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66回プロポーズした彼、義妹と子作り中

66回プロポーズした彼、義妹と子作り中

By:  青拾いCompleted
Language: Japanese
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恋人のサイモン・ヘップワースが66回目のプロポーズをしてきたとき、私はついに彼の執念に心を動かされ、承諾した。 だが、結婚式の前夜になって、彼は突然こう言い出した。 「義妹のフィオナと子どもを作りたい」と。 あまりにも馬鹿げた話に私は激しく言い争った。 そして迎えた式当日。私はブーケを抱えて三時間待っても、彼は現れなかった。 届いたのは「式は延期する」という一言だけ。 理由は、フィオナと今日、体外受精をする約束をしていたから。 「フィオナは父親に虐待されて育った。だから一生、男と結婚できない。せめて子どもを持つ夢だけは叶えてあげたいんだ。 ただの体外受精だ。セックスしたわけじゃないんだ、そんなに嫉妬するなよ」 電話は一方的に切られ、私は結婚式場でひとり、招待客とマスコミの視線を浴びながら立ち尽くした。 そのショックで父は倒れ、ICUに運ばれる。 病室で私は父の手を握り、泣きながら誓った。 「お父様の言う通りよ。もうサイモンとは結婚しないわ。来週、必ず家に戻って家業を継ぐ」

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Chapter 1

第1話

恋人のサイモン・ヘップワースが66回目のプロポーズをしてきたとき、私はついに彼の執念に心を動かされ、承諾した。

だが、結婚式の前夜になって、彼は突然こう言い出した。

「義妹のフィオナと子どもを作りたい」と。

妹と子どもを作る?頭がおかしいの?

私は即座に拒絶し、激しく言い争った。

そして迎えた式当日。私はブーケを抱えて三時間待っても、彼は現れなかった。

招待客の中からは苛立った声が上がる。

「いつまで待たせるつもりだ?」

私は焦りながら18回目の電話をかけた。

ようやくつながったと思ったら、開口一番、彼の怒鳴り声が飛んできた。

「今日、フィオナと病院で体外受精する予定だって言ったろ?なんでそんなに騒ぐんだ?」

私はウェディングドレスの裾を握りしめ、叫ぶ。

「どうして今日なの?私との結婚式より大事なの?」

一瞬の沈黙のあと、彼はため息まじりに言った。

「悪い、アイビー。けどフィオナは父親に虐待されて育った。だから一生、男と結婚できない。せめて子どもを持つ夢だけは叶えてあげたいんだ。

ただの体外受精だ。セックスしたわけじゃないんだ、そんなに嫉妬するなよ。

式は次にちゃんと埋め合わせるから。もう病院に着いた。じゃあな」

ぷつりと通話が切れた。

私は呆然と、ステージ下に広がる無数の視線とレンズを見つめた。

この結婚式はもともと話題性抜群で、サイモンが事前に大々的に宣伝したせいで、各メディアが生中継までしていた。

いま、みんなが結果を待っている。私は唇を噛みしめ、マイクを手に取った。

「申し訳ありません。新郎は来ません。本日の式は中止です」

その一言が雷のように会場を震わせた。

「は?遠くからわざわざ来たのに?冗談じゃない!」

「新婦が何かやらかしたんじゃないの?あのヘップワース家の坊ちゃんに振られたとか?」

「新郎が66回もプロポーズしたって有名だったのに、来ないなんて、新婦側に問題があるに決まってる!」

噂は瞬く間に広がり、SNSでは罵声が飛び交った。

私は何もできず、ただその矛先を受け止めるしかなかった。

そのとき――

「誰か倒れたぞ!」という叫び声が響いた。

倒れていたのは、心臓病を患う父だった。私は血の気が引き、駆け寄った。

サイレンの音と怒号に包まれながら、私の人生初の結婚式は、こうして幕を閉じた。

父はICUでなんとか一命を取りとめた。

病室で、私は父の手を握りしめ、涙をこぼす。

スマホが震え、画面を見るとフィオナからのメッセージ。

添付されたのは妊娠検査の結果。

【アイビーさん、やったわ。サイモンの子を授かったの!】

続けて、サイモンからもメッセージが届く。

【悪い、アイビー。式を延期するって伝えるの忘れてた。落ち込むなよ。次の式でちゃんと埋め合わせるから】

忘れてた、だと?

