เข้าสู่ระบบ鎌風屋敷、母屋の二階。春香とリズは、老婆に案内されて寝室へとやってきた。
「お布団は、ご自由にお使いくださいませ」
押し入れがある。開けば布団もある。とりあえず、春香は窓際で腰を下ろした。
「それでは、ごゆるりと」
それだけ言って、老婆は一階へと降りた。
「東の家って、こんな感じなんですねぇ」
リズは畳の目を頻りに撫でていた。
「畳が気になるか?」
「はい。言葉しか知らなくて……こういうものなんですね」
その様がどこか滑稽で、春香はほんの僅かに顔を綻ばせる。が、結跏趺坐の姿勢──両足を腿に乗せる胡坐に姿勢を変え、息を整えた。
「どうしたんですか?」
「座禅だ。心を落ち着けたい。少し、胸がざわつくんだ」
「……教えてもらっていいですか?」
リズは彼の前に座りながら、問う。
「足を腿に乗せるんだ。辛いなら、片方だけでもいい」
ググッ、とリズは手で足を持ち上げ、どうにか片側を腿に置く、半跏趺坐の姿勢をとる。
「で、できました……」
「目は少し開いて、斜め下を見る」
彼女はその指示に従って、畳を見つめた。
「そのまま、全身の力を抜くんだ。そうすれば、いい……」
春香の意識は、心の奥底へと沈んでいく。血煙に濡れそぼったような心も、こうすれば綺麗になると思っていた。だが、沈めば沈むほど、血の臭いが濃くなる。
「ワカ サマ」
あの日殺した、侍が迫る。見下ろした燃える故郷。転がる骸。飛散したはらわた。指先が震え出す。喉を突いた時の、肉の感触!
「──さん」
わかっている。こうするしかなかった。魂の鎹を打ち砕くことが、何よりの供養だった。それでも、それでも……ッ。
「春香さん!」
リズの細い声が、力を持って春香を引き戻した。
「落ち着いて、ください」
浅く荒い呼気の音が、彼の頭蓋を満たす。
「苦しいんですか」
「……父上の死に時を理解しなかった。故郷を空けた。それが、俺の間違いだった」
ぽつり、ぽつりと言葉が落ちる。
「報われんな、死んだ者たちが──ッ!」
瞳に涙が湛えられる。
「皆、俺を恨んで死んでいったかもしれない。母上も、夏目も、連れ去られる前に、俺が来るのを待っていたのかもしれない」
視界が歪んで、彼は畳に手を突く。
「母上は、体が弱いんだ」
ぼそり、呟きにも近い、小さな声だった。
「だから、いつも離れで暮らしていた。大陸から来た医者もいた。もし、その医者と引き剥がされたのなら……長くもたない可能性だってある」
「私に何ができるかなんて、わかりません」
立ち上がったリズが、彼の頭を抱き込む。
「でも、話は聞けます。だから、全部吐き出してください」
「赦すのか」
「赦すとか許さないとか、そういうことはできません。ただ、聞くだけです」
彼の目から大粒の涙が止め処なく溢れた。赤い着物に染みができる。咽び泣く声が、座敷に木霊した。
どれだけそうしていただろうか。春香の枯れた喉から、
「ありがとう」
という言葉が発せられた。
「私にできることは、これくらいですから」
リズの表情を、彼は見上げられない。慈愛に満ちているのか、困惑しているのか。軽蔑さえあったかもしれない。だから、俯いたまま離れた。
「君は、幾つだ」
壁に背中を凭れさせ、小さく尋ねる。
「十四ですから……数え年だと、十五になりますね」
「同じ、か。元服は済ませたか」
「ゲンプク……あ、成人の儀式ですか」
こくり、力なく彼は頷いた。
「大陸では、満年齢で十六歳に行いますから。春香さんたちの感覚で言えば、十七に相当するはずです」
「遅いんだな……」
他愛のない会話をしていると、心に染みついた血煙が、雨を受けたように落ちていく。春香は、まだ痙攣にも似た動きを見せる右手を、じっと見つめた。
「リズ」
そっと、名前を呼ぶ。
「君の不死を知っている人間は、どれほどいる」
「……私にも、把握できません」
横座りのリズは、膝の上で拳を作る。
「私だって知らなかったんです。そう広く事情が知られているわけでは、ないのでしょうが……それでも、大陸の
