เข้าสู่ระบบ午後の仕事は、主人たちの生活スペースで行われる雑務が多い。
これは主人の目につく場所での仕事になるし、来客と対面することも頻繁にある。
そのため、午後は身だしなみも整えるため、午前の服とは別に主人が用意した制服を着用することが義務付けられている。
黒い長袖ドレスに、フリル付きの白いキャップとエプロン。
これが、バルダート家の使用人に用意された基本的な制服である。
前日は主に階下の仕事が中心だったため、アデーレはここで初めて制服に袖を通すこととなった。
「なるほど……」
いわゆるメイド服というものに初めて袖を通したアデーレ。
その完成度の高さに、思わず感嘆の声を上げた。
デザインだけ見れば、煌びやかさは微塵も存在しない地味な衣装だ。
しかし自前で用意した仕事着よりも、生地の材質や縫製の精度が優れたドレス。
ロングスカートながらも動きやすく、なおかつ形が崩れない工夫が随所に施されている。
何より、控えめだからこそ醸し出される気品を受け、アデーレの背筋は自然と伸びる。
国の執政にも関わる貴族の家ならば、使用人の制服にも相応の金と手間が掛けられているということだろう。
今さらながら、アデーレは自分が高位の家に務めているということを実感していた。
「それでは、本日はこちらで調度品の手入れをして頂きます」
先導するアメリアによって、数名のメイドと共に案内されてきたのは二階にある広い食堂だ。
中央には二脚の白い長テーブルが向かい合うようにして置かれ、窓際には食事の際に使うのだろう同色の椅子が片付けられている。
小さな体育館くらいはありそうな広間だが、家の者だけが使う場所らしい。
天井画にシャンデリア。白地に蔓を模したような金模様が施された壁紙。
壁沿いに設けられたチェストの上にはいかにも高級品といわんばかりのインテリアが飾られ、上座奥の壁には好奇な身なりをした人物の絵画が掛けられている。
田舎者に見られるだろうと考えつつも、アデーレはその豪勢な室内に目を奪われてしまう。
同郷の少女たちも、同じように圧倒されているようだ。
そんな少女たちをやんわりとたしなめるように、軽い咳払いをするアメリア。
その音に促され、皆がアメリアの方に視線を戻す。
「どれも貴重なものなので、くれぐれも粗相のないようお願いいたします……ラヴィニアさん」
アメリアが隣に立つ使用人……ラヴィニアに視線を向ける。
後は任せる、ということだろう。
「かしこまりました、スィニョーラ」
両手を腹部で重ね、ゆっくり頭を下げるラヴィニア。
ラヴィニアの返事を確認したアメリアは、皆に軽く会釈をして食堂を後にする。
アメリアの退室を確認した後、軽くうなずいたラヴィニアが自らの方を見る使用人たちと向き合うように振り向く。
「という訳で皆さん。ここからは私が指示を出しますので、分からないことがあったらいつでも尋ねてくださいねー」
灰色の髪と垂れ目が特徴の、温厚そうな雰囲気を見せるラヴィニア。
後輩たちに向けるその緩やかな声色も、彼女の穏やかな性格を表しているかのようだ。
しかしアメリアからこの場の仕切りを任されるほどに、彼女もまた熟達の使用人である。
ラヴィニアはメリナの同期で、アデーレも少しだけ話したことのある相手だ。
実際に性格も穏やかで、はきはきした性格のメリナと雑談していた時は、まるで賑やかな妹の話を聞く聞き上手の姉のようだった。
ふと、彼女の背後にある銀製の皿に目が行く。
わざわざスタンドを使って立てられている辺り、実用品ではなくインテリアだろう。
「このお皿はちょっとびっくりしちゃう高級品だから、私が手入れしますね」
アデーレの視線に気づいたのか、ラヴィニアが穏やかな笑顔で答える。
(あれには触らないでおこう)
これから手入れするインテリアの数々が、アデーレには地雷と同等の危険なものに見えてきたのだった。