あの屈辱も、侮辱も、全部ただの「うっかり」で済むの?

もう二度と、次なんてない。

私は携帯を閉じ、涙を拭い、父を見つめた。

「お父様の言う通りよ。もうサイモンとは結婚しないわ。来週、必ず家に戻って家業を継ぐ」

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第1話
恋人のサイモン・ヘップワースが66回目のプロポーズをしてきたとき、私はついに彼の執念に心を動かされ、承諾した。だが、結婚式の前夜になって、彼は突然こう言い出した。「義妹のフィオナと子どもを作りたい」と。妹と子どもを作る?頭がおかしいの?私は即座に拒絶し、激しく言い争った。そして迎えた式当日。私はブーケを抱えて三時間待っても、彼は現れなかった。招待客の中からは苛立った声が上がる。「いつまで待たせるつもりだ?」私は焦りながら18回目の電話をかけた。ようやくつながったと思ったら、開口一番、彼の怒鳴り声が飛んできた。「今日、フィオナと病院で体外受精する予定だって言ったろ?なんでそんなに騒ぐんだ?」私はウェディングドレスの裾を握りしめ、叫ぶ。「どうして今日なの?私との結婚式より大事なの?」一瞬の沈黙のあと、彼はため息まじりに言った。「悪い、アイビー。けどフィオナは父親に虐待されて育った。だから一生、男と結婚できない。せめて子どもを持つ夢だけは叶えてあげたいんだ。ただの体外受精だ。セックスしたわけじゃないんだ、そんなに嫉妬するなよ。式は次にちゃんと埋め合わせるから。もう病院に着いた。じゃあな」ぷつりと通話が切れた。私は呆然と、ステージ下に広がる無数の視線とレンズを見つめた。この結婚式はもともと話題性抜群で、サイモンが事前に大々的に宣伝したせいで、各メディアが生中継までしていた。いま、みんなが結果を待っている。私は唇を噛みしめ、マイクを手に取った。「申し訳ありません。新郎は来ません。本日の式は中止です」その一言が雷のように会場を震わせた。「は?遠くからわざわざ来たのに?冗談じゃない!」「新婦が何かやらかしたんじゃないの?あのヘップワース家の坊ちゃんに振られたとか?」「新郎が66回もプロポーズしたって有名だったのに、来ないなんて、新婦側に問題があるに決まってる!」噂は瞬く間に広がり、SNSでは罵声が飛び交った。私は何もできず、ただその矛先を受け止めるしかなかった。そのとき――「誰か倒れたぞ!」という叫び声が響いた。倒れていたのは、心臓病を患う父だった。私は血の気が引き、駆け寄った。サイレンの音と怒号に包まれながら、私の人生初の結婚式は、こうして幕を閉じた。
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第2話
父が命の危険を脱したのを確認してから、私はサイモンの別荘へ戻り、荷物をまとめて出ていく準備をした。サイモンと出会ったのは学生時代で、付き合ってからもう十年になる。その十年間、彼は何度も私にプロポーズし、私はそのたびに断ってきた。学生のころは学業を優先したいから。社会人になってからは仕事が忙しくて。理由はいつもそれだった。彼は私が家柄を気にしていると思い込み、「必ず成功して、お前を幸せにしてみせる」と言い残して、必死に働き始めた。その姿に心を打たれた私は、彼と一緒に会社を立ち上げた。そして彼は一歩ずつ上り詰め、今では上場企業の社長になった。66回目のプロポーズ。私はついに彼の真っ直ぐな想いに折れ、結婚を受け入れた。まさか結婚式の前夜に、義妹のフィオナと子どもを作りたいなどと言い出すとは思いもしなかった。理解できるはずがなかった。フィオナはサイモンが成人してからヘップワース家の養子として迎えられた子で、血のつながりはない。それなのに、二人の距離はあまりにも近かった。最初のうちは、本当に兄妹のような関係だと信じていた。けれど、彼女は私とサイモンがデートしているとき、必ずといっていいほど突然現れ、私たちの時間を壊した。去年の誕生日。私はサイモンとディナーの約束をしていた。