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第129話

Author: こふまる
悠斗のチームメイトたちは、地面に手をつきながら舌を出したり、地面に座って空を見上げたりしていた。

「悠斗君、もう立てないよ!やり直しなんてできないって!」

悠斗は横で、先生が瑛優に花丸シールを渡すのを眺めていた。

先生は五枚の花丸シールを用意していたが、一人で五人分の働きを見せた瑛優に、全てが与えられた。

悠斗の表情が見るも無惨に歪む。

彼は瑛優を指差し、命令口調で言った。「優勝者は道具の片付け当番!」

「どうしてよ!」時雨が瑛優のために抗議する。

望月も負けじと声を上げた。「なんで優勝した人が片付けなきゃいけないの?」

「だって瑛優のせいでみんな疲れ切ってるじゃん!あいつ、汗一つかいてないし!片付けるのは当然でしょ?」

「悠斗君こそ、まだ元気そうじゃない」時雨が小声で呟く。

悠斗は仲間の一人の腕を肩に回し、「僕は委員長だから、みんなを教室まで送らなきゃ!」

仲間を担ごうとするも、持ち上げることができない。

顔を赤らめながら歯を食いしばり、低い声で言う。「行くぞ!本気で担がせる気?」

他の子供たちが教室に戻る中、時雨と望月は瑛優と一緒に体育用具の片付けを手伝っていた。

「きゃあああ!!助けて!」

突然響き渡った悲鳴に、時雨と望月は飛び上がった。

瑛優は悲鳴の聞こえた方を振り向いた。

すぐ近くの校庭で、年少組の子供たちが必死に逃げ惑っていた。

黒いジャージ姿で、マスクを着けた男が木の棒を手に、幼い子供たちを追いかけ回していた。

時雨と望月はその場に釘付けになる中、瑛優が駆け出した。

「瑛優ちゃん、戻って!」

「ダメ!行っちゃだめ!」

二人の女の子の叫び声が裏返る。

瑛優は手にしていたソフトバレーボールを全身の力を込めて放った。

ボールは男の背中を直撃した。

「ぐああっ!」

マスクの男が地面に倒れ込む。

男が這い上がろうとした瞬間、瑛優は背中を踏みつけ、棒を握る手首を掴んだ。

その手を後ろにねじ上げると、乾いた音が響いた。

「ぎゃああああっ!」

男の絶叫が校庭に木霊する。

逃げ惑っていた年少組の子供たちが一斉に振り返った。

そこには、ピンクのワンピースを着た女の子が立っていた。両サイドの髪を可愛らしくまとめ、ピンクのリボンが風になびいている。

お人形のような愛らしい顔立ち。まんまるな顔に、黒く澄んだ瞳、桜
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