私、いつの間にかそんな風に思うようになっている。みんながいなくなったら嫌だ――と。「誰が好きなのか?」と聞かれたら、どう答えればいいのかわからない。正しい答えなんて今は出せないけれど、でも、気づかないうちに、私の中で3人はとてつもなく大きな存在になっていたんだ。「ありがとう。いただきます」カップの取手に、長くて綺麗な指をかける祥太君。入れたてのココアを1口飲んで、一息ついてからゆっくりと話始めた。「昨日、3人で旅行の話をしたんだけど、その時、みんなでいろいろ話すうちにね……」「ん?」「俺達の結菜ちゃんに対する気持ちが同じだってことがわかったんだ」「えっ」「俺達は、みんな……結菜ちゃんのことを大切に思っている……つまり好きだってこと」「あっ……」私は、その言葉にどう返事をすればいいのか分からなかった。「まあ、驚いたような、でも、分かっていたような。とにかく3人とも、もう告白済みってこともわかった」「ご、ごめんなさい……私……」「どうして謝るの?結菜ちゃんが謝ることなんかないよ。俺達は結菜ちゃんが結婚してるってわかってるのに告白したんだ。それって本当にズルいよね。でも、それでも俺達は結菜ちゃんに気持ちを伝えたかったんだ。どうにもならないってわかってても、みんな結菜ちゃんが大好きだから」その言葉に心臓をギュッと掴まれる。こんなにも甘い言葉、私なんかがもらってもいいのだろうか?「祥太君……」「今、健太さんも川崎さんもいなくなって、正直、結菜ちゃんは1人でいる。健太さんがいたら、俺にはチャンスはないのかなって、複雑な気持ちだったけど……」「……」祥太君の真剣な表情と言葉に、私は思わず息を飲んだ。「もう、健太さんはいない。もちろん、結菜ちゃんが離婚したことを喜んでるわけじゃないし、結菜ちゃんが落ち込んでる隙を狙おうとか、そんなこと思ってるわけじゃない」「わ、わかってるよ。祥太君やみんなも、人の不幸を喜ぶような人じゃないから」「うん。でもやっぱりとんでもなく複雑な気持ちなんだ。結菜ちゃんの側にいたいって思うし、いつかは彼氏になりたいって……欲を出してしまう。それに、結菜ちゃんと結婚できたらどんなに幸せかって……。それが、本音。今言うのはズルいけど、それでも自分に嘘はつけない」
「昔、子どもの頃ですけど、父の仕事の都合でアメリカに住んでたんです。中学1年生までいたんですけど、たまに日本の祖父の家にステイしたりして、日本語も教えてもらってました。だから、こっちで暮らすようになっても言葉には困りませんでした。家族に感謝です」「文都君、アメリカに住んでたの?いいなぁ、私も1度行ってみたいな」「だったら結菜さん、いつか一緒に行きましょう。僕はニューヨーク州でしたから、そこなら案内できます。とっても良いところですから、絶対気に入ってくれると思います」「文都、それはズルい。行くなら俺も颯も一緒だよ」「その通り。俺も行くから」「そ、そうですね、わかりました。みんなで行きましょう」文都君が苦笑いした。「ちょっと話がそれたけど、まあ、お金のことは本当に俺達に任せて。昌子さんとひなこちゃんの分も。俺達がみんなで決めたことだから、そこは気にしないで甘えてほしいな」「……うん……わかった。本当にごめんね。ありがとう、じゃあ、今回は甘えるね」みんなの気持ちに感謝が溢れて止まらなかった。忙しくて大変な中、一生懸命頑張ってくれて……きっと、お義母さんやひなこちゃんも喜ぶだろう。「良かった。結菜ちゃんのOKももらえたし、今日からまた、旅行を楽しみにしていろいろ頑張れる」「僕もです。勉強も、旅行に行けると思えば今の10倍頑張れます」「10倍って、それはさすがに厳しくない?」「颯君、僕は結菜さんのココアを飲んで10倍、いや、100倍頑張りますよ。だって、みんなで旅行に行けるんですよ」「まあ、確かに。俺も……1000倍頑張って絵を描くよ。料理も勉強する。あ~、マジで楽しみだ。旅館選び、気合い入れないと」「じゃあ、俺は1万倍だな」「祥太兄、めっちゃ負けず嫌いだな」「当たり前だよ。今度の旅行は特別なんだから」「えっ?」「さあ、もうみんな解散解散。また明日」祥太君がイスから立ち上がった。「みんな……本当にありがとう。私もすごく楽しみにしてるね。私も明日からまたいろいろ頑張れる」みんなは笑顔で部屋に戻っていった。私はまだここにいたくて、しばらくココアを飲んでいた。温かいのを入れ直して。みんなの気持ちが嬉しくて、もう少し余韻に浸っていたかったから。旅行なんて本当に久しぶりでワクワクする。まるで遠足を楽しみにしている小学生みたいだ。
