第一章：第二王子と契約結婚

栗色のルイスの髪が、さらりと揺れる。

「はい。今の私はエルミニオ様に命を狙われています。

その私を助けたあなたも、危険です。

この窮地をうまく乗り切るには、私たちが互いに協力し合う必要があります。

この傷が癒えれば私はヴィスコンティ国を去りますので、それまでの辛抱だと思って……」

「国を去るのか？お前が？」

「え？ええ。命を狙われると分かっていて、ここに居続けるのは危険です。

それで、結婚する理由についてですが……

私がルイス様に助けられて、惚れたというのはどうでしょう。」

「お前が俺に？ありえない。おかしくなるほど、兄を愛していたくせに。」

「まあ、聞いてください。とにかくそれで私たちが結婚してしまえば、エルミニオ様は私が諦めたと思うはずです。

ルイス様を好きになり、エルミニオ様には何の未練もないと分かれば、私を殺そうとは思わなくなるはずです。

リーアに嫉妬する理由がなくなるのですから。」

「それはそうだが……！

確かに俺にはまだ『星の刻印』の相手が現れず、婚約者もいないからその点は問題はないかもしれない。

だが、ロジータ。お前の実家、スカルラッティ家の勢力を考えてみろ。

だからお前は兄の婚約者だったんだろう？

もし俺と結婚するとなれば、兄に反逆を企てていると疑われかねない。

……悪いが、付き合い切れない。」

だめ、ルイスが行ってしまう！

このままじゃ、また私は物語に引き込まれ、エルミニオに命を狙われ続ける！

運命を変えつつ、この小説の舞台であるヴィスコンティから逃げるのよ！

それが私が生き残る最後の手段だわ！

「ルイス様、聞いてください。

信じがたい話かもしれませんが、全て本当のことです。

私……いえ、この世界は小説の世界なのです。

私は悪役令嬢のロジータで、まさに今日、エルミニオ様に殺される運命でした。

本来ならあのまま小広間で、息絶えたはずです。」

「ロジータ？一体何を……」

ルイスは分かりやすく目を見開いた。

「そしてルイス様。

あなたもリーアを愛し、彼女を塔に閉じ込め、殺される運命なのです。」

動揺を隠しきれない、ルイスの琥珀色の瞳が揺れる。

「戯言を……！どうかしているんじゃないのか？ロジータ・スカルラッティ！」

普段は温厚なルイスが怒り、戸惑っているのが分かる。

「戯言じゃありません。

あなたも感じてるはずです。

リーアへの愛が、歪だと。

本当は今すぐにでも、エルミニオ様からリーアを奪いたいのでは？

彼女を誘拐、監禁したいという衝動…

その欲望に苦しんでいるのではありませんか？

私もエルミニオ様を愛していましたが、それは本当の私ではありませんでした。

物語が私たちを操っているのです！」

ルイスの唇が震える。

原作の今の段階では、彼はリーアへの歪んだ愛に苦しみ、彼女を監禁する衝動に苛まれているはずだ。

ルイスは私が死んだ後にリーアを誘拐、監禁して、エルミニオに殺される。

「はあ。ロジータ。言っていることを全て信じるわけではないが……

確かに、俺はリーアを愛している。

リーアを見ると、彼女を塔に閉じ込め、永遠に自分のものにしたいと……

最近、そんな悍ましい衝動を抱いているのは事実だ。

もしお前のいうことが本当なら、俺は一体どうすれば」

「だから契約結婚をするのです。

私は傷が治るまでの身の安全を。

一方、ルイス様、あなたは殺される運命を変えるため。

私の持つ全ての知識で、あなたを悲劇から救います。」

ルイスは沈黙し、目を細める。

「ロジータ。お前を助けたのは同情だ。

ただ、お前が狂ってしまったのは、婚約者だった兄がリーアを愛したせいでもある。

確かにリーアに毒を盛ろうとした行為は許せないが、悪いのはお前を裏切った二人だろう。

それがお前のいう小説の内容通りなら、この先俺もお前と同じ運命を辿るのか。

嫌だな。

俺は第二王子として、何もかも秀でた兄の影でひっそりと生きてきた。

リーアを愛してはいても、相思相愛の二人を引き裂くつもりはないんだ。

だが、妙な欲望が俺を支配しているのも事実。」

「ならば信じてくださるのですね。私も、この傷が癒えるまででいいので…」

「だが、具体的にはどうすると？

ただでさえ最悪な状況で、俺とお前で変えられることなどあるのか？」

「あります。私には原作と、現代社会の知識があります。

ルイス様、私たちなら必ず、お互いの運命を変えられるはずです！」

「分かった……そこまで言うなら、結婚しよう。

ただし、あくまで契約結婚だ、いいな？」

「もちろんです。

私たちの間に愛はありません。

時期が来たら、離婚しましょう。」

「分かった。そこまで決意しているのなら。」

ルイスの手の刻印が私の刻印と共鳴し、仄かな光を放ち始める。

大きさも色も違う刻印が、互いに呼応するように輝き、部屋を温かな光で満たしていく。

この日、私はエルミニオの実の弟、ルイスと契約結婚する約束をした。

お互いの悲劇的運命《バッドエンド》を回避するために！

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