けれどレストランで偶然フィオナに会い、彼女が急にお腹が痛いと叫んだ。サイモンはすぐに彼女を抱き上げ、私を残して店を出ていった。料理が冷め、ケーキが溶けても、彼は戻らなかった。私はフィオナの病状が深刻だと思い込んでいた。だが後で聞けば、ただの生理痛だったという。サイモンは謝罪し、新しい誕生日パーティーを用意してくれた。そのときの私は、まだ彼を信じていた。誕生日の夜、彼が私を置いてフィオナのそばにいたとしても、責めようとは思わなかった。今になってようやく気づいた。あれは兄妹なんかじゃなかった。自分の「兄」と子どもを作ろうとする妹なんて、どこにいる?そう思うと、思わず苦笑が漏れた。私はサイモンとのツーショット写真をすべてゴミ箱に投げ込み、十年間、彼からもらったプレゼントや思い出の品もまとめて捨てた。そのとき、下の階でドアの開く音がした。部屋を出ると、サイモンがフィオナを連れて帰ってきていた。私を見る
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第3話
フィオナの妊娠を祝うために、サイモンはわざわざパーティーを企画した。断ることもできず、私は出席するしかなかった。まさか、その会場が街で一番豪華なホテル――つまり、私たちの結婚式が行われるはずだった場所だなんて思わなかった。しかも、サイモンの入念な準備のおかげで、宴はあの結婚式よりもさらに盛大だった。会場に足を踏み入れた瞬間、あの日の記憶――捨てられ、嘲笑され、晒し者にされた屈辱が再び胸に込み上げてくる。吐き気を覚え、全身が震えた。私は感情を押し殺し、会場の隅に座り込む。サイモンはフィオナを連れて、笑顔で来賓と乾杯を交わし、ついにはオーケストラの演奏に合わせて優雅に踊り出した。まるで本当の夫婦みたいに、幸せそうに。私は視線を逸らし、彼らを見ないようにして、手元のグラスを見つめた。そのとき、酒臭い息を漂わせた男たちが数人、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。「おいおい、お嬢さん、ひとりで飲んでんのか?」「おや?こいつ、ニュースに出てたサイモンの婚約者じゃねぇか?」「旦那に捨てられたんなら、俺たちと遊ぼうぜ?」下卑た笑いを浮かべながら、彼らはどんどん距離を詰めてくる。ひとりが私の腰に手を伸ばした瞬間、恐怖と反射で、私は全力でその男を突き飛ばした。そして、何も考えずに逃げ出す。だが、前を見ずに走ったせいで、フィオナにぶつかってしまった。彼女は甲高い悲鳴を上げ、バランスを崩して後ろへ倒れる。手にしていたワインがドレスにかかり、グラスが床で砕け散った。ざわめいていた会場の空気が一瞬で凍りつく。周囲の視線が私たちに集まった。めまいがする中、誰かに強く押されたのを感じた。私は床に倒れ、手のひらに鋭い痛みが走る。砕けたグラスの破片が、皮膚を切り裂いていた。顔を上げると、私を突き飛ばしたのはサイモンだった。「お前、何してんだ!危ねぇだろ!フィオナは妊娠してんだぞ!いい加減にしろよ。もし腹の子に何かあったらどうするつもりだ!」彼は怒りながら私を非難し、その後地面にいたフィオナを抱き上げ、急いで立ち去った。周囲の客たちはひそひそと囁き始める。「この人、結婚式で置いてかれた女でしょ?てっきり被害者かと思ったけど、意外と性格悪いのね」「そんなに執着しても無駄よ。さっさと諦めて、サイモンを
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第4話