「龍仕人か。幽世の龍に仕え、力を得た者……」
「はい。狩人を纏める者たちに近い所へ潜り込んでいる、という問題があると父から聞いていました。ですから、私のことを知って、妖魔、を……」
そこで、彼女は言葉を切った。
「妖魔を嗾けた龍仕人は、私を狙っていた?」
晴天に訪れた、一つの雨粒のような声だった。
「雷天が襲われたのは、私がいたから?」
リズの肩にかかるほどの金髪が、小刻みに揺れる。
「春香さん、私、私のせいなのかも、しれません」
「だとしても、君に罪はない」
どちらの声も、あまり生気を持っていなかった。
「父の病の情報を掴み、斃れた時機を見定められる者たちが動いていたのなら、遅かれ早かれこうなっていた。きっと、俺が雷天にいても龍仕人と妖魔は襲来していた。だから、君に責任はない」
簡単に人を恨めないために、春香はこの少女を救うための言い訳を考えていた。
「もう、二度と君を死なせない。それが、俺にできる全てだ」
最早己に何も残っていないことを、彼は心の像を貫かれるような痛みとして理解していた。だから、もう喪えない。リズは、リズだけは、命を賭して守らねばならない。
そう誓えば、血の臭いは遠ざかった。彼は五尺八寸の体を立たせる。窓からは赤みがかった光が差し込んでくる。
「頸創を迎えに行こう。暗くなると、危ないからな」
リズの手を引いて、起き上がらせる。一階に下ると、奥の座敷の畳を交換する、職人がやってきていた。その様を、老婆が眺めている。
「これはこれは雷業様」
二人に気付き、声をかけた。
「頸創が行きそうな場所を教えてくれ。暗くなる前に連れ戻さなければ」
「おそらく
「弔慕丘?」
リズが問う。
「その昔、夫を亡くした女が墓を建てたとされる、墓場でございます。今では、多くの墓石が建っておりますが……鎌風家の狩人も、その頂上に葬られております」
「そうか。道を教えてくれ」
「ええ、ええ。門を出て、あちらに──」
◆
夕暮れ、弔慕丘。無数の墓石が並ぶ斜面を登り切った頂上に、一つ目を引くほどに豪華なものがあった。
その墓石に刻まれるは、『鎌風家狩人之墓』という文字列。墓前に座り込んだのは、緑青の目を持った、長巻を背負う男。頸創だ。
「親父……」
お猪口はもう使わない。三本目の徳利から、直に酒を飲む。
「逝く前に一回くらいは話せると思ってたんだがな」
歯かは何も答えない。ただ、真っ赤な夕陽に照らされるだけだ。
「色々、話のタネもあった……待っててくれれば、仲直りはできただろうに」
頸創は、昔のことを思い出す。この街に縛られることが嫌で、貿易船にこっそり乗り込んだ四年前、十五のあの日。手紙の一通も送らず、大陸を歩き回った。
それに意味があったか。彼は己に問う。強くなったかもしれない。少なくとも二人で龍を狩れる程度には。
「やってらんねえな」
そう立ち上がって、彼は長巻を抜く。だが、それが振るわれることはなかった。
「何をしているんだ」
春香だ。リズを連れている。
「わからねえか?」
「……弑するのか」
春香の短い問いに、頸創はまたも口の中に吐瀉物を流し込まれたような顔をした。
「親父の気を感じるんだ」
長巻を納めながら、彼は言う。
「殺すなら、きっと俺がやらなくっちゃならない。それが、狩人として……鎌風を継ぐ者としての、義務」
「もう暗くなる。明日でもいいだろう」
「……なあ、春香」
徳利三つとお猪口を拾い上げ、借りてきた箱に収める。
「手伝ってくれよ。親父殺し」
