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第128話

Auteur: ルーシー
玲奈は本来すらりとした体つきをしており、引き締まったボディーラインは同性の目をも引きつけるほどだった。

彼女は腰をかがめ、スキンケアをしている。

タオル一枚の布に収まりきらない胸元が覗き、智也は思わず息をのんだ。

鏡越しにその視線に気づいた玲奈は、体を起こして嫌そうに言った。

「......何かご用?」

その声には、かつての柔らかさも従順さもなく、まるで全身を針で覆ったハリネズミのようなとげとげしさがあった。

智也は彼女の体に怪我がないか目で確かめながら問いかける。

「机に血のついたティッシュがあった。怪我をしたのか?」

玲奈は淡々と答える。

「大したことないわ。もう処置したから」

涼真を叩いた時、彼の耳飾りで指先を切ってしまったのだ。

傷は浅いが、血がにじんでいた。

それでも智也は心配を隠せず尋ねる。

「病院に行くか?」

玲奈は眉をひそめ、横顔だけを向けて冷たく言った。

「そんなふうに気を遣う必要ないわ」

その優しさが、かえって空虚に思える。

ここが新垣家でなければ、余計な勘ぐりをしてしまっただろう。

だがこの場所では、彼の言葉も行動も割り切って受け取るしかない。

智也はそれ以上言葉を続けず、ただじっと彼女を見ていた。

玲奈もまた気に留めず、顔にクリームを塗り終えると切り出した。

「......ひとつ、聞きたいことがあるわ」

離婚の件。

彼はあまりにも長く引き延ばしている。

どうすれば穏やかに終わらせられるのか、彼の本心を確かめたかった。

だが口を開くより先に、智也の携帯が鳴り響いた。

画面には「沙羅」の文字。

玲奈は、彼が動揺する様子を見て笑う。

「......先に出たら?」

呼び出し音が切れる寸前、智也は電話を取った。

浴室を出て、居間へ移動する。

玲奈はその背を見送りつつ耳を澄ます。

すぐに電話口から、愛莉の弾んだ声が響いた。

「パパ、見て!ララちゃんと一緒に描いた小さなおうちだよ!」

智也は画面を凝視する。

動画に映る絵には三人の姿があった。

「愛莉、これは誰を描いたんだ?」

愛莉は嬉しそうに答える。

「パパと、ララちゃんと、それから私!三人で日向ぼっこしてるの!」

智也の顔に笑みが広がる。

「よく描けてるな。とても上手だ」

「パパ、今日はおじいちゃん、楽しそうだった?」

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