「ダメだよ。これは3人で決めたことだから。俺達が結菜ちゃんを誘ったんだし。プレゼントさせて」「でも……」「俺は楽団で収入があるし、颯もバイト頑張ってるし。それに、文都もな」「はい。僕も時間のある時に英会話教室の先生をしてました。大学近くの英会話教室で子ども達に教えてたんです。英語が好きなんでとても楽しく頑張れました」文都君が少し恥ずかしそうに答えた。「そうだったの?全然知らなかった」「すみません。結菜さんに旅行をプレゼントしたくて内緒で頑張ってました」「そんな……医学部の勉強の合間にバイトなんて、すごく大変だったでしょ?」「いえ、とても楽しかったですよ」「子ども達に英会話を教えるなんて本当にすごいね。楽しそうに会話してる文都君と子ども達の様子が目に浮かぶよ。文都君の英語、ネイティブみたいだから子ども達も勉強になるだろうしね」きっと、こんなかっこいい先生なら、子どもだけではなく保護者にも人気があったに違いない。「ありがとうございます。おかげさまで生徒が急に増えたって塾長に言われました」やはり、文都君効果はかなりのものなんだ。「ほんとすごいな。文都君目当ての生徒が増えたんだ。俺、文都君の英語聞いたことないんだけど、なんか話して」颯君にせっつかれ、焦るような仕草の文都君。「さすがに文都も急に言われたら困るよな」祥太君が笑いながらフォローする。「そ、そうですね。ちょっと恥ずかしいですね。何を話せばいいのかわからないですし」「じゃあ、自己紹介を英語でお願いします」「えっ、ああ、結菜さんに頼まれたら仕方ないですね。照れますけど、わかりました」文都君は、ものすごく流暢な英語で話し始めた。聞き惚れるくらいカッコイイ発音。私は英会話はできないけれど、洋画や洋楽が大好きだから、文都君の英語力にはとても憧れる。英語が話せるだけで、ただでさえ素敵な文都君がますますカッコよく見えるから不思議だ。「うわっ、ほんとにすごい!めちゃくちゃカッコいい。いいよな、英語話せるって。ある意味無敵だな」「颯君も英会話を習えばいいですよ。時間があれば僕が教えましょうか?」「え、いいの?ぜひ頼むよ。文都君の負担にならないなら」「はい、わかりました。大丈夫ですよ。一緒に頑張りましょう」「ありがとう、嬉しいよ。でも、なんでそんなに英語が上手いの?」それは当
「結菜ちゃん、あのさ……ちょっと話があるんだけど」「えっ?」「俺達3人でいろいろ考えたんだ」「う、うん」いったい何を言われるのだろう。祥太君の言葉にドキドキする。「川崎さんのことがあって、健太さんが出ていって、智華ちゃんもいなくなって。結菜ちゃん、すごく参ってると思うんだ。本当にいろんなことがあり過ぎて……」「……確かにそうだね。短い間にいろいろあり過ぎたよね」祥太君が言ったことだけではなく、目の前にいる3人からの告白も、私にとってはあまりにも大きな出来事だった。冷静な態度をとってはいるけれど、内心ドキドキで、テレが顔に出てしまうときもある。「結姉、いっぱい悩んだよな」「……うん。でもみんながいてくれたから乗り越えられたんだよ。同居人として、みんなが来てくれたから、私は川崎君とのことも、旦那のことも乗り越えられた。それは、本当に感謝してる。ありがとうね」「それはお互いさま。みんな結菜ちゃんに助けられてるから」「そうです。本当に助けられてます」「みんな……。ありがとう。でも、智華ちゃんには申し訳ないことをしてしまった……」せっかく同居人として一緒に暮らしていたのに。「彼女のことは結菜ちゃんには関係ない。健太さんと智華ちゃんの問題だから。結菜ちゃんは何も悪くないんだから気にすることはないよ」「祥太君の言う通りです。結菜さんは悪くありません。それに、智華さんも、健太さんと深く関わらずに済んで良かったです」「……うん、そうだね。あの人と関わった女性は、きっとみんな苦しむことになるから……」「あ、ごめんなさい。健太さんのこと、あんまり悪く言わない方がいいですよね……すみません」「文都君、気を使わなくて大丈夫よ。かつては旦那だった人だけど、やっぱり……傷つけられたことに間違いはないから。智華ちゃんは、本当にあの人と深く関わらずにいられて良かったんだよ。あんなに素敵な智華ちゃんなら、何百倍も素敵な男性が見つかるって信じてる。あの人にはもったいないくらいの美人さんだから」「そうですね。同じ同居人としては、みんな幸せになってもらいたいと思います」「俺もそう思う。そして、もちろん、結菜ちゃんにもね」「そうだよ。1番幸せになってほしいのは結姉だから」「そんな……」「それでね。俺達3人から結菜ちゃんに提案があるんだ」「提案?」祥太君がうな