私はホテルのトイレに駆け込み、誰もいない場所で少しでも息を整えようとしていた。だが、トイレの奥から聞こえてきたのは、信じられないほど甘く湿った音だった。顔を上げると――そこにいたのはサイモンとフィオナ。サイモンがフィオナを洗面台に押しつけ、激しく口づけを交わしていた。唇が離れたころには、二人とも頬を真っ赤にし、息を荒げていた。低く掠れたサイモンの声が響く。「ベイビー、無事でよかった……本気で心臓止まるかと思った」「私は大丈夫よ、サイモン。あの日、無理にライブへ行こうなんて言った私が悪かったの。あなたが結婚式に遅れたのも、そのせいでアイビーさんを怒らせちゃったのも……」「だからって、お前を突き飛ばすなんてありえねぇだろ。お前、もう妊娠二か月なんだぞ」頭の中で何かが弾けた。――フィオナはとっくに妊娠していたってこと?じゃあ、あの日の「体外受精」って話は全部嘘だったの?サイモンは再びフィオナの唇を塞ぐ。彼女は抵抗するふりをしながら、両手でサイモンの胸を押した。「私たちはもう……こんな関係なのに、どうして婚約を解消してくれないの?」サイモンは一瞬黙り込み、しばらくして再び彼女の唇にキスをした。「その話はしないって約束だろ。俺はアイビーと結婚する運命なんだ。でも、結婚しても……俺はお前と子どもを大事にする。約束するよ」その言葉を聞いたフィオナは、たちまち満足げに微笑む。直後、トイレには水音と熱い吐息が重なって響き始めた。私は震えながらこっそりとスマホで全てを録画し、その後振り返らずに去った。――義妹というのも嘘。男が怖いというのも嘘。体外受精も、全部嘘。サイモンは最初から私を騙していた。彼はフィオナと裏で関係を持ちながら、なお私を手元に置こうとしていたのだ。ガラス片で裂けた手のひらから血が滲み、痛みが心臓の奥まで伝わってくる。夜はすでに更けていた。私は逃げるようにホテルの裏口を出て、一人で暗い道を歩いた。――だが、前方に数人の影が立ちはだかった。顔を上げると、それはさっき私に絡んできた男たちだった。思わず後ずさるが、背後の道もすでに塞がれていた。「てめぇのせいで追い出されたんだ。今さら逃げられると思うなよ」男たちは笑いながら私の腕と脚をつかむ。
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第5話
数人のボディーガードが駆け寄り、男たちを次々と取り押さえた。誰かが私を地面から抱き起こし、そっと上着をかけてくれる。暗闇の中で、しばらくしてようやく顔が見えた。――父が最も信頼する秘書、ランバートだった。「お嬢様、ご無事で?」泣きながら首を横に振る。みっともなくて、惨めだった。ランバートは冷たい目で地面にひざまずく男たちを見下ろした。「モーリス家のお嬢様に手を出すとは、命が惜しくないらしいな。全員屋敷に連れて行け。自分のやったことの結末を思い知らせてやれ」その言葉を聞いた途端、男たちは青ざめて地面に頭を擦りつける。「やめてくれ!命だけは!金で頼まれただけなんだ!」「誰に頼まれた?」「ヘップワース家の……お嬢様だ!」無意識に拳を握りしめていた。またフィオナ。どうして彼女は、そこまでして私を傷つけたいの?ランバートは眉をひそめ、部下に小声で何かを告げる。ボディーガードの一人がうなずいて立ち去った。「言い訳をしたところで、罰は逃れられん。全員連れて行け。旦那様の判断に任せる」哀れな悲鳴と懇願の声を背に、ランバートは私を別の車へと乗せた。車内では、すでに主治医が待機していた。丁寧に手当てをしてくれるが、掌のガラス片を一つずつ抜かれるたびに息が止まりそうになる。「お嬢様、この後はどちらへ?」目を閉じ、息を整える。「ヘップワース家の別荘へ」ランバートの手がハンドルの上で一瞬止まった。「こんなことがあった後で……本当に戻るつもりですか?」「いいえ」首を横に振る。視線には、もう迷いはなかった。「荷物を取るだけ。今夜中に出て行くわ」別荘に戻り、私は最後にこの数年間を過ごした家を見渡した。サイモンと共に、狭いアパートからここまで築き上げた日々。まさか、この長い感情が終わりが来るなんて思ってもみなかった。部屋の荷物をすべて片づけ、ベッドの上に一通の書状だけを残す。それは婚約解消の通知書だった。キャリーケースを引き、夜の闇に紛れて空港へ向かう。サイモンが別荘に戻ったのは、深夜を過ぎてからだった。彼は泥酔したフィオナを支えながら家に入る。フィオナはさらに彼に絡みついて、何かしようとしていたが、彼はなぜかその気になれなかった。彼はあの時、確
