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第26話:当たり前だったもの

Autor: Sunny
last update Fecha de publicación: 2026-05-20 19:05:02

——空気が止まった。

「男できた?」

咲子の声は軽かった。

冗談みたいに。

笑いながら。

男という言い方が下品に感じる。

でも、彼女はいつもこういう人だ。

呆れと諦めで、乾いた笑いすら出ない。

でも、彼女の表情から。

目だけ少し探るようだった。

ソファの向かい側で。

優の動きが止まった。

「……は?」

自然と、出たような。

少し動揺をはらんだ声。

珍しく、反応が遅い。

咲子は肩をすくめた。

「だって最近変じゃん」

悪気のない顔。

むしろ、少し楽しそう。

...しかも。

女性だけがわかる、勘みたいなものがある。

「綾香さん、前より綺麗になったし」

「なんか余裕あるし」

「最近、よく出かけるし」

少し笑いながら。

「仕事復帰も。その先生のためだったりして」

優は何も言わない。

グラスを持ったまま。

ただ。少しだけ眉を寄せている。

咲子が隣に座る。

自然に腕に触れる。

いつもなら。本当だったら。

優は当たり前みたいに受け入れる。

それなのに。

今日は。

反応が少し遅かった。

「でも、よくない?」

咲子が明るく言う。

「その方が離婚、早そうじゃん」

時間が少し止まる。

彼女が離婚について言及するなんて。

私と優の関係は、本当に。

彼女にとって、なんでもないものだと。

改めて、気付かされてしまう。

「半年待たなくても済むかもよ?」

ふふっと笑う。

「そしたら、私たち早く結婚できるし」

自然な笑顔。

いつもの空気。

いつもの未来。

....今までだったら。

優はたぶん、

そうだね

って流していた。

でも、今日は。

なぜか、何も言わなかった。

沈黙。

咲子が少し首を傾げる。

「……優?」

優が小さく息を吐く。

そして。

少しだけ、そっけない態度で。

「……別に」

少し間。

「そういう問題じゃない」

咲子が止まる。

「え?」

少し笑う。

それでも、笑顔が少しだけ固い。

「いや、だって良くない?」

「元々その予定じゃん」

「綾香さんも、好きな人できたなら幸せじゃない?」

当然みたいに言う。

悪気はない。

だって。私は“契約妻”だから。

最初から終わる前提。

そういう認識で。

優も同じだと思っていた。

それなのに。

***

優は黙る。

視線だけが落ちる。

思い出していた。

会食の日。

「似合ってる」

そう言った時の綾香。

あまり嬉しそうじゃなかった顔。

今日、綾瀬クリニックで。

「金曜、楽しみにしてます」

って笑った顔。

最近、確かによく笑うようになった。

でもその笑顔は。

自分に向いていない。

それが、妙に引っかかった。

***

少しの間、沈黙が空間で続く。

なんだか、変な感じがした。

「……優?」

咲子が少し顔を覗く。

「何?」

「なんか今日変」

優は少し黙る。

少し考える素振りを見せた。

そして。

「……あの先生」

急に、綾瀬先生について言及する。

「距離がさ。近くない?」

空気が止まる。

数秒後。

咲子が吹き出した。

「え、何それ」

少し笑う。

「気にしてるの?」

「嫉妬?」

絶対に違う。

反射みたいに思った。

そんなわけない。

だって。

優とは離婚する。

最初から決まってる。

好きとか。そういう話じゃない。

ただ、なんとなく。

優の態度が。なんか、違う。

最近、少しだけ。

私を気にするような態度が増えている。

その感覚が。

妙に落ち着かなかった。

「違う」

否定したかったのか。

少しだけ強めに。

「ただ」

もう一度、考えるように。

「……変な男だったら困るだけ」

咲子が笑う。

「優ってさ」

少し甘えるように肩にもたれる。

「昔からほんと独占欲強いよね」

自然な仕草。

いつも通り。

でも、優の視線は。

なぜかスマホに向いた。

画面。

最近、優に私から連絡をしたことがない。

その時に、ふいに思い出す。

返事が来るのを何時間も待ったり。

忙しいかな、と気を遣って。

メッセージを送るのを控えたり。

最近、しなくなった。

優にメッセージを送ることが。

自然に減ったことに気づく。

そのとき、ふと思い出す。

優とまた会食に行かなければ、いけないことを。

あくまでも、これも。

優の仕事に必要なことで。

妻である今は、付き合う必要がある。

ふと、思いつきで。

このことについて、優に話しかける。

あと、今この状況の。

空気を変えたかった。

「土曜日は少し時間作れる」

「お茶、一時間くらいなら。何時にする?」

短く、優に対して話しかける。

ただ、それだけ。

なのに、少しだけ。

ほっとしたような。

安心したような顔で、優は笑った。

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