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4・あの夜の女も、同じ事を言った

Penulis: 揚羽渓名
last update Tanggal publikasi: 2026-09-08 17:20:32

「ただのサンダルウッドの香水です。私の名前と似ているので気に入ってるんです」

 アルフレッドに低い声で問われ、リリアナは自分の素性がバレるのを恐れて咄嗟に嘘をついた。

「……確かに似ているな」

 アルフレッドはサンドラのセリフに納得したように見せたが、彼女は嘘をつくことに慣れていないのだろう。目がさっきから忙しなく泳いでいる。

 やはり叔父の手の者だったのだろうか。アルフレッドは掴んでいた手を放すと、興味を失くしたように仕事に戻った。

 リリアナはようやく離れて行ったアルフレッドに安堵していたが、それと同時に唇を引き締める。

 ここで全てがバレてしまえば、リリアナの人生は丸ごと誰かに搾取されるだけになってしまう。そんなのは嫌だ。

 けれど、その日からアルフレッドの態度は急によそよそしくなった。

「どうしよう……やっぱり疑われてるのかもしれない」

 夜、リリアナが枕に顔を押し付けて呟くと、窓から入ってきた夜風が髪を撫でた。そのあまりにも優しい風に、不意に亡き母の手を思い出してしまう。

「母様と同じ、皆を幸せにする調香師になりたいだけなのにな」

 どうして運命はこうもリリアナに厳しいのだろう。

 そんな事を考えながら、リリアナは今日も無理やり眠りについた。

 その頃、アルフレッドは既にぐっすりと眠りに落ちていた。

 あのフレグランスに手を加えられて数日が過ぎたが、アルフレッドの頭痛は如実に改善している。

「今日も眠れた……」

 小鳥の声で目を覚ましたアルフレッドは、夢すら見ずに眠る事が出来た事に感動する。

 以前は頭痛でよく眠れず微かな物音で目を覚ましていたが、あれから徐々に眠れるようになり、とうとう一昨日から夢すら見ない。

 最初はどうして突然眠れるようになったのか理由が分からなかったが、試しに部屋にあのフレグランスを持ち帰るようになった途端、朝までぐっすりだ。

 どんな睡眠導入剤を飲んでも眠れなかったアルフレッドなので心の底からサンドラに感謝したい気持ちはあるのだが、どうにも叔父との関係が拭いきれない。

「いっそ素直に聞いてみるか?」

 自問自答しながら事務所に向かうと、今日も始業前にサンドラは来ている。

 彼女は真面目だ。誰よりも早くここへ来て掃除をし、足りない物をチェックしてそれを備品係に報告する事を怠らない。

 何よりもあのフレグランスの調香をしたあの手腕を手放すにはあまりにも惜しい。

 そんな事を考えながら仕事に取り掛かると、すぐさまリリアナが今日の報告書を持ってやってきた。

「アルフレッド様、こちらが今日の分になります」

 リリアナはアルフレッドの机にいつものように書類の束を置くと、さっきここで拾った物の事を思い出してアルフレッドをじっと見つめる。

 そんなリリアナの視線に気付いたのか、アルフレッドがふと顔を上げて怪訝な顔をした。

「なんだ?」

「いえ、何でも……コーヒーでもお持ちしましょうか?」

「ああ、頼む」

 短く言ってまた視線を書類に落とすと、サンドラが離れて行く気配がする。

 あれからサンドラはあの香水をつけない。それが何を意味するのか、今のアルフレッドには分からなかった。

「いたいた! サンディ! あなたに手紙だよ!」

 リリアナがコーヒーを入れに廊下に出ると、事務をしているコニーが手を振って近づいてくる。

「コニーさん! おはようございます。手紙ですか?」

「うん。絶対に手渡ししてねって。はい、これ。確かに渡したよ!」

「ありがとうございます」

 リリアナはコニーから手紙を受け取ると、お湯を沸かしている間に手紙を確認して青ざめる。

 差出人はセレスティアだ。内容はヴェール家の手の者がとうとう下町にまで捜索範囲を広げているというものだった。

「下町までって、どうしてそこまでして……ああ、ハインリヒさんが絡んでるのね」

 どうやらハインリヒに促されてヴェール家はリリアナを必死になって捜索しているらしい。恐らく期日までに見つけなければ取引はしないとでも言われたのだろう。

 思わず罪悪感を抱きそうになるが、セレスティアからの「絶対に逃げ切るのよ!」という強いメッセージを受け取ってリリアナは拳を握った。

「逃げ切るわ。だってこれは、私の人生だもの」

 そう言ってリリアナは今朝拾ったカフスを取り出す。そのカフスはあの夜、男がつけていた物と酷似していた。

「やっぱりアルフレッド様があの時の相手なの?」

 まるで運命はリリアナを弄んでいるかのようだ。疑いは確信に変わっていく。

 けれどこの関係は、ある事がきっかけで大きく変わって行く。

 その日、アルフレッドは重役会議のせいで身も心も疲弊しきっていた。

 新商品の遅れから始まり、生産ラインの確保、そこから何故かアルフレッド自身の事に飛び火して、発表会まで行ったのに婚約を成立させない理由などを徹底的に詰められたのだ。

 自宅兼事務所に戻るとサンドラがまだ仕事をしている。

「まだいたのか」

 頭痛を堪えながら尋ねると、サンドラは顔を上げて頷く。

「秘書が先に戻る訳にはいきませんから」

「戻ると言っても、寮は裏だぞ?」

 ラボも事務所も社員寮もエバンズ邸の敷地内にあるのに、それでもサンドラはアルフレッドの帰りを待っていたようだ。

 その言葉にサンドラは苦笑いして視線を伏せる。

「それはそうなんですが雇い主の許可なく帰れません。それよりも大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが……」

 リリアナはアルフレッドの顔色を見て思わず尋ねた。一体何があったのだと思うほど彼の顔色は悪い。

 おまけにあの頭痛を起こしていた時のような顔の顰め方をしている事に気付いて、すぐさまソファを整えアルフレッドを呼びつけて座らせる。

「なんだ」

「ハーブティーをお持ちします。少し休んでください」

「慣れているから平気だ。放っておいてくれ」

 熱を測ろうとしたのか、アルフレッドに向かって伸びてきた手を払いのけると、サンドラが酷く傷ついたような顔をする。

「せめて今くらいは、何も考えないでください」

「っ!」

 アルフレッドはその台詞に息を飲んだ。あの夜の女もサンドラと全く同じ事を言っていたからだ。

 気がつけばアルフレッドはサンドラの手首を強く掴み、尋ねていた。

「9月8日の夜——君はどこに居た?」

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