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第6話
そのとき、私はすでに飛行機に乗って実家に戻っていた。玄関を入ると、母が迎えに出てきた。久しぶりに会う母の顔には、以前よりしわが深く刻まれているように見えた。父は地元の病院で入院観察を受け、静養している。荷物を片付けた後、ランバートと一緒に見舞いに行った。サイモンと一緒にいた頃、両親は本当は反対していた。両親は、家柄の良い名門の青年でなければ私には釣り合わないと考えていたからだ。だが私は幼い頃から「家柄」に縛られるのが嫌で、両親と大喧嘩した。そのとき、私は【財産も規則もいらない】とだけ書いた紙を残して家を出た。サイモンが借りていた小さなアパートへ移り住むつもりで。まさか今になって、しょんぼりと戻ってくることになるとは思わなかった。父の容体は落ち着いていて、私が来るのを病床で待っていた。父は責めることも、婚約のことを蒸し返すこともせず、平然と些細な話題を振ってくる。最近の天候のこと、料理人の腕のこと、会社で起きた小さな出来事のこと。家を出たあとにまた連絡を取り合うようになったあの日も、父はこんなふうだった。文句ひとつ言わずに、ただ私の暮らしぶりを気にかけてくれた。そのとき私はサイモンのプロポーズを受けたばかりで、彼を間違っていなかったと自慢して両親を結婚式に招待した。厳格な母は断ったが、父は承諾した。父はいつも、物事に対して穏やかで包容力があった。そんな父が、あの結婚式の件で体調を崩して入院したのだと思うと、胸が締めつけられる。私は父の手をぎゅっと握りしめ、言った。「お父様、来週から会社で研修させてください。決めたの。モーリス家の家業を私が継ぐって」父はにっこり笑った。柔らかくて、どこか誇らしげな笑顔だった。「馬鹿な子だな。お前には厳しくしてきたのは、何かを無理強いするためじゃない。俺とお前の母さんは、もし俺たちがいなくなったあとでも、お前が外で苦労しないか心配だっただけだ」父は私の手の甲をぽんと叩いた。「会社のことは急がなくていい。退院したらランバートに資料をまとめさせるから、それを見てからだ」だが父は、先に気になることを口にした。「ランバートから聞いたが、街であのチンピラたちに絡まれたんだってな?」私は小さくうなずく。思い出すだけで今でも身震いがする。父の顔が引き
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第7話
大学では金融を専攻していて、ランバートの補佐もあって、仕事の飲み込みは早かった。家業に入って最初の一週間で、会社の大まかな状況はほぼ把握できた。中核事業、資金の流れ、潜在的な取引先まで、目星がついた。ランバートがヘップワース家の最近の動向をまとめた資料を机の上に置いた。「サイモンは最近ずっとお嬢様を探していて、会社のことにはほとんど手を回していません。いくつかのプロジェクトで大きな穴が出ています」眉をひそめるが、驚きはしなかった。最近、会社の周辺で不審者が捕まったという報告が上がってきていて、調べたら例外なくヘップワース家の関係者だった。捕まった者の何人かは所持品に手紙を持っていて、それがサイモンからのものだった。彼はこうした手段で私に連絡を取ろうとしていた。手紙の中身は例外なく、許しを請う言葉やよりを戻してほしいという懇願だった。私は読む気にもならず、下僕に渡して焼却させた。どうして彼がそんなことをするのか理解できない。最初に浮気をしたのは向こうなのに、今さら私に許しを請うなんて。彼は執着し続ける男だとわかっている。66回のプロポーズだって、その表れだと思っていた。以前の私はそれを「揺るがない愛情」の証だと受け取って、本人に直接返事はしなくてもいつかは彼しかいないと考えていた。けれど今はわかる。あれは独占欲と征服欲の満足に過ぎなかった。