เข้าสู่ระบบ箱根へ向かう朝。
綾香が玄関へ下りると、父はすでに準備を終えて待っていた。
「遅いぞ」
「まだ出発時間の十分前よ」
「旅行の日くらい早く来るかと思っていた」
「子供じゃないんだから」
そう言いながらも、綾香は笑った。
父と二人だけで旅行をするのは、いつ以来だろう。
少なくとも母が亡くなってからは一度もなかった。
車に乗り込み、しばらくすると見慣れた街並みが遠ざかっていく。
「お母様と来た時も、車だった?」
「ああ」
「私、車の中で寝てた?」
「行きも帰りもな」
「全然覚えてないわ」
「帰りなんて、お母さんに抱かれたまま起きなかったぞ」
「私、そんなに小さかった?」
「小さかったよ」
父は懐かしそうに笑った。
「着いた途端にはしゃいで、帰る頃には電池が切れてた」
「子供なんだから仕方ないでしょ
週明けの午後、綾香は父に頼まれ、会社へ届け物を持っていった。 急ぎの書類ではなかったが、父が午後の会議で使う資料と一緒に、自宅に置き忘れた手帳を届けてほしいという。 受付を通り、役員室のある階へ上がる。 廊下の向こうから、聞き慣れた声がした。「綾香?」 理央だった。「珍しいね。今日はどうしたの?」「お父様に届け物よ」「そうなんだ。今ちょうど会議が終わったところだよ。案内しようか?」「場所は分かるわ。ありがとう」 理央は穏やかに微笑んだ。「じゃあ、僕も一緒に行こうかな。ちょうど社長に確認したいことがあるんだ」 二人で廊下を歩き始める。 以前なら、こんな時間もごく自然なものだった。 幼い頃から御影家に出入りしていた理央は、綾香にとって家族に近い存在だったのだから。「そういえば、美月から聞いたよ」 理央が言った。「何を?」「最近、綾香が忙しそうだって。あまり会えなくて寂しいみたいだね」「そうなの」「美月は綾香のことが好きだからね。ちょっと気にしてるんじゃないかな」 綾香は理央を見た。「美月とはこの前も会ったわ」「ああ、そうなんだ」「それに、連絡も取っているもの」「ならよかった」 理央は安心したように笑った。「美月、何か気に障ることをしたのかなって言ってたから」「それは本人と話しているわ」「そっか」 理央はそれ以上尋ねなかった。 役員室の前で立ち止まる。「じゃあ、僕は少しあとで入るよ」「ええ」 綾香は扉をノックした。◇◆◇ 父に手帳を渡して用事を済ませると、綾香は一階のロビーへ向かった。 そこには、美月がいた。「あら、綾香」 美月は驚いたように目を見開いた。「どうしたの?」「お父様に届け物があったの」「そうだったのね」 美月は小さく微笑んだ。「私、理央とお昼を食べる約束をしているの。お仕事が長引いてしまったみたいで、待っていたところよ」「そうなのね」「よかったら綾香も一緒にどう?」「私はもう帰るところだから」「残念」 美月は柔らかく笑った。「そういえば、理央が最近とても忙しいの。昨日も遅くまで仕事だったみたいで」「お父様も忙しそうだったわ」「そうね。だから、少しでも息抜きしてもらえたらと思って」 美月は膝の上に置いた紙袋へ目を向けた。「今日は理央の好きなお菓子も買
週末の午後、綾香は母の遺品を整理していた。 昔の写真をアルバムに収め直し、傷んだ封筒を新しいものに替える。窓から差し込む秋の日差しは柔らかく、部屋には穏やかな時間が流れていた。 そこへ、執事の橘がやってきた。「お嬢様、美月様からお届け物がございます」「美月から?」「はい。お手紙も添えられております」 差し出されたのは、上品な包装紙に包まれた小さな箱だった。 中には、淡いピンク色のハンカチが入っていた。『先日のお詫びに。綾香に似合うと思って選びました。気に入ってもらえたら嬉しいわ』 綾香は手紙を読み終え、箱を閉じた。「お礼は私から伝えるわ」「かしこまりました」 橘が退出すると、綾香はスマートフォンを取り出した。『ハンカチ、届いたわ。ありがとう』 返事はすぐに届いた。『よかった。綾香、ああいう色が好きでしょう?』『ええ』『九条先生とお出かけする時にも使ってもらえたら嬉しいわ』 綾香は画面を見つめた。 また、遥臣の名前だった。『普段から使わせてもらうわ』『もちろんよ。変なこと言ってごめんなさい』 美月はそれ以上、何も尋ねなかった。◇◆◇ その翌日、綾香は父と昼食を取っていた。「そういえば、美月さんから電話があったよ」 父が何気なく言った。