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第7話

ผู้เขียน: 饅頭
奈津美は顔を上げると、圭太が自分の方へ歩いてくるのが見えた。

圭太はまだ昼間のスーツを着ていたけど、ネクタイは少し緩められていた。その眉間には、イライラしたような疲れがにじんでいる。彼がまとってきた重い空気のせいで、リビングのなごやかだった雰囲気は、あっという間に張りつめてしまった。

どうして、圭太が帰ってきたの?

その思いが奈津美の頭をよぎった瞬間、心臓を見えない手でぎゅっと掴まれたようだった。ありえないはずのときめきを感じてしまう自分が、おかしくて、そして惨めに思えた。

「私が圭太を呼び戻したのよ」葵の優しい声が、ちょうどよく場の固い空気を和らげた。「来週、チャリティーオークションがあるからね。たまには夫婦そろって顔を見せないと。ずっと家にこもっているだけじゃ、みっともないでしょ」

その言葉は、まるで冷たい水だった。奈津美の心にあった期待の火種を、一瞬で消し去ってしまう。

そうか、祖母が呼んだんだ。

彼女はうつむいた。長いまつ毛が目の下に小さな影を落とし、すべての感情を隠してくれる。

「おっしゃる通りですわ、おばあさん」奈津美は静かに答える。その声は淡々で、なんの感情も読み取れない。「私が参加します」

彼女があまりにもあっさりうなずいたので、逆に葵のほうが少し驚いていた。

奈津美は、圭太の視線が自分に注がれているのを感じていた。そこには愛情がなく、ただ値踏みするように探る色があるだけだ。必死に彼の方を見ないようにしていたけど、心の奥ではこんな声が聞こえてくる。圭太は拒まなかった。もしかして、彼も一緒に行くべきだと思ってくれてるんじゃ……

そんな考えが浮かんだ自分に、吐き気がした。

「まあ、圭太が帰ってたのね!」甘ったるい声が割り込んできた。蘭が、わざとらしい心配を顔に浮かべて駆け寄ってくる。「なんて顔色が悪いの?会社の仕事が大変で疲れているんでしょ?さ、こっちに来て座って休んで」

彼女はまっすぐ圭太のそばへ行くと、親しげに彼の腕をとった。奈津美のことなど、まるで空気のように無視している。

圭太は流れでソファの反対側に腰を下ろし、蘭が甲斐甲斐しく世話を焼くのをされるがままにしていた。奈津美のことは一度も見ようとしない。

「そういえば」葵は不満そうに蘭をちらりと見ると、圭太に向き直った。「会社がいくら忙しくても、もっと大事なことがあるでしょ。圭太、奈津美と結婚してもう何年か経つのだから、子供のこともそろそろ考えて」

空気が、また凍りついた。

圭太は目の前の湯呑みを持ち上げ、一口すすった。それから、事務的な口調で言った。「最近、会社で新しいプロジェクトが始まって忙しい。あと数年は待って」

また、その言葉。

息子の答えを聞くと、蘭は得意げな冷笑を浮かべた。そして奈津美を横目で見ながら、わざと全員に聞こえる声で言った。

「お母さん、あまり圭太を追い詰めないで。どなたかさんは、お母さんが味方だからって、子供さえできれば自分の地位が安泰だとでも思ってるのかしらね。圭太の心がどこにあるか、誰だって知っているのに。子供で男を縛りつけるなんて、一番みっともない手口よ。意味ないわ」

その「どなたかさん」が誰を指すかは、言うまでもないことだった。

一言一句が、まるで針のように奈津美の心に、容赦なく突き刺さる。彼女は膝の上の拳を強く握りしめた。爪が手のひらに食い込む痛みで、なんとか顔の平静を保っていた。

ここで取り乱すわけにはいかない。蘭の笑いものにだけはなりたくない。

「黙れ!」龍之介の顔色が一変し、杖で床をドンと叩いた。「こんな言い方なんて!奈津美は、我が鈴木家が正式に迎えた嫁だ。子供を身ごもって当然だろうが!何が『縛りつける』だ!」

蘭は不満げに黙り込んだけれど、奈津美を見下すような視線は、ずっと彼女から離れなかった。

何よりも心を傷つけたのは、圭太の沈黙だった。

彼は冷たい彫刻のように、ただそこに座っているだけ。自分の妻が侮辱されているというのに、まるで他人事のようだった。その沈黙は、つまりさっきの言葉を認めているのと同じ。蘭にとって、これ以上ない応援になっていた。

「奈津美、彼女の言うことなんて気にしなくていいのよ」葵はため息をつき、奈津美の手をとって優しくさすった。「オークションには、そうそうたる顔ぶれがいらっしゃるわ。だから、ちゃんとしたドレスを一着選んで。私たち鈴木家の顔に泥を塗るわけにはいかないからね」