「それで、巨人を狩った、と」 離れの座敷、その一つで、頸創と春香は話していた。前者は布団の上で胡坐をかき、後者は刀を差したまま壁に凭れている。「ああ。腕に強い結界を纏わせて、防御にも攻撃にも使える武器にしてたんだ。俺の気を龍絶で染み込ませて、内側からぶっ飛ばせばどうにかなったがな」「つまり、殺すなら腕以外を狙えばいい、と?」 頸創は少し苦い顔を見せた。「あんたの速さなら、それでもいけるかもしれねえが……俺はあんたほどの速度を何度も出せねえからな、地道に浸透させるしかねえ」「浸透?」 その問いかけに、あまり重みはなかった。「ああ。鎌風家……というか、風張家のそれから派生した龍絶は、防御されても当たりさえすれば、自分の気ってのを相手の中に染み込ませる。そいつを爆発させれば、防御の内側から相手はやられるってわけだ」「だが、それほどの術、負荷も大きいだろう」「まあな。久しぶりに使ったせいで、俺もかなり疲れちまった」 フウッ、と頸創は溜息を吐いた。「何発食らわせたんだ。結界を内側より破壊するだけの気、そうそう浸透させることもできないだろう?」「夕べは、二発。カミハテが使うことを前提としてるせいで、俺じゃ扱いきれねえんだ」「カミハテ……父は、それが何故そう呼ばれるか、教えてくれなかった」 はあッ、と彼は呆れた声を発した。「ま、数えで十五なら知らねえかもな……」 そのまま、その手は春香を招いた。二人は胡坐で向かい合う。「まず、あんたが知っ
早朝。若い女が、鎌風屋敷のある丘を駆け上っていた。やがて、門番の待つ表門に至る。二人の門番は、槍で彼女の行く先を遮った。「何者か」「奉行所の者です。生天目町奉行から、鎌風様に届けたい手紙がある、とのことで」 門番二人は視線を交わす。「武器も邪気もない。通れ」 片方が、石突で地面を突きながら言った。「えっ、その、お金の方は……」「俺は取らん主義だ」 そうして、女は屋敷の敷地へ足を踏み入れた。「た、たのもーう」 あまり覇気のない声が、母屋に響く。応対で現れたのは、頬に十字傷のある少女。佳代子だ。「これを、鎌風様に届けるよう託かりまして」 一通の封筒。真っ白な紙に、西方語で差出人が書いてある。裏には蝋で封がされていた。だが、妙だった。佳代子は胸がざわつくような違和感を覚える。「……はい、受け取りました。確かにお渡しします」 その手紙を、頸創は食事を終えてから手に取った。「ゲルカルナ、か」 差出人の名前を、彼はさらりと読み上げる。春香の目は、不思議とその手紙に引き寄せられていた。「リズ、どういう意味なんだ」 春香は、リズと指を絡ませて、問う。「西方語で、『冒涜する者』を意味します。そんなものを名乗るなんて……」「封蝋までしてやがる……春香、脇差貸してくれ」&n
ひょろりとした喜林、ずんぐりとした真薙。二人の足軽は、警邏に出ていた。喜林の左手には電気提灯。腰には刀。真薙の方には、灯りはなかった。「最近、暑くなってきたよなあ」 真薙が太い声で言った。「水風呂に入りたいぜ、全く」 喜林は芯の無い声で言うと、大きく欠伸をした。そんな二人の耳に、ヒタ、ヒタと足音が聞こえてきた。「裸足か」 二人は、顔を見合わせて刀を抜いた。凡そ酔っ払いの類だろう、と思いつつ、彼らの間には弓の弦めいた緊張が走っていた。 足音は、少しずつ近づいてくる。音は路地の方からだ。そこに、ピチャン、と水音が混じった。「なんだ……?」 喜林がそう呟いた時、『それ』は現れた。 左手に、生首。真っ白な肌。月明かりに輝く裸体。その顔は、虚ろだった。だらんと開いた口と、光の無い瞳。「何奴!」 誰何をしつつも、二人は相手が己の範疇を超えている存在であることを、理解していた。それでも、逃げるという選択肢はない。奉行所から任された夜警の仕事だ、果たさぬわけにはいかない。「ア オ ア」 その、この世の果てから呼びかけてくるような声音。ゾッ、と二人は背筋が凍り付くのを感じた。が、役割は役割。歯車としてやらねばならないことがある。「真薙、行くぞ!」 喜林は、提灯を腰にかけて走り出した。彼の頭目掛けて、生首が投じられる。もろに食らってふらついた。そこへ、全裸の女は獲物を見つけた蛇とさえ思える俊敏さで、彼の懐に入った。