10月にもなると、朝晩がかなり冷え込む。秋も深まり、紅葉が美しいこの季節。夜も更けて、お義母さんとひなこちゃんは先に休んだようだった。暖かめのパジャマにカーディガンを羽織り、私はホットココアを入れた。旦那と別れてしばらくしても、私はまだ自分の置かれている状況に慣れないでいた。今、私はシングルなんだ――夫婦という肩書きは……もう、無い。あの人と、そんなに長く連れ添ったわけではないけれど、一応夫婦となって一緒に暮らしていたのに、一瞬にして紙切れ1枚でバラバラになるなんて……何だか呆気ない。まるで何も無かったかのように、新しい生活が始まっていた。そんな毎日の中でふと思う。あの7年間は無駄だったのだろうかと――でもきっと、7年間という時間の中で、私はたくさんのことを学んで、そして、少しは強くなれた。だからこそ、これからは毎日を真剣に生きていきたい。そう思えるようになれたことが私の成長だ。正直まだ手探りな日々だけど、今度はちゃんと真っ直ぐに進みたい、そう心に誓った。「さあ、ココア、どうぞ」「結姉のココアは美味しいんだよな。ありがとう、いただきます」「誰がいれても同じだよ。お湯を注ぐだけなんだから」「いや、颯君の言う通りです。結菜さんのココアを飲むと頭が働くような気がします」「まさか、気のせいだよ。文都君はものすごく集中力があるから」「いえ、結菜さんのココアのおかげです」「そう?じゃあ素直に喜ぶことにするわね」思わず苦笑いしながら言った。男子3人がダイニングに集まっているこの光景には、まだまだ慣れない。いいかげん慣れてもいい頃なのに、3人が3人ともに個性があって、まるでここがモデル事務所のような錯覚に陥る。もちろん、彼らの良いところは見た目だけじゃない。私が離婚して落ち込んでいるだろうと、あれからずっと気遣ってくれている。優しい言葉がけはもちろんのこと、いろいろ家事を手伝ってくれたり、庭仕事を一緒にしてくれたり、高いところの掃除は全部してくれて……何かサポートしようと頑張ってくれる3人には、感謝しかない。だけれど、そんな素敵過ぎる彼らに対しての答えは、いつまで経っても出せないまま。まさか、こんなイケメン男子達に告白されたなんて、やはり夢でも見ているのだろうかと不思議な気持ちになる。もし、これが夢だとしたら、とても長過
「智華ちゃん。今夜、健太さんが帰ってきたら離婚について話してみるね。だから、少し待ってて。話がまとまったら……また、報告するね」胸が苦しい。わかっていても、離婚することは簡単じゃないんだ。結婚して、不倫して、旦那をとられて……本当に何をやってるんだろ、私は。「ご馳走さま……」私は、食事にはほとんど手をつけることなくその場から立ち去った。みんなの前にいるのがとても苦しかったから。そして、その夜……私は全てを旦那に話した。「智華ちゃん。みんなの前で言ったのか?」「そうだけど?」「はぁ……別にみんなにわざわざ報告しなくても」「その言い方、ずいぶんひどくない?智華ちゃんは、あなたのことが本当に好きで、どうしようもなくてみんなの前で言葉にしちゃったんだよ。あなたにはわからないの?彼女の純粋な気持ちが」旦那は、私の言葉に対して、めんどくさそうに頭を搔いた。「ちょっと若くて美人だから相手にしたら、すぐ彼女気取りだな。本当、重いんだよ、そういうの」「……本気で言ってる?」「は?」「あなたは、若い女の子の気持ちを弄んで、虜にさせておきながらバカにする……それでも人間なの?」「それ以上言うな。お前に説教なんかされたくない」「智華ちゃんは……ここを選んでくれた大切な同居人なのに……あなたは、あなたは……」胸が詰まって苦しい。「男と女の関係に、同居人だからとか関係ないだろ。惹かれ合えばくっつく。まあ、魅力が無いお前にはわからないか?」旦那の最低な言い方に、私は間髪入れずに平手打ちをした。「痛っ!何すんだ!」手も痛くて、息が上がる。「お願いだから私の前から消えて!顔も見たくないから。智華ちゃんにはあなたからキチンと話して。彼女が絶対に傷つかないように、デリカシーを持って話してあげて。いいわね?そして、私達は……完全に終わり。二度とあなたには会いたくない。すぐにここから出ていって!」旦那は黙っていた。こんな私を見るのは初めてだったのかも知れない。私だって、ちゃんと言えるんだから、自分の気持ちくらい。後日、私は旦那から離婚届を受け取った。あらかじめ渡していた用紙にサインして。ジュエリーボックスにしまい込んでいた結婚指輪も、時計も、やっと捨てた。そう、私は、ようやく旦那への全ての思いを断ち切れたんだ。少ししかない良い思い出も……