◇
装飾品や家具を磨いていく作業を続けて、一時間は過ぎただろうか。 単純な仕事量は窓ふきなどと比べれば楽なのだが、わずかなミスで大惨事と考えると、何より精神が
アデーレが今手にしているのは、青と赤、金の装飾が施された白磁製のランプだ。
ワインボトルほどの大きさがあり、丸みを帯びた白色ガラスのカバーには指紋一つ付いていない。
わずかに震える手でランプを持ち、乾いた布で丁寧に磨いていくアデーレ。
時折落としてしまうイメージが頭を
「アデーレさん、少しいいかしら?」
いつの間にか背後にいたラヴィニアが静かに声をかけてくる。
「はい。どうしました?」
ランプをチェストの上に戻してから振り返ると、真っ先に困り果てた表情のラヴィニアと目を合わせる。
何か粗相を働いたのかとアデーレは身構えてしまうが、こちらを驚かせないよう気を遣ってくれているラヴィニアの様子を前に少し気を緩める。
「えっとね、お嬢様が今日は隣の応接室でお茶がしたいそうなの」
その言葉が一瞬のめまいを誘い、思わず手元の布を落としそうになる。
メリナの話では、普段エスティラは寝室でお茶を済ませるという話だったはずだ。
「あー……め、珍しいですね。応接室でなんて」
「お嬢様は気まぐれな方ですからねぇ。今日は外出も出来ないので、気分転換かしら」
「なるほど……」
ラヴィニアもメリナから話を聞いているため、アデーレとエスティラの確執については知っている。
そんなアデーレを気遣って、わざわざ教えてくれたのだろう。
とはいえ、主人ともあろう者が用もなく食堂に来るということはないはずだ。
おとなしく仕事を続けていれば、急な鉢合わせもない。
そう自分に言い聞かせつつも、布を持つアデーレの手が強く握りしめられる。
その時、背後の扉が開く音が耳に入る。
「あら、意外と人手は少ないのね」
広い室内によく響く声は、どこか聞き覚えのあるものだった。
アデーレの身体が、凍り付いたかのようにぴたりと固まる。
(何でだ……?)
脳裏の声はアデーレと、そして良太の焦りも混ざり合っているようだった。
ヒールで床を鳴らしながら歩み寄る人物を確認するため、アデーレは軋む扉のようにぎこちなく振り返る。
その瞬間目についたのは、背中にかかるボリュームのある長い金髪。
そしてへの字に曲げた口元と、突き刺すような視線を放つ澄んだ青い瞳の釣り目。
アデーレは確信した。
成長しているが、出会った当時の面影は間違いなく残っている。
今ここに立つ高貴な少女こそ、バルダート家令嬢。エスティラ・エレ・バルダートだ。
「お嬢様っ、どうなされたのですか?」
隣にいたラヴィニアが、慌ててエスティラの元へ駆け寄る。
「暇なのよ、アメリアに外出止められて。だからあなたたちの仕事ぶりでも見てやろうと思っただけよ」
「そ、そうでしたか」
その
十人中十人が確信するほどに、今のエスティラは間違いなく機嫌が悪い。
アデーレはすぐさま彼女から目を逸らし、他の仕事はないかと周囲を見渡す。
そんなごまかしもむなしく、エスティラの足音が真っすぐアデーレの方へと向かってきた。
「あなた」
ついに声をかけて来たエスティラ。だが不審なアデーレの動きに対し特別怒りを向けてきた様子はない。
アデーレの後ろ姿を見ただけで、顔を確認していないからだろうか。
「……はい」
出来るだけ不安を顔に出さないよう、平静を装ってゆっくりと振り返る。
近くで見るエスティラの顔は、一目で分かるほどに美人だ。
だが不満を隠さないその険しい表情は、使用人ならば誰でも不安に駆られてしまうだろう。
その時、アデーレの緊張がさらに高まる。
何を思ったのか、エスティラがアデーレの傍まで近寄り、じっと顔を見つめてきたのだ。
自身より身長の高いアデーレに対し、つま先立ちで顔を近づけるエスティラ。
