FAZER LOGIN妊娠3ヶ月の私に、夫の黒崎翔吾(くろさき しょうご)は言った。彼の秘書・白石蛍(しらいし ほたる)の代わりにお酒を飲んでやれ、と。 「蛍は体が弱いんだ。お酒なんて飲めるわけないだろ。お前がちょっと代わってやれよ」 「もう酔っているから飲めない」と断ろうとした時、翔吾は無理やり私の手にクラスを握らせた。 「お前がどれだけ飲めるか、俺が一番よく知ってるんだ。嫌そうな顔しないで、全部飲め!」 そう言うと、翔吾は取引先の人たちに自慢げに話し始めた。 「うちの妻は、昔は女一人でビジネスの世界で戦ってきました。その武器は、お客さんといくら飲んでも酔わない体を持っていることです。さあ皆さん、どんどん飲ませちゃってください!」 すぐに周りから不快な合いの手が飛んできた。見渡せば、蛍が翔吾の後ろに隠れて怯えたようにすすり泣きしている姿が目に入った。 「社長、こんなの怖いです。もう帰りたいですよ……」 私が口をはさむよりも先に、翔吾は心配そうに彼女を先に帰らせた。酒のことしか考えていないような男たちの中に、私を置き去りにした。 私は力なく笑い、グラスの中身を一気に飲み干した。 何年もこんなことを耐えてきたのに、返ってくるのは屈辱だけ。 こんな結婚生活、もう終わりにしよう。
Ver maisあれから、翔吾はどこかで私の現状を嗅ぎつけたらしく、毎日私にしつこくつきまとうようになった。しまいには、駐車場で私の待ち伏せをする始末だ。「志穂、頼むから連絡先を消さないでくれよ!まだ離婚届を出したわけじゃないんだ。まだやり直せるだろ?なんで高橋グループの令嬢だって早く言わなかったんだよ!浮気したのは俺が悪い。でも、お前だって俺に隠し事をしてたんだから、おあいこだろ!な、これからは仲良くやっていこうぜ?」以前にも、駐車場で翔吾に怒鳴られたことがあったことを思い出すと、立場が逆転した今の状況が、なんだか滑稽に思えた。彼のやつれた顔、それにヨレヨレになったスーツを見て、私は思わず笑ってしまった。「翔吾、最近、会社の経営がうまくいってないみたいじゃない?私という足手まといがいなくなれば、もっとうまくやれるって思ってたんだけど?」翔吾は私がそう言うとは思わなかったんだろう。一瞬、言葉に詰まって、気まずそうに顔を背けた。昔は、会社の大きな仕事は翔吾が私に相談してから進めていた。他の人は誰も知らないけど、彼自身が一番自分の実力をよく分かってるはずだ。翔吾とこれ以上、口論する気はなかった。だから、単刀直入に切り出した。「私が何者か分かったんなら、理解できるでしょ?私が指一本動かすだけで、あなたの会社なんて簡単に潰せるってことを。今のあなたには、嫌な感情しか抱かない。私だったら、さっさと離婚しておとなしく姿を消すけどね。そうでもしないと、大変な目に遭うことになるから。あなたを社会的に終わらせるなんて、朝飯前のことよ」翔吾は目に絶望を浮かべた。彼はがっくりと肩を落としてため息をつくと、背を向けて去っていった。この男が結局、一番大事にしているのは自分の利益だけ。そのことは私が一番よく知っている。だから、こう付け加えた。「あなたの可愛い彼女も、ちゃんとしつけて。次にもしどこかで迷惑になった時、泣くのは彼女じゃなくて、あなたの方だからね」翔吾の背中がビクッと震えて、すぐに闇の中へと消えていった。思った通り、数日も経たないうちに情報が入ってきた。翔吾が、蛍を会社から追い出したようだ。無断欠勤が会社の規則に違反したと言い、今まで貢いだ高額なブランド品も、全部返すように要求したようだ。翔吾は、あげたプレゼントを全部会社の経費で落
自分の居場所に戻ってみたら、すべてが想像以上にうまくいって、居心地良さに驚いた。両親は、私が副社長に就任することを役員会議で発表した。会社の経営陣にも加わり、株式も譲り受けた。きっと誰かが反対するだろうと思っていた。でも、兄が私を紹介した後、威厳のある役員たちは、誰一人として反対の声をあげなかった。兄がこっそり耳打ちしてきた。「あの古株連中はみんな知ってるんだ。高橋家は、身内が一番大事だってことをね」新しい仕事にも、すぐに馴染むことができた。長くて退屈な報告の中から、問題点を的確に見つけ出すことができた。たくさんの人間がいる職場でも、一人ひとりの得意なことと苦手なことを見抜いて、うまく仕事を割り振ることもできた。商談の席でお酒に頼る必要もなかった。お互いのメリットを提示するだけで、話はまとまった。相手の考えを読み、双方が納得できるギリギリのラインで、うまく契約を勝ち取ることができた。あっという間に、社員みんなが私を認め、敬意を込めて、「副社長」と呼ぶようになった。仕事は私を元気にしてくれた。おかげで、過去の嫌なことなんてすっかり忘れて、仕事に没頭できた。その時、私はようやく気づいたのだ。両親が若い頃に追い求めた成功は、甘い結婚生活よりも、ずっと刺激的で人を夢中にさせるものだったんだと。仕事に熱中していたら、あっという間に夜になった。口座残高の桁数が数えるのが面倒なくらい増えたのを見て、自分にちゃんとしたご褒美をあげることにした。見るにおしゃれなレストランに入ってみたけれど、すぐに入り口で止められてしまった。「ご予約をされていないのでしたら、席の準備ができません」と言われてしまった。少しがっかりして、別のお店を探そうと思ったその時、蛍とばったり会ったのだ。彼女はツイードの高級そうなスーツを着て、手にはクロコダイル製のエルメス。いかにもお金持ちだというオーラが全身から溢れていた。蛍は私に気づかなかったのか、まっすぐレストランの中へ入ろうとした。彼女も店員に止められると、呆れたようにため息をつき、自分のバッグを指さした。「ちょっと、よく見たらどうなの?これ、エルメスのバーキンよ。こんなバッグを持ってる私が、予約なんて必要ないでしょ?仕事、辞めたいわけ?」入り口にいた店員はまだ若いようで、今
離婚届のサインが手に入ったから、私は翔吾の連絡先をすべて削除し、後のことは弁護士に任せた。実家に帰ると、予想外なことに、両親から兄まで、誰一人として私を責めなかった。私がわがままで家を飛び出したことにも、誰も触れなかった。昔使っていた自分の部屋で横になってみると、そこは家具も置物も、昔のままで、何も変わっていなかった。なんだかすごくほっとして、安らぎを感じた。子供の頃は理解できなかった。両親は外ではビジネス世界のトップとして活躍しているのに、どうして家ではいつも喧嘩ばかりなのだろうって。私が中学生になった時、財産の都合で、二人は形だけの夫婦になっていた。二人にはそれぞれ他に恋人がいて、とっくに愛情なんて冷めきっていた。でも、利害が一致した時だけは、協力して問題に直面していた。そして子供の頃から、私は家族の愛情を知らなかった。与えられたのは使いきれないくらいのお金と、ビジネスのコツだけだった。普通の家庭に憧れて、歪んだ両親の関係が理解できなかった私は、家を飛び出した。ごく普通の温かい家庭が、喉から手が出るほど欲しかった。だから翔吾に出会った時、私は彼と一緒にいることしか考えられなかった。私は自分の知識と人脈を活用して、翔吾のキャリアを支えた。彼が成功してからは、表に出ず、家庭を第一位に置くことにした。そうやって尽くせば彼に愛されると思っていた。でも、それは翔吾に過度の自信を抱かせただけで、私はだんだん空気のような扱いを受けるようになった。何もかもが理想から離れていった今、私は結婚というものが、少しだけ分かった気がする。結婚したからって、愛されるわけじゃない。もともと愛を知っている人だけが、愛のある生活を送れるんだ。まずは自分を大切にしないと、幸せな結婚なんて手に入らないんだ。そろそろ寝ようと思ったとき、ドアがノックされた。父がドアを開けて入ってきた。続いて、薄いブランケットを肩にかけた母の姿もあった。私が何かを言う前に、二人のほうから謝ってきた。「志穂、俺たちの結婚生活が君に辛い思いをさせていたのに、仕事のことだけ考えて気づいてやれなかった。君が今幸せじゃないのは、お父さんとお母さんのせいだ。でも、今回のことは君にとって、きっと悪いことばかりじゃない。会社を継ぎたくないならそれでもいい。こ
実家に電話して、私はすぐに退院の手続きを済ませた。それから数日、翔吾が病院に来ることはなかった。届いた電話やメッセージは、全て無視した。離婚の手続きさえ残っていなければ、とっくに連絡先を全部ブロックしていたのに。退院する当日、翔吾がやって来た。左手には弁当箱、右手にはユリの花束を持って、私の機嫌を伺った。しかし私は彼を無視して、弁護士に用意してもらった離婚協議書と離婚届を突きつけた。「あら、来たんだ。これにサインして」翔吾は渡された書類を見て、また眉間にしわを寄せた。私がすでに荷物をまとめ終え、ベッドも空いたのを見ると、彼の表情がさらに曇った。「勝手に退院するなんて、誰が許可したんだ?なぜ俺に一言も相談しないのか?」離婚の話をわざと避ける翔吾に、もう我慢の限界だった。「翔吾、あなたに私を縛る資格なんてないわ。それに、そんな偉そうな態度で話すのはやめて。私はあなたの所有物じゃないの!私の要望は、弁護士さんから聞いているでしょ。もう二度と言わせないで。あなたとは離婚する。それ以外の選択肢はありえないわ」翔吾が無理して保っていた冷静さがついに剥がれ落ち、現実を直視せざるを得なかった。彼は複雑そうにため息をつき、ネクタイを少し緩めた。その声は、微かに震えていた。「志穂、お前を深く傷つけたことは分かってる。この数日間、一人でずっと考えていたんだ。そして気づいた。俺が心の底から愛しているのは、やっぱりお前だけだって。もうお前なしじゃ生きられないんだ。この数日、会いに来なかったのは、離婚のことを言われるのが怖かったんだ。もう一度チャンスをくれないか。これからは絶対に大切にするから。だから、もう一度やり直そう」「無理よ。それに、その必要もないわ」私の声には、何の感情もこもっていなかった。「あなたへの愛情は、もうすっかり消えちゃったの。今は嫌悪感しかなくて、憎む気力さえ起きないの。翔吾、胸に手を当てて考えてみて。私に隠れて、どれだけみっともないことをしてきたの?私の気持ちを利用して、私を見下して、きつく当たって、ズタズタにした。これは他の女のせいじゃないわ。あなたと一緒にいた毎日は少しも楽しくなかった。地獄みたいだった。あなたを許す理由なんて一つもないのよ。私たちはもう終わりなのよ、翔吾。もし、ほんの