Ex Mr Duke

私が再び妊娠したその日、オーガストはもう二度とギャンブルなんてしないと決意し、家族のために真面目に働いて生きていく覚悟を決めた。

私は感動のあまり涙をこぼし、震える手で、自分がアルバイトで一年かけて貯めたお金を彼に渡した。

札が二枚、床に落ちた。拾い上げて彼の後を追い、外に飛び出した。

だが、路地の奥で目にしたのは、いつも彼に金をせびっていた強面の男たちが、彼に対してまるで家臣のように頭を下げている姿だった。彼の貧乏ぶりは、すべて嘘だったのだ。

「兄貴、明日もご自宅前で騒ぎますか？」

暴力団の一人がそう尋ねると、伸びやかに足を組んでリムジンに座っていたオーガストは、気怠そうに答えた。

「もういい」手元の指輪を見つめながら、ふっと小さくため息をつく。

「こんなにも長い間、彼女の愛が本物だということは十分に証明された。彼女は俺の借金を返すためにアルバイトを掛け持ちして、働きすぎで子供を流産したこともある」

「俺は、もう十分彼女に対して申し訳ないことをしてきた。本当のことを打ち明けて、これ以上彼女に苦労をかけさせるのはやめようと思う」

だが、彼の隣に座っていた幼なじみのアイヴィが、不満げに唇を尖らせた。

「ダメよ。今はまだ、真実を明かす時じゃないわ。もし、前の女たちみたいにお金やマフィアって肩書きだけが目当てだったらどうするの？様子を見ましょ。彼女がこの子を産む気があるかどうか」

オーガストはしばらく考え込むように沈黙し、やがて頷いた。「そうだな。君の言う通りにしよう。もうこんなに長く一緒にいるんだ、彼女が俺を手放すなんて思えない」

私は手の中の現金をぎゅっと握りしめ、背を向けた。気づけば、涙が止まらなかった。

オーガスト、この嘘と欺瞞に満ちた愛なんて、私にはもういらない！

……

その夜、オーガストはいつもより少し早く帰ってきた。

彼は私の向かいに腰を下ろし、ご飯を食べながら何気なく尋ねた。

「今日、仕事どうだった？」

「まあまあかな」私は俯いたまま、声が少し震えていた。

彼はそれ以上何も言わなかった。私の沈んだ様子には気づいていないようだった。

私は彼を見つめた。数秒の沈黙のあと、思い切って口を開いた。

「ねえ、オーガスト、家の温水器が壊れちゃって。この前渡したお金、まだ少し残ってる？修理呼ぼうかなって」

彼の顔には明らかに作り物の困ったような表情が浮かび、ポケットを探るふりをして、こう言った。

「ごめん、カナ。借金の返済に全部使っちゃった。もう1ドルも残ってないんだ」

嘘つき。

私は目を閉じ、レストランで彼が女性スタッフにチップを渡すときの気前の良さを思い出す。

でも唇をかみしめながら、感情を抑えて言った。「大丈夫、私がなんとかするよ」

「そうだ、アイヴィの体調が最近良くなくてさ。医者にも、栄養をちゃんと摂らせろって言われてて」

彼は私の頬に触れ、優しい声でそう言った。

そう言いながら、処理された魚を差し出した。一気に部屋中に生臭い匂いが広がった。

「アイヴィがね、魚のスープ飲みたいって言ってたんだ。作ってあげてくれない？」

オーガストの目には、妙な優しさと期待が宿っていた。

なぜか、その瞬間ふと思い出した。オーガストは昔、海鮮の匂いが大嫌いだと言っていた。

血の匂いも、生臭さも受けつけないと。

私は拳を握りしめ、指先が手のひらに食い込む。

オーガストは以前、「動物性のものなんて絶対食べない」「血の匂いを嗅ぐだけで吐き気がする」とまで言っていた。

それなのに今、アイヴィのために魚を手にしてる。私が妊娠中、生臭い匂いに苦しんでいたことなんて、完全に忘れたかのように。

鼻の奥に生臭さが刺さる。胃がひっくり返りそうだった。

「カナ、大丈夫？」

私はこらえきれず、えずくような声を漏らし、立ち上がってトイレに駆け込んだ。

便器の前で膝をつきながら、大粒の涙が次々とこぼれ落ちる。

私はオーガストを愛していた。彼のためなら、何もかも捨ててもいいと思っていた。

でも、今やっと分かった。私は、この関係の中で、こんなにも惨めだったんだ。

背後からオーガストの声が聞こえた。ほんの少し心配そうに。「カナ、大丈夫か？胃が悪いのかもな」

私は彼に背を向けたまま、静かに涙を流した。

青い眼差しがこちらを向いている。まるで心配しているかのように。「大丈夫？」

「うん、平気」私はうつむいて、冷たい声で返した。

彼は気を利かせて胃薬を持ってきてくれたあと、またキッチンへ向かった。

「カナ、薬飲んだらさ、アイヴィにスープ作ってやってくれないか？無理なら明日でもいいけど」

私は黙ったまま、返事をしなかった。

彼もそれを気にすることなく、靴を履いて玄関へ向かった。

「新しい仕事見つけて、これから面接なんだ。もし帰り遅くなったら、先に寝てていいから」

足音がだんだん遠ざかり、やがて完全に聞こえなくなった。

私はスマホを手に取り、手術の予約を済ませ、遠くの街への片道切符を購入した。新しい街で、新しい人生を始めるために。

この嘘と試練ばかりの愛なんて、もういらない。

オーガスト、どうか、これからの人生、二度と会いませんように。