เข้าสู่ระบบ入社日の前日。
佳苗は朝から何となく落ち着かなかった。
何度も時計を見る。
明日の持ち物を確認する。
バッグの中を見る。
また確認する。
自分でも少し呆れてしまう。
「遠足前の子供か」
リビングから声がした。
佳苗は思わず振り返る。
「先輩まで言うんですか」
雄吾は新聞から目を上げる。
「三回見たぞ」
「四回です」
訂正すると。
雄吾は少しだけ笑った。
佳苗はバッグを抱えたままソファへ座る。
「緊張するんです」
正直に言った。
採用された時は嬉しかった。
今も嬉しい。
でも。
実際に働くとなると話は別だった。
「失敗したらどうしようとか」
「するだろ」
即答だった。
佳苗は目を丸くす
朝食を終えたあと、佳苗は食器を流しへ運んだ。「洗い物は私がやります」「いや」 雄吾は立ち上がり、食器を一枚受け取る。「今日は半分ずつだ」「半分ずつ?」「ああ」 そう言うと、ごく自然な手つきで洗い始めた。 佳苗は思わず笑ってしまう。「それ、子どもみたいですよ」「公平だろ」「そうですけど」 結局、二人で並んで洗い物をすることになった。 食器を洗う雄吾。 佳苗は隣で拭いていく。 たまに手が触れそうになって、お互い少しだけ譲り合う。「すみません」「いや」 そんな短いやり取りが何度か続き、最後の皿を棚へ戻した。「終わりましたね」「ああ」 佳苗がエプロンを外した、その時だった。「そういえば」 雄吾が思い出したように口を開く。「来週の日曜、空いてるか」 佳苗は振り返る。「来週ですか?」「ああ」 少し考える。 資格試験まではまだ少し時間がある。 会社の予定もない。「空いてます」 そう答えると、雄吾は小さく頷いた。「なら出掛けるぞ」 また説明がない。 佳苗は思わず笑った。「今度は教えてくれないんですか?」「秘密だ」「またですか」「前も文句を言ってたな」「だって、本当に何も教えてくれないじゃないですか」 佳苗が少しだけ頬を膨らませると、雄吾は珍しく声を立てて笑った。「その顔」「え?」「前はしなかった」 佳苗はきょとんとする。「そうですか?」「ああ」 雄吾は頷いた。「前のお前は、遠慮ばかりしてた」
その夜。 買ってもらったプリンを食べながら、佳苗は何度も思い返していた。 駅まで迎えに来てくれたこと。 何も聞かずにプリンを買ってくれたこと。 どちらも雄吾にとっては大したことではないのだろう。 だからこそ困る。 何気ない優しさだから。 余計に心へ残ってしまう。「何笑ってる」 食器を洗いながら、雄吾が振り返った。 佳苗ははっとする。「え?」「さっきから」 言われて初めて気付いた。 自分は笑っていたらしい。「そんなに美味しかったか」 佳苗は照れ隠しにプリンの空を見つめた。「……美味しかったです」 嘘ではない。 でも、それだけじゃなかった。 雄吾は「そうか」とだけ言って洗い物を続ける。 佳苗はその背中を見つめ、小さく笑った。 本当に。 敵わない人だ。 翌朝。 目を覚ますと、キッチンから香ばしい匂いが漂ってきた。 佳苗は寝ぼけ眼のままリビングへ向かう。「おはようございます」「ああ、おはよう」 雄吾はエプロン姿でフライパンを振っていた。 佳苗は目を丸くする。「先輩?」「何だ」「もう料理してるんですか?」「熱は下がった」 そう言って味噌汁の火を止める。 確かに顔色も昨日よりずっといい。 佳苗はほっと胸を撫で下ろした。「良かった……」 思わず本音が漏れる。 雄吾は苦笑した。「そんなに心配だったか」「当たり前です」 佳苗は即答してしまう。 その瞬間、自分でも少し言い過ぎたと思った。 慌てて視線を逸らす。