それは彼女の長いまつげが、アデーレの鼻先に触れそうなほどの距離だ。
アデーレの緊張はピークに達し、背中を冷たい汗が流れる。
「んー……」
顎に手を当て、考えこむ仕草を見せるエスティラ。
鼻先が触れそうなほどに顔が近い。
何でこんなに顔を近づけてくるのか。
アデーレは心の中で、彼女の行動に対する不満を漏らしていた。
「あなた、どっかで会ったかしら?」
「そ、そうでしょうか」
「ええ。どこだったかしら。ラヴィニア、何か覚えてない?」
「私はぁー……特に存じ上げませんねぇ」
アデーレ……おそらくラヴィニアも、出来れば思い出さないでほしいと願っていた。
ただでさえ不機嫌なエスティラだ。
もしも目の前にいるのが因縁の相手だと気づいたら、どんな無茶振りをしてくるかわかったものではない。
このまま穏便に済んでくれと、アデーレは口に出すことなく祈り続ける。
「ふぅん。まぁいいけど」
アデーレから顔を離し、出口の方へと体を向けるエスティラ。
どうにか危機を脱したかと、アデーレは気づかれぬよう胸を撫で下ろす。
だが……。
「あなた、今からお茶の用意をしなさい」
危機を脱してなどいなかった。
むしろ、状況は更に悪化していくばかりだ。
「えっ? ですがお嬢様、彼女はまだ新人でして」
「それくらい新人メイドにも出来るでしょ。どうせ、いつかやることなんだし」
「それはそうなのですがぁ……」
ラヴィニアの不安げな眼差しが、アデーレに向けられる。
既にアデーレの笑顔は引きつっていた。
「半端に思い出せないのも気持ち悪いわ。あなた、しばらく私についていきなさい」
再びエスティラがアデーレと向き合い、指を差して命じてくる。
使用人である以上、こうなると逆らうのは不可能だ。
「か……かしこまりました」
主の命令に、素直に従う使用人。
渋々頭を下げるアデーレだが、使用人たるもの不平不満を表に出すなど言語道断だ。
今はそれを徹底し、少しでも過去を想起させないよう立ち回るしかない。
こうして、アデーレの使用人としての最大の試練が、二日目にして訪れたのだった。
エヴァと共に階段を下った先には、遺跡とも廃墟とも取れる建物群が建ち並んでいた。 岩を削って作られた大通りを挟むようにして、かつては店が並んでいたのだと想像を掻き立てる軒先が並ぶ。 元々屋根だったのだろう、朽ちた木片が所々に落ちているが、長い時を経てその原型はほぼ失われている。 灯火を頼りに、アデーレはエヴァと並んで地下都市を進む。 所々で作業員が話し合い、建物の中へと慎重に足を踏み入れる様子も見受けられる。「これで宝物とかあったら大変そうですね」 冗談交じりにエヴァがつぶやく。 だが真顔で言われると、アデーレにはそれがジョークなのかどうなのか判断に悩むところだ。 こういった場所での宝の奪い合いは、少なくともこの世界でも一般的な話らしい。 だが見る限り、外見からしてこの辺りは一般人の居住区であったことは明白だ。 こんな場所に宝物を守るためのトラップがあるとは、アデーレは一切考えていなかった。 こうなると、素人目で見ると遺跡と言ってもただの残骸だ。 決して面白いものではなく、退屈なものである。(気を緩めるわけにはいかないけど……) そう。あくまでアデーレがここにいるのは、人々を魔獣の被害から守るためだ。 万が一この場所を破壊しようと生物型の魔獣が現れた場合、安全と言える場所は多くない。 地下都市自体は広くとも、廃墟というのは意外に脆く、身を守るには不適当だ。 何より、出入口が先ほど降りてきた階段ただ一つである。 魔獣もまたそこから現れることを考えれば、今ここにいる人々は袋のネズミにならざるを得ない。 自らもそういった危機的状況に身を置いていることを考え、改めて胸を張り、気を引き締めるアデーレ。 