手に入らないものほど追い続け、手に入ると途端に興味を失う――そういう男なのだ。指先で机の上の資料に触れ、視線はフィオナ名義のいくつかの赤字のギャラリーに止まった。そこは彼女が身分を見せつけるための看板であり、ヘップワース家の資金繰りの中で最も脆弱な部分だった。ランバートがそばで低く言う。「お嬢様、フィオナは家の資金を横流しして損失を埋めているようです。まずはここから手をつけて、代償を味わわせましょう」あの夜、街でチンピラに囲まれたときの恐怖を思い出し、私は頷いた。「まずは彼女のギャラリーの資金源を断つ。それから彼女のやった汚い行為の証拠を全部サイモンに送る」そのあとには、犬が犬をかじり合うような光景が見られるだろうと、私は思った。
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第8話
執務室で、サイモンは下僕に向かってカップを床に叩きつけた。「言っただろ?アイビー本人があの手紙を読んだことを確認しろって!なんで他の奴らに燃やさせたんだ?」跪いている男たちは震え上がり、言葉も出ない。サイモンが怒りをぶつけ終えてようやく、彼らは解放を許された。そのとき、秘書がノックをして入ってきた。「旦那様、モーリス家から書類が届きました」「何だって?」サイモンは椅子から跳ね起き、秘書の手から書類を奪い取った。「こんなに時間がかかった……やっとか……やっと俺のことを相手にしてくれるのか……」だが、ページをめくるとそこにあったのは私の返事などではなく、証拠の束だった。すべてフィオナに関するものだった。フィオナが仕組んだチンピラによる嫌がらせの監視映像や目撃者の記録、ヘップワース家の資金をギャラリーの穴埋めに横流しした銀行取引明細。さらにあの式に関するデマを流し、世論を誘導したことを示すメディア雇用の証拠まで。証拠はことごとく明白に書かれており、書類の末尾には冷たい一文が添えられていた。「フィオナの行為について、ヘップワース家が合理的な説明をしない場合、モーリス家は法的手段を尽くすとともに、貴社との全ての取引を停止する」サイモンの顔に浮かんでいた期待は一瞬で凍りつき、指が書類の端を強く握りしめると白くなった。彼は証拠を何度も繰り返し読み、呟くように言った。「いや……ありえない……あの夜の悲鳴は……本当にアイビーの声だったのか……フィオナ!彼女がアイビーを追い出したのか、全部彼女のせいだったのか!」彼は書類を乱暴に机に叩きつけ、目は怒りに燃えていた。「車を用意しろ。今すぐフィオナに会いに行く!」その頃、フィオナは屋敷にいて、出来上がったばかりの高級ドレスを鏡の前で試着していたが、どうも気に入らないらしく、服を床に放り投げる。「サイモンがずっと私を訪ねてこないのは、アイビーのあのクソ女が原因だ!彼女がいたから、サイモンが私を冷たくするんだ!」フィオナはすでに妊娠三ヶ月で、腹にはわずかな膨らみが見え始めていた。気分はますます荒れている。「まぁ、どうせアイビーが戻らない限り、ヘップワース家はいつか私と腹の子のものになるのよ」そのとき、ドアが乱暴に開かれた。フィオナは驚いて振り向く
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第9話
ヘップワース家から届いた贈り物を見て、私は思わず口元がほころんだ。ビデオには、髪を乱したフィオナが映り、ずっと「ごめん、アイビー」と繰り返している。100回は言っているだろうか。ランバートが身を乗り出して囁く。「お嬢様、サイモンが再び協力関係を再開したいと言っております。来週お会いしたいと――」「誠意を見せるというなら、会ってやろう」会談はモーリスグループの最上階、会議室に決まった。扉を開けると、サイモンが窓辺に腰かけていた。私の姿を見つけると、彼はすぐに立ち上がり、期待を滲ませた目でこちらを見ている。「アイビー、やっと会ってくれたんだな」差し出そうとした手を、私はそっと避ける。サイモンは私の正面に座り、媚びるような口調で言った。