翌週の金曜日。 佳苗は時計を見上げ、小さく肩を落とした。 午後六時半。 普段ならもう帰り支度をしている時間だった。「ごめん、佳苗さん」 課長が申し訳なさそうに近づいてくる。「この書類、今日中に確認だけお願いできる?」「はい、大丈夫です」 佳苗は笑顔で頷いた。 入社してまだ日が浅い。 頼ってもらえるのは嬉しかった。 急いで資料を確認し、入力を終える。 気が付けば七時半を回っていた。「終わりました」「助かったよ。ありがとう」 課長に礼を言われ、佳苗はほっと息をつく。 会社を出る頃には、外はすっかり暗くなっていた。「遅くなっちゃった……」 スマートフォンを見る。 雄吾からメッセージが届いていた。『まだ会社か』 短い一文。 佳苗は少しだけ頬を緩める。『今終わりました。これから帰ります』 送信すると、すぐに返信が返ってきた。『駅にいる』 佳苗は思わず立ち止まった。「え?」 駅にいる。 その意味を理解するまで数秒かかった。 急いで改札へ向かう。 人混みの向こうに、見慣れた姿があった。 雄吾は柱にもたれ、スマートフォンを見ている。 佳苗に気付くと顔を上げた。「先輩?」 思わず駆け寄る。「どうしたんですか?」「迎え」 あまりにも簡潔な答えだった。 佳苗は目を丸くする。「迎えって……」「今日は遅いだろ」 それだけだった。 佳苗は胸の奥がじんわりと温かくなる。「連絡してくれれば良かったのに」「仕事中だろ」
湯気の立つ鍋を囲みながら、二人で夕食を取る。 今日の献立は、卵とじうどんだった。 食欲がない時でも食べやすいようにと、佳苗なりに考えた一品だ。「味、薄くないですか?」 佳苗がおそるおそる尋ねる。 雄吾はうどんを一口すすり、ゆっくりと飲み込んだ。「ちょうどいい」 その一言に、佳苗は胸を撫で下ろす。「良かった」 雄吾は箸を置き、佳苗を見た。「お前」「はい?」「昔からこうだったのか」「何がですか?」「人の世話を焼くのが好きなのか」 思いがけない問いだった。 佳苗は少し考える。「好き……なんでしょうか」 自分でもよく分からない。 ただ。 困っている人を見ると放っておけない。 それだけだ。「昔は」 佳苗は箸を持つ手を止めた。「家族のために何かするのは当たり前だと思っていました」 朝早く起きて朝食を作ることも。 洗濯も掃除も。 節約も。 全部、妻だから当然だと思っていた。 感謝されなくても。 気付かれなくても。 そういうものだと、自分に言い聞かせていた。「でも」 佳苗は少し笑った。「今は少し違います」 雄吾は黙って続きを待っている。「先輩が『ありがとう』って言ってくれるから」 その一言で十分だった。 誰かのためにしたことが。 ちゃんと届いている。 そう思えるだけで嬉しかった。 雄吾は照れくさそうに視線を逸らす。「礼くらい言うだろ」「悟さんは、あまり言いませんでした」 その言葉が出た瞬間。 佳苗は「あっ」と小さく声を漏らした。
昼休み。 佳苗は休憩室でスマートフォンを開いた。 雄吾から連絡はない。 それが少し気になってしまう。「寝てるのかな……」 小さく呟いて画面を閉じる。 わざわざ「熱はどうですか」と聞くのも、何だか大げさな気がした。 会社では仕事中なのだから。 心配ばかりしていても仕方がない。 佳苗はそう自分に言い聞かせると、午後の仕事へ戻った。 その日の仕事は少し忙しかった。 電話対応に、伝票の整理。 先輩社員に教わりながら、一つひとつ確認していく。「佳苗さん、助かった」 上司にそう声を掛けられ、思わず笑みがこぼれた。「ありがとうございます」 少しずつではあるけれど。 役に立てることが増えてきた。 その実感が嬉しかった。 定時を少し過ぎて会社を出る。 帰り道、スーパーへ立ち寄った。 まだ本調子ではない雄吾のために、消化の良いものを買って帰ろうと思ったのだ。 豆腐。 うどん。 りんご。 ヨーグルト。 買い物かごを見下ろしながら、佳苗は苦笑する。「お母さんみたい」 思わず自分で突っ込んでしまう。 レジを済ませ、マンションへ戻る。「ただいまです」 返事はない。 佳苗は靴を脱ぎながら首を傾げた。 リビングへ入る。「……え?」 思わず声が漏れた。 ソファには誰もいない。 代わりに、テーブルの上へ一枚のメモが置かれていた。『会社へ行ってくる』 佳苗は思わずメモを持ち上げる。「えっ?」 時計を見る。 もう夕方だ。 熱が下がったとはいえ、今日は休むと言っていたは