軽く深呼吸をすると、古いほこりが舞う空気でむせ返りそうになる。 それを誤魔化すよう軽く咳払いし、念のためにと後ろを振り返り階段の安全を確認する。 そこでアデーレは、先ほど階段で起きた出来事を思い出す。「そういえば、階段降りてる最中の気配ってどう思います?」「作業員の方が気にしていたものですね。私は暗闇の中で感じた幻覚だと考えますが」 その問いに対し、エヴァの声は特段興味があるわけでもなさそうな様子だ。 アデーレ自身も気のせいだろうという気持ちが強く、何よりろくに食料もないこの場所で動き回るものがいるとは考えられなかった。
延々と地下へと続く長い階段を、人間の集団が降りていく。 ランタンの灯りは彼らの周辺しか照らすことができず、進む先には光の届かない暗闇が広がる。 先を見通すことができない彼らには、この階段が地の底まで続いているのではないかと不安を抱くことだろう。 ただ一人、異なる世界の前世を記憶するアデーレは違った。 踏み入れた地下遺跡の階段を一歩ずつ踏みしめる度、前世で見た洋画のワンシーンを思い出す。 どこかに感圧式のトラップスイッチがあり、踏み込んだ瞬間壁や天井から槍が飛び出すような。 そんなシチュエーションを思い浮かべつつ、彼女は足元を警戒しながら階段を下りていく。 とはいえアデーレは集団の中ほどを歩いているため、真っ先にトラップを踏むことになるのは最前列を進む作業員だ。 トラップは考えすぎかもしれないが、万が一の事故は起こり得る。 今この瞬間は、全員の無事を祈るばかりだ。「だいぶ進みましたね。十分ほど下っているでしょうか」「分からん。だが私はひしひしと感じているぞ。この先に偉大なる先人の造り上げた地下都市が存在すると」 何だその感覚は、と呆れつつ、エヴァとダニエレの会話に耳を傾けるアデーレ。 ほとんどの者が恐怖の表情を浮かべているというのに、随分と余裕があるようだ。 そんなことを考えていた次の瞬間、前を歩く作業員が突然その場で立ち止まる。 慌てて足を止めたアデーレだったが、間に合わず前の人の背中と接触してし
相談を受けたロベルトの手引きにより、アデーレはエスティラから数日の休みを与えられた。 外出制限がかかっていたこともあり、休養の許可は比較的簡単に取れたという。 これを好機と見たアデーレは実家に帰宅し、両親と軽く顔を合わせた後に目的地の発掘現場へと単身赴いたのだった。 アデーレの来訪を知ったダニエレは、特に何の警戒を見せることなく自身専用のテントへと彼女を招いた。「ほぉほぉ、個人的に興味があって現場を見てみたいと」「はい。故郷に関わる知識を学ぶことで、お嬢様の助力になると思いまして」 彫刻を施された柱で建てられたテントは、さながら絢爛たる高級ホテルの一室を思わせるものだった。 チェストや執務用の机と椅子、ソファやベッドは重量感のある木材が用いられ、地面には目が回るほどに細やかな模様の絨毯が敷かれている。 ちなみに内部は土足厳禁であり、ダニエレもテント内では靴を脱ぎ、執務用の机で報告書を読みながらアデーレを出迎えた。 本来ならば、ダニエレほどの貴族がアデーレのような一般人を自らのプライベート空間に招くようなことはしない。 それが常識なのだが、結局のところ予想通りダニエレは性欲の方を優先したと見ていいだろう。 その証拠に、先程からダニエレは書類に目を通す仕草をしているだけで、実際の目線はアデーレの体に向いているのが一目瞭然だ。 あのような接触を受けてもなお自らに接触してきたアデーレを、ダニエレはどう思うだろうか。 少なくとも、都合のいい女などと思われているとみて間違いないか。「まずは座りたまえよ。私が発掘状況について詳しく教えてあげるからね」 そう言ってダニエレが指差したのは、ソファではなくベッド。 