「美月から?」「ああ。先日送ってくれた菓子の感想を聞かれてね。ついでに、綾香が最近忙しそうだから、無理をしていないか心配だと言っていた」「そうなの」「いい友達を持ったな」 父は微笑んだ。「昔から、綾香のことをよく気にかけてくれる」 綾香は静かにナイフを置いた。「お父様。美月とは私が直接話しているから、心配しなくて大丈夫よ」「そうか」「ええ。それに、何かあれば私から相談するわ」「分かったよ」 父はそれ以上、何も言わなかった。 綾香は食事を再開したが、胸の奥にはわずかな不快感が残っていた。 自分が忙しいかどうか。 無理をしていないか。 そんなことまで、わざわざ父に尋ねる必要があるのだろうか。◇◆◇ 夕方、美月から電話がかかってきた。「綾香、ハンカチは気に入ってもらえた?」「ええ。ありがとう」「よかった。実は私も同じものを買ったの。色違いだけど」「そうなのね」「昔もよく、お揃いのものを持っていたでしょう? 懐かしくなっちゃって」 美月は穏やか
翌日の夜、綾香のスマートフォンに美月からメッセージが届いた。『昨日はありがとう。久しぶりにゆっくり話せて嬉しかった』『私もよ』『おじさまもお元気そうで安心したわ』 そこまでは、ごく普通のやり取りだった。『そういえば、おじさまに九条先生のことを話しちゃってごめんね』『もういいわ』『私、つい嬉しくなっちゃって。綾香が誰かとあんなに仲良くしてるの、なんだか新鮮だから』 綾香は画面を見つめた。 また遥臣の話だ。『遥臣のことは、そんなに気にしなくていいのよ』 少しして、返事が届いた。『そうだよね。ごめんなさい』 そして、もう一通。『でも、おじさまも九条先生のこと気に入ってるみたいでよかったね』 綾香は眉を寄せた。『お父様は、そんなこと言っていなかったでしょう?』『そうだった?』『ええ』『ごめんね。反対してないみたいだったから、そうなのかなって』 綾香は返信せず、スマートフォンを置いた。 美月はいつもそうだ。 ほんの少しだけ、話を先へ進める。 父が「好きにすればいい」と言えば、「遥臣を気に入っている」。 綾香が遥臣と親しいと知れば、「大切な人」。 そして、それをまるで自分も最初から知っていることのように話す。 小さなことだった。 けれど、その小さなことが妙に引っかかった。◇◆◇ 数日後。 綾香は遥臣と夕食を取っていた。「お父様がね、最近また仕事を増やしたみたいなの」「体調は?」「問題ないって言ってるわ。無理はしない約束もしてくれた」「ならいい」「遥臣にも心配をかけたものね」「別に」 遥臣はそう言って水を飲んだ。 綾香は少し笑う。「そういえば、美月がね」
数日後、美月が御影家を訪れた。 父に送った菓子のお礼を伝えたところ、「久しぶりに綾香ともお茶したい」と言われたのだ。「この前のお菓子、ありがとう。お父様も喜んでいたわ」「よかった。おじさま、お忙しそうだったから」 美月は穏やかに微笑んだ。「北海道から戻られたばかりなのに、もうお仕事に戻っているんでしょう?」「少しずつね。前みたいに無理はしていないわ」「安心した」 美月は紅茶のカップを両手で包む。「綾香も、ずっと心配していたものね」「ええ」「九条先生も安心したでしょうね」 綾香は美月を見た。 美月も気づいたらしい。「あ……ごめんなさい」「別に名前を出してはいけないとは言っていないわ」「でも、もうあまり聞かないって約束したから」「今のは聞いていないでしょう?」「そうだけど」 美月は少し困ったように笑った。「なんだか意識しすぎて、かえって変になっちゃうね」 綾香は紅茶を口に運んだ。 その時、父がリビングへ入ってきた。「美月さん、来ていたのか」「おじさま。先日は突然お菓子を送ってしまって、すみません」「いや、ありがとう。皆でいただいたよ」「お口に合ったならよかったです」「いつも気を遣わせて悪いね」「そんなことありません。昔からお世話になっていますから」 美月は柔らかく微笑んだ。 父も笑って、自分の部屋へ戻ろうとする。 その背中へ、美月が声をかけた。「おじさま」「ん?」「綾香、最近とても楽しそうですね」 父が綾香を見た。「ああ。そうだな」「九条先生と仲がいいみたいで。私も安心してるんです」「美月」 綾香が呼ぶと、美月が振り返った。「なに?」「その話、お父様にしなくてもいいでしょう?」「あ……ごめんなさい」 美月はすぐに頭を下げた。「おじさまもご存じだと思っていたから」「知っているけれど」「そうよね。余計なこと言っちゃった」 父は二人を見比べたあと、苦笑した。「まあ、綾香も大人なんだから、好きにすればいい」「お父様」「邪魔はしないよ」 そう言って父は出ていった。 美月が小さく笑った。「優しいお父様ね」「ええ」「九条先生なら、おじさまも安心でしょうね」「美月」「あ、ごめんなさい。また言っちゃった」 美月は口元へ指を添えた。「本当にごめんね。綾香が幸せそうだから