「あれが例の船かい?」 南の桟橋を望む、牛鍋屋。その二階に、何十人もの客が詰め掛けていた。「何でも死体がたっぷり載せてあるとか……」 その見分を一目見よう、という彼らの視線は、夜の色をした総髪の、若い狩人に注がれていた。「雷業様、お越しになりましたか」 侍の一人が、リズを伴う春香に向けてそう言った。桟橋の東には、腕木で区切られた検問所がある。そこから飛ぶがやがとした声も、彼らにはあまり聞こえていなかった。「状況は」「まず、あの船」 その侍は、桟橋に付けた一隻の黒い蒸気船を指差す。「四代目鴉羽丸、と船長は名乗っておりましたが、入港許可を出した船の名簿に、その名前がないのです」「つまり、未登録の船……積み荷は」「人間も含め、様々な動物の死体が四十体ほど。細かいことは、まだわかりませんが」「死体、か……リズ、死体を持ち込んだ目的は何だと思う」 リズは暫し悩んでから、「死霊術師」 と言った。「死体や死者の魂を扱う、禁忌の分野です。大陸ではその歴史に関する研究のみが認められ、死霊術そのものの研究・発展は禁じられています」「つまり、龍仕人か?」 春香の問いかけに、彼女は一つ頷いた。「勿論、篝人の方々がその特権を使って研究している、というのも否定できないですけどね。あの人たちは、禁忌であっても触れられますから」「だが、篝人はまず山奥から出ないんだ
「鎖閂式の鉄砲を人攫いが、ねえ」 書斎にて、頸創が春香に向けて言った。清然もいる。「最新式の連発銃……さぞ力のある龍仕人が後ろについているのやもしれんな」 清然は、腕を組んで、考え込みながら口を開いた。「力のある、か。カガリの言っていたフザンとやらか?」 胡坐で顎を撫でる春香の問いかけに、頸創は「否定はできねえ。フザンがどれほどのものかは、俺も掴めちゃいないが」「百術の頸創と雖も、か?」「やめてくれ、こそばゆいんだよ。春香に言われると」 チチチッ、と小鳥が植木に停まる。それから、昼空に向けて飛び立った。「確かに、俺は龍仕人の集団をぶっ潰したさ。でもな、あいつらは独立した組織を無数に作って、あちらこちらで悪さをしてやがる。まるで土竜だぜ。一つ穴を埋めたって、また別の穴を作っちまう」「終わりのない戦いになるな……」 清然の一言で、三人の男は沈痛な空気に包まれた。「雷天に、西の港町菅谷。二つを乗っ取って拠点にしているなら……どこかで、狩らねばならない」「お勧めはできねえよ」 右拳を作った春香に、頸創が制止の声をかける。「かなり時間が過ぎてる。今から戦いを挑めば、伊英の侍全員合わせたって二月は戦争することになるぜ」 ギッ、と春香は奥歯を噛み締めた。「で、戦った感想はどうだ。怖いだろ? 連発銃ってのは」 頸創の声は、少し無理を
伊英の街から出た蒸気船が、大陸の街に入った。そこから降りた背広に柳色の目──ピジョは、ガラス戸で区切られた公衆電話に銅貨を入れた。交換手と会話してから、繋がる。「フザン様、大福を送らせました。大福屋もそちらにいるでしょうが……坐天島の大福屋はどうなさいますか?」「腕のいい大福屋が必要だ。一人くらい、雇ってもいいだろう」 落ち着いた声を聴いた彼は口端を吊り上げ、頷いた。「では、そのように……」 電話を終えて、彼は手袋の位置を直す。また銅貨を入れて、坐天島、雷天から西に行った港町に繋げた。「雨男です。大福屋を一人、雇ってきてください」「あいよ。いつもの送り方でいいか?」「ええ。日持ちがしないので、気を付けてくださいね」 そこで、電話は切れた。端的な会話だ。だが、ピジョはそれでよかった。あまり話せば悟られる。大福という、金鎚龍の骨が必要だ、という事実を。(ルルヤの死霊術師の準備ができるのも、そう遠くはないでしょう……) 公衆電話が並ぶ空間。ガラス戸を開いて、後にした。◆「ドルク・ババス」 三日目。まだ日も昇り始めたばかりの森で、春香は右手の中に稲光を生み出した。「龍の継承。空の果て、輝けるものよ」 呪文が進むにつれ、その光は龍の顎を成していく。「今この手に来りて、討つべきものを撃ち抜け」 球でも投げるような動作──右手を引いて、結界