翌朝、佳苗はいつもより少し早く目を覚ました。 目覚まし時計より先に目が覚めたのは久しぶりだった。 寝室を出ると、リビングはまだ静かだった。 カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。 佳苗はそのままキッチンへ向かい、お湯を沸かした。 昨日の残りのおかゆを温め直す。 冷蔵庫から梅干しを取り出し、小皿へ添えた。 熱は下がったとはいえ、まだ本調子ではないだろう。 そう思いながら準備をしていると、寝室のドアが開く音がした。「おはようございます」 佳苗は振り返る。 雄吾がゆっくりとリビングへ入ってきた。「……おはよう」 昨日より顔色は良い。 少し安心した。「熱はどうですか?」「さっき測った」 そう言って体温計をテーブルへ置く。 三十七度一分。 あと少しだ。「下がってきましたね」「ああ」 佳苗は笑顔になる。「良かった」 雄吾は椅子へ腰を下ろした。 まだ少し気怠そうではあるが、昨日のような辛そうな表情はない。「おかゆ、温めました」「悪いな」「悪いしか言わないですね」 思わず笑ってしまう。 雄吾も少しだけ口元を緩めた。「そうかもしれん」 佳苗は器を差し出す。 雄吾は昨日よりもしっかりとした手つきでスプーンを持った。 一口。 また一口。 今日は止まらない。 それだけで嬉しかった。「食欲、戻ってきました?」「ああ」 雄吾は頷く。「助かった」 その一言が、佳苗には何より嬉しかった。 誰かの役に立てた。 ただそれだけなのに、胸がじんわりと温かくなる。
その日の夕方。 佳苗は夕食の準備をしていた。 包丁を握りながら、 ふと気づく。 最近。 料理をしている時間が増えた。 少し前までは、 何を食べたかも覚えていない日が多かったのに。 今は違う。 献立を考えて。 買い物をして。 料理をする。 そんな当たり前のことが、 少し嬉しかった。 その時。「危ない」 低い声が飛んできた。「え?」 次の瞬間。 佳苗は指先に痛みを感じた。「あっ」 包丁で切った。 ほんの少しだったが、 赤い血が滲む。「だから言っただろ」 いつの間にか雄吾が隣へ来ていた。「大丈夫です、これくらい」「座れ」「でも」「座れ」
翌朝。 佳苗は朝食の準備をしながら、 昨夜のことを思い出していた。 雄吾の表情。 あの冷たい目。 何かあったのは間違いない。 けれど。 聞いても教えてくれなかった。 そのことが少し気になっていた。 味噌汁を温めながら考えていると。 背後から声がした。「早いな」 振り返る。 雄吾だった。「先輩こそ」「仕事だ」 いつもの返事。
昼過ぎ。 佳苗は雄吾と並んでスーパーの店内を歩いていた。 平日の昼間。 主婦や高齢者の姿が目立つ。 その中に。 明らかに場違いな男が一人。 佳苗は横を歩く雄吾を見上げた。「やっぱり変です」「何がだ」「先輩がスーパーにいるの」 即答すると。 雄吾は少しだけ眉を上げた。「スーパーくらい行く」「そういう問題じゃなくて」 佳苗は思わず笑ってしまう。 スーツ姿のまま買い物かごを持っている姿が、どうにも似合わない。 すると。 雄吾は淡々と言った。「お前が一人で来るよりマシだ」 佳苗は苦笑する。 相変わらず過保護だ。 でも。 もう少しだけ分かる。 昨日の紙袋
『そこから動くな』 通話が切れたあとも。 佳苗はその場から動けなかった。 心臓が嫌な音を立てている。 紙袋を持つ手が震える。 どうして。 悟はここまで来たのだろう。 マンションは知っている。 それは分かっていた。 でも。 実際にこうして痕跡を残されると、話は別だった。 怖い。 本当に。 怖い。 その時。 エレベーターの到着音が響いた。 佳苗の肩が大きく跳ねる。 反射的に後ずさる。 だが。 降りてきたのは雄吾だった。「先輩……!」 佳苗は思わず声を上げる。 雄吾は真っ直ぐこちらへ歩いてくる。「怪我は」「してません」「接触は」「ありません」