卸したてのシーツが掛けられた天蓋付きのダブルベッドは、明らかに【そういう目的】を考えて置かれたものだろう。 覚悟をもってこの場に赴いたとはいえ、アデーレがダニエレに体を許そうなどという考えは微塵もない。 だがここで下手な抵抗を見せれば、作業現場に送られた島民や本島などから来た作業員を守ることができない。 さすがに戸惑い隠すことができず、愛嬌のつもりでアデーレは首をかしげる。 そんな彼女の様子が逆に扇情的に思えたのか、下劣な笑みを浮かべたダニエレが席を立つ。「緊張しているのかな? なぁに、私は紳士だからね、安心しなさい」 どの口で
悪意ある来訪を乗り越え、一応の解散を迎えた会合。 だがダニエレの言葉に対する懸念をぬぐい切ることはできず、アデーレは不安を抱えながら日々を過ごす。 そして、大きな動きもないまま五日の月日が経った頃……。 エスティラの使いで町に出ていたアデーレ。 用件を終え大通りを歩いていると、目の前に馴染み深い後ろ姿があることに気づく。 ちょうどその人物も背後を振り返り、互いに顔を合わせたところでアデーレに対し笑顔を見せる。 それは彼女の父、ヴェネリオだった。 実に二週間ぶりに顔を合わせたこともあってか、彼は嬉々とした様子でアデーレの方へ駆け寄る。「やあ、アデーレ。お嬢様の使いかい?」「うん。お父さんは買い物?」 「そうだよ」と言いながら、小脇に抱えた紙袋をアデーレに見せるヴェネリオ。 中には日用雑貨が入っており、母にお使いを頼まれたのだろうとアデーレは察する。「しかし元気そうでよかったよ。お嬢様も事件に巻き込まれたりと色々大変なんだろう?」「まあ、うん。あまり大きな声で言わないでね」「ああごめんごめん。でも正直父さん心配だよ」 ヴェネリオは子煩悩を絵に描いたような父親だ。 がっくりとうなだれるその様子からも、聞き知ったあらゆる噂話に胸を痛めてきたであろうことが伝わってくる。 たとえアデーレが一言大丈夫と告げたとしても、この不安を解消することはできないだろう。 だが、それでもヴェネリオは仕事を辞めるようアデーレに言いつけることはしなかった。 サウダーテ家の家計もあるし、彼女が今の仕事に対し真剣に向き合っていることを、言葉を交わさなくても理解しているからだろう。 とはいえ露骨に落ち込まれると、人々の往来がある中ではどうしても目立ってしまう。「お父さん、とりあえず顔上げて。ね?」 アデーレに慰められ、ようやく顔を上げるヴェネリオ。 まるでお預けを食らった子犬のような顔をした父親に対し、アデーレはただただ苦笑を返す。 それよりも、二週間ぶりになる親子の再会だ。 もっと場を和ませる明るい話題はないかと、アデーレは思案を巡らせる。 母のことや家のこと。畑の様子や友人の話題。いくらでも語り合うことができる。「そういえば、最近何か変わったこととかあった?」 アデーレに問われたヴェネリオが、首をかしげながら考え込む。 うんうんとしばらく
「ほほ、随分と微笑ましいことですなぁ」 前触れもなく向けられた言葉を聞き、立ち上がったエスティラが声の主の方を見る。 彼女の動きに合わせ、アデーレを含めた周囲の人々もそちらを振り向いた。 そこに立っていたのは、従者を従えて微笑みを浮かべるダニエレだった。 突如現れた見知らぬ老人を目の当たりにし、少女は再び母親の後ろに隠れてしまう。 対するエスティラは、気品あるお辞儀で彼を迎える。「ごきげんよう、ダニエレ教授。本日は突然どのようなご用件で?」「はは。少々急ぎの用事がありましてなぁ。門前の者に無理を言って通してもらったよ」 『突然』と付け加えたのは、エスティラなりの嫌味だろう。 なぜなら今回の会合にダニエレは招かれていない。 外部の人間かつ上流階級がこの場に現れれば、この場に集まっている者全員が委縮してしまい彼女の目的が意味を成さない。 