「フィオナには相応の制裁を加えた。腹の子ももういない。あの夜はただの過ちだったんだ。俺のせいで……もう許してくれないか?」私は目を上げ、きつく引き締まった彼の顔を一瞥して、株式譲渡契約書を彼の前に突きつけた。「協力を再開するならいいわ。ただし、貴社の持ち株の40%と、あなたの個人保有分の株も全て私の名義に移してもらう」サイモンの笑みは凍りつき、書類の端をつまむ指が震える。喉がゴクリと動いた。「アイビー……フィオナがひどいことをしたのは認める。金やリソースで償うことはできる。だが株はヘップワースの根幹だ。せいぜい15%までなら出せる、ただ――」言葉を切り替え、彼は期待を込めて続ける。「もし俺たちが元に戻って結婚式をやり直せたら、家産の半分をお前に渡す。ヘップワースのことは全部お前の言う通りにする」私は紅茶を一口含み、湯気を手であおいでから、冷笑を押し殺して言った。「サイモン、今の私にまだ結婚が必要だと思ってるの?」別の書類を彼の前に投げる。それはヘップワースのいくつかの中核プロジェクトの脆弱性分析と、製品サプライチェーンでの手抜きを示す証拠だ。「今ここで株の譲渡にサインすれば、私は協力を続け、会社の立て直しを手伝ってやる。さもなければ、来週からヘップワースの株価が暴落し、フィオナの件は法廷で明るみに出る。お前は1%すら守れないだろう」サイモンの顔色が一気に青ざめ、握る手が震えだす。「どうして、どうしてお前はこんなことをするんだ?アイビー、お前、どう
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第10話
サイモンは、これでヘップワース家の財産を守れると思っていた。だが、それこそが私の仕掛けた罠だった。私はすでにランバートを通じて、密かに他の株主たちの持ち株を買い集めていた。全ての株を手に入れた瞬間、私はすぐに株主総会を開き、サイモンを社長職から解任し、彼名義の資産をすべて凍結した。サイモンが事の重大さを悟ったのは、ビルから追い出されたあとだった。何度電話をかけても応答はなく、何度もグループ本社に押しかけたが、そのたびに警備員に外へ放り出された。彼は再起を図ろうと友人たちに金を借りようとしたが、かつて親しくしていた者たちは皆、彼から距離を置いた。誰一人、手を差し伸べる者はいなかった。残されたわずかな金を握りしめ、彼は酒に溺れる毎日を送った。そしてある夜、いつものように帰り道を歩いていた彼の前に、見覚えのある影が立ちふさがった。フィオナだった。乱れた髪に、頬には拷問の跡のような傷が残り、街灯の下でその姿はまるで亡霊のようだった。彼女の手には鋭い果物ナイフ。その瞳には、底知れない憎悪が燃えていた。「全部あなたのせいよ……どうしてあんなことをしたの?私の子を殺して、人生を壊して……あなただけ幸せになれると思わないで!」叫ぶようにそう言い放ち、フィオナは一気に距離を詰めると、刃をサイモンの胸へ突き立てた。夜の街に悲鳴が響き渡る。サイモンは言葉を残す間もなく、その場に崩れ落ちた。翌日、ランバートが新聞を私の前に差し出した。見出しにはこう書かれていた。――元ヘップワースグループ社長、路上で刺殺。容疑者フィオナ逮捕。私はちらりと見ただけで、コーヒーを口に含み、淡々と言った。「法務部に任せて。モーリス家に火の粉がかからないようにして」ランバートは静かに頷いた。一週間後、この事件の騒ぎも世間から次第に消えていった。その日、私は退院する父を迎えに病院へ向かった。彼の体調はすっかり回復し、顔色もよくなっていた。この期間、両親は私の動向をずっと見守っていた。母は何度も口を挟もうとしたが、父がそれを止めたという。「アイビーなら大丈夫だ。自分の力で必ず切り抜ける」――そう言って。私は、その信頼に応えてみせた。その夜、屋敷に戻ると、父はモーリス家の中核メンバーとグループ幹部を宴会
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