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第9話:料理人見習いと、禁断のレシピ

作者: fuu
last update 最終更新日: 2025-07-08 12:00:50

「パンもうまい。シチューもうまい。だが……。」

ユスティアが真剣な表情でスプーンを置く。

「これは料理国家として、壁にぶち当たっている……!」

「うち、料理国家だったの!?」

カイラムのツッコミもそこそこに、会議室には“国家的グルメ問題”が持ち上がっていた。

「実は最近、料理に新しい風を吹き込もうと思って、各地から料理見習いを募集したのよ。」

エリシアがにこにこしながら言う。

「で、その中でも特に目立ってた子がいてね――今日から厨房に配属よ!」

扉が開き、現れたのは金茶の髪を後ろで束ねた少年。

鋭い目元と、生真面目そうな雰囲気が目を引く。

「はじめまして。料理人見習いのクレイン=フォルティアです。失礼がないよう努力しますので、よろしくお願いします!」

「かたっ!真面目!!」

「性格も包丁並みに鋭そうだな……。」

エリシアが近づき、にやっと笑う。

「ねぇねぇ、クレイン君、得意料理ってなに?」

「……“失敗しない料理”です。」

「え、哲学?」

◆◆◆

厨房にて。

「料理は、科学です。すべて計量し、再現性のある手順で――。」

「なにそれ、うちの国家に一番向いてないタイプの子!?」

と、騒ぎながらもエリシアは密かに彼の実力を見ていた。

確かにクレインの料理は――美しかった。

寸分の狂いもない切り方、均等な火入れ、見事な盛り付け。

だが、ひと口食べると……

「……うまい、けど……」

「うちの“パンの涙”と比べると、なにかが足りないな。」

「パンに涙とか名前つけるのやめて?」

ミィルも試食しながら首をかしげる。

「味は正確、技術も完璧……なのに、心に残らない。」

「まるで、感情が入っていない料理……?」

そのとき、ネフィラが一冊の古びた本を持って現れた。

「面白いもの、見つけたわ。“魔王の食卓”って書かれたレシピ集。たぶん魔王領時代の貴族が書き残したもの。」

「え、それヤバいやつじゃない?」

「うん、だって一番最初のレシピが“魔力反応により味が変わる爆発する煮込み”だもの。」

「バトル飯かよ!」

だが、クレインはその本を手に取った。

「……これ、少しだけ貸していただけませんか?」

その眼差しは、どこか熱を帯びていた。

「“感情を乗せた料理”――試してみたいと思います。」

その夜、厨房に一人残り、古いレシピに向き合うクレインの姿があった。

本の隅には、かつて魔王が口にした“ある禁断の味”について書かれていた。

「“感情を伝える料理は、魔力すら凌駕する”――これが、真実なら……。」

鍋が煮える音だけが響く静かな夜。

だが翌朝、厨房からは爆音と共に――謎の“甘い香り”が漂い始めた。

「クレイン君!?生きてる!?」

「……成功、です……多分……。」

床には倒れかけたクレイン、鍋には――黄金色に輝く謎のスープ。

「……あれ、ちょっと泣ける味する……。」

「この料理……記憶が揺さぶられる……。」

そう呟いたユスティアの言葉に、全員が静まり返った。

「まさか……“禁断のレシピ”は、“記憶を引き出す料理”……!?」

だが、その瞬間――厨房の窓が破られ、一枚の矢文が突き刺さる。

『そのレシピを渡せ。さもなくば国家ごと、記憶を失わせる』

エリシアはにやりと笑った。

「……こりゃまた、面白くなってきたわね。」

◆◆◆

「国家ごと、記憶を失わせる……って、すごい脅し文句ね。」

矢文を読み上げながら、エリシアはぽつりと呟いた。

「つまりこの“涙のスープ”には、本当に記憶に作用する力があるってことか。」

ミィルが真顔でスプーンを手に取る。

「……確かに、食べた時に“知らない誰かの景色”が浮かんだ。これは記憶の共鳴だ。」

「記憶が、料理を通じて共有される……? そんなの、本当に……。」

クレインは呆然と鍋を見つめていた。

「俺、何も考えずにただ“感情を込めて作ってみた”だけなのに……!」

「だからこそ、なのかもね。」

ネフィラが言った。

「感情が強く染み込んだレシピ、それが“魔王の食卓”。そして、魔王とは“記憶と感情を支配する者”でもあった。」

「つまり、あのレシピは“魔王の魂”そのもの……?」

「うちの国家、いま何のジャンルになってるの……?」

カイラムがこめかみを押さえるが、その時、外から警報が鳴り響いた。

「報告!外壁に集団接近!武装民らしき30名!頭に“記憶抹消の印”あり!」

「……うわー、早速来ちゃったわね。」

エリシアは即座に指示を飛ばす。

「みんな、スプーン持って防衛線へ!」

「武器それでいいの!?」「うん、うちの国家的に正しい装備よ!」

城門前。

記憶抹消の印を額に刻んだ者たちが整然と並ぶ。その中心に立つのは――白い仮面の少女。

「……“レシピを返して”。あれは“食べるべきではない”もの。」

「食べたけど……美味しかったわよ?」

エリシアが前に出る。

「あなたたちは何者?」

「“空白の会”。記憶の混濁と感情の暴走を防ぐため、歴史を整理し、危険な記録を封じる集団。」

「整理って、消してるだけでしょ?」

「……必要なこと。」

だがその時、クレインが一歩前に出た。

「――だったら、俺が証明します。“記憶を呼ぶ料理”が、人を傷つけるものじゃないって。」

彼は鍋を持ち、スプーンを差し出す。

「どうか、食べてください。“涙のスープ”を。」

少女は警戒しつつも、一口――そして、固まった。

「……これは……わたしが……。」

一滴、涙が頬を伝った。

「“母の味”……忘れたくなかったのに……!」

彼女の仮面が、すとんと落ちる。

◆◆◆

戦いは起きなかった。

代わりに、ひとつの鍋を囲む“食卓”が生まれた。

「……あたたかいわね、この味。」

「俺、はじめて“料理で人を泣かせた”……けど、悪くなかった……。」

クレインが小さく笑った。

「うん、国家的に合格よ!」

「“国家的に合格”って何基準なの……?」

「逆ハーレム国家基準!」

「やっぱりダメだこの国!!」

爆笑が沸く中、“空白の会”の一部は記憶と感情を取り戻し、グランフォードに滞在を希望した。

「……じゃあ彼らは“味覚隊”に配属して、記憶系スイーツを開発してもらおうかしら。」

「なんか新しい研究部門が爆誕した……。」

◆◆◆

その夜。

クレインは厨房に残り、スープのレシピにそっと書き加えた。

「感情を、記憶を、つなぐ味――“涙のスープ Ver.0.2”。まだまだ改良の余地あり。」

ユスティアが静かに呟く。

「お前の料理、危険だけど……人の心を救うな。」

「うちの国らしいでしょ?」

エリシアが笑った。

こうして、“料理と記憶”をめぐる小さな戦いは、食卓の勝利に終わった。

だが――“空白の会”の本体はまだ沈黙を保っていた。

そして、次なる動きは、“記録すら残らない存在”との邂逅となる。

——〈次話〉“記されぬ民と、語られぬ王”

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