しかしダニエレがそのようなことを気にする人物でないことくらい、アデーレでも察しがついている。 更に言えば、このような現れ方をしたのもダニエレなりの嫌がらせという可能性がある。 どちらにせよ、この場において彼はお呼びでない相手だ。 それでもこうして屋敷に入ってこれたのも、上流階級であり厚顔無恥な老人ゆえか。 こうなると、周囲の人々も彼に対しては怪訝そうに眉をひそめるばかりだ。「さてさて、どうやら島の有力者の方々が集まっているようで。これは逆に都合がいい」 周りの冷ややかな視線など気にすることなく、ダニエレは笑顔のまま辺りを見渡す。 それに反し、無表情を貫くエヴァを含む従者の面々とのギャップに、アデーレは背筋に冷たいものを感じてしまう。 考えが顔に出ると小言を言われるアデーレとしては、従者たちの態度は使用人として見習うべきところかもしれない。 しかしこんな無礼な男に仕えて、普通の人間なら反感を抱くものだ。 極めて優秀な使用人ならば、主人がこれほどまで礼儀を欠いた行為を見せようとも、嫌悪を抱かないものなのか。 これがプロフェッショナルというのならば、アデーレには一生辿り着けない境地だろう。「ふむ。我々に対し何か提案があるということですか?」「その通り。さすが若い者は話が早いねぇ」 ダニエレが先程エスティラと話していた若い跡取りに近寄り、彼の肩を軽く叩く。 そのまま跡取りの横を通り過ぎていく
手紙の一件から二日後。 久々の晴天に恵まれたこの日、屋敷前庭の一角に人だかりができていた。 その人だかりに囲まれるようにして、装飾の施された一本足が特徴の白い金属製丸テーブルがいくつか並べられている。 テーブルの上には、手に取って食べることのできる軽食が何品か用意されている。 前庭に集まった人々はこの島で有力者に位置する者やその家族。 他にも教会関係者が数名混じっており、全員が雑談に花を咲かせているところだった。「あーっ、アデーレ姉ちゃんだ!」「お姉ちゃんのお洋服、きれいだねーっ」 来客に飲み物を運ぶアデーレの周りで、小さな子供たちがせわしなく駆け回る。 島民同士が大体顔見知りであるロントゥーサ島において、アデーレは若い女性というだけで否応なく子供たちの注目を集めてしまうものだ。 しかし今は仕事の真っ最中。 基本的に雑談を許されない使用人という立場上、アデーレは子供たちに対し苦笑を向けることしかできなかった。 それでも構ってほしい子供たちは彼女の周囲を離れず、スカートに触れたり足元で飛び回ったりとやりたい放題だ。 当然このような状況では仕事も捗らない。 代わりに同僚がそつなく仕事をこなせていることを考えれば、子供たちの相手をすることがアデーレの仕事といえなくもない。 さて、このような状況下で苦言を呈することもあるエスティラだが、彼女は来客者との応対に勤しんでいる最中だった。「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」 彼女に頭を下げる優男。彼はこの島で海運業を営む家の跡取りだ。 アデーレにとっては二つ年上の顔見知りであり、若い者同士ということでそれなりの付き合いはある。 農家の娘と運送屋の息子。身分の違いはあれども狭い島。 立場による隔たりなど、ほとんど存在しないのが実情なのだ。 そんな友人も、今では跡取りとしての所作が身についているらしい。 幼少の頃よりも礼節をわきまえるようになった友人を、エスティラは温和な笑顔で応対する。「こちらこそ、本来は招かれた立場なのにこのような形になってしまって」「いえ、現状を鑑みればそれも致し方ないことです」 そう。この会合は先日の話題にあった、教会での集まりの代わりである。 本来は教会側がエスティラを招いて懇親会を開く予定だったのだが、魔獣の一件が災いしたことで予定は取り







