を見つめている。「何? どうかしたの?」「いえ、驚いているのです。本当に池に落ちる前と落ちた後の貴女は同一人物なのかと疑ってしまいます。少なくとも以前までのユリア様はこの部屋を満足して使っていたと思いますよ?」「やっぱり貴方もそう思うのね。私も違和感を抱いてしょうがないのよ。さっき、衣装部屋で私に言ったわよね? この世に魔法が存在するのは常識だって。そのことがまず信じられないのよ」「魔法がある世界が……ですか?」「ええ、そうよ。大体、魔法が存在するなんて……まるで物語の中の話だわ」でも……もし魔法がある世界なら私も魔法が使えるに違いない。どんな魔法が使えるか分からないけど……。思わず笑みを浮かべた時。「言っておきますが……ユリアお嬢様」「何?」「水を差すようですが、ユリアお嬢様は魔法はこれっぽっちも使うことが出来ませんよ?」「え!? 嘘! これっぽっちも……?」「ええ、これっぽっちもです」「そ、そんな……箒にまたがって空を飛んだり、魔法の杖を振って食べ物を出したりすることも出来ないのね……」思わずため息をつく。「何ですか……? 箒にまたがって空を飛ぶとか、魔法の杖だとか。聞いたこともありませんね」彼は冷めきった目で私を見ている。「え? こんな有名な話、貴方は知らないの?」「有名どころか、聞いたことすらない話ばかりです」「だって、誰でも知ってる話じゃ……」そこまで言いかけて私は口を閉ざした。え? ちょっと待って……。私はどこでこんなファンタジーな話を知ったのだろう? 自分のことに関しての記憶が全く無いはずなのに……。思わず考え込んで頭を抑えると彼が話しを始めた。「それでどうするのですか? 先程ユリアお嬢様は公爵様にご挨拶に行かなければと仰っていましたよね。公爵様は今仕事中で執務室におられ
背が高く、青い髪に恐ろしいほど整った顔立ちの青年は、マント姿で意味深に私を見て笑っている。そして肝心のベスの姿が見えない。「だ、誰よ……貴方」言いかけた時、先程のベスの言葉が蘇った。『何度も実の娘が命の危険にさらされたのに』ま、まさかこの男はこ、殺し屋……!?「何ですか? その目は。まさか私のことを人殺しとでも思っているわけじゃないですよね?」男は私の考えを見透かしたかのように言うが、意外と紳士的な言葉遣いをする青年に少しだけ緊張感が緩む。「そ、そうでしょう!? 私を殺しに来たついでにベスを先に殺ったんでしょう!? こ、この……人殺しの殺人鬼!」「ユリアお嬢様……まさか本気で言ってるのですか? でもその様子だとやはり記憶喪失になったという話は事実のようですね。初めは気が狂った演技をしているかと思いましたが、とても演技しているように見えませんから」「だから初めからそう言ってるでしょう? 私は嘘なんかついていなってば! 記憶喪失になったのよ!信じなさいよ!」恐怖を押し殺す為、わざと声を張り上げる。すると青年は眉をひそめた。「記憶喪失と言うよりは、もはや別人格になったみたいですね。私の知るお嬢様は我儘で悪女でしたが、気品がありました。今のお嬢様は単にガサツで単に乱暴な女にしかみえません」この男……物腰や話し方は穏やかだが、非常に失礼なことを言ってくる。「いいですか? 何もかも忘れているようなので私が教えて差し上げますが、貴女は自分が命を狙われているからと言って、フィブリゾ・アルフォンス公爵……貴女のお父様に泣きつき、私が一月ほど前から護衛として雇われているのですよ?」「え……? そ、そうだったの? 知らなかった……と言うか、まるきり覚えていないけど。それじゃ待って! 池で溺れた私を助けてくれたのは貴方だったの!?」「ああ……それは覚えておいでだったのですね? 驚きましたよ。勝手に1人で池に落ちたのですから。初めは死ぬ気だったのかと思いましたが、考えてみればユリアお嬢様は命を狙われていたのですよね。ひょっとすると何者かに暗示を掛けられたのかもしれませんね。貴方の命を助けるのは今回が初めてですが過去にも命を狙われていたのですよね……と言っても今の貴女は何も覚えていないでしょうから聞くだけ無駄でしたね。申し訳ございませんでした」丁寧なのに、ど
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