「はい、おばあさん」奈津美は辛さを押し殺し、こわばった笑顔を浮かべた。

ドレスを選ぶ。それはつまり、圭太の妻の役をうまく演じろ、この芝居をしっかりやりとげろ、ということだ。

龍之介は、圭太を書斎に呼んで話をしに行った。

葵は、使用人にお茶を奈津美へ運ばせ、ふたりはとりとめもない話をしていた。

「もう遅いので、奈津美を送っていく」背後から、圭太の声がした。

奈津美は葵に別れの挨拶をした。

屋敷を出て、いつものベントレーに乗り込む。密閉された車内は、息が詰まりそうだった。

道中、会話はなかった。

車が市街地に入り、窓の外のネオンが圭太のシャープな横顔を照らしては消える頃。彼はようやく口を開いた。その声は、氷のように冷たかった。

「屋敷では、何を言うべきで、何を言うべきでないか、分かってるよな」

それは話し合いではなく、警告だった。

奈津美は、窓の外を飛ぶように過ぎていく景色を眺めていた。さっき葵に温めてもらった心が、またすっかり冷たくなっていく。さっきのあの優しさも、送っていくという言葉も、全部家族の前で仲良し夫婦を演じるための芝居だったんだ。

ほんの少しでも期待した自分が、馬鹿だった。

彼女は圭太に向け、その視線を受け止めた。その瞳は、光を失っている。「社長、ご心配なく。自分の立場を理解しているわ」

「社長」という一言で、車内の温度は氷点下まで下がった。

圭太の黒い瞳が、すっと細められる。ハンドルを握る手の甲に、青い筋がかすかに浮き上がった。

その時、ダッシュボードに置かれた彼のスマホの画面が光った。表示された名前は「理恵」だ。

圭太の表情が、一瞬で変わった。さっきまでの冷酷さは、焦りに満ちた心配の色に取って代わられる。彼は、ほとんど間を置かずに電話に出た。

「もしもし、理恵か?どうしたんだ?」

電話の向こうから、理恵の泣きじゃくるような、途切れ途切れの声が聞こえてくる。奈津美には何を言っているのか聞き取れない。でも、圭太の眉間のしわが、どんどん深くなっていくのがはっきりと見えた。

「どこにいるんだ?そのままそこにいて、泣かないで。すぐに行くから」

その声は、奈津美が聞いたこともないほど、優しくて焦っていた。

次の瞬間、甲高いブレーキ音が鳴り響き、車が急に道端に停まった。

圭太は奈津美を一瞥もせず、命令した。「降りろ。自分でタクシーを拾って帰れ」

奈津美が車を降りると、圭太はすぐに車をUターンさせた。アクセルを強く踏み込むと、黒いベントレーは矢のように走り出し、あっという間に車の流れの中へ消えていった。

奈津美は、人気のない道端に置き去りにされた。夜風が彼女の服の裾を巻き上げ、その冷たさは骨身にしみた。

奈津美は長い間そこに立ち尽くしていた。手足の感覚がなくなるまでそうして、やっと麻痺した足で歩き出した。道端に沿って、ただ前に進む。どれくらい歩いたか、ようやくタクシーを拾えそうな場所までたどり着いた。

「すみません、第一中央病院までお願いします」

タクシーの中、奈津美は窓に寄りかかって、きらびやかな街の景色を眺めていた。まるで世界から見捨てられた、ひとりぼっちの魂みたいだと思った。

病院に着くと、彼女はそっと母親の病室のドアを開けた。

ベッドのそばで、ヘルパーの服を着た中年くらいの女性が、母親の腕を拭いていた。その手つきはとても優しい。

「あの、どちら様ですか?」ヘルパーは奈津美に気づくと、立ち上がった。

「娘です」奈津美は静かに言った。「あなたは?」

「ああ、娘さんでしたか」ヘルパーは微笑んだ。「私は、今日の午後から鈴木家の方に頼まれました、24時間付きっきりのヘルパーです」

鈴木家。

奈津美の心は、何かにぎゅっと鷲掴みにされたようだった。痛くて、苦しい。

圭太は、自分をゴミみたいに道端に捨てて、他の女のところへ走っていった。なのに、お金だけはここにばらまいて、彼の「優しさ」と「思いやり」を見せつけている。

これは何?屈辱?それとも、ただの施し?

その時、奈津美のスマホが鳴った。画面には、見慣れた名前が光っている――高橋睦月(たかはし むつき)からの電話だ。

奈津美の一番の親友だ。

電話に出るとすぐに、睦月の元気いっぱいの声が聞こえてきた。「奈津美!私、帰ってきたよ!びっくりした?ねえ、びっくりしたでしょ?明日、いつもの場所で会おうよ!お土産、買ってきたんだから!」

久しぶりに聞くその声に、一晩中張り詰めていた奈津美の神経が、ようやく少しだけ緩んだ。目の奥が熱くなり、涙がこぼれそうになる。

「うん」彼女は鼻をすすり、声が普通に聞こえるように必死でこらえた。
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