ガーデンショップを出たあと、綾香と遥臣は近くのカフェに入った。 窓際の席に座り、綾香は買ったばかりの小さな鉢植えをテーブルの端へ置く。「今日はこれだけにしたのか」「増やしすぎても、お世話できなくなるでしょう?」「意外と冷静だな」「どういう意味?」「もっと買うと思ってた」「失礼ね」 綾香が笑うと、遥臣もわずかに笑った。 さっき美月と会った時には少し乱された気持ちも、いつの間にか落ち着いていた。「そういえば」 綾香は紅茶のカップを置いた。「さっきのことだけど、美月に何か言われても気にしないでね」「何を?」「私が嫌がったとか、怒ったとか」「ああ」 遥臣はあまり興味がなさそうだった。「君から聞いてるから分かってる」「ならいいの」「それより」「なに?」「嫌なら嫌だって言っていいんじゃないか」 綾香は少し目を瞬いた。「言ったわよ。少し嫌だったって」「なら十分だ」 簡単な答えだった。 綾香は思わず笑う。「遥臣って、そういうところは単純ね」「複雑にする必要あるか?」「ないのかもしれないわね」 少なくとも、遥臣との間では。◇◆◇ 夜になって、美月からメッセージが届いた。『今日はびっくりしたわ。偶然会うなんて』『そうね』『せっかく二人でいたのに、ごめんなさい』『別にいいわ』 少しして、また届く。『でも、九条先生に余計なことまで言っちゃったね』『そうね。あれは言わなくてもよかったと思うわ』 今度は返事が来るまで少し時間があった。『ごめんなさい』『私、綾香に嫌な思いをさせたことをちゃんと謝っておきたかっただけなの』
日曜日。 綾香は遥臣と待ち合わせをして、少し郊外にある大きなガーデンショップを訪れていた。 広い温室には色とりどりの花が並び、その先には季節の草花を集めた庭園もある。「こんなところがあったのね」「気に入ったか?」「ええ。ずっと見ていられそう」「前にも似たようなこと言ってたな」「だって、好きなんだもの」 綾香が笑うと、遥臣もわずかに口元を緩めた。 二人で苗や鉢植えを眺めながら歩く。 白い花の前で足を止めた綾香に、遥臣が言った。「この前買ったやつは?」「元気よ。ちゃんと窓辺に置いてるわ」「そうか」「遥臣が選んでくれたものだもの。大事にしてる」 そう答えると、遥臣が少しだけ視線を逸らした。 その反応がおかしくて、綾香は笑った。 今日はゆっくり過ごせそうだった。 そう思っていた時だった。「あら、綾香?」 聞き覚えのある声に振り返る。 少し離れたところに、美月が立っていた。「美月」「偶然ね」 美月は淡い色のワンピースを着て、小さな紙袋を手にしていた。「私、ここの近くに用事があったの。それで少し寄ってみたくなって」 それから遥臣を見て、柔らかく微笑む。「九条先生もご一緒だったんですね。こんにちは」「ああ」 遥臣は短く答えた。「この前は失礼しました」 美月が丁寧に頭を下げる。「お仕事中だったのに、声をかけてしまって」「別にいい」「でも、綾香にも怒られてしまったんです」「美月」 綾香が名前を呼ぶ。 美月は少し驚いたようにこちらを見た。「怒ってはいないわ」「あ、ごめんなさい。そうよね」 美月は困ったように笑った。「私が九条先生のことをいろいろ聞きすぎたから、綾香が少し嫌だったみたいで」 遥臣の視線が綾香へ向いた。 綾香は小さく息を吐いた。 それは美月との間で済んだ話だ。 遥臣本人に説明する必要などない。「だから、もう聞かないって約束したんです」「そう」 綾香はそれだけ答えた。「親友でも、何でも聞いていいわけじゃないものね。私、ちょっと距離が近すぎたのかもしれない」 美月はそう言って、申し訳なさそうに笑った。 言っていることは間違っていない。 謝っているだけだ。 それでも綾香は、胸の奥に小さな棘が刺さったような感覚を覚えた。「九条先生」 美月が遥臣を見